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7 歩きキノコはメエと鳴く



「もう!なんで、当たらないのっ!」

 現地の女の子って、野球しないんだろうなー。

 触れれば倒せる仕様の棒も、当たらなければ意味ないわけで。

 アリアン嬢は苦戦中だ。


 クロちゃん?

 クロちゃんは当たっても外しても楽しそうだ。目が合うと大きく手を振ってくれるので、ヒラヒラと返しておく。


「トト教官、棒の振り方とか教えないんですか?」

 ひとり休憩中なう。


 トト教官の私物の猫足ソファーに畏まって座り、隣に立つ人に尋ねる。

 禁欲的な衣服でも隠しきれない艶っぽい美人教師とか、夢がありすぎて緊張するんだが。


「技術は当人が教えて欲しいってなってからね。白玉なら危険はないし、今は体を動かすのが楽しい、棒を振り回すの怖くないって覚えさせるのが大事かなあって」


「ガサツな男とは違いますか」


「そうねえ。アタシは女の子だったけど、棒切れ振り回すのが大好きな野人系だったから。普通のお嬢さんって、どうしたら武術習うの嫌がらないかしら」

 ほうとつく、ため息からして蠱惑的だ。


「トト教官が模範演技を見せるとか?格好いい大人の真似はしたいですよね?」


「…リューくん、あのね。女の子をからかっちゃダメよ」

 えっ。優しく叱られたんですか、なにこのご褒美。


「10分たったから、混じってらっしゃい。5体狩ったら戻ってくるのよ」

 追い出されたので、手近な白玉をポコる。


 ポコ、ポコ、ポポン。


 崩落止めの結界が近いせいなのか。

 白玉が密なので、あまり歩かなくてもノルマが終る。

 振り返れば「10体追加で!」のお達しだ。


 ヨウルは時々派手にスカるが着々とスコアを伸ばしていて問題なさそう。

 エンフィはリアル武道経験者だ、きっと。

 スキルガン乗せ無双系とはまた違い、体さばきが素人ではない。


 ベコ、ポコ、ポコン。

 ゼーゼー。腕を振るうだけで息が切れる。

 平地をゆっくり歩いているのに、登山してるかのような無様さだ。小まめに休ませてもらっているから、それなりなんとかなってるものの。


「終わり、ました」

 少し離れている間にテーブルと椅子と日除けが増えている。


「みんなー!ちょっと集まってー!

 さ、テーブルについてね。体が温まったところで、魔石を『精製』する訓練しましょ」


「教材から現地調達するんっすね」


「人生、位階とお金はどれだけあってもいいのよ?

 先ず自分の学生証のチャージに5個作りましょうね。

 余分に出来た分は買い取ります」


 産地直送の白玉の魔石は、多種多様。気泡の入った色付きビー玉みたいで、日に当たるとキラキラする。

「『精製』」

 あ。いくつかまとめて『精製』出来そう。

 いや、最初のうちは、やめておくか。

 なめプよくない。

 『精製』した魔石は一回り以上小さくなって、その分輝きを増している。


「チャージする前に『鑑定』させてね。…うん、みんな確りできてる。

 さあ学生証の『宝物庫』に入れて頂戴。そうしたら数字が出たわね。大体100前後のやつね、それが魔力残量。

 これで待っていた人はお待ちかね。ステータスが開けるようになるわ。

 あ、リューくんはステータス開くのもう少しだけ待ってね。最低限『免疫』にスイッチが入るまでは」


「わたし、免疫が止まっているのですか」

 初耳ですが。


「今まで掛かった風邪は平気でも、リュアルテくんの体が知らない病気だと、症状が重くなっちゃう状態ね。

 もちろん『免疫』を持ってない人の方が多いけど、この先一生使えるスキルだし、早めに回復させたいのが医療班の判断よ」

 なんだ良かった。

 それにしても『免疫』か。

 怪我する前は、リュアルテくん腕白だったのでは。そんな気がしてきた。



 クエスト!



 ステータス解禁までに、リュアルテ ノベル サリアータ の所持スキルを調べましょう!


 報酬 『探索』※探しものが巧くなるかも…?



 そしてブチ込まれるクエスト。

 オッケー、平和だ。どこにも不穏さの欠片もないのが素晴らしい。


「えっ、スキルって止まるものなんすか?」


「リューくんの場合は怪我を治すのに位階が消費された上に、英雄症が出ちゃったから。

 英雄症も出ると位階が削られるのよね。それ以上にスキルが増えるのだけはいいのだけど、これが問題でもあって。

 リューくんの体はスキルが経験値を取り合っちゃっている状態なの。

 ちなみに罪を犯すとスキルデリート、及び停止は普通にあります。気をつけようね?」

 ヨウルはピャアって驚いたが、正面からお色気美人が可愛いビームを浴びたからに一票。その気持ち、凄くよくわかる。


「リューくん、お怪我なの?痛い?」

 クロフリャカ嬢は外見だけなら性格きつそうだが、中身は優しい幼女だ。

 ご両親がよほどきちんとした方なんだろう。


「お医者さまに診ていただいたから大丈夫。すぐ良くなるよ」

 知らんけど。

 年下の女の子相手は、一先ず見栄を張る人生ロープレ。

 

「よかった!クロね『治癒』できるよ!痛かったらいってね!」


「『ヒール』じゃなくて『治癒』のほう?」


「両方あるよ!」


「それは凄いな」

 HPの回復は『ヒール』だが、HPの結界を貫通して怪我をしてしまった場合、『治癒』がいる。

 『治癒』もコストが嵩むスキルだ。天然物はお強い。


「あーちゃん、クロ、すごいって!」


「そうね。クロちゃん、『治癒』もちならお医者さまにだってなれちゃうわよ」


「クロちゃん、お嫁さんになりたかった!」


「そうなの?」

 甘ずっぺえ。この手の会話は男どもは貝になるしかない。

 さて、作業の続きだ。『精製』『精製』っと。


「でもね、おかーさんがクロは普通のお嫁さんはむずかしいって」

 空気が凍る。


「クロがお外で稼いで、ダーリンにお家を守ってもらうのよ。だからクロが素敵なダンナさまになりなさいって。

 だからクロはお医者さまじゃなくてね、ダンジョンマスターになるの。

 かいしょーもちは良いダンナさまね」


「クロちゃん、偉いわ。ちゃんと将来を考えていて。私なんて流されるままだったもの。そうね、私も稼ぐところから始めるわ…!」

 よかった、いい形で纏まった…!

 クロフリャカ嬢のご母堂は厳しいんじゃなくてしっかりしすぎて斜め上なだけだった!


「みんなMPを『鑑定』させてね。

 …よし、お茶にしましょうか。ジュースとお茶、どっちがいい?

 お茶なら甘いお菓子、ジュースならしょっぱい系のお菓子も可!

 お楽しみの売店よ。お金をチャージするから、精石、あ、『精製』済みの魔石のことね、それをおひとつ下さいな」


 ででん。レジスターどころか屋台の売店が登場する。

 文房具や駄菓子、ハンドクリームといった生活小物がところせましと並べられている。

 これは物欲が刺激される。


「お買い物の上限は精石5つ分までね。

 お菓子とお飲み物は絶対に買うこと。


 んんっ。

 ダンジョンマスターは法人ですので、モノを売り買いする時は税金、及び控除が掛かります。

 きちんと税金のお勉強をするか、個人的に専門家を雇うまでは、学生証での売買を推奨します。

 自動で引いてくれるので、後からドカンと請求されることがなくなります。

 あと年末調整で控除ぶんのお金が戻ってきたりします。


 気に留めていて欲しいのはそんなとこかしら。

 欲しいものがなかったら聞いてちょうだい。在庫があるかもしれないし、後日取り寄せも努力するから」


「トト教官、この後休憩でよろしいでしょうか!

 時間があるのでしたらプライベートダンジョンの様子を見てきたいのですが」


「15分で済むのでしたら許可します。休憩はみんなと取りましょ?」


「了解しました!」

 エンフィは瓶のブドウジュースと鈴カステラ、カリカリ梅、それに大きなバケツを2個買って、ダンジョンに消えた。


 ふーん?


「わたしもダンジョンに行ってきます」

 紅茶のボトルとメレンゲクッキー、オレンジ色のトロ箱と植物用の栄養剤のアンプルを買い求める。


 スキルを使う感覚でダンジョンに潜る。

 自分専用のダンジョンだ。ゲートなんてお客さんのためのものは必要ない。



 ダンジョンでは花盛りの桃の木がオレの訪れを待っていてくれた。


 雫石の容量の都合上、ボスエリアを真似て縮小させただけ、中庭程度のダンジョンだ。

 辛うじて付け加えられたオブジェクトは、岩清水湧く鹿威しと手水受け、排水の機能だけだった。

 今はささやかなダンジョンだが、拡充していくワクワク感もあるわけで。

 雫石が立派に育つころにはダンジョンも充実するだろう。

 


「よかった、元気そうだ」

 人待桃の木肌に触れる。

 …なんか喜ばれた気がするんだが。

 いや、本気で魔物化してないかお前。


 ざっくり植え替えした上に、果実は全て収穫した筈の昨日の今日。

 既に食べ頃の実をつけているのは何でだ君は。


 置いて帰るつもりだったトロ箱が早速役にたってしまう。

 ちゃっちゃと桃を『採取』し、トロ箱は地面に置いた。


 さて取り出したるは肥料のアンプル。

 容器は地面に刺しておけば自然分解してくれる手間いらずで、とてもよき。

 使用量を確かめると、なんかそーいうスキルが発動した。植物知識か、薬学あたりだろうか?

 アンプルを根元から適当に離して刺しておく。


 少し喉が乾いた?

 うん、了解。

 『散水』をすれば終了だ。よし撤収。


「美味しい桃ありがとう。でも、あまり無理はするな」

 重いトロ箱を持ってダンジョンの外に出る。



「早かったのね。なにかしら」

 荷物姿にアリアン嬢が、さささとスペースを開けてくれた。遠慮なくテーブルの上に箱を置く。

 トロ箱は一度地面に置いてしまったけど、テーブルは後で責任をとって『洗浄』しよう。


「立派な桃ねえ。昨日の分と合わせて買い取らせて貰ってもいいのかしら?」


「みんなに1個ずつお裾分けで、あとは買い取りして下さい」

 教官にお会計してもらったが、精石みっつの方がお高かった。

 なるほど、ダンジョンマスターにとって農業は趣味だと。

 本業で稼げて、余力で趣味を楽しむとか最高か。


「おお、桃か!」

 磯の香りを伴ってエンフィも戻ってきた。

 ゴツゴツした塊をバケツ2杯山盛りに下げている。


「桃だな。そちらはなんだ?」

 貝なのはわかる。それしかわからん。


「真珠鮑だそうだ!真円の真珠がとれる種類らしい。

 テルテル教官にトト教官は海育ちと伺いました。貝の処理の仕方を教えて頂きたいのですが」


「鮑かあ。得意なのは牡蠣だけど。まあ、できるかしら」


「昨日、焚き火に突っ込んでそのまま焼いたら中の真珠まで焼」


「ストップ!やめて頂戴そういう勿体ないの!わかったわ、やってみましょ」

 トト教官はへらや包丁、まな板等々取り出すと、あっという間に捌いていく。


「まず『洗浄』で滑りをとるでしょ?

 貝柱に沿ってへらを入れて、身と貝が離れたら、このひだの部分を剥いていって内臓といっしょに切り取ります。

 ひだの部分は可食部よ。内臓と切り離してね。

 後は嘴の硬いところをカットして『洗浄』。これでおしまい!

 あ、この黒いのが内臓ね。魔物系の貝の内臓は食べません。何故なら、はい、これが鮑の真珠」


「わあ、キレー」

 クロフリャカ嬢の感嘆に同意。

 緑とも青ともつかぬまだらの真珠は、内側からひかりを放つようだ。


「貝の魔物は水を綺麗にしてくれるの。だから内臓は汚れを貯めている場合があるわ。

 真珠の中の魔石は『浄化』の、えっと『洗浄』と似たスキルね。『浄化』は水中や空間に作用して清めてくれるスキルなんだけど、その効能があるわ。

 室内インテリアやアクセサリーで人気ね」


「どうやって食べたら美味しいでしょうか!」


「先生が教えられるのは、お刺身のつくり方までです。…お料理、あまり得意じゃないの」

 トト教官は恥じらうが、刺身をつくれるなら立派なのでは?

 吸盤側を縦に、貝柱側を横に切り込みをいれていく手捌きに淀みはない。


「捌くところまでは自信があるのよ。

 お料理は誰か教えてくれる人を探しておくわね。

 美味しいご飯が食べられるのは魔術師が大成する秘訣ですもの。

 エンくん、残りの貝は卸しをしたいのなら、殻付きのまま預かるけど、どうする?」


「数がないので皆で食べてしまいたいです」


「そう、それなら真珠は、魔石を加工する教材に買わせてもらってもいい?」


「構いません」


「ありがと。エンくんっていう仕入れ先があることだし、みんなもしっかり覚えてね。

 『精製』済みの真珠の精石は、いいお小遣いになるわよ」

 白玉狩りが貝の剥き方教室になってしまった。

 包丁とまな板、へら代わりの木のしゃもじ。流石に専門の道具は在庫がなかったのか、それと分別用のボールがそれぞれ目の前に置かれる。


「トト教官、専門の方に料理を教えて頂けるなら、わたしも参加したいです。全くの初心者ですけれど」

 VRでリアルスキルを覚えられるなら参加一択。


「私も習いたいです!」


「アリアンちゃんは料理用のスキルあるもの、そうよねぇ。意欲があって嬉しいわ。

 参加希望者は、え、みんな参加するの…。センセも一緒に習おうかしら。

 カリキュラムに捩じ込めるよう頑張るわね。

 エンくん全部お刺身にしちゃう?」


「昨日は塩で焼いたので、他の味でも焼いて食べてみたいです」


「オッケー!

 胡椒とお醤油ぐらいならセンセだってもっています!

 わさび…わさびとおろし金は後で仕入れておくわね」

 にゅるりと出てくる綺麗にしてあるが使い込まれたバーベキューセット。


「教官、マヨネーズなんかも罪の味では」


「貝ならレモンは鉄板じゃないでしょうか」

 この食いしん坊さんたちめ。

 いいぞ、もっとやれ。クラスメイトとは仲良くやれる気がしてきた。


「クロ、貝は蜆とタニシしかわかんない」

 タニシ食べるの?

 いや、遊びで捕まえたりするのか。

 田舎の子供ならやるよね。バケツいっぱいにオタマジャクシ捕まえたり。…何が楽しかったんだ過去のオレよ。


「わたしも料理はわからないな」


「一緒ね!」


「一緒だな。今日は殻むきだけ頑張って、あとはみなにお任せしようか」


 学校とはなんぞや。

 このユルユル加減よ。『異界撹拌』なのに別ゲームだ。


「あ、キノコだ!」

 めえめえ鳴くのは、歩きキノコ。

 崩落止めの結界からもぞもぞ出てくる。


「結界は強い魔物専用か」

 こんにちは『サンダー』。キノコは雷で撃つに限る。


「教官、食材の追加が採れました」


「リューくんはエルブルト系だったっけ、キノコ本当に好きね」


「エルブルト人はキノコ狩りの為に『雷光』を覚えるって本当なの?」


「キノコに雷あてると増えるので?

 キノコや植物の魔物は空中の余計な魔力を吸ってくれますし」

 前世ではキノコを沢山食べた。

 歩きキノコは1メートルサイズのエリンギ形状で、食感と味はエリンギと椎茸の合の子だ。煮ても焼いても蒸しても揚げても茹でても旨い食材だ。ただ、生食だけは止めとくが吉。

 まあ、前世は殆んどの場合、串に刺して直火で炙っただけだったが、塩を振っただけの焼きキノコも乙なものだ。


「ああ、血を感じるわあ。キノコ牧場最初にやり出したのも彼らだし。

 息を吸うように『サンダー』撃つんだから。

 傾聴!

 未成年の戦闘用スキルは、保護者の付き添いがある場合のみ使用を許されます。

 頼りになる大人が側にいないとダメよ?いいわね?」


「サンダーは収穫用のスキルでは?」

 はいと手をあげ主張する。


「ブー!バリバリ戦闘用です」


「だって、あんなに沢山出てきてくれたのに」

 めえめえ、もそもそ。雷光に釣られたかのようにキノコが結界の網をすり抜けてくる。


「センセは保護者が要ると言いました」


「?」


「そしてセンセは貴方たちの保護者です」


 そういうこと?

 そういうことです!


 合意がとれたので魔力をネリネリ練りあげる。

 さあ、『ターゲット』仕事をしてくれ。『雷光』景気よく行こうじゃないか。


 2つのスキルを重ね合わせる。

 大丈夫、かつてとった杵柄。キノコに火を入れず絞める加減はついている。

 ふふふ、一匹たりとて逃がしてやらん。胞子を撒き散らして果てるがいい。

 視界の端で髪が魔力の輝きを放つ。


 『サンダー』


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― 新着の感想 ―
[一言] こういうわちゃわちゃ物を持ち寄って騒ぐ感じとても好き。 導入から丁寧だし内容も面白い、良い作品見つけてしまった
[気になる点] 「ありがと。エンくんっていう仕入れ先があることだし、みんなもしっかり覚えてね 。 『精製』済みの真珠の精石は、いいお小遣いになるわよ」 改行ミスってます。誤字報告は全文削除出来ないん…
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