73 ウィングブーツ
良く考えたら地引き網とか、しらす漁とか魚にとってはえげつない脅威だし、オレは生産者さんが手間暇かけて育てた家畜を食べて過ごしてきた。
食糧を安定安全に確保したいのは、人類の性だよなあ。
お昼御飯は海鮮丼だった。
ノベルに帰参して一仕事している間に、捌かれて供された。
さっきまで泳いでいたマグロやイカは新鮮そのもの。
海老は甘くてぷりぷりで噛むと幸せになってしまうし、トロリとしたイカにワサビ醤油なんてべらぼうだ。
「罪悪感があるのに、マグロ美味しい」
水深0センチのトラップダンジョン?
もう、造りましたが?
それぞれ、別室でイカと海老とマグロのやつ。
リポップ率はマグロとイカが1日2回1匹ずつ、海老は10時から17時の間に1時間につき1回5匹のペース。清潔も意識して、部屋はリポップの10分前にダンジョンリセットの設定つきだ。
取り敢えずだから、リポップ率は後からの要望で弄るつもり。
後は海苔や貝の養殖場に魔物が涌かない部屋も造った。
魔物にとっては鬼畜な仕様だが、従業員が怪我をしたら嫌だもん。
危険な管理ダンジョンは地雷です。
だけどさ。
水のない床にポップして、ビッタンビタン海鮮が必死で跳ねる姿とか、もう。
あああ、中世で免罪符がバカ売れしたわけだ。
つくづく人間は罪深い。
ううん。このやや強めの罪悪感は、感性が瑞々しいリュアルテくんのものだな。きっと。
オレならまず海の幸ヤッホウ食べ放題!ってなるし、この手の感覚は新鮮だ。
精々がすべてのご馳走に感謝して、頂きますをするくらい?
リュアルテくんはオレのアバターだけど、やっぱり別の人格なんだなと実感する。
妹しかいないけど、こんな弟がいても楽しかったかもだ。
漁をした雑感としては、体が大きくなりがちな海の魔物は経験値が多め。
合間合間に雫石の『調律』して尚、レベル28に成長したから効率がいい。
なのでオレは早めの帰参だ。
メイドさんはその場に8割残して漁の研修、屋台、配送サービスをしている。
そう。位階上げは1日につき5つまでにしといた方がいい不文律がある。例のウフンアハンなあれそれだ。
ゲームでは、そーいう状態にはならないみたいだけど、体が重くなったりとかそんなデバフは掛かるので無理する必要がない時は店じまいした方がいい。
でもさー、オレ『調律』しなければ、7つは位階が上がってるぞ、今日だけで。
星砕きの時なんて半日で30レベルを突破する程度の経験値は吸ったはず。
育ちにくいにも程があるだろ、ダンジョンマスター。先達の苦労が偲ばれてならない。
ってゆーか。そろそろ『加工』で星が欲しい。
「ご馳走さま、美味しかった」
一礼、合掌。
海鮮丼に根菜のサラダ。味噌汁に香物で昼食だった。
「ご馳走さまでした。
やはり鳥がいるのは良いチームですね。
素晴らしい釣果でした」
一緒にご飯していたオルレアも満足げ。
こちらはお育ちのいい人ほど、大食漢だ。
特に貴種として厳しく教育されて、ダンジョン潰しを率先するタイプは人の3倍を軽く食べる。
そしてオルレアも例外ではない。箸使いは優雅でも、気持ちのいい食べっぷりだ。
「このどんぶりに、鮭やいくらも乗せてみたい」
「いいですね!
私は肉厚なイカを軽く干して炙ったのも好きです」
チョコレートも好きな犬族は、勿論イカだって大丈夫。アボカドすらへっちゃらだ。
わんこと同じ食事ができる幸せプライスレス。
「うん。そのイカは七味とマヨネーズでも食べたいな」
小さなものでも5メートルの王子イカだ。これから手を変え品を変え、メニューに出てきてくれるだろう。
大王イカほどの大きさになると大味になってしまうそうだが、スルメやノシイカにするとこちらは絶品なのだとか。
どちらも楽しみで仕方ない。
「マスターは将来酒飲みになりそうですね。
成人したらお供させて下さい。
午後からのご予定は?」
「2時からのミズイロ先生の授業に間に合うので参加してくる」
ステータスを見れば現在、1時を回ったところだ。
「ならば出られる前に、ご学友の皆さまに召し上がって頂く海鮮丼も用意させましょう。
その空き時間で靴の試し履きをなさりませんか?」
「確かに、靴だが」
靴ってウィングブーツじゃん。
生体金属製の靴が硬質に煌めく。
エッジのような13センチのヒールは、推進機関兼バランサー。
墜落時に頭から落ちないように、あえて重く作られた厚底ブーツ。
その底には飛竜の魔石を中心に、力ある石がぞろりと内蔵してある。
魔道AIの発達により、人は空を飛ぶことが許された。
脛丈のブーツは美しくはあったがそれは、まごうことなき武具の美だ。
【クエスト達成!】
おめでとう御座います!
貴方は専用ウイングブーツを手に入れました!
ブルーブラッド+1
称号 見習い飛行士
以上が授与されます!
いつか見知らぬ空をゆく勇士よ。
その誕生に祝福を!
また知らんクエストが自動クリアされとる。
そりゃ、報酬を取りはぐれるよりいいけどさ。
「はい、初心者用のウイングブーツです。
リュアルテさまはピンヒールでの訓練は終えられていたようですので、サリーが手配をしました。
物がウイングブーツですので、ホテルに届けさせるよりこちらで預かるほうがいいだろうと」
オルレアの説明を聞きながら、ブーツに足を入れてロックを掛ける。
スタイリッシュではあるが、履き心地はスケート靴やスキー靴に近い。
足あたりが固くて、重い。片足2キロある代物だ。
歩けることは歩けるが、地面を長く歩くには向かない作りだ。
魔力を通すと、5センチの高さを浮く。
浮力、推進力は『念動』か。
これは面白い。
推進力つきのローラースケート?
地面を蹴らずに進めてしまう。
「『念動』も突き詰めるとこうなるのか」
物が空を飛ぶのには揚力が必要なはずなのに、空気の当たる感覚がない。
今更ながらに1部のスキルは、真っ向から物理に喧嘩売ってる。
他にもウイングブーツには『結界』や『バランス』、『ブレーキ』、『増幅』などが組み込まれていた。
総合スキルの名前は『飛翔』。
ひとつのスキルによくまあこれだけの前提スキルを詰め込めるもの。
やはり竜種は魔物の中でも特別だ。
このウィングブーツは彼らの魔石を使っている。
このまま【歩く】くらいなら不都合なさそう。
「高速移動になりますと、うつ伏せ姿勢になりますが、初心者用は高さは30センチまで、スピードは時速25キロまでしか出ないようにロックが掛けられておりますから今は関係ありませんね。
リュアルテさまは冒険者の昇殿資格ではなく、爵位相当位の身分によりウイングブーツを履くことが許されます」
なるほど、だからブルーブラッド+1か。
昇殿組や爵位持ちがウイングブーツの履く資格になるのは、【いざ鎌倉】の際にはこれで空を飛んで駆けつけろよ。ということなのだろう。
「ああ、わかった」
時速25キロならマウンテンバイクくらい?
通学用のチャリよか少し速いな。
「どうぞ、頭部保護のサークレットと手袋です。
ガーターベルトとタイツは身につけておられますよね?
脚部の保護の為にも、ウイングブーツを履くときは制服か、タイツ。できれば両方を装備して下さいませ」
うん、時速25キロで事故るとHPは削れそう。
タイツとかガーターベルトとか、こっちじゃ色っぽいファッションじゃなくてまんま防具だもん。
タイツは厚いし頑丈だし、ずり落ち防止のガーターベルトはタイツと連動していて、ある程度の衝撃を受けると瞬時に『結界』を張る魔石が飾り石としてつけられていたりする。
事故ったら、オレだけは完璧無事。その代わりに周りが危険だ。気を付けよう。
「それではいってらっしゃいませ」
え。この靴のまま、講習に行くの?
「裁縫の宿題って賽の河原式なのな?
やってもやっても終わらないやつ」
ヨウルが黄昏れる。
今日もそれぞれ刺繍を習った。
オレは新しい技法を2つ覚えて、それを使って枕カバーの続きだ。
前は1センチほどのワンポイント刺繍だったが、今回は枕カバーの両側に線を刺していくものだ。
糸は3本取りで、アウトラインステッチとクロスステッチ。両方とも基本中の基本だ。
ちなみに前はサテンステッチで葉っぱを刺した。こちらも基本。
『運針』の方は縫い目の揃い方からして、もう一息で星がつきそうだとか。頑張ろう。
これで器用さが上がるといいな。
ステータスの器用さとかはブラックボックスになっているけど、素早さや器用さを上げてくれるスキルはある。なので基礎はしっかり築いておきたい。
今日の授業は、女子2人とエンフィは忙しくて休み。
ヨウルとルート、妹らで縫い物だ。
「拙は平日の午前は仕事場で作業していますから、課題が終わって次の過程に入りたければおいでください。
次回の授業は『糸紡ぎ』を致します」
とはミズイロの弁。
授業の終わりに貰った名刺に記された住所は、ギルド近くの一等地だ。
『マップ』によると、交番のお隣。4F建てのビルの一室が仕事場のようだ。
ついでに『マップ』にマーカーしておく。
聞けばミズイロは、ギルドの多目的室でも裁縫教室をしているらしい。
そちらの教室を薦められなかったのは、上のクラスがハニトラで散逸しちゃったからだよな。
うーん。風が吹けば桶屋が儲かる。
「ところでお兄さま。素敵な靴を履いてらっしゃるのね?」
授業は終わったが、部屋はそのまま使ってもいいとホテルが配慮してくれたので、手仕事の続きだ。
妹らは栗の『皮剥き』をしているし、男3人は縫い物をしながら魔石の『精製』をしている。
女子力高いぞ、この空間。
でもやっぱり皆、『器用な指先』は欲しいよな?
基礎を底上げしてくれるスキルは幾つあっても良いからして。
「この靴、見場はいいが重くて固いぞ」
にょっと足を伸ばすが、既に重い。
座って出来る重量トレーニングさながらだ。
「あー。ピンヒール文化の原型か」
「確かにこれは格好いいですね!」
ピンヒールというより、ロボの脚っぽいデザインだもんなウイングブーツ。男心を擽られる。
「ヨウルもヒールに慣れたら、きっと履かされるぞ?」
「逃げ足の確保的に?」
「そっちか。わたしは駆けつける用かと思ってた。でも今のところはヨウルの方が正しそうだな」
授業中に魔力が回復したんで、魔石をどんどん『精製』していく。
なんか、ずーっとビリビリ棒用の魔石を作っているが、注文が減らない。
木材需要はビッグサイズのセコイアトレントの納品のお陰でかなり落ち着いたけど、またトレント狩りに行くしかないかも。
それかマッドスライムとか、だ。
こいつの魔石もビリビリ棒用の付与するのにはいい具合だ。
でもこいつサリアータ管理ダンジョン一覧に載ってなかったんだよな。コンクリートの原料なのに不思議と。
…崩落したとき、潰れたのかな。
1フロア型の管理ダンジョンは、崩落の衝撃に耐えきれずに潰れたのも多いと聞く。
鉄筋を入れなければコンクリートは脆いが、実のところ単品だと耐用年数が高い素材だったりする。
ダンジョンでは常に魔力を浴びるお陰で、朽ちることのない生体金属とコンクリートは相思相愛の組み合わせだ。マッドスライムのコンクリートは色も退色のない白でキレイだし。うーん。
「ヨウル、マッドスライムに興味はないか?」
「陶器用のと、磁器用のと、コンクリ用のとガラス材用のと、レアメタル収集用のと、他にも色々あるけど、どいつ?」
お、おう。いっぱい種類がいるのかマッドスライム。
「コンクリート用のと聞いたが、ビリビリ棒に合った魔石だった。
トレント素材は足りそうだから、他に良さそうな狩りの獲物はないものかと」
「乱獲したもんなー、トレント。オレの倉庫のはもう引き取って貰えたけど、お前のはまだ埋まってるだろ?」
ああ、うん。ご協力感謝。
「後半分ぐらいだな。なんでも『乾燥』で時間を食うらしい。スキルなしなら年単位だから十分早いが」
「しっかし、コンクリかあ。リューのところじゃ畑違いか。
オレのも違うっちゃー違うけど、ビリビリ棒の魔石は任せっきりだし。
ヘンリエッタ、どう思う?」
「マッドスライム各種の品は輸入品なので、あるとありがたいダンジョンです。
特にコンクリートは需要が高いので、優先させるべきです。
他の種は職人と、繋ぎをとって追々ですね」
女史は書類仕事をしていても、こちらの会話を聞いていたらしい。
マルチタスク、女の人って得意だな。
「ちなみにマッドスライムは『雷撃』が効きますが」
マッドスライム専用ビリビリ棒をつくらにゃいかんわけだな。おけ。
…また、職人さんに差し入れしよう。そうしよう。
「ああ、ヨウルがダンジョンを造るなら合力する」
「でもコンクリかー。どっちかつーと磁器の方に興味あったんだよな」
だから詳しかったのか。
「良い焼き物が出来たら回してくれ」
「買ってくれちゃう?
んー。折角だから両方やるか。自分へのご褒美に」
そんな気前のいいこと言うと、ヨウル。
さっき例に出したマッドスライム種のダンジョン、纏めて造るはめになるかもよ?




