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70 性別に関するアレやコレ



 居間で本を読んでいると、帰宅を知らせるベルが鳴った。


「おかえり、サリー」


「只今戻りました。遅くなって申し訳ありません」


「人付き合いも重要だろう?

 星砕きのボス戦では主力を担ったと、教官に聞いたぞ。

 功労者は呑まされて帰ってくるかと思っていた」

 時間は就寝時間の少し前。

 サリーはレイドを組んだ仲間たちに誘われて、打ち上げに顔を出してきたはずだ。

 酒香は纏っているが、想像よりもずっと帰りが早い。


「皆、疲れもあって早く潰れました。それにサリーの体は枠でして。

 チェルさんとマリーさんは、如何されました?」


「女子たちとお泊まり会をするそうだ」

 速攻で仲良くなったな、あそこら。


「女子寮なら、エステル教官がおいでですから安心ですね。

 …窮屈でしたでしょう?

 お首もとを失礼しますね」


 流石に上着と靴は脱いだが、ドレスシャツの複雑さはお手上げだ。

 『体内倉庫』からの早着替えは、自分で脱ぎ着ができない服や鎧は対応をしてくれない。

 早着替えはリアルにはない機能なので、ここら辺は将来を見越してわざと制限してるんだろうな。仕方ない。

 無理して繊細なレースを破いたりしたらことなので、大人しくサリーの帰りを待っていた。


「ジャスミンとは話せたか?」

 脱がせやすいように顎を上げた。

 サリーの指がシュルシュルとレースの結び目を解いていく。

 器用だな。

 ネクタイぐらいなら絞められるけど、この胸元はなにがどうなっているのか、さっぱりわからん。


「ええ。彼の懸念は貴方がたに政略結婚の話が出ていたことでした。

 なんでも上のクラスのダンジョンマスター候補生は1人を除いて、全員逃げたそうでして」


「逃げた?」

 コルセット部分を解かれると、ほっとする。強く絞められてはなかったけど、やはり圧迫感があったらしい。


「1人目は女性。結婚秒読みの恋人が一般人なので、出産に備えて断りたいという話でした。

 2人目は男性。冒険者として一旗上げたい夢がある。将来はやってもいいが、今は無理だということです。

 3、4、5人目が他領のハニトラに引っ掛かって脱走しました。

 6人目は貴族の出で、まずは自分の家の荘園整備をしています。

 3、4、5人目の行動が問題視されて、先に婚約者をあてがいたい動きがある。そんな話でした」

 後ろ背についた小さな貝殻ボタンが外されていく。

 これ、見た目は綺麗だが、20個もある背ボタンって利便が悪い。

 眉をひそめる。


「普通に嫌だが」

 お偉いさん、オレに反発されたいのかな。

 リュアルテくんボディ、これからギザギザハートの思春期突入ぞ?


「ええ。だからジャスミンはエンフィさまとルートさんを担いで逃げるつもりだったらしいですよ。割りと本気で。

 どうします、逃げますか?」

 サリー。そうやって人を試す真似は良くないぞ。


「それは最後の手段だ。まずは交渉からだろう。

 …でも、そうだな。

 もし、わたしが逃げたら、サリーはついてきてくれるか?」

 ドレスシャツのボタンが全て外される。この先は独りで大丈夫だ。

 『体内倉庫』経由で私服に着替える。

 これらはサリーのセレクトなので上等な品だが、簡素なシャツとパンツには安らぎを覚える。

 ああ、肩が凝った。


「もちろん。私とオルレアの一族郎党はあなたにつきます。

 いざとなったらダンジョンを抱えて、オルレアの荘園に移りましょう。

 あちらは魔の森の近くだから、大歓迎されますよ」

 髪に差したピンをサリーが抜いてくれる。

 くすぐったくて、首を竦めた。

 たった今まで複雑な形に結い上げられてたというのに、こぼれ落ちた髪は癖のひとつもついていない。

 エルブルト人種は、髪といい骨格といい、地球人類ではない特徴があったりする。まあ、獣人らに比べれば間違い探しみたいなものだ。


 グイっと引っ張られ纏められていた頭皮を労るようにブラシを掛けられる。

 それがうっとりするほど気持ちいい。

 語尾が自然と甘く解ける。


「ありがとう。

 サリーがいてくれて心強い。

 ジャスミンがわたしやヨウルにちょっかいかけたのもなにか理由があったのか?」


「それは個人的な好奇心の方ですね。

 お2人の中の人の性別が知りたかったらしいですよ。

 そうそう、リュアルテさまは、ジャスミンに中の人は女性だと思われてます」

 なんでや。


「否定しなかったのか?」


「面白かったので、つい」

 そりゃ、面白いだろうが。お茶目さんか。


「ジャスミンは、エンフィさまの中の人も女性だと思ってますでしょう?

 リュアルテさまは、エンフィさまと所作や雰囲気が似ておいでですから」

 やっぱりジャスミン、エンフィのこと女だと思ってやがったか。

 エンフィはリアル武芸者だ。

 暴力を扱う術を学んだからこそ、がらっぱちなところを、綺麗に粧しているふしがある。

 それが良家の子女っぽいから、わからなくもない。

 

「わたしの場合はピンヒールあたりが決定打か」

 『礼法』の仕業とはいえ、ヒールで闊歩してたら誤解もされるか。草生える。


「それで、貴方がた3人でお泊まりとかをしたりして、仲良くしてたじゃないですか。

 だから、実は3人とも女性ではないかという、ガバな推測を聞かされましたよ」


「サリーはなんて答えたんだ?」


「男性にしては無闇に肌を晒さない慎み深いところはあると感じていましたが、女性だという話は伺っていません。と。

 嘘はついていませんよ?」

 確信犯だ。それ誤解を助長させるやつでは?


「ヨウル、割りと女の子が好き好きアピールしてるのに」

 なんて憐れな。


「その癖ガツガツしてないので、ブラフを撒いていると判断したんでしょうね。

 男があまり好きではなくて、女友達とばかりいる若い女子なんて珍しくありませんし」


「ジャスミンの目って節穴なのか」

 別に騙そうとしたことなんてないぞ、オレら。


「あれの気持ちはわかります。リュアルテさまやエンフィさまは今日の男性にしては上品すぎますし、ヨウルさまも雑な口振りの割りにお優しい気性です。

 リアルは女性だからと言われたら信じてしまいますよ。なにも知らなかったら。

 そう言えばあいつ、私のことは何故か男だと確信してますね。

 やっぱり節穴でいいのかもしれません。

 飲みに行くと愛想のいい女の子がいる店に連れてかれますし」

 そりゃー女の子もサリーやジャスミンが来たら愛嬌振り撒くだろうさ。

 サリーの性別はリアルでは行方不明がちだけど、こっちじゃ体の使い方とか立ち居振る舞いもさ、まんま男のそれだもん。

 鎧姿が凛々しいのなんの。


「それで、ジャスミンはわたしたちがリアルで女だったら、どうしたいんだ。

 どちらにせよアバターは男だぞ?」


「どうせ結婚は10年後とかなんだろうし、偽装婚約とかどうよ?と、打診されました。

 根回しする前にエンフィさまと相談しろと蹴りだしましたが」


「偽装婚約?誰と誰が?」

 打診ってことはエンフィとオレなんだろーけど、一応聞いとく。

 話を聞いてからではないと、断る話も断れない。


「ヨウルさまをトップにハーレム構築はどうだろうかと」


 ……………。


 ジャスミン、オレら全員女と推測立ててるんだよな?

 それで偽装ハーレムとか頭沸いてない?






 このまま放っておくとジャスミンがなにをしでかすか不安になったので襲撃を掛ける。


「リュー。どうしたんだ、夜に」

 この時間に部屋まで訪ねるのはなかったから、エンフィが目をぱちぱちさせる。


「夜分にすまない。ジャスミンは帰ったか?」


「大虎がいるな!」


「……エンフィ、頼む。大声はきつい……」

 革張りのソファーに沈む大きな体。

 ジャスミンは、やたら辛そうだ。

 これは訪れる時間を過ったか。


「飲み過ぎなのが、悪いんだろう。

 サリーさんは大丈夫のようだな。ジャスミンはこれで強いほうなのに、随分持て成しを受けたそうだが」


「ええ、おかげさまで」


「そいつみたいな蟒蛇と一緒にするんじゃねえよ。どれだけ呑んでも顔色ひとつ変えやしねえ」


「いいえ、これでも酔ってますよ。

 世界がとても美しく見えて、やたら楽しい気分です」

 それは良い酒だな。


「俺も途中まではそうだったさ。ったく、何の用だ」

 会話は真面だけど、やっぱり酔っぱらいだな。

 少し酒を抜いておくか。


「エンフィ、ジャスミンに『治癒』を掛けてもいいか?」


「構わない。『治癒』は酒毒抜きにもつかえるのか?」


「アルコールをそのままカロリーに変える。

 朝の『治癒』で栄養を使ったから、丁度いいだろう」

 リュアルテくんは『診断』のないヤブだけど、胃腸の栄養素をカロリーに変えるのは『治癒』の基本だから問題ない。

 食事で牛乳、つまりカルシウムをとれば骨の強化を出来たりもするし、コラーゲンで傷の修復をしたりする。

 毒抜きだってお手のものだ。

 ジャスミンの腹部に手を翳す。


「『治癒』」

 スキルによって掌と腹部が魔力光で繋がる。


「おー、極楽。お前ら主従、性格きつい割りに癒し系のスキル多いな」

 ジャスミンはグルグルと喉を鳴らした。

 こいつ猫科の血が入ってるんだよな。角があるから朝に『治癒』を掛けるまでは気が付かなかった。

 大きな猫ちゃんと思えば、少しは優しくなれる気がする。


「サリーは、いつも優しいぞ」

 本性はそこそこ善良ではない自覚があるから、努めて親切に振る舞っているようなオレはともかく。


「そりゃー、ガキじゃあるまいし。

 男なら好きな子には優しいもんだろ」

 カマかけしているところ悪いがジャスミン。それ、前提がちゃうねん。


「リュアルテさまの性格がきついとか、聞かない評価ですよ。

 この温厚な方にそれだけの態度をとらせるとか、反省しなさい。

 それに私がリュアルテさまを好きなのは自明の理なので、からかっても無駄ですよ?」


「そうか。わたしもサリーが好きだ」

 オレだけじゃなくて、リュアルテくんも好いてるぞ。

 丁度格好いい同性には憧れる時期だし。

 わかるわかる。

 サリー、腕っぷし立つもんな。それだけで凄い!ってなる年ごろなのに、なにかと親身になってくれるんだもん。懐きたくもなるわ。


「私もリューが好きだぞ!」

 エンフィも素面でノリがいいよな。照れるわ。


「わたしもだ。だから、ジャスミンの目論見は腹に据えかねるものがあってな」

 ついとジャスミンに視線を流すと、咳払いされた。


「リュアルテ殿、オコだったりするか?」

 悪酔いからさめたジャスミンが蜂蜜とシナモンを落としたホットミルクを、オレとエンフィに出してくれる。

 自分とサリーには檸檬水だ。

 アルコールを分解したから喉が乾いているんだろう。


「オコだ。まず問題から逃げ腰な態度が気に食わない。

 出奔は最後の手段だ。

 物事には順序がある。

 将来の伴侶すら自分で選べない世界で暮らすつもりは、わたしにだってないんだぞ。

 先走らないで相談してから、喧嘩を売るなり交渉するなりして欲しい。

 わたしたちは小さくてもサリアータにとっては重要な駒だ。

 ジャスミンの経験からして、一連の動きは不快だったことは推察する。

 しかしサリアータではわたしの気持ちをないがしろにされたことは今のところないぞ」


「つまり?」


「わたしたちが断れば諦めてくれる可能性が高い。

 第一庶民の出に、高貴なる者の義務を期待するほうが可笑しい。問題の前提が違う」

 お嬢さまなら婚姻はお役目で、家の意向に逆らうなら出奔も致し方なしだったかもしれないけどさ。


「そうですね。ダンジョンマスターならどこにいっても歓迎されますし、現在地が嫌なら普通に移動しますよ。

 強要とか、難しい職種ですよねえ」


「ダンジョンマスターが土地持ちの貴族が多いのは理由あってのことだと思うぞ。

 産まれた時から若さま、お嬢さまと大事にされて教育されなければ、領民に尽くそうなんて思わないだろうな」


「ですから活動するとしたら、お偉いさんの耳にその手の強要をしたらダンジョンマスターに嫌悪されると囁きを入れることなんじゃないですかね。

 貴方、そんな人脈あったりしません?」


「あー…………いねえこともないか」

 いるんだ。

 冒険者は、時に謎の人脈を持っているもの。

 ジャスミンの踏んできた冒険活劇も、迷惑料代わりにそのうち聞き出してやろう。


「前は追っ手側だったから、今回は守ってやりたかったんだがなあ」

 ジャスミンは艶やかな巻き毛をかき上げる。

 それは前世の話です?

 面白そうな馴れ初めだな。


「エンフィ、さわりだけでも前世を聞いてもいいか?」


「別に構わないが、大した話は出てこないぞ。

 黒い噂のある相手との縁談が私の家に持ち込まれて、調べた結果、証拠を入手。

 それがバレて命を狙われたから、家出を装って出奔し、相手の敵対派閥に情報を流して、法の下に持ち込んだだけだ!

 ジャスミンは相手側の間諜として出会ったな!」


「よくそれで仲良くなったな?」


「だってこいつ、いい女だったんだもんよ。

 この気っ風で、腕っぷし。

 胸も尻もババンとでかくて、あと10歳年上だったら、どストライクだった。

 とっぷり悪事に浸かった狒々爺とこいつなら、プレイヤーならどっちを選ぶかって話だ」


「それはエンフィ一択だな」


「だろう?」


「…………その割りには本気で捕まえようとしてなかったか?」


「だってお前が逃げるから」


「逃げるに決まっているだろう!」

 つまりあれだ。


「ジャスミンがするべき行動は、エンフィが逃げなくてもいい環境造りだな。

 エンフィ、都市計画を練るの楽しいのだろう?」


「そうだな。向いているかはわからないが楽しくはある」


「はいはい。詰まらない邪魔はさせないよーに、暗躍しときますよっと。

 エンフィさ、本気でリュアルテ殿で良くないか?

 お前を理解して、大事にしてくれるしさ。

 唾つけとこうぜ?」


「恋人や伴侶は同性ではないほうがいいな!」

「同意する」

 友人として好きでも、恋人としては別の話だ。



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