75 まだ見ぬ大陸行路
26日目。
もやもやを抱えてベッドに潜り込んだくせ、お休み3秒だった。
今日も良い朝だ。お早う。
午前中は懸念になりつつあった生ゴミの処理問題を解決すべく、水玉工場を設置した。
ロケット祭に提出したのと同型のやつだ。
ギルドに納品した水玉工場は、すでに稼働している。実証実験の結果、問題らしい問題はなしとのこと。良かった、良かった。
そんなわけで安定したプラ材の原料が自社で賄えるのだからと、錬金術師を2人ほど雇うことになった。
可哀想に。
彼らは荒事が苦手な学術肌のおっちゃんなのに、位階が低いばかりに海の生き物ブートキャンプの強制参加をさせられてる。
今はうちの子たちが魔物を倒すのを、部屋のすみで応援するお仕事をしているらしい。
本人らは寄生になるのを恐縮してくれている善良さなんで、問題にならないのが救いだ。
日本でこれやったらパワハラだよな?
「彼らは学識を見込んでの採用ですので、位階上げが終わって落ち着き次第、弟子を取って貰おうかと」
そうオルレアがのたまう。
スキルは便利な道具だけど、使いこなすには知識と技術はいるもんな。
いくらいい『旋盤』があっても、素人に使いこなせるかって話だ。
まあ、『精米』みたいにスイッチひとつで全てこなしてくれるような全自動システムが組まれた人造スキルもあるけどさ。
魔術工学万歳。
しっかし、学者先生にプラやラップやビニール袋を作らせていいものなん?
「なんだか、単純作業には勿体ないな」
「錬金術は生活に密着した学問ですよ。それに彼らは少ない魔力で、効率を上げる研究をしていたので」
「それは研究が実になったら面白そうだな」
「はい。今は研究に芽が出なくても、従業員として働いて貰えば食い詰めることもないでしょう?
うちなら社宅もありますから」
「そう言えば、住居エリアは完成したのか?」
建築屋のおっちゃんらが大勢で買い食いしているのはよく見かけるけど。
「まだ工事中ですが、アパートタイプと、男子寮、女子寮はすでに稼働しています」
「そうか。ところでオルレアはどこに住んでいるんだ?
オルレアの家ならサリアータにも邸宅を構えているだろうが」
住居の話題が出たので聞いてみる。
領主館のあたりは高級住宅が並んでいるからそこらだろうか。
「……ええ、最初はそちらに帰っていましたね?」
おや。なにか問題が?
「サクマ」
聞いてもいい?
「はい。支配人は、女子寮の完成とともにそちらに移られています」
それってどうなの。お嬢さまが。
「…設計図を見させて貰ったが、女子寮は独身女性用であまり広くはなかったな?」
ミニキッチンとシャワー、洗面所トイレ+2部屋。それぐらいの。
一般人なら充分だけどさ?
「本当は独り暮らしをしてみたかったのですが、婆やに、泣かれてしまって」
「貴人用の小邸宅あっただろう。そちらでは駄目だったのか?」
設計書にあったあれは?
「あれはリュアルテさまの別荘ですよ?」
「 」
パードン?
「ダンジョンマスターの居室のないダンジョンは淋しいものです。
お住まいにならないにしても、形だけは欲しいじゃないですか」
「ではダンジョンマスターとしてオルレアには、そのわたしの別荘を貸与しよう。
支配人の権利として」
人の住んでない家って荒れるじゃん。やめて勿体ない。
「ようございましたね、お嬢さま。
これで家のものが安心します」
「…短い自由でした」
なんだ。好き好んでの寮暮らしだったのか。
「寮は寮で残したらいい。年の近いものと暮らすのもいい経験になるだろう?
ただ、なにか作業がある時はわけておいた方がいい。自由に使ってくれ」
「お気遣い痛み入ります。是非、そうさせて下さい。
だからサクマ、女子寮の荷物の撤去はしないように」
「うちの朱に、お嬢さまが染められないと約束してくださるのなら」
サクマは細身の壮年男性。
そして娘や息子を14人も立派に育て上げたプロフェッショナルパパさんだ。
犬族は子供が多いから、これでも平均なんだとか。
そんなパパさんは思うところがあるようでこめかみのあたりを押さえている。
「サクマの娘が寮にいるなら頼もしいのではないか?」
「ええ、とても」
「とんでもない!」
……どっち?
間髪入れず肯定したのはオルレア、その反対がサクマ。
「いえ、…うちのは、武力、性格、能力ともに、奥によく似てとてもいい子に育ちました。それは間違いありません。
ただ、趣味がその。あまり全面に褒められたものではなくて。
けして人道にそぐわぬことをしているわけではないのですが、余所さまの娘さんに迷惑をかけているのではないかと」
娘を褒めるのにまず武力を持ち出してくるのは、オルレアの家門だよなあ。
「彼女たちは友達も多く、寮でも和気藹々としてましたよ?」
「そうでしょうね。うちのは人と仲良くなるのが上手い子ばかりでしたから。
その、リュアルテさま。物書きについてどう思われます?」
「面白ければ、出版を勧めるが」
「そうでしたね。貴方さまはそうですよね。
娘たちが何か書き物をしていても、リュアルテさま、マスターだけは、スルーをお願いします…!」
そんな血を吐くように懇願しなくても。
「オルレア?」
「そうですね。気がつかない振りをしてくれるとあの子たちも助かるでしょうね。
乙女の秘密というやつです」
そっかー。
うちの子たち発酵物も嗜んでいるのか。
なんでこう。オレの周りの気立てが良い女の子はその道に走るんだろう。
妹らといい、リアル学友や先輩後輩といい。
しかし懐深いなオルレア。どう考えてもうちの子のターゲットは彼女だろうに。
いや、危機管理的にナマモノの取り扱いはしてないのかも。
「乙女の秘密なら仕方ないな」
ここはカマトトぶっておこう。
オレは何も知らない。気がつかなかった。それでいいよね?
さて、余談はここまで。
そろそろ真面目に相談しよう。
「駅を繋ぐ話になるが」
辺境にダンジョンを、繋げるなら欲しいもの。
医者に、住処に、食料品。
丈夫な建材、何より人手。
「ゲートが繋がれば、行き交う冒険者が増える。
わたしが用意するものはあるだろうか」
「現地の冒険者ギルドの体制強化は申請しておきました。それらの稼働は早くてもロケット祭が終わったあたりが目安になるでしょう。
それ以外は早急に備えなければならないものの類いはあまりなく。
なにせゲートを通れば辺地からサリアータに戻れるようになるので」
「荘の者も喜びますね。一旦外に出ると中々里帰りも難しいですし、何より物資の移動が楽になります」
「うちの荘まわり、しょっちゅう公道が封鎖されますものね。
魔の森の氾濫を起こしている野良ダンジョンの管理が適切におこなえるなら、東への大陸行路の拠点となるのも夢じゃなくなるんですが」
「あのアイアンツリーがやはりガンですね」
「紫毒蛇もですよ。あいつらを絶滅させても、狂った生態系はもう元に戻らないでしょう。口惜しいことです」
うん?
なんか意思の疎通が出来てないっぽい?
「………あちら側についたら、冒険者用宿舎や避難所用。現地の者の訓練用のダンジョンが必要ではないかと思ったのだが」
「荘に新しくダンジョンを造るのですか?!」
そこ、驚くこと?
我、ダンジョンマスターぞ?
「最前線の魔の森にゲート付きの快適なベースがあれば、冒険者は集まるだろう。それに付随して商人も。
あちらにも居心地のいい拠点があると便利じゃないか。
ゲートで日帰りされてしまうと、荘に金が落ちないだろう?」
ゲートの使用料は飛ぶ距離によって違う。サリアータの中なら一律10マだ。
サリアータから荘園に飛ぶのは、そこそこの値段になるだろう。現地に宿舎があれば、そちらがお得になるくらいは。
「それは。…はい、わかりました。全力で取り組ませて頂きます。
魔の森の解放がリュアルテさまの目標と考えても宜しいでしょうか?」
「中間的には。
オルレアも言っていただろう。魔の森を解放すれば、東の大陸行路の入り口になると。
今は北と西にしか開いてなくて不便だからな」
サリアータど田舎なもんで、東からの道を開こうってアプローチはないもんな。
こっちから動かないと、始まらなさそう。
「東と西が繋がれば、北と西からの領には地の果て扱いだったサリアータが大陸の中心になる。
国際法によれば隣接した領の越境にはパスポートを取らなければいけないし、隣接してない領に直接ゲートは繋げるには領主同士の認可が下りる手間があるのだろう?
だとすれば、領境になるオルレアの荘には人が集まる。
準備の手回しがいりそうだな、と思っていたのだが、気が早かったか」
「…リュアルテさま、帝王教育でも受けられましたか?」
いいえ、ゲーム脳かつ日本のサブカルの薫陶です。
「まさか。棒きれ振り回したり、ザリガニ釣りしたり。そんな幼少期だったんじゃないか?」
『礼法』以外の初期スキルって、アウトドア感満載だったよリュアルテくん。
「ふふ、魔の森を平らげるのは、一族の悲願。
リュアルテさまのお側に居れば、良い夢を見れそうですね」
クエスト!
イベント【まだ見ぬ大陸行路】が解放されました!
魔の森を解放し、生存圏の拡大を目指しましょう!
称号 人類の守護者 が贈られます!
※この称号はクエストの達成を諦めた時は紛失します。
貴方の眼差しの先、貴方が紡ぐ言の葉に、人は可能性を呼び込みます。
はいはい、フレーバーテキスト、フレーバーテキスト。
称号って年金のつかない勲章扱いっぽくて、いまいちありがたみに欠ける。
でもまだなにもしてないから、妥当と言えば妥当かな?
カモメ鳴く。
打ち合わせを終え、午後からは昨日と同じ海エリアで位階上げ兼、ポリープ潰しだ。
なんかあの後、【海鳥】たちの哨戒飛行で脇芽を沢山見つけてしまったらしい。
アリアンが上手いこと捕まったんで、だから今日は2人体制だ。
ダンジョンマスターが直接、海のエリアの脇芽を摘みに行くからにはと、今日の護衛は空軍さんの力添えがある。
「私、白身のお魚が大好きみたい」
お互いに1度ずつ『調律』を済ませて少し休憩、カロリー補給。
軍人さんらに空輸されて悲鳴を上げていたアリアンは、白身魚のフライを前にニコニコだ。
揚げたてアツアツを齧っている。
うん。フィッシュ&チップスにトマトケチャップは大正義よな。
リアルなオレならここにタバスコも振りたいが、リュアルテくんはまだ刺激物がそれほど得意ではないっぽい。香辛料は下味の胡椒だけで充分だ。
「鰈と鯛は魔物種の魔石を確保したから、その内うちのダンジョンでも出せるようになる」
欲を言えばサンマと鰺もあるといいな。
青背の魚もいいものだ。
海は広いから出会えるかは運。
「楽しみね!お刺身は抵抗があったけど、食べたら美味しくて吃驚しちゃった。食わず嫌いは損ね。
それにしても、リュアルテはウイングブーツ履いているのに、空輸されているのなんでかしら?」
アリアンは首を傾げる。
オレも空軍さんに背後から抱えられて、移動で御座いますよっと。
熊教官は空飛ぶのが苦手だから、今日のお供はテルテル教官だ。
あと陣地ではトト教官が待機している。
「わたしのは初心者用だから、高さ速度に制限がある。事故の際のパラシュートみたいな保険かな」
うっかり落ちたら海にドボンだし。
「そうなのね。
空を飛ぶの気持ちいいけど、あまりスピードが出されると立つ時、足ががくがくするわ」
誰だアリアンを運んだやつ。女の子はもっと大事にして。
「楽しくてつい、はしゃいじゃって。サービスしてくれたのはそのせいだけど」
「あの悲鳴はそういう」
ジェットコースター好き系女子だったかアリアン。
「ウイングブーツ、いいわね。私も帰ったら申請するわ。
あんまり高すぎるヒールは男っぽすぎるかなって思ってたけど、ピンヒールの訓練もするわ私も」
へえ。
「余談だがヒールつきの靴は、なんセンチぐらいが女性らしかったりするんだ?」
「そうね。7センチぐらいかしら。
それ以上は男性や軍人さん、冒険者が使う印象ね。あとは女の人の男装とか」
異文化だなあ。
「ん。経験値溜まった。行ってくる」
「気をつけて」
バーが8割を越えたんで、席を立つ。
「ご出立ですか?」
「ああ、よろしく」
取り囲まれて、移送用のハーネスを閉められる。
オレ+テルテル教官、空軍飛行士の精鋭6人で、8人編制だ。
オレを運んでくれるのは、隊長副長以外の大ベテラン。
揃いのゴーグル、サーコート。
空軍さんの制服は、常に男子の憧れの的だ。
「後学の為に卿に『探索』を使わせて貰ってもいいか?
先ほどは空を飛ぶのが楽しすぎてうっかりしていた」
士官なら庶民の出でも一代爵位持ち。
だからほにゃらら卿と呼ぶのが正しい。
そして一代爵位持ちとダンジョンマスターなら、オレのほうが爵位は高いそう。
立派な大人相手に偉そうに振る舞うのはちょいストレスだが、周りを困らせたいわけじゃないんで後ろめたさは飲み込んでおく。
「ダンジョンマスター殿の糧になるのは光栄ですな。
どうかご存分に」
よし、許可はとった。勉強させて貰おう。
軍人用のウイングブーツの踵は15センチ。
蛮用に耐えうる頑丈さと出力のある正規品だ。
その最大出力は理論上なら音速を越える。
最も最大出力を出したらあっという間にMPが尽きてしまうので、現実としては時速100キロくらいの運用が妥当だ。
先ずは哨戒に斥候が飛ぶ。
それの後に続くのがオレを中心にしたダイヤ形の飛行編制だ。
『結界』、『念動』のお陰で重力、揚力、推力、風に直接当たることは感じない。
ただ気流によっては、『結界』が揺れる。
『探索』を働かせると、まず意識が引かれるのは海。
海中は魔境だ。されど空には魔影はあらず。晴天を飛びかうのは海鳥のみ。
速度を上げる為にギアを上げると、魔力の奔流が飛行士の脚に集まる。
特に踵だ。
靴底に埋め込まれた様々な魔石が連動して動き、その精華が踵に渦巻き噴出する。
『飛翔』中に飛行士らが重ねるスキルは『計測』、『計算』、『探索』、『視力強化』、これが基本で、個人の技量によっては追加のエトセトラがあるそうだ。
なるほど、飛行士はエリートだ。
これほどスキルを重ねていかなければ、人は空を飛べないらしい。
魔眼持ちなら空に後引く魔力の軌跡が見れるだろう。
もっとよく見て取ろうとスキルの痕跡を辿ろうとして、そこでタイムアップだ。
ゆるりとスピードが落とされる。
「ダンジョンの脇芽に突入します。
偵察の報告によると、目標は浜のダンジョン。雫石は推定1.5規模とのことです。
ダンジョンボスは、4メートル級蛤。遠距離攻撃はないそうです。
このまま『サンダー』を落とされますか?」
「やってみよう」
伏臥の体制のまま、脇芽に進入した。
空を飛ぶとダンジョンボスまであっという間だ。
進入と同時に魔力を練り上げていると、周りからマニュアル通りのバフが飛ぶ。
流石は軍人。練度が高い。
って…本当、高いな?!
不味い。これならおそらく2撃目いらずのオーバーキル。
でも、今更引っ込めるには反動が怖い。このまま落とすしかないだろう!
「『サンダー!』」
ドンっ!
予想通り打ち降ろした雷はHPを容易く貫通した。
どころか巨大蛤をこんがり黒々焼いてしまう。
うわあああぁ。
蛤が!
なんてことだ、勿体ない。
「お見事!」
軍人さんらは誉めてくれたけど、食材を駄目にすると凹む。
サリアータの人は海のものに馴染みがないから仕方ないとはいえ、それ絶対美味しいやつだったんだよ。無念。




