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72 VRのイカ



 リアルを挟んで25日目だ。


「おにい。バイトって農業試験場だったの?」


「違うが大根の収穫はした。届いたか?」

 朝の運動公園に走りに来たら、クラスの女子勢と一緒に居たはずの妹らと合流してしまった。

 公園は朝から踊りの練習をしている一般人で賑わっている。

 誰だよ、よさこい踊りをゲームに文化侵略させた犯人。

 アリアンとクロはしゃきしゃきキレのいい動きで参加している。

 これは相当に踊り込んでいるぞ。クラスメイトの意外な一面を知ってしまった。


 兄妹揃って、ぽかんと見学してしまう。なんかダンスって、楽しそうだなあ。


「はい。あの大根さんは、よい大根さんでしたわ。

 お祖父さまが大きいのを20本もお裾分けしてくださって食べきれるか不安になりましたけど、大丈夫そう」


「おとーさんが珍しく大根サラダもりもりしてた。

 それと、おねえが水キムチとハリハリ漬けを仕込んでたよ。

 そのうちおじーちゃんが、野菜の出荷のついでに届けると思う」

 チェルとマリーが代わる代わる報告してくれる。

 オレが留守の間、とーさんが家にいるのは安心だな。


「お母さまのサンルームに魚を干したら嫌がられてしまいましたが、大根さんはOKが出ましたの。干し大根はまーちゃんが手伝ってくれましたのよ」

 へえ、不精者の万里が。

 感心してマリーを見ると、照れてチェルの肩に額を押し付けグリグリしている。おまえは猫か。


「うう、おかーさんも切り干しとか好きだもん。

 それに洗濯物が魚臭くなるのは困るよ、おねえ」

 そうか。程よく日に当てた鯵の開きは旨かったのに残念だ。


「お泊まり会は楽しかったか?」


「うん!女子力の低い料理したり、食べたりして背徳の限りをつくしてきた」


「肉!脂!炭水化物!VRってたまりませんわね!

 こちらがお土産ですわ。

 サリーさまとどうぞ」

 確かに女子にとっては背徳か。

 毎日体重計に乗る系女子の千枝は特にそうだろう。


「アリアンちゃんの焼き飯ね、ラードで炒めてあって絶品だから!

 あと串カツ!

 タルタルソースでジャンクに食べると最高だった…!」


「ありがとう御座います。相伴にあずかりますね」

 笑顔が眩しい。

 色気より食い気が強い妹らは、サリーの警戒から外れたっぽい。

 礼儀正しさはそのままに、ほろほろ壁が軟化している。

 もともと普通の女の人相手には、親切だもんなサリー。

 フラットな状態がマメで優しいものだから、人を惑わせちゃうんだぜ、まったく罪だな。


「ご賞味あそばせ。

 お兄さまは昨夜は何をされましたか?」

 もっとも妹らは絶世の美男の微笑みもさらりと流してしまえる精神構造をしてるんで、気負いのない受け答えだ。


 兄として安心といえば安心だけどさ、少しは3次元の男にも興味を持とうぜ、お前らは。

 もうちょい少女らしいハニカミがあってもいいと思うんだ兄ちゃん。


「器用さの修練に縫い物の宿題を仕上げて、ドリルを解いて、魔力は石の生産に回したが」

 あと日記を書いたりな。

 そこら辺は毎日のルーティンだ。

 1日『調律』しないと体が楽だわ。

 ゲーム時間で中5日空いたせいかもしらんけど、朝起きて快適さに驚いた。

 毛足の長いラグの上で寝ていたから、体を痛くするとかもなかったしさ。

 タッチの差でサリーの方が起きるのが早くて、滑らかな毛皮が肌に触れる感触があるかないか。

 それで目が覚めて、なにか惜しいような朝だった。

 芝生に座り踊る人々を肴にしてると、のっしのっしと近づいてくる大きな影があった。アスターク教官だ。


「おはよう。お前さんらは、参加しなくていいのか」


「おはよう御座います、アスターク教官。あの踊りって?」


「ルルブの追加サプリが出典らしいが、ここ最近流行ってるな。

 よさこい踊り派と、ソーランブシ派とアワ踊り派が特に人気だ。

 サリアータは米造りが基幹産業だから、集団で作業をするのは慣れている。ああいう群舞は気風が合うんだろうさ。

 円舞曲で踊るには、パートナーの都合のつかない男もいるしよ」

 リアルじゃ男が足りてない印象の社交ダンスだが、こちらでは昇殿試験に通るには必須なのでむしろ女性が足りていない。

 それとあのえげつないピンヒールはパートナーが小柄だと勘案して貰えるので、パーティーではダンスを踊りたい男性が多数いる。


「ソーラン節はキビキビして格好いいけど、よさこい踊りは気品ある感じ?

 アワ踊りは楽隊が楽しそう。

 真剣に踊ると、素敵なんだねえ」

 マリーがほわ、と溜め息をつく。

 盆踊りとか、学校の創作ダンスくらいしか通ってこなかったもんな。オレら。


「ロケット祭では大通りを踊りながら練り歩く計画らしいぞ。

 ああ、ソーランブシのグループは広場で演舞をやると聞いたが」


「今から参加するにはハードルが高いですわね。ラジオ体操と、ヨガあたりなら混ぜて貰っても平気かしら」

 この世界ラジオはないくせ、ラジオ体操はある。すべて追加サプリが悪い。


「ヨガって朝によく、おにいがやっている柔軟のアレ?」


「素振りをすると体が歪むから、取り入れているのもある」

 中学の剣道部の先生が引き出しの多い人で、そこら辺の柔軟とかも教わった。

 国語の先生だったんだけどさ、森セン。

 センセの授業受けてみかったなあ。

 担任どころか、教科担にも縁がなくて残念だった。


「リュアルテは行き届いた先生に基礎を習ったんだな。

 ヨガに参加してみるか?

 あそこの主宰はヤーマシッダ師の教室だとよ」


「ああ、あの愉快なマッサージ士の」

 『チャクラ』開いた時にお世話になった人じゃん。

 あの人、幅広く活動してるよな。

 うちの温泉の休憩室でマッサージのサービスも提供してくれているし。評判いい。


「ダンジョン内は『チャクラ』開くのに都合がいいんだとさ」


「へえ!おにい、行こ。やってみたい!」

 マリーに引きずられて参加する。

 プロの講釈を受けながらやったヨガは、『整体』と『チャクラ』を伸ばしてくれた。

 指導を受けるのって、やっぱり王道なんだなあ。

 前世はそんなこと知らなくて、損した気がする。

 …あ。

 駄目だ、知っててもそんな余裕なかったじゃん。

 意識してスキルを習熟させる贅沢なんて無縁だったし。

 争乱、本当によくないわ。


 んー。やっぱりサリアータの平和は守りたいよな。

 オレにできる範囲なら、好きに利用してくれても構わないんだけど……リュアルテくんの人生を権力でねじ曲げられるのは、不本意だよな?

 絶対阻止。

 さて、唆しはしたが素直に聞いてくれる男だとは思えない。ジャスミンはどう動くのか。


 それでなくても自然災害がキツいんだから、人間同士でいざこざするのは勘弁だ。

 ジャスミンに文句をつけて出奔を止めたからには、いざという時の逃亡ルートはオレも確保しとくべき。それも叩いても埃のでない立派なものをだ。


 なにせダンジョンマスターが政治に参加するのはよろしくない。

 血迷って暴力装置の面を振るう羽目に陥るくらいなら、皆で逃げ出す方が健全ではある。


 うん、そうしなくても済むように、圧力を掛けるべきだな。備えだけはしておこう。





「と、いうわけで、転ばぬ先の杖で万一の退路を用意したい。

 できれば多くの人が得する形で」

 地図を携え、オルレアの執務室で相談だ。


 アスターク教官はこの後野良ダンジョンに行く時までは書類仕事があるので、離席中。

 この場に後いるのは、サリーや秘書の面々だ。


「畏まりました。私の荘園に【ノベルの台所】のバックドアをご用意すればよろしいのですね。

 しかし、私の荘はサリアータの東の果て。

 特にナノハナ砦は、魔の森の防人にと駐する場ですが構いませんか?

 サリアータ以上になにもない所ですよ。いえ、我が一族にとってはこれ以上ないほどありがたい話ですが」

 うん。だから選んだ。

 魔の森は、冒険者的には最前線。

 プレイヤーとして、駅はあってもいいとの判断だ。


「オルレアの一族に世話になっている。そちらの役に立つのも嬉しいな。

 駅モニュメントの注文と、現地での土地の確保、それらの根回しを頼んでいいか?

 別に町中でなくても構わないから」


「はい。帰りはゲートから飛ぶとしても、道中、1日は宿泊の必要があります。

 手配は早くても次の休眠期明けになりましょう」


「そんなに急がなくてもいいぞ?」

 いくらなんでも早くないか。サリアータだけなら未だしも、遠隔地の事業だぞ?

 そうやって自主的に社畜するのよくない。

 困惑して、サクマら秘書たちに視線を移すと、こちらもやる気満々だ。

 駄目だ、止めるやつがいない。

 なにがそんなにツボったの?


「はい。最速での話です。

 それと袋リスのショッピングバッグの売り出しを開始しました。

 どうぞ、こちらがサンプルになります」

 小言の雰囲気を感じたのか話が流れた。見本の鞄が渡される。


 うーん。頼んでおいて勢いに水を差すのは、嫌な上司か。


 今は諦めて鞄を検品する。

 外側は帆布、内側は袋リスの革張りだ。

 ショピングバッグとしては、やや小ぶりか。

 底と、縁、持ち手に繋がる側部には補強が入っていて、普段使いには良さそうだ。

 口がはだけないように留め金があって、そこに袋リスの魔石がセットされている。


「中身は25キロのナッツが入っています」


「軽いな」

 持った感じ1キロはないくらい?

 試しに中身をひとつ、ふたつ取り出した。

 お徳用ナッツの大袋、1キロだ。

 重さを確認して、鞄に戻す。


「大きさ的にはロッカー程度は入りますが、重量の総軽減は約24.5キロほどでした。

 軽いもの、かさ張るものの運搬、日常の買い出しには便利そうです。

 ナッツ類は3階で採れたものです。そのまま召し上がれるよう加工していますので、バッグはご笑納下さい」


「バッグがあまり高いものじゃないのなら、妹に持たせてやりたいが大丈夫か?」


「はい。庶民でも記念日に贈れる程度の値段に抑えてますので。

 今のところ出せば売れています。

 しかし毛皮は輸出品にしてしまっても構いませんか?

 サリアータではあまり需要が見込めません」


「了解した。ここはあまり寒くならないからな。冒険者が買うダンジョン用の防寒具はもっと丈夫なのを選ぶだろうし」


「はい。リスの毛皮はお洒落用ですね」


 その後温泉施設を増やす相談や、司書さん候補の面接をしてから、位階上げに行くことにする。

 サリーはここから別行動だ。





 本当にさ、人を使うのって難しいな。

 高校生には手に余ると言うか、育ってきた常識が違うから、部下の、現地の人の心の動きがわからない。

 誰か詳しい解説よろ。


 オレの理解の外で盛り上がられるのは、少し詰まらなかったりする。

 でも上司が馴れ合いたいから混ぜてーっていくのはパワハラだよな。


 移動中に実りある結論は出なかったので、ここからは頭を切り替える。

 訪れたのは絶賛攻略中の、野良ダンジョンの6Fだ。


 前に針蜥蜴や象亀を狩りに来たところ。その第6階層目は、海のど真ん中のエリアとなる。

 大海に浮かぶ孤島を利用して、6Fダンジョンゲートは築かれていた。


 海の孤島。

 この位置に門を設置したってことは、陸からここまで空を飛んできたはずだ。凄いな、先輩ダンジョンマスター。

 野良ダンジョンの海に船なんて浮かべようものなら、あっという間に沈んでしまう。


 孤島は島から突き出る形で、堤防のようなスペースが築かれていた。これはゲートの防衛をしやすいようにという配慮だろうか。

 だとしたら図らずしも良い釣り場だ。


「今日は王子イカを釣ります。ということで熟練のプロをお招きしました」

 バイトリーダー、ジュリアンの紹介にメイドさんらは拍手する。

 ノリよく大歓迎で迎えられ、冒険者のおっちゃんらは照れ照れだ。


「チーム【海鳥】のリーダー、水麗人のオーキッドだ。

 今日はよろしく頼む。

 この6Fで採れるのはエビ、貝、海苔、青背の魚と彩り豊かだが、今回は厄介だがとびきり旨い王子イカを狙いたいと思う。

 エギングで5メートル級からを狙って釣る予定だが、うっかり100メートルを越える大物が掛かった場合は、ダンジョンマスター殿は退避も視野に入れてくれ。

 あと防雷装備を固めてきたので、いざとなったら俺らごと巻き込んでくれても構わない」

 うん。いざという時がないといいな。覚悟はしておく。

 それにしても水麗人か。うちにもいるけど『変化』中は言われなきゃわかんないな人魚のヒトは。


「海の魔物は基本が大きいんですね。

 ご協力、感謝します」


「なんの。野良ダンジョンは潰したいが、いい漁場は残しておきたい。

 お若いダンジョンマスター殿が漁に積極的なのはこちらのほうこそありがたい。いつでも声を掛けてくれ。

 あと、空を飛んで帰ってこれる人員が3名。雫石拾い要員に供出できる。

 …いま、磯遊びをして、鋭気を養っているあいつらがソレだ。

 わざとサボっているわけじゃないから安心してくれ」

 空を飛ばなきゃ、この大海原だ。点在するポリープなんて見つけられないからありがたい。


「リーダー、酷い!」

「ダンジョンマスター殿に大振りの海老を献上しようと思っていただけなのに!」

「浅利や蛤、トコブシの美味しさを布教したら、養殖してくれそうじゃないですか?」


「…あいつらは後で仕事をするんで、許してやって欲しい。

 リュアルテ殿は『祝い歌』による全体バフと、『鋭利』が使えると聞いている。

 王子イカを締める時には支援を頂きたい」


「了解しました」

 海の漁はほぼ素人だ。

 先達の指示に従うことに異議はない。



 一曲歌い、バフが乗るや否やのことだった。釣竿にヒットが出る。

 釣り師は3人。1名につき、6名のサポートが入る。魔物釣りは、海の魚のように疲れさせてから、なんて面白みのある駆け引きはしない。魔力全開での引き上げだ。


 魔石が幾つも嵌められたロッドがしなった。

 糸が魔力光を螺旋に放ち、リールに巻き取られていく。


「でかいぞ!」

 獲物の姿が見えると、すぐさま網が投げられた。

 『念動』により、イカが網に絡め取られる。

 セイヤっと陸地に引っ張り上げられたのは、体長10メートルを越える王子イカ。

 早速の大物だ。


 エギングの仕掛け、タックルに絡み付いている王子イカは、何故スキルが使えないのか混乱しているだろう。

 その長い触手で絡み付いているタックルこそが『魔封じ』の原因だというのを露知らず。

 魔力の強さはそちらに大きく負け越しても、頭脳戦では人の勝利だ。

 タックルに執着している限り、王子イカはただ腕力の強いだけのイカである。


「『鋭利』」

 指示された通りにバフを盛る。


 網で、刺股で押さえられ、目の上、目の下に2箇所ずつ。ズブッと、巨大ピックを斜めに差し込まれた王子イカは、絶命してその身を白濁させた。


 おお、凄い。

 赤茶けたイカがあっという間に白くなった。


「うお、しっかり『貫通』した。やっぱり道具は道具だな。あとはバフか。欲しいな、『鋭利』」

 イカのHP装甲を容易く突破した巨大ピックに、冒険者がさざめき立つ。


 新しい道具でも用意したのか?


「ほれ、魔蜂の針の使用例だ」

 教官が教えてくれる。ああ、あの山ほど狩ったあの蜂の生体金属。


「『探索』したが、魚影が濃い。

 大物は水中目掛けて『サンダー』を撃って貰うかもしれない」

 オーキッドは渋い顔だ。


 どれと、スキルを使ってみるが、海の中のことはよくわからなかった。

 影はあるけれど、魚……鯨のようなシルエットだ。

 やばい、大きい。

 それに気にとられて他が『探索』に入ってこない。


「リーダー、余力を残す為に3人中2人は小物用のロッドに持ち変えて置きませんか?」


「だなあ。そうするか」


「2班、3班はエビ釣りすっぞー!」


「うぃー!」

「りょ!」


「………海老釣りするんですよね?」

 餌が鮭の頭とか、尻尾の部分とか、大きくない?

 ロッドもゴツいし。


「鞭海老は触角を振り回すんで、締めるまで近寄らんで下さい」

 あ、海老って魔物か。

 さっき貰ったエビは伊勢海老っぽかったけど、違う種類の。


「痛、痛、てめえ、こん畜生!」

「往生せいや!」

 鞭海老は入れ食い状態で、面白い程引っ掛かる。

 釣り上げられる度にバシバシ攻撃してくるんで、オレは『ヒール』係だ。


「リュアルテは真似すんなよ?

 あいつらはHPの装甲が厚いんから無傷なだけで、あの鞭は相当の衝撃があるからな」


「イカ釣りの方が安全では?」


「大物だと、ロッドに魔力吸われちまう。

 鞭海老は1メートル級だが、王子イカは軽く10倍を越してくる。消耗の激しさが違うな」

 なるほど。

 教官に説明を受けていると、メイドさんがイカの足を炙ったり、海老を網焼きしたりスープを炊いたりするもので、暴力的な香りが立ちはじめた。


「ひとりずつ、休憩できる人からしてくださーい」

「私共が代わりに入ります」

「ご指導、よろしくお願いします!」

「魔力切れの方は、甘い飲み物、甘いおやつもご用意してまーす」

「潮風で冷えた体に、温かい汁物如何ですかー?」

「すいません、どなたか岩に張り付く貝の剥がし方のコツを教えていただいてもよろしいでしょうか?」


「おお、ありがたい。……すまない、サポート人員が厚いなら、知り合いの冒険者を呼び寄せていいか?

 この調子だとそのうち、やばそうなのが、掛かりそうな気配がする。

 後を考えると、逃げるよりも狩っておきたい。

 その際は、できれば武力の貸し出しも願いたいのだが」

 要請を受けたので、視線を流す。

 皆に行けると頷かれたので、了承した。


「では、そのように。他に必要なものは?」





 オーキッドの勘は大当たりした。流石は人魚。

 15メートルもある巨大マグロの群れ。それを追って現れたのは、王子イカの進化種の大王イカだ。

 その迫力たるや、サイズは堂々の200メートル越え。

 最初は島を見落としていたと思ったくらいだ。

 生命の神秘を目撃したと言っても過言ではない。


 大王が悠然とマグロの群れに触腕を伸ばし、食事を楽しむその最中。


 注意散漫であるのをいいことに、いっせえのと一斉攻撃する冒険者たち。

 彼らの鬼畜っぷりが光る。

 実際に光った。

 目を焼かれた大王イカは、当然のごとく怒り狂う。無理もない。

 スキルを囂々と乱発し、荒れ狂い渦巻く海。

 その『水流操作』の凄まじいことときたら、遠く離れたこちらの島まで余波の被害があったほどだ。

 その暴れぶりは、正に怪獣。


 しかしながらウィングブーツを打ち鳴らし、空を駆けたる【海鳥】チームの勇姿を見よ。

 光の槍が、爆撃が大王イカを打ちのめす。

 航空戦力こそ、戦場の雄だ。


 ……うん。そうなんだ。『ターゲット』と対空遠距離攻撃のない相手。つまり大王イカは【海鳥】の彼らにとっては的だったりする。

 怖いのは津波によるゲート破壊のみだ。


 俺バッター、お前ボールな?

 そんな副音声が聞こえていそう。

 ただしボールは200メートル級。弱いもの苛めとは程遠いのが救いだ。


「ようし!オーキッド、ぶっ潰せ!」

「逃げんじゃねえぞ、魚介類!」

 集まりつつあるギャラリーから、野次が飛ぶ。

 これは酷い。

 酷いが冒険者って、案外、危ない橋は渡らんらしいよ?

 危険をどこまで減らせるかって、一流の鍵はそこらにあるそう。


 それでもって教官曰く、サリーならあの大王イカ相手でも正面からタイマンでマウントがとれるらしい。

 …言わないけど多分、教官たちもやれちゃうんだろうな。そんな気がする。

 危険を排しながらすくすく育つとそーなるのか。勉強になる。


 それにしても、海の生き物は魔物にしても大きすぎる。

 いっぱい協力してもらってなんだけど。これさ、ダンジョンで管理するの難しくない?

 事故が起こりそうだなと困っていたら、メイドさんに悩みを一刀両断された。


「海の魔物が強いのはフィールドが水中だからです。

 呼び出し地を、陸地にしてしまいましょう。そして時間を開けて、大物を一匹ずつ招き入れるのです。

 それで全て解消します」

 わあ、セメント。

 この子、魔物に慈悲はいらない系のメイドさんだったか。

 大和撫子風な彼女の提言に好意的などよめきが上がったのは、仕方ないこと。


 皆、魔物に村でも焼かれたの?

 とは、冗談でも聞かない。ガチでその可能性があるから。

 昔、まだ小さかった弟が……そんな話が出てきてしまうのが『異界撹拌』クオリティだ。


 そうね。イカも海老もマグロも美味しいもんね。

 サリアータは海の幸に飢えているから。

 そういうことにしておこう。そうしよう。


 しかしそれ、海の魔物にとっては最悪のトラップダンジョンだな。


 えー。本当に、造るの。オレがそれを?



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[一言] 無慈悲なトラップタワー…美味しさを得るためなら仕方なし
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