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76 ミットリ書店



 27日目。

 街を歩くとロケット祭用の飾りがいたるところで売られるようになった。

 灯籠に、絵付け蝋燭。花火に火縄。

 見たところ火と光に関する祭具が多い。

 後は宝くじ付き厄除けの札。

 この札は祭当日どんど焼きのように組まれた櫓で焚き上げられるらしい。

 札の売上はロケット祭の資金になるそうだから、寄付のつもりでバイトを含む従業員分を買い求めた。


 ウィングブーツの練習に、ふよふよ浮いての移動する。

 最高高度30センチ+13センチの下駄を履いてもまだ、アスターク教官の身長には届かない。

 オレがチビッ子なだけじゃなくて、教官がでかいそのせいだ。

 諦めて慣れたリアル身長と同じくらいの高さを浮遊する。

 こちらの世界はでかい人が多いから、この高さで浮いていても鴨居に頭をぶつける心配がないのはいいな。


「ご店主。会計を頼む」

 懇意になったミットリ書店で本日発売【マルフクのサリアータご飯帖997】を7冊購入した。

 クラスメイトに配るのと、後は図書室寄贈用だ。

 これで皆、美味しいものを食べるといい。

 食べ物の描写がとにかく旨そうで、足を伸ばしたくなること間違いなしだ。

 ただ、崩落に巻き込まれた名店も多く乗っているので、紅涙を搾らせに掛かってると編集に絶賛されたブツでもある。ジャンルは食い倒れ帖なのに。


 ノベル駅前広場には、小さな図書スペースを設置した。

 今のところ貸出不可で閲覧自由。

 本が多めに置いてある駅前カフェの体裁だ。

 この図書スペース用著書には、筆者の直筆サインをいれて貰うつもりである。コネ万歳。

 それと【海の生き物図鑑】、これを2冊。

 うちのご飯に海鮮が加わったので、置くことにする。


「はい、おありがとう御座います」


「それと、分かりやすい法律の本はないだろうか。そのものではなくて解説書があったら欲しい」


「お取り寄せになってしまいますが、よろしいでしょうか?

 貴族用と庶民用のどちらをお求めで」


「両方を合わせて読みたい。あまり難しくないのがいいが」


「かしこまりました。分かりやすさ重視でお選びしましょうね。

 古書になってしまっても?」


「ああ、問題ない」

 書店の主は知の番人。

 本屋の印象は明治、大正、ギリギリ昭和の始めといったところだ。

 作家は自費出版がメインで、書店や貴族がスポンサーについたりする。

 瓦版は出されるし、出版社の萌芽もあるがまだ花開いてはいない、そんな背景だ。

 だから欲しい本があったらまず、本屋に相談するといい。

 本自体はそこそこの値段だが、安く貸本も営んでいるので庶民でも気軽に使える。

 最もプレイヤーは寝ている時間が長いから貸本にすると周りに迷惑を掛けるので、もっぱら買い取りがメインだ。


「店主、俺も2冊頼む」

 熊教官も新刊を買い求める。


「はい、2冊ね。お家用と貸し出し用かい?」


「そんなとこだな。食い物屋やってる昔馴染みなんかにゃ刺さると思ってよ」


「ああー…。だろうね。いい本を送り出せたなと思いますよ。我ながら」

 店主は愛しむように本の在庫を撫でると、わざわざ外まで見送ってくれた。


「そのうち、また本の出版を頼むかもしれない」


「はい。いつでもお待ちしています」





「満更、社交辞令でもなさそうでしたね?」


「こいつは地元には愛される本だと思うぜ。夜なべに読むのが楽しみだ。

 で、法律に興味があるのか?」

 マルフクの店に向かう道すがら、質問される。

 出版祝いの花籠を渡してから、今日も海に行く予定だ。

 海中の脇芽は諦めるしかないけど、空中移動は野良ダンジョンが低層のうちに慣れてこうぜってことらしくクラス研修が捩じ込まれた。


 海中の野良ダンジョンは水深が30メートルぐらいまでの浅い海に沸く。

 水圧か、他の理由か、深い水の底にはダンジョンは不思議と沸かないそうだ。

 ただ人種の多くは水の中では呼吸が出来ない。それが海中ダンジョンの攻略を難しいものにしている。


「ないですけど、必要にかられて。

 なにがセーフでアウトなのか、いまいち分からない一般常識が多くて。

 法律に根拠を求めようかとページを開いてみたら、………目が滑ってしまったんです」

 図書室にも立派なのがあったんだけどさ。

 読んでもアレ、頭に入ってこない。


 ここの常識、法律は魔力やダンジョンに紐付いているから、一通り仕入れて置きたかったのに。


「ああー。法律書って、あれ素人に読ませる気ねえよな?」


「わたしが楽しく読めるのは図鑑までだと確信しました」


「…森を拓く準備か?」

 うん。教官にも、ちゃんと話は通しましたよ。ホウレンソウは大事。


「それもありますね。サリアータはいつ蓋が開くかもわからない、油で煮えた鍋の上で生活しているでしょう?

 蓋を開かせない仕組みを強固にすると同時に、いざという時の避難経路の裏道は幾つかあってもいいかな、と。

 男衆はギリギリ粘るにしても、女子供の安全くらいは確保しておきたいものです」

 折角の辺地くだりだから、一石で何鳥をも狙う所存。

 逆に森が溢れても、サリアータに逃げられるようになる。


「女子は道の整備。エンフィは蓋の補強に回って、ヨウルは経済を回す方向に舵を切りました。

 わたしは生活の底支えするといいのでは。そう思って動いています」


「人が魔力を作るにゃ飯がいるか。最初からそれが狙いだったか?」


「まさか、成り行きです。

 スポイルされているのではと心配になるほど甘やかされていたので。その分ぐらい人の役に立とうと、手を尽くしてみたかっただけですよ。

 …そう言えば、わたしたちの婚約話ってどうなりました?」


「おう、早耳だな。

 若いダンジョンマスターに大人って汚いと失望されたら、どう責任とるんだよ。

 そんな声も強いな。お前さんの意見はどうだ?」

 他の声はどんなです?

 教官が口に出さないってことは、あまりよろしくない言葉なんだろうな。


「成人もしてないのに、結婚話を持ち掛けられるとか、キモいです。割と本気で」


「まあそうなるか。伝えとく。

 お前さんのとこも上流っちゃあそうだけど、恋愛結婚だったしな」


「そうなんです?」


「30も年上の男に岡惚れして、ど偉い美人が押し掛け女房したって時の人だったぞノベルの殿は」

 はわー。リュアルテくんのママンやるなあ。ガッツある。


「その顔は知らんかったみたいだな。ま、地元の有名人だったわけだ」


「道理で。

 妹が今、ノベルのレシピを集めるのに協力してくれた人にお礼行脚をしているんですが、皆さんに凄く良くして貰っているらしく」

 礼状に署名して送り出したら、貢ぎ物されて帰ってくるんだもん。妹も自作のおはぎを携えているから、田舎の付き合いっちゃあそうだけどさ。


「一世を風靡したロマンスの落胤が、九死に一生を得て訪ねて来たんだ。そりゃあなあ。

 ノベルに縁がある奴なら感無量もむべないだろ」

 知らない情報がポロポロ出てくるな。


 そっか。実家まわりの情報が解禁されたのって、妹らが出てきたからか。

 孤児に家族の話とか、気軽な世間話はしづらいよなあ。






 夜。

 とっぷり日が暮れて、エンフィの部屋だ。

 男子3人と弟妹でTRPGの集いである。

 今日の漁はまだ日が高いうちに終了したので、探偵もののシナリオを1本こなした後だ。


 だって鯨が出やがったから。島よりでかいとかふざけんな。

 前触れもなくフィールドボスを出してくる運営ってさ、鬼畜すぎひん?

 お願いだからもっと安全マージン取らせて欲しい。

 政府ちゃん的には、【リアルに寄せました!こーゆーことあるから沢山勉強していってね!】ってことなんだろーけどな。


 野良ダンジョンはこれだから!


 もう、てんやわんやだ。

 空軍さんがいてくれて本当に良かった。軍の飛行士さんって、まんま爆撃機だったわー。

 どっかんどっかん爆撃してくれる彼らがいなきゃ、あやうく死人がでるとこだった。


 多分まだ、現地では『解体』作業が続いている。

 息絶えた鯨の体に、わあ、ご馳走!と魔物が集るんでプライベートダンジョンにしまうことも無理だった。どうすんだろ、あれ。

 鯨は捨てるところがないって話だけど、無事に回収できるんだろうか?

 全員ずぶ濡れになったので、オレらはさっさと家に帰された。

 サポート部隊は厚めに送り出しているから、少しは楽に仕事が進むと思いたい。



 アリアンとクロはそんなわけでセッションには不参加。

 今回はゲンゴロウとタカアキラをNPCに回すことになる。そして新たにタツミ姫の家僕が3人増えた。


 ルートは見習い執事、三味線の【ソウザエモン】。

 家政婦のチェルは、簪の【おタエ】。

 同じく奉公人のマリーは、鉄扇の【コユキ】。


 彼らはシノブの幼馴染みで、タツミの従者とは仮の姿だ。

 センダイの殿の密命を受け、エドに触手を伸ばすスパイ集団である。

 なんかこのセッションで、シノブたちの棟梁はあちこちから孤児を拾いクロハバキ組という名の殺伐ユカイなキテレツ一家を築いていたことになってしまった。

 設定とは生えるもの。TRPGじゃ良くある話だ。


 さて、今回のシナリオは火災にまつわる探偵ものだった。

 スパイ集団は強かったね。

 速攻でシナリオは解体されて、その代わりボスの火車戦が阿鼻叫喚だった。

 それもこれも謎解きでは破竹のクリティカル連発していた弟妹が、戦いの場では見事なファンブラーっぷりを披露してくれたお陰である。

 ダイス神によるとどうもうちのクロハバキ組は、戦働きはしないタイプの諜報員ばっかりだったらしい。

 シノブからしてそーだったもんな。

 タツミ的には盾の仕事があってニッコリだ。

 …調査パートでは『コネクション』以外は要らない子状態だったからしてタツミ。まあ、お姫さまらしいっちゃーらしいか。


 そんなこんなでリザルト終了。お疲れさまでしたと、一息ついて。

 先の予定を話しておく。


「そうだ。休眠期明けに、外に出てくる。

 チェル、マリー。留守を頼む」


「はい、お兄さま。どちらにお出かけですの?」


「オルレア一族の荘園。サリアータ東の果ての【ナノハナ】だ。

 魔の森の防衛拠点だな」


「お留守番ってことは、日帰りじゃないの?」


「ああ、1泊2日の予定だ。お前たちはうちの女子寮に泊るか、あるいは馬車でわたしに同行するかになる。どちらがいい?」


「女子寮はメイドさんとこだよね?楽しそうだから、そっちに泊まる」


「まーちゃんと私は保護者がいる年ですものね。大人しくお留守番していますわ」


「リューさん、駅をひくんですか?」

 ルートが大きな目をパチクリさせる。


「ああ。ついでに簡易拠点を造ってくる。避難所とかの」


「ナノハナ砦に避難所かあ、いいんじゃね。森の氾濫とか、ありがちな悲劇を防げそう」

 それな。鬱の芽は摘んでおくに限る。

 冒険者は【かもしれない】活動を推奨されるから、この世界。

 魔物が氾濫する【かもしれない】から間引きをするし、強敵が突然現れる【かもしれない】から野良ダンジョンは安全マージンをたっぷりとる。これをやれないとすぐロストだ。気をつけよう。鯨とかな!


「それと冒険者用の宿と、訓練所といった周辺施設も造る」

 アメニティ大事。


「魔の森の解体に、プ…他所の冒険者を引き込むつもりか?」

 そう、プレイヤーな。


「地元の冒険者はサリアータの自衛から剥がせない。

 他所の名誉を愛する冒険者なら、魔の森の解放は心擽られるコンテンツだろう?

 呼び込み易いように動線を引いてくる」


「今日の冒険者は劣悪な環境には居つけないからな」

 熊教官が嘆息する。


「危険なキャンプは野良ダンジョンで懲り懲りなんでしょう!

 外に居るときぐらい安らぎたい気持ちは分かります!」

 前世持ちのエンフィが快適な暮らしを追及する冒険者を肯定した。

 そうな。プレイヤーは2泊3日が限界だけど、現地民は2週間とか潜りっぱなしになるもんな。


 さて、今晩寝たらリアルの朝だ。

 明日はみっちり授業があるから、レベル上げする時間はあるかな?


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― 新着の感想 ―
「ノベルに縁がある奴なら感無量もむべないだろ」ですが、古語の「むべなし」を「むべない」は活用的にどうかなぁと思います。現代語だと「むべならない」ですが。 微妙? 済みません。
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