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67 獣人の角



 24日目。


 300号ダンジョンにて、星砕きが成された!


 その快挙に、朝一番で瓦版が出た。

 本日晴天。昼から冒険者ギルド主宰で神輿が出るそうだ。

 今は急ピッチで祝賀の準備が進んでいる。


 オレらは開店前の【ノベルの台所】でお疲れさま会だ。

 しこたま経験値を吸わせて貰って次から次に『精製』『精製』、たまに『調律』。それらをこなしたんでグロッキー気味である。

 なので朝っぱらから温泉だ。

 熱目の湯が疲れに効く。


「結局、どれくらいレベル上がったー?」

「25」

「26だ!」

「俺も25。あれだけ寄生しといて、おかしいよなあ」

 そうだな。なんかもっと効率のいい方法があるのかも。

 ああ、でも今はなにも考えられない。

 紅葉の赤をぼんやり眺める。

 いい湯だなあ。


「ところで、リュー。この湯着って、男女兼用?

 野郎はいいとしてもさ、女の子もそうなら薄手の浴衣ってお湯に濡れるとエッチじゃね?」

 

「甚平タイプは厚目の生地だから、お好きな方をどうぞ」

 甚平だと前回、足の傷跡が見えそうになったからオレは浴衣一択だけどな。


「そこは浴衣で統一しとこうぜ。

 トト教官の湯浴み姿の妄想的に」

 ヘンリエッタ女史はいいの?

 仲良い女性のそーゆーのは照れるのか、ヨウル。


「どうせ、拝めるわけはないのにか?」


「ロマンがあるだろ。

 男湯にはさ、サリーさんもいるけど……すごく立派な胸板してるんだもん」

 くっと、ヨウルは無念を噛み締めている。


 湯着は薄手の布だから、体格もバッチリと見てとれる。

 例えるなら、ジャスミンは服の上からも分かりやすいマッチョ。

 サリーは分かりにくかったマッチョだ。


 テルテル教官?

 全身鋼ですってタイプでしたわ。なにあの体。えげつない。

 ジャスミンの方が2周りは大きいのに、風格が違う。


 それにしても、サリー。男湯でいいんだ?

 いや、女湯に入るわけにはいかんけど。

 湯着がドレスコードだから、一緒に温泉でも問題ない……のか?

 うん。女アバターの男も大勢いるだろうから、この問題は深く考えないようにしよう。

 皆、湯着はちゃんと着ような!

 ダンジョンマスターとの約束だ!


「なんだ水も滴る絶世の美人なら、この俺さまがいるだろう?!

 見よ、この、ダイナマイトボディ!」

 髪を掻き上げ、自信満々。

 確かにジャスミンはこの中じゃ、一番むちっとしてるか。

 上腕二頭筋や太股なんて、いかにもパワーがありそうだ。

 アスターク教官がいたら、そっちが勝つけど。灰色熊は反則だ。


「あ、オレ。男に興味ないんで」

 意外と冷たいのが、ヨウル。


「ははは。そっち系なのは自由だけど、風呂で狼藉働いたらぶちのめすぞ?」

 割とおおらかなのが、テルテル教官。


「俺だって女が好きだわ。

 客観視!

 どっからどー見ても美丈夫だろ、俺!」

 そうだけど、それの需要ある?

 ここ、男湯ぞ?

 サリーの目が冷たいことったら。


「なんでそんなに誉められたいんです?」


「承認欲求が満たされるだろーが。ナルシストじゃなきゃ、格好良く生きようって気にはならんだろ?」


「そういうことはプロのカウンセラーに頼りなさい」


「えー。最近の風俗、夢魔多いじゃん。とって喰われそうで楽しめないんだよなあ。男に生まれたからには処女は守り通したい」

 わーお。朝っぱらからインモラル。

 気持ち良く話を聞いて貰うだけなら綺麗なお姉さんでもいいのかな。ただし情報はすっぱ抜かれそうだけど。


「はい、失礼」

 ザバン!

 サリーが片手でジャスミンの角を掴む。


「サリー、サリーさん。なにをするおつもりで?」


「主の前で下品な口を叩かれたので、制裁に角を折ろうかと。教本通りに。いえ、心が痛みますね」


「リュアルテくん。停めなくていいの?」

 テルテル教官に確認をとられたが首を振る。


「仲がいい2人がじゃれているだけですよね?

 邪魔をするのも悪いかなと」


「悪魔の子め、可愛いのは面だけかよ?!」


「よし、構わん。折っちゃえ、サリー」

 テルテル教官がジャッジを下す。

 あ、これはやばいかも。


「サリー、やっぱりやめ」


 パキン。





「うう、酷い目にあった」

 脱衣室には背もたれのない長椅子がある。

 そこに寝っ転がってエンフィの膝に懐いてべしょべしょになっているジャスミンの頭を撫でた。


「よしよし、もう痛くないだろう?」

 痛くないよな?

 結構必死で『治癒』したわ。

 中々繋がらなくて、内心焦った。

 責任とって丁寧に治しています。その振りをしてたけど、途中から本気で魔力ブン回したもん。

 おかげで発動体の指輪が過負荷にがたついている。

 やばい。

 サリー、特殊な折り方しただろう、これ。

 すぐに『治癒』しなかったら、きちんとくっつかなかったかも。

 魔力を通して気が付いたが、ジャスミンの角は何かしらのスキルの発動体だ。

 危うくジャスミンを戦力ダウンさせるところだった。


「角が折られるなんて、男のプライドがズタズタだ」


「えー。ダンジョンマスターに悪口叩いてそれだけなのは優しーよ?

 勉強になったね?

 ジャスミンは英雄症だから多目に見たけど次はないよ?

 侮辱した相手に『治癒』掛けて貰う気分はどう?」


「リュアルテさまがお優しくて良かったですね。

 貴方、普通の医者なら『治癒』を拒否される暴言を吐いた自覚あります?

 気を付けないと、いつか言葉で滅びますよ。

 エンフィさまの側に居たいなら、自覚なさい。

 あと、私も貴方もお若いダンジョンマスターにストレスを与えない為のなんちゃって従者ですけど、人前で身内ノリは駄目です」


「暴言だったか。すまん。

 あと、やや際どい軽口は叩いたつもりだったが、風呂はプライベート判断で良くなかったか?」


「貴方、エンフィさまやリュアルテさまの恋人じゃないでしょう。判断、なにか混ざってますよそれ」


「マジか。教本、ややこしくね?

 風呂に一緒に入っている限りは無礼講ってそっちの意味だったのか。

 え、男同士でもだったよな?」


「あなた意外とノーマルですね」


「ちょっとまって、なにその教本。俺の知らない基準があるの?

 角折る指示はやりすぎた?」


「いいえ、テルテル教官。慈悲深い判断でしたよ。勘違いしたジャスミンが悪いので。

 確かに一緒に風呂や、ベッドに入ったさいの悪態は許されるとはありますが」


「あっ、そーいう。なるほど。英雄症ってどこが欠けているか分かんなくて厄介だなあ。

 なまじ出来がいいと、思わぬ所でぎょっとするね」

 ぎょっとされましたってよジャスミン。


「ちなみにジャスミンが言った悪態は英雄症じゃなかったら懲戒免職の上、ギルドに情報回って御祓が終わるまでは昇殿資格取り消しになるクラスのものだから、本気で注意して。

 ジャスミンは【破滅の言葉】あたりを読んどくといいよ。

 ……流石にこれ以上人目があったら庇えなかったけど、ここは俺の権限で秘密にしとく。

 いいな、ジャスミン。2度はないぞ」


「はい」





「それでジャスミンなんの安価だったんだ?

 お前が分かりやすい失態を2つ重ねてくるとは思えない」

 エンフィはジャスミンをちらりと見やる。そんな冷たい顔が出来たのお前。


 ちなみに【悪魔】がNGワード。

 『異界撹拌』は意志疎通が出来るのは全部人類なので、【悪魔】は悪い魔法使いの蔑称だ。

 キメラを合成して放流したり、テロで町ひとつを吹き飛ばしたり。

 それこそダンジョンマスターなら悪落ちしてスタンピードとか起こしちゃう、そんなやべー人たちのことを指す。

 リアルのように気軽に使うとジャスミンみたく、凄く怒られるから気を付けような。

 物心ついたくらいの子供でも、それを使って軽口を叩くと尻が真っ赤になるまでひっぱたかれるクラスだ。


 ちなみに貴族に庶民が無礼を働いて許されるのは成人前の子供と道化、恋人、家族くらいなものだ。

 従者がやらかした相手を容赦なく絞めるのは、まともに裁判をやるとえげつない裁定が下るからということもある。

 【こいつ教育してやったんで、許してやってください】

 と、いうことらしい。どこのヤクザだ。


 本当に怖いな。貴族。近寄りたくない。

 外交しろとか言われたら震えてダンジョンに引きこもる。


「ひとさまに迷惑を掛けたんだ。話してくれるよな?」

 エンフィは腕を組んで仁王立ちだ。

 濡れたままだと風邪引くぞ。

 オレも着替えとこ。


「あー……まあ。安価っつーか、実験だな。

 ダンジョンマスターは利権が絡むから、利用したい層も多いだろ。

 それはいいんだが、搾取されたり、いいように扱われるのは面白くなくてな。

 教育プログラムも杜撰だしよ。

 サリアータがいまいち良くねえなら、とんずら先を探す必要がある。

 人質要員も出来ちまったことだし、ケツまくるなら早い方がいいだろ。

 きちんと大事にする気があんのか。

 その判断材料に、教官連中で一番脇が甘そうなのを試しにつついてみただけだ」

 エンフィは公共のダンジョンを主に手掛けてるから、搾取と言われればそうなんだよな。

 本人が望んでやってなければ。

 暮らしやすい街造りプロジェクトに参加してるの楽しそうだけど、違うの?


「それで感想は?」


「俺さまの思惑普通にバレてら。

 2度とするなって、釘を2回も刺されたもんよ。

 その上でお目こぼしするってーのは、主の為に疑って掛かるその意気やよしってことかね。

 教官連中、おっかないの揃ってねえ?」


「ふふ、私もお前の角を折りたい気分なんだが?」


「ごめんなさい」

 うん。テルテル教官が先に脱衣場を出たのって、ジャスミンの話をオレらに聞かせる為だよな。

 一定の信頼がなければ、こんな時に放置していかないだろう。


 ジャスミンがどこまで本音で話したかわからないが、なんとなく当て馬にされた気分だ。


「ジャスミン、友達ならまだしも、従者ごっこ向いてねーんじゃねえの?

 ダンジョンマスター周り、すげーピリピリしてんの感じるだろ。

 なのに無断で実験とかやめてくんない。肝が冷えるんだけど」

 ヨウルはお疲れ気味だ。

 もの腰柔らかなテルテル教官でさえ、獣人の角を折る判断をするくらい容赦ないのは、堪える。

 ヨウルは獣人系だったのか、髪を洗う時、小さなコブみたいな角が見えた。

 角折、ヒュンってなる光景だったんだろうなあ。


 ちなみに角がある男の獣人の角折は、弱い男、非モテの証だ。

 希に「お前だけだ」と奥さんに自分の角を差し出す男もいたりするくらいには、重要なアイコンである。たとえ魔力の発動体じゃないとしても。


「だってこいつダンジョンマスターだぞ。下手に友達になろうとしたらしょっぴかれるし。ガード固くて従者枠ぐらいしか潜り込めなかったんだよ」

 むしろ従者の方が難しくない?

 資格的に。


「俺が空前絶後の男前なばっかりに、迂闊に近寄ろうものなら怪しまれちまうだろ?」

 ジャスミン。あのさ、ハニトラ警戒されたいのなら女になって出直せよ。話はそれからだ。


 んー?

 ジャスミンひょっとして、エンフィの中の人、女性だと思ってる?

 ノーマルな価値観なのにハニトラ警戒される危険回避しようとすることとか、そうとしか思えないけど。

 ………………。

 まあ、いいや。黙っとこ。

 オレはなにも気づかなかった。

 

「ジャスミン。私は今のところサリアータを出るつもりはない。

 義理立てしなくても、退屈なら他に行っても良いんだぞ?」


「お前がいねーと詰まらねえもん。……ああー、くそ、しくった。先に確認しとくんだったわ。

 前と環境が似てたから、7割がたお前ら連れて逃げ出すつもりだった。信頼落としたのマズかったか」


「嫌な相手と政略結婚は無理だから、前は逃げたが、そんなに似ているか?」


「籠の鳥。搾取。身分のある立場。3コンボ決まってるだろ」


「なるほど。私のためか。

 では、ジャスミンは利用したリューとサリーさんに謝って許しを得ること。

 出来なければ解雇だな!」

 エンフィ、ジャスミンの手綱を握るの大変そう。

 仲間や友人だと頼もしいけど部下にすると苦労なんじゃないか?

 エンフィはジャスミンに好かれているからまだ、コントロール効くようなものだ。


「ちょ、おま。………っ。

 あー………。

 リュアルテ殿、サリー殿。申し訳なかった」


「エンフィさまは、リュアルテさま、ヨウルさまの大切なご友人なんですよね。

 それを勝手に連れ去ろうとか。大罪人では?

 許す必要ありますか?」

 サリーが怒ったポーズをしているので乗っておこう。

 高位階者が本気で怒るとビリッて空気が揺れるもん。漫画のエフェクトみたいに魔力が迸って。


「わたしが許したらサリーも許さなくてはいけないから、ジャスミンはサリーときちんと落としどころを探って欲しい。

 わたしはそれから考えよう」


 夜逃げの示唆は周りの反応を見る為のブラフか?

 黙って行動した方が、成功率上がるものな。

 ジャスミンが何を知りたかったのか、いまいちわからん。

 NGワードの反応なら、オレらでやる必要はないよな?

 …………まさか、本当に安価とか?


「後、エンフィの意思を無視して事を起こしたら敵に回るからそのつもりで」


 ひよっ子ダンジョンマスターが敵になったくらいで堪える男じゃないだろうが、抑止力に脅しておく。

 ジャスミンの顔が引き吊ったのは、だから、いい気にさせてやろうってサービスだろう、どうせ。


 


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