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69 ピンヒールは男の浪漫



 ハレの日のお出掛けは、おめかしをするものらしい。


「屋台をふらつくのに、なんで道化にならにゃならんの?」

 ヨウルは生まれたての小鹿のようにぷるぷるしている。

 原因は12センチのピンヒールだ。


 この世界、爵位持ちの正装は男女ともにヒールがいる。

 これは余談だが、TRPGの追加サプリが流行った結果、日本版『異界撹拌』は着物文化が流入し、定着した。

 気軽な席では羽織袴のダンディが見かけられるようになったそうだが、このピンヒールが辛い層がいるからに違いない。

 流石に杖が必要な年齢になると履かなくてもいいらしいけど、ヒールを履けなくなるイコール隠居してねってことらしい。

 …ハゲても太っても、現役で働きたいならヒール履かなくちゃいけないんだぜ。地獄か。

 この男性用ヒールは、飛行師団のウィングシューズに由来するものだから、男らしさや武力の象徴だったりする。

 空軍さんのブーツは確かに、メカメカしくて超格好いい。


 が、しかし、ヨウルの台詞には同意しかない。

 たとえ正装だとしても、この格好で表を歩くには勇気がいる。


 正装でまず目につくのは胸元だろうか。

 首から胸部に掛けて、浴衣帯みたいに複雑な形で結ばれたレースが零れる。

 その華やかさったらない。

 そもそも、この服は着付けるのに専門の技術が要る作りになってる。

 どんなに豪華な衣服でも庶民の服は独りで着られるよう便利に作られるから、貴族用の服は職人の伝統技法の継承ということで、古式ゆかしい形式が守られているうんぬんかんぬん。

 ごめん。説明は受けたが耳がすべった。

 サッシュベルトを絞められた時に、もう少し太りましょうねと青ざめたスタイリストさんに慄かれ心配がられたことに全て記憶がもってかれた。

 最近見慣れてしまったけど、やっぱりまだまだ細いのかリュアルテくん。


 貝殻製のボタンが沢山ついたドレスシャツに、合わせるジャケットは濃緑だ。

 ヨウルは深紅で、エンフィは青。

 上着はかっちりと体のラインに沿って縫製されていて、ウエストで絞り腰から膨らみ、スカートのように膝裏まである。

 サッシュベルトは背のほうで、穴と紐で締めるタイプ。

 よく伸びる薄手の靴下はガーターで留め、パンツは七分丈。裾の折り返しには刺繍が煌めき、タッセルが揺れる。

 そしてなんていってもピンヒール!

 ストラップがついているとはいえ、この高さは脅威だ。

 靴下履いているんだから、せめてブーツにしてくれりゃあいいのに。

 

 無論、これは男子用である。

 アバターの姿でなければ、ちんどん屋だ。


 女子は大振り袖を着せて貰うらしい。

 これ、どっちが大変なんだろうか。

 お洒落は我慢って言うけれど。


 短髪のヨウルはおでこを出して緑の宝石がついた髪止めで飾られてしまったし、髪の毛の長めなエンフィとオレは編み込みやらなんやらでえらいことになっている。

 角や耳がある種族もいるので、帽子がドレスコードに含まれないせいだ。


 仕上げに目尻に朱まで入れられてしまった。

 これは戦化粧の文化から。

 もう、どうにでもなーれの心境だ。


 着付けに参加していたサリーとジャスミンの満足気なことよ。


「よい仕事をしちまったぜ」

「今回ばかりは同意します」

 特にジャスミンは衣装道楽の気があるらしくて、イキイキしてた。


「お前らなんで歩けるの、可笑しくない?」


「ピンヒールは爪先と踵を同時に地面につくようにして歩くといい!」


「ローヒールの時は爪先を少し開いて踵からつくように歩いていたけど、そこは違うな。

 あと股関節を柔らかくして、真っ直ぐ歩くと綺麗だぞ」

 そう『礼法』スキルさんの指導がある。

 普通の男子学生が、ピンヒールを履き慣れているはずないだろう?

 エンフィは恐らく、お嬢さま時代の資産だな。


「ヨウルさま、お手を」

 ヘンリエッタ女史のエスコートで、ヨウルがよちよちと歩く。

 これが萌えというやつか。

 なんだかとっても微笑ましい。


「用意できたかしら」

 ドアがノックされ、別室でめかし込んできた女性陣と合流する。

 流石に女の子は華やかだ。

 

 アリアンは白をベースに淡いピンクの牡丹が散った振り袖に、銀色の帯、緑の帯留め。

 ハーフアップにした髪には大輪の花。

 小さな歩揺がしゃらりと揺れる。

 厚底の草履の側面には大中小のパールが埋め込まれ、足元を彩る。


 クロフリャカは薄紫の着物にレースとオーガンジーを合わせている。

 淡い色合いで纏めた中で、帯止めと草履の鼻緒の赤がはっと目を引く。

 髪をリボンで編み込んで、右肩から滝のように流していた。

 内股で楚々と歩く姿は見違える。


 2人とも薄化粧姿が瑞々しい。


「これはいいものを見たな。素晴らしい」

 眼福だ。


「わあ、りゅーくん。綺麗ね、ひらひらしてる」

 うん。オレらくらいの子供服がいっちゃんひらひら成分多めよな。

 大人はブラックタイでシックに決められるのがズルい。


「ありがとう、リュアルテ。でも、それはこちらの台詞よ。………そっちも気合いを入れられてしまったのね。お疲れさま」

 アリアンは周りを見回して苦笑する。


「労ってくれてありがとう!

 女性の苦労が偲ばれるな。

 そちらもお疲れさまだ!」


「男子は従者にエスコートして貰ってね。

 女の子はアタシと、エステルさまで我慢して頂戴。

 貴方たちを馬の骨にエスコートさせるわけにはいかないの」

 女子の従者選びは難航している。

 一度本決まりになりかけたところで、なにやら問題が出たらしい。

 漏れ聞く話、ジャスミンと違った感じの問題児が紛れ込んでてんやわんやだったそうな。


「クロちゃんや、アリアンは可愛いからなあ」


「あら、ヨウル。貴方たちも可愛いわよ」


「おう。プロのスタイリストさんスゲエのな。エンフィとリューなんて高貴っぽくて近寄りがたいわ。……少し離れとこ」

 よし、その喧嘩買った。

 カツカツ近寄って腕を組む。

 その反対にはエンフィが。


「転ぶといけないから、手を繋ごう」

 言いつつしっかり腕を絡める。


「なに、申し訳ないとな、気にするな!

 友達だろう!」


「うわ!やめろって、オレに男を侍らす趣味はない!」


「アリアンや、クロがいいって?

 我儘だぞ」


「そうだぞ。巻き込んで転んだら大変だ!」


「賑やかねえ、貴方たち」

 一張羅着込んだ時ぐらい大人しくしてられないのかしら。アリアンの目は雄弁だ。


「…このクラス、ヨウル殿のハーレムみたいだな」


「ジャスミン、一発殴っていい?」

 うわ、鳥肌すごいなヨウル。


「お止めくださいまし、ヨウルさま。こんなゴリラを殴ったら手を痛めてしまいます。

 代わりに私が致しますから。

 私はか弱い女ですので、オプションを使わせて貰っていいでしょうし」

 ヘンリエッタ女史はスカートの中から黒革の鞭を取り出した。

 おおっと。

 大変なものが出てきてしまった。ちょっとドキドキしてしまう。


「ジャスミンさんには、以前から少しお話したいことがありました。私」

 ピシャン!

 床を一打ち。


「鞭はないだろう鞭は!」

 ジャスミン、迂闊なの?

 それともそういう趣味なの?

 サリーに絞められたばかりだろーが。


「エンフィさま。ジャスミンさんを少しだけお借りしても構いませんか?

 お時間は取らせません。

 後程合流致します。

 リュアルテさま、エンフィさま。ヨウルさまをよしなにお願いします」


「…そうだね。エンフィの為にも、ジャスミンはちょーっとお話が必要かもね。

 トト教官、エステル教官、付き添いを頼みます。

 俺はこっちに残るんで」


「わかりました。では、行きましょう。

 おやつは1つの屋台では10マまでです。買占めしてはいけませんよ?」






「ジャスミンは放逐した方が、本人の為になる気がしてきた」

 エンフィがしょんぼりするのは分かりやすい。

 表情や口調がフラットになるのは思うところがある合図。

 喜怒哀楽のうち、怒りと哀しみはあまり外に出さないもん、こいつ。


「あれはわざとだろう?

 サリーはまだ夜遊びに連れ出せるが、ヘンリエッタ女史はガードが固くてろくに会話がなさそうだ」

 なにか相談したいことがあるんだろーな。

 オレら抜きで。

 一瞬、学習能力ないのかって呆れかけたがそんなことあるわけないじゃん。馬鹿かオレは。

 角を折られるってかなりの事だぞ。

 腕の1本や2本折られて、ぐっとやせ我慢出来た男でも角ばかりは特別だ。

 その後で懲りずに軽口を叩くのは、やっぱなにかあるよな。

 テルテル教官、超真顔だったもん。


「…そうですね。ジャスミンは情報通ですから。

 わざとあんな真似をしてエンフィさまに心痛を掛けなければ良い男なんですが」

 サリーはかなりジャスミン好きだよな。扱いは雑というか、厳しいけど。


「わかってはいるが、あいつが自分を落とす真似をするのが嫌だ」

 なるほど信頼が厚い。


「なあ、それはいいけど。そろそろ手を離さねえ?

 なんかすっげー見られてんだけど」

 言うな。オレにも恥はある。


「止まり木なくても平気か?」

 いや、本気で。

 試しにエンフィと示し合わせて手を放してみる。

 1歩、2歩。3歩目でぐらついたので、支えに入る。


「すいません。ナマいいました」

 いいんやで。

 これだけ道行く人にガン見されれば、気持ちはわかる。

 ヨウルと仲良しのチビッ子たちなんて、ぽかーんと口を開けて見送ってたし。

 歩くのに必死だったヨウルが気づく前に、人混みに紛れたから、教える隙はなかったけど。

 後日の反応が楽しみだ。


「なんか、私たちが歩くところだけ道があいて、申し訳ないみたい」

 傘ささげってあるじゃん。道を歩くとき進行方向の人と傘を傾け合ってぶつからないようにすり抜けるアレ。

 それくらいの自然さで、通る道が開けられていく。


「やっぱり制服が地味だったのよ。普通のダンジョンマスターなら、こうなるわよねえ。

 …ちょっと意見を具申しようかしら」


「身動きしにくい服は困ります!」

「この靴で、野良ダンジョンを歩ける気がしません!」

「レースとか、破く未来しか見えないのですが」


「ふふっ。やあね、冗談よ。いつもの服はそのお洒落着の10倍は手間隙掛かっているのよ。そう簡単には変えられないわ。

 身長が伸びたら別だけど」

 なんか、怖いこと聞いた。

 襟元のレース糸、蜘蛛糸のように細くてさ。これだけで、すっごい高級品アトモスフィアなんだけど!それ以上ってなに?!

 あれってどれだけ普通の学ランじゃないの?


「でもギリギリ間に合って良かったわあ。

 もともとその晴着はロケット祭用の準備だったから、お針子さんには無理させちゃった。

 届いたのも神輿見物している時だったもの」

 トト教官は豊かな胸を撫で下ろす。


「これからどんどん背が伸びるとはいえ、身丈にあった晴れ着がひとつもないというのはおかしな話ですものね」


 今日ばかりは馬車の乗り入れは禁止され、大通りは歩行者天国。

 ぞろぞろそぞろ歩いていると沿道の店から声が掛かる。


「エステル大刀自!

 お連れさまがたに、うちの自慢の1本胡瓜を献上したく!」


「あら、よろしいの?」

「是非に!」


「「「「「ありがとう」」」」」

 こういう時は素直に礼を言って受け取るべき。

 星砕きに参加した冒険者にサービスしている店は多い。

 野良ダンジョンが潰れるのは、それだけめでたく嬉しいことだ。


 ぱりっと齧れば、胡瓜の爽やかと昆布の旨味が口に広がって、後追いで唐辛子がぴりりとくる。程好い塩気も好ましい。

 うん。しっかり漬かっている。

 1本1マなら10本買えるな。よし。


「ご店主、10本買わせて頂きたい」

「よっしゃ、毎度ぉ!」

 学生証でも買えるけど、屋台の買い物は現金でも楽しい。

 そう思って財布を用意してきた。小さいけど見た目以上に入るコインケースだ。

 

 パリパリもぐもぐしているあいだに、全員胡瓜を買い込んでいた。

 ダンジョンマスターは胡瓜がお好き。そんな都市伝説が流れそう。






 本日の戦利品。

 1本胡瓜、焼きとうもろこし、ケバブ、とりから、ソースせんべい、工芸飴、籤で当たったハッカパイプ、ヨーヨー、金魚2匹。

 チョコバナナや、ジャガマヨ辛子ソースらは既に胃の中だ。

 スキルがある世界なんで、射的や輪投げといったものはなかったが、うっかり全力で楽しんでしまった。

 屋台、楽しい。


 それと、アリアンが買おうとしてエステル教官に止められた魔物デザインの人形焼きの中には何が入っていたんだろうか。

 あの後、官憲が駆けつけてきたんだけど。


 ギルド前までの距離を普段の何十倍もの時間を掛けて歩く。かたっぱしから屋台を梯子し、用意されている賽銭箱に硬貨を投げ込む。

 それと富くじも買い求める。

 この浄財は若手冒険者への支援に充てられるのだそう。

 当たったらラッキー、外れれば寄付したということで100枚ほど購入する。

 一等賞は『爆破』のスキル石。もしくはそれ相応の現金か。

 一等はともかく、五等の『製粉』とか、当たるといいな。

 現在のカカオの『製粉』は、外部委託をしてるそう。

 どうせならショコラティエを育てたりとかも、やりたいな。夢が膨らむ。

 


 2時間もそぞろ歩けばヨウルも靴に慣れたんで、腕を組むのは卒業だ。

 HPガードがあると、靴擦れの心配がなくていい。


「りゅーくん。金魚どーするの?」


「オルレアに土産」

 だって金魚がオレに連れていけっていったから。


「リューのとこ、人がいっぱいいるからなあ。世話するにも困らんか」


「ヨウルのとこも多いだろ?」


「そこ、厳つい筋肉野郎どもと可愛いメイドさんを一緒にしない!」

 たぶんその可愛いメイドさん、筋肉野郎と腕相撲して勝つよ?

 鉄鋼員って高技能術者じゃん。大切にして。


「そっか。ダンジョンで人を雇うと、動物を飼ってもいいのね。んん、どうしようかなあ。揺らいじゃう」


「ダンジョンを建てる気になったのか?」


「クロちゃんと2人で、駅の敷設をやらないかって話がでてるのよ。

 今現役の方が、そろそろ引退したいから後継者が欲しいって。

 正直、いい話なの。リュアルテやヨウルを見ていると、個人ダンジョンは手に余りそうだし。エンフィみたいに企画立案して都市計画に参加するとか無理だし。

 ただ、出来ないことを潰していった結果、それを選ぶのって後ろ向きで嫌だなあって」


「クロは職人さんたちと便利な道具を作れたらどこでもいいかなあ。

 あーちゃんと一緒なら、もっと嬉しーけど」


「って、クロちゃんはやりたいことがしっかりしてるのよ。問題は私なのよねえ。

 料理は好きだけど、仕事にしたいかと言われれば違うし」

 12歳でそれなら立派なもんよ。


「取り敢えず、手習いのつもりで勉強しておくのはどうだろうか!

 インフラは重要だ。知識を継ぐ者が1人もいないのは怖い!」

 エンフィは今、水道まわりを弄っているから忙しいもんな。


「そうなのよね。サリアータの中だけならまだしも、荘園間の工事は全く手付かずなんですって。

 よし、決めたわ。

 本物のお嬢さまよろしく、私も他人さまのお役に立つことをするわ。

 やりたいことが他に出来たらその時はその時よ!」

 アリアンの決意に一先ず拍手。


 そっか女子組はインフラ屋を目指すのか。成人前の子供に重要そうな仕事がまわってくる辺り、相変わらずダンジョンマスター足りてない。


 ………あれ?

 そういや、年上クラスのダンジョンマスター、姿を見ないな?

 話くらいは聞いても良さそうなものなのに。



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