71 リアルのタコ
「ジャスミンあいつなんなんです?
ただの酔っぱらい風情でリュアルテさまの『治癒』が受けられるとか、狡くないですか?」
サリーがくだを巻きだしたのは、自分の部屋に戻ってからだ。
一見、素面に見えて、しっかり酩酊していたんだなサリー。
なんか愉快になっている。
「わたしは『診断』がないから、むしろ大怪我の『治癒』は無理だ。
だけど気軽な酔い醒ましぐらいなら、いつでもしてやれるぞ?」
『治癒』は触れたほうがやり易いが、なくても『ターゲット』が働いてくれるので、サリー相手でも安心だ。
「では、お願いします」
ラグの上でサリーが転変した。
白銀の獣が上機嫌に長い尾を振る。
なにこのサービス。聞いてない。
思わず畏まって正座をしてしまう。と、そこに頭が乗せられた。
嘘だろサリー!
ふかふかで、大きな獣の頭が膝の上に!
その上、耳がピルピルしている。
えっ、可愛いな。
酔っぱらい怖い。
「『治癒』」
至福の時間を引き伸ばしたくて、ゆっくり丁寧にスキルを掛ける。
そのままサリーが寝落ちしたのは、だからオレの責任だ。
「大変申し訳ありませんでした!」
リアルで迎える朝の玄関先。
ガチ謝罪のサリーには悪いが、オレには良いことずくめだったんだよなあ。
イッヌは全て可愛いが、中でもサリーは一番だ。
綺麗な角度でお辞儀をされた後頭部を見ると、無意識の誘惑に負けた罪悪感が募る。
「いつも世話になっているばかりだから、たまにはいいだろう?」
起き抜けで化粧もしていない佐里江さんは、よりサリーに近い。
うん、ビックリするぐらい美人だな。
すっぴんでこれか。
「十代の男の子相手に、私はなにを。
お恥ずかしい。禁酒します」
しきりに恐縮し、失態に顔を青くしている。こんなサリーはじめてだ。
キリリとした印象の強い人が見せる動揺って、可愛いんだな。初めて知った。
「それはちょっと残念だな。酒毒抜き程度でも、サリーに返せることが出来たと嬉しかったのに。
サリーは呑むの好きなんだろう?」
促して外に出る。
手配された住宅は、戸締まり要らずのオートロックだ。
鍵は古式ゆかしくて風情があるが、便利なシステムもまた良いものだ。
今日は平日。
朝食前にひとっ走りの予定が組まれている。
エンフィとは運動場で待ち合わせだ。
リアルのヨウルは朝に弱かったので、いるかどうかは確率半々。
「リアルではそう強くはないので、週末、自宅で適量を守ってましたが。
あちらでは枠でしたので、すっかり調子に乗っていたようです。
ええ、はい。お察しの通り大好きです。
………ご迷惑だったのでは?」
とんでもない。
「あちらのサリーが寝落ちしたので、リュアルテも傍に転がしておいた。
それが嫌じゃなかったら。
オレ以上にリュアルテは、もふもふが好きだ」
「……あちらのサリー、少し良い目を見すぎでは?」
おおっと。
リュアルテくん、サリーに好かれているなあ。
こちらのオレは接触嫌悪の気がある女性に馴れ馴れしくしたら嫌われそうで節度を守っているのに、子供はつよい。
オレ自身もリアルよりもゲームのクラスメイトに甘くなる傾向があるから、そんなものだろうけど。
「『治癒』は魔力の相性がいいと心地いいらしいから、快適だったのなら良かった」
「ええ、控えめに申し上げても天国でした。
そう言えば狩りの最中に『治癒』して貰った時、気持ち悪くなった事がありました。
血を流しすぎたからだと思ってましたが、魔力の相性だったのかも知れませんね」
いや、それは失血のせいだろ。
「サリー、ヤンチャしてるんだな」
「それなりには。どんどん強くなるのが楽しい時期もありました」
「ゲーム的にはレベル100を越えてからが本番だからな。
油断しているとすぐロストだけど」
「ひょっとしなくても、リュアルテさまの前世は猛者でしたね、流士さん?」
「恥ずかしいから秘密」
リュアルテくんにはない戦闘系スキルが出ているから、ハイレベルだったのはお察しだろう。
でもさ、前世で強くてもリアルやリュアルテくんは弱々だもん。
自慢にはならないだろ?
エンドレスでラジオ体操が流れるスペースで1回半の参加をして、柔軟、20キロのランニングだ。
レベル8にもなると、明確に身体能力が上がる。
格上の兄さん姉さんなんて、えげつない装備を着込んで走って、オレよか早い。
「おはよう!」
「おはよ」
朝っぱらから溌剌としたエンフィと、クールダウンは一緒になった。
テロテロとした走りから、ウォーキングに移行する。
「エンフィ20キロコースじゃないのか?」
先に走ってたのに終わるのが一緒だ。
「不調のない体が素晴らしくてな!
楽しくなって走りすぎた!」
おー。それは何より。
「昨日は大まかに治したから、経験値稼いだ後にもう一度診せて」
「ありがとう、よろしく頼む。
『治癒』や『診察』はリアルだと特に素晴らしいな!」
「将来的にはお医者さまが『診察』してから血液や超音波やらの検査して、その後『治癒』、もう一度検査ってコースになるのかもな」
「なるほど。患者も見れるデータはいるな!」
うん、証拠は大事。
「風邪やインフルはあまり効果ないし、案外、患者や病院は減らないかもだ。
『診察』はまだしも『治癒』はMPを食うし。
1日に何十人も『治癒』するのは難しいよな?」
冒険者が増えたら怪我人も増えそうだしさ。
「気が早いな。まずスキルを熟練させて装具なりスキル石なり作れるようになるのが先だろう!」
「スキルを磨くにしても、オレはなあ?」
難しそう。
お医者さまじゃないから、内臓系のトラブルは怖くて弄れないし。…まあ、胃潰瘍くらいなら治したことあるよ。前世の自分のだけどさ。
でも、それ以前の問題で『診察』とか個人情報の塊をすっぱ抜くもんだろ。仲間うちじゃなければ、知られるの嫌じゃねえ?
協力してくれる人いるのかな。
今日の授業は15時半まで。
お疲れさまでした。
食堂で大鍋いっぱいのおでんをサリーと突ついていたら、わらわら沸いたハイエナらにたかられてしまった。
皆さんおでん好きだな。
「ごっそさん、旨かった!」
代わりにお取り寄せのお菓子を山と貰う。わらしべ長者の気分だ。
北はランドグシャにホワイトチョコレートを挟んだ某銘菓から、南はパイナップルのチンスコウまで幅広いラインナップだ。
「あら、綺麗になくなりましたのね」
空鍋を受け取った婆さまが感心している。
「おでんの残りでカレーをやりたい人がいて、汁の1滴まで持ってかれた。
食堂のご飯も美味しいけど、家庭の味に飢えてるのかも。
そんなわけで好きなの持っていって」
鍋を『洗浄』して返す。
「こんなに頂いてしまって、海老で鯛を釣るもいいことだこと。
そうね。あんこのお菓子が多いみたいだから、鮎のを頂こうかしら。
夜に旦那さまとお茶をするのに、昨日はホットミルクでしたのよ」
夜のお茶だけは、爺さまが台所に立つ。
よしよし、注文は聞いてくれたな。
「あんこと牛乳は合うから。
婆さま、今日はなにか狩った?」
婆さまの仕事は午前中だけで後はダンジョンにちょっかいを掛けているはず。
でも一応は確認をとる。
「鳩と水玉を少々」
「ん。じゃあいいか『治癒』掛けるね」
『診断』。
やっぱり骨がちょい心配。
胃腸の栄養からカルシウムを引っ張ってって定着させる。
「1週間に2回くらい、しばらくやってみようか。
あ、これチーズのやつだから、これも持って帰って」
「まあ、ありがとう流士さん。
明日はこちらに来ませんけど、何かリクエストがあるかしら」
「市販のものは通販があるけど、婆さまの趣味で幾つかマグカップが欲しい」
自分のと来客用のと。
婆さまの食器の趣味は、軽くて薄くて丈夫なやつだ。
春のパン祭りとかやるメーカーとか毎年楽しみにしているし、デザインで選ぶなら和モダンを愛している。
多分、手触り口当たりのいいものも贔屓筋だ。そういう食器を選んでいる。
ここはひとつお任せしたい。
「あら、ふふ。楽しい休日になりそうですこと」
売店で卵を大人買いしていった婆さまがバスで帰るのを見送って、今日も今日とてレベル上げだ。
リアルだと、1日が短い。
「セクシー大根の次は、星蛸か」
一気にレベルが上がったな。
「明日は蛸飯ですかね?」
サリーにマフラーを巻いてもらう。
ダウンジャケットにジャージに長靴、ゴム手袋、ゴムの前掛けをして、扉の先は海だった。
潮の匂い。さざ波立つ海が鏡のように煌めいている。
鼻の奥がつんと痛くなるような、冬の海だ。
養殖場みたいに足場が組まれていて、ずらりと漁の仕掛けが並んでいる。
「仕掛けの巻き上げと絞めは俺らがしますんで、篠宮くんは『鋭利』をお願いします」
人力ウィンチによって巻き上げられた籠には、工事用三角コーンほどのサイズの蛸が入っていた。
星蛸の由来は頭の天辺に、星形のアザがあることによる。
茹でてしまうと分からなくなるが、生きている今は見事に青い。
「『鋭利』」
刺股で蛸を押さえるもの4名、アタッカー2名、見張り1名の構成だ。
後はオレと護衛のサリー。
慣れた作業なのか、テキパキと手際よく蛸が絞められる。
「『体内倉庫』に塩を入れてきたんで『解体』で下処理いけます」
はいと、手を挙げ主張する。
それでなくても接待されているんだから、少しは役に立っておこう。
「篠宮くんは、蛸を『解体』したことあるかな?」
「ゲームの中では、やりました。『造水』もあります」
『洗浄』だけじゃ追い付かないんで、タコの滑りは塩で揉む。
「じゃあ頼んだ!これだけ大きいと、ヌメリとりも大変で」
「美味しいんですけどねー」
『体内倉庫』で『解体』を使う。うん、大丈夫。きちんとやれている。ただ、塩が10キロって少なかったかも。
「滑りとりの水って、海に捨ててもいいですか?」
「塩と水だろう?構わないよ」
泡立った水を海に流す。
そうしている間に2匹目が倒される。まだ付与は掛かっているので見学だ。
うーん。今日は解体係かな。
「今日はどれくらい、漁をするつもりですか?」
「ヒト……18時になるか、仕掛けを全部回収するか、君のレベルが13になるか、どれかひとつでも達成したらかな」
「だったら塩が足りなかったなと」
頭を切り離し、内臓と口と目と魔石を取り除いたポリバケツを『体内倉庫』から排出する。
「生ゴミと魔石は預かってます。まだ倉庫が狭いんで1匹ずつ持っていって貰ってもいいですか」
「ポリバケツの在庫は幾つかな?」
「備品を預かっているのは5つです」
「なるほど、足りないな。バケツはあるが、篠宮くんがここで『解体』できるなら、塩は欲しい。
伝令、厨房に蛸を届けるついでに塩も貰ってきてくれ」
「篠宮くんは蛸刺と唐揚げどっちが好き?」
「両方とも美味しいですよね」
今は寒いから温かいものの気分だけど、空調の効いた室内なら刺身もいいよな。
「合点承知!」
伝令のお兄さんが蛸を担いで離脱する。
「『体内倉庫』持っている人って意外と少ないんですか?」
「ゲーム中だと、最初のうちは頻繁にロストしていたし、ランダムシステムも利用されていなかった。
君たちはゲームを上手く利用してスキルを出してくれて、嬉しいよ。
いつか『体内倉庫』のスキル石を頼む」
「頑張りますが、先は長いですよ。アドバンテージがあるゲーム中でもスキル石はまだ作れてませんから」
「そのうち、そのうち。よし、次のサイクルで付与を頼む」
夕御飯には星蛸の刺身が出た。それと蛸と胡瓜のキムチ。
蛸は味が濃厚で、柔らかくて美味しかった。
チームの兄さんらはさくさく倒していたけど、レベル13まで余裕だったから、オレにとってはこの蛸はお強い魔物だった気がする。
……ひょっとしてこれが姫プレイ!
ヨウルが寄生をやたら嫌がってた理由はこれか。
なんてこったい。
余計な事実に気づいてしまった。
気晴らしというわけではないが、歌いに来た。
『声楽』は楽しい。
前世は『声楽』なんてなかったのに、なんで『リズム』とか『共鳴腔強化』とか音楽系のスキルがあったのか謎だが、その遺産のおかげで少し上手くなった。…気がする?
正直、よくわからんがスキルがついたってことは多分そうだ。
歌うと言ってもカラオケにあらず。
場所は人待ち種の杏子畑。
杏子ってすももと違って甘くなくて酸っぱい印象だけど、ここのはかなり甘くてとっても酸っぱい実をつける。
ドライフルーツやお酒や酢にすると、酸味が柔らかくなって美味しいそうだ。
うん、生で齧るのは止めておいた方がいいのかもだ。オレみたいな酸っぱい顔になりたくなければな。
この広い杏子畑で合唱団のサークル活動をしているので、混ぜて貰う。
毎日夜の7時から8時までやっていて、自由参加自由離脱の緩い集まりだ。
今日は時節柄クリスマスソングのメドレーと、第九をちょろりとやっていた。
腹筋と体幹を鍛えるストレッチをしてから、『祝い歌』を歌う。もしくは歌えるように練習する。
心なしか杏子の木々も楽しそうに、花を煙のようにくゆらせている。
「カラオケもいいけど、合唱もいいな。ハモるの気持ちいい。
中学で声変わりした時にちょうどシーズンで、なんか合唱辛い印象ついてたけど勿体なかったわ。あと、ドイツ語わからん」
「そうだな。日本語でクリスマスソングを歌うと『祝い歌』は発動するのに、外国語だと掛からないのは、やはり母国語の理解の深さがある気がする!」
食事でかち合ったので、誘った2人も楽しめたようでなにより。
「オレ、この後杏子畑で『受粉』『採取』のバイトするけど参加する?」
人待ち種は花と葉っぱと果実をつけっぱなしにするズボラなところがある。
「私は『採取』をしよう!」
「オレも」
「わかっていたけど、『受粉』人気がないな」
『採取』を付与した指輪を渡す。
「だって『採取』は需要ありそうじゃん?」
「同感だ!この先1人当たりの食糧必要量が増えるとなると、まず『採取』は欲しいだろう!」
うんうん、でもさ。実をつけるには花が必要なんだけどな。
…魔物は本当にそうか怪しいから余計なことは言わないにしても。
レベル13になると白玉魔石『精製』のスピードが上がる。
研究所の在庫が尽きたのは9時前で、また明日ということになった。
明日には他の場所から魔石の輸送があるそうだ。
たっぷり湯船に浸かって、部屋に戻るとサリーがまだいた。
「もう夜なのに、働きすぎじゃないか?」
「学生さんが勉強している時間は、私は休憩してましたよ」
知ってる。その時間は位階上げしてたでしょ。それは休みって言わないんだよなあ?
「冗談です。今日も1日頑張ったので、自分へのご褒美に流士さんの髪を櫛けずらせて貰おうと思いまして」
「そんなんご褒美になる?」
「私にとっては。他人さまを好きに触れるのは楽しいです。
自分に触られるのが嫌な癖にと、思わなくはないですが」
潔癖症ってなわけではないんだよな、サリー。
触れられるのだけが駄目。
「サリーがいいなら、いいけど」
椅子に座ると生乾きの髪に、ドライヤーがあてられる。
「…あまり濡れていませんね?」
「タオルドライはしっかりやって、あとは自然乾燥派。
女の人みたいに髪は長くないし」
「綺麗な御髪なのに勿体ない」
あっという間に乾かされ、仕上げにいい香りのオイルを刷り込まれてしまう。
「サリーが触れられるの嫌なのって理由があったりするのか?
もし、地雷があるなら早めに知りたい」
「昔は平気でした。
思春期あたりから痴漢に合うようになりまして、それからですね」
「じゃあ女の子なら」
「……痴漢は女もいました。凄く、怖かったです。
私は昔はこれでも大人しかったんですよ。
でも、暴力がなくては自分1人も守れない。そう悟ったのはこの頃です。自己流で体を鍛え始めましたのも。
おかげでストーカーに襲われた時も、無事に切り抜けてこれました。
……そう考えると大きな被害には、遭ってないのですよね私」
サリーは淡々としているが、冗談じゃない。
「怖いのは当たり前だ。身内がそんな被害に合ったら戦争しかないだろう。
サリーの克己心が強くてよかった。
防衛本能から来るものなら、下手に治すよりも尊重するほうがいいかもだ」
「…今までなら、その意見はガッツポーズが出るくらいに嬉しかったんですけど。
ほら、あちらの私、リュアルテさまが大好きすぎるじゃないですか。
リュアルテさま、他の犬の人を撫でたことあったでしょう?
それがかなり、羨ましかったみたいで。
彼は接触嫌悪を治したいっぽいです。
あちらのサリーは私であると同時に相棒なので、できるだけ意には沿いたいな、と」
わあ。
……まあ、オレもリュアルテくんは幸せになって欲しいから、佐里江さんの言い分は分かる。
んん、どうせ訓練を続行するなら。
「サリーが良ければ、『魔力循環』を試してみるか?
そちらから握ってくれれば、駄目な場合、直ぐ手を放せるだろう」
「いいんですか?
実は、興味がありました。
お願いしておいて、鳥肌を立てたら申し訳なくて言い出せませんでしたが」
言ってくれたら良かったのに。
「なんだ。こちらも妙齢の女性に手を握れとか、セクハラにあたらないか不安だった」
サリーはソファーの横に座らず、目の前に膝をついた。
右手を包むように握られる。
「むしろサリーがリュアルテさまにセクハラしているんですよね。私からしてみたら。
ゲーム中は父性と主可愛いが溢れて、流されっぱなしですけど」
繋げた手から伝わせて、まず、魔力を寄せる。
と、サリーの肩が跳ねた。
宥めるようにゆっくり体内を巡らせて、サリーの魔力を捕まえた。そのまま、自分の体に引き込む。
途端に覚えるのは、爽やかな酸味と甘味。
サリーの魔力は光と熱を蓄えた、柑橘のようだ。
そのエネルギーに圧倒される。
まだサリーの方が魔力は強いから、手加減しないと。
酔っ払ったら困る。
「リュアルテは嫌がってないからセーフ。
まだ子供だから、適当に構ってくれる大人がいた方が安定する」
最近ポツポツ反応出てきたから、この方向で育てたい。
「すみません。お言葉に甘えさせて下さい。
サリーの体はアドレナリン強くて、どうもコントロールが難しく。
……あの。
流士さんの魔力、本当にいい匂いがするんですね。
ユーカリのように清々しくて、でも残り香が高雅で甘い。…白檀と、イランイラン?」
白檀は線香の匂いだからわかる。
ユーカリとイランイランは知らない。
良く見て聞く、顔と名前だけど、名前と顔は一致しない芸能人って一杯いるよな。そんな感じ。どんな匂いなんだろう?
「気持ち悪くないか?」
「いえ、凄く心地いいです。安らぎます」
サリーがうっとりと目を瞑る。
手をきゅっと握って、それはやめて欲しい。
こちら健全な青少年ぞ?
すぐ勘違いする年頃なんだから、勘弁して。
サリーのオレに対する好意はリュアルテくんへのお零れなんだから、信頼崩したくないんですけど?
うっかり何かしてサリーを傷つけたら、リュアルテくんが許してくれなさそう。本当に困る。
「はい、終わり。お疲れさま」
無心で『魔力循環』をこなして、溜め息をつく。
「…もう?」
残念そうな吐息が色っぽくて、ドキドキする。
「最初だから少しにしよう。
サリーは『魔力回路』が鍛えられているから平気かもしれないけど、痛めたりしたらいけないから念のため」
「はい」
サリーの帰りを見送って、ベッドに転がる。
効能の強い栄養剤をキメたように、体が熱い。
サリーの濃い魔力を味わった副反応だ。
オレ、魔力は1000を越えたけど、サリーいくつくらいあるんだろ。
多分2倍じゃきかずにありそうだ。
……でも、あんな。睫毛の数が数えられそうなほどに近くに顔を寄せて平気とか、完全に対象外じゃね?
信頼されて嬉しいのに、なんか凹むわ。
今夜は煮詰まって眠れなさそう。
そんな心配もゲーム機があれば解決だ。
指定した時間になれば、即効で眠くなる。
お休みなさい。お疲れさまオレ。
はー。心臓に良くない。