65 カルチャースクールはVRで
袋リスは美味しいらしい。
ナッツ喰いなので、コクのある風味のいい肉になるのだそうだ。
そして腹のポケットにナッツをパンパンに詰める凄腕の採取人だったりもする。
体重は1キロくらいなんで、高い木にもするする登る。
生きているうちは。
こいつ種族として『軽量化』を持っているんで本来の体重は25キロほどある。
毛皮は軽くて美しい上に、柔らかくて密なので人気があるのだとか。
ナッツの木の部屋にはこいつを放して、木の実を集めさせようとはオギの弁。
「肉と毛皮と魔石とナッツ。まるっと総取りいたしましょう」
酷い搾取だ。
やっぱり人間の本性は悪だな。
しかしピスタチオの木が自分ん家にあるのは、なんか嬉しい。
ナッツのなかでも特に好き。
砂糖林檎は物凄く糖度が高いので、これで砂糖を作ったり、林檎酒を作ったりするそうだ。
生食をするには、渋があるってさ。
見た目は普通の林檎だから、知らなければとんだトラップだ。
林檎の渋はアルコールと反応して消えるらしい。
飲兵衛にも甘党にもたいへん好かれる林檎である。
珈琲の果肉部分は乾燥させてハーブティーに、中の実は珈琲にするらしい。
珈琲の実はお初見だが、つやつや赤くて綺麗だった。
食べてみた感じ、実が大きくて皮は少しだけしかなかった。普通に甘くて美味しかったがこれは人待ち種だからで、普通のはもう少し青っぽい味になるそうだ。
人待ち種はサービス精神旺盛だ。肝心の珈琲への期待が高まる。
つまり5つ、専用のエリアを造ってきた。
それとロケット祭用の水玉ダンジョンの箱の整備もだ。
お疲れさまオレ。
今日もよく働いた。
仕事上がりのココアが沁みる。
畑エリアは楽っちゃ楽だ。
『緑の指』で該当植物にアンケート取って、好みの部屋を設えればいいだけだし。
人待種なら、特に意思の疎通をやりやすい。
農園ダンジョンに比重を傾けたのは、なし崩しだけど向いていた気がする。
「また、扉を発注しておきますね」
はい。御手数をかけます。
予備を一瞬で溶かして申し訳ない。
何百年もそのまま使う、扉やモニュメントは『メンテナンス』付きだ。作るのに技術や手間が掛かる。
その想像は難くない。なのにそれをじゃかぽこ発注させてすまん。
「それと『種抜き』等の付与品の手配と、砂糖工房と乾燥室を仕立てておきます」
「仕事が多かったら外注してもいいんだぞ?」
現にカカオの『製粉』は外注していると聞いている。
「100年、200年。長い目で見るとダンジョン内で加工品にしてしまえる方が、使い勝手がいいので」
「ハッチポッチ過ぎて使いづらくないだろうか?」
「いいえ。部屋は分けられるならその方が。扉を跨げば安全地帯なのは、ありがたいですね。
むしろ階層毎に別の出口があるといいです。まだまだ動線に余裕があるので、これはダンジョンの規模が3倍になってからのことですが」
「先の長い話だな。
さて。チェルとマリーが世話になっているが、気になることはあるだろうか」
「お2人に武術の基礎を教導した際、見ていたものから稽古の要望が多かったので教室を開くことになりました。
今は芝生エリアを使っていますが、運動公園が完成したら、会場を移す予定です。
あと、専門の人員を付ける予定でしたが、しばらくは流動的に対処してもよろしいでしょうか」
いやいや、毎朝迎えに来てくれてありがとう。
「多くの人に接した方がいいので、構わない。しかしなにか問題が?」
「長い時間を侍るのでしたら、相性の良い者を選びたいので。
それと側近用の教養を叩き込んでますので時間を下さい」
「……わたしたちは田舎の村の子だから、そう畏まらなくても」
「なにを仰います。ノベル男爵のご内儀はセイランの大貴族の出ですよ。宮廷の名花、カナリアの君と吟われた方です。
マリーさんは年相応に天真爛漫なところがおありですが、チェルさんはあの年で既に一端の淑女ではありませんか」
へー。そうなのか。
貴族家なら養子を含めて子供は大勢いるよなあ。
「わたしはわたしの存在が妹たちの枷になっては欲しくない」
ゲームなら楽しんでなんぼだ。オレは好んで引きこもりしているけど、あいつらは違うだろうしさ。
「好きなように生きて幸せになってくれるといいと願っている。
だからあまり保護をしてくれるな」
あまり役割を期待されるのも困るだろう。
「おや、マスター。重石のない人生は詰まらないものですよ」
「…含蓄があるな」
「私はモラトリアムの時間が長かったもので。今は忙しくも充実しています。
でも、そうですね。
うちの年の若い子も、纏めて随行させましょうか。人の縁はどこに繋がっているか分からないものですし。
それに教養は積んでおいて損はありませんよ」
「そんなわけで、お前たち淑女の教養を身に付けたいか?」
餡を『裏漉し』しつつ、オルレアに提示されたアンケート用紙を広げて見せた。
夜も更けて、そろそろ就寝時間だ。
宣言通りぼた餅の生産を妹たちが始めたので、オレはMPの提供要員をしている。
「え、なにこれ。面白そう」
すりこぎでもち米を潰していたマリーが近寄ってくる。
その鍋を渡すのは仕舞えということだな。了解。
「『ダンス』、フラワーアレンジメント、乗馬、『裁縫』、簿記、絵画、ピアノ、『声楽』。ウォーキング。立ち居振舞い。家政術。
他にも色々。
気になるラインナップばかりですわね!」
次のロットのもち米を蒸していたチェルも覗き込みに来た。
もうそろそろ寝る時間だ。これが蒸し終わったらそのまま『体内倉庫』に入れて、作業はまた明日だ。
「『声楽』は朝におにいが歌ってるやつだよね。一緒に歌えたら楽しそう」
「わたくしは絵画とフラワーアレンジメントが気になりますわ」
スキルがつかなくても技術を学ぶのにVRは強い。
リアルでは花や画材、高いものは高いから。
初心者の間口が広がるのはいいことだと、『異界撹拌』では、カルチャースクールの教室が乱立している。
「スキルがついてないのって、なんかシティイベントの香りがする」
確かに。
イベントが合図もなく始まって、リザルトで報酬が出てそうだったと知るのもよくあることだ。
「ミズイロ先生の授業もありますから、『裁縫』は後回しですわね」
「ミズイロ先生か。
お前たち、平気か?」
「そうですわね。これが噂に聞く、アバターに引っ張られるということなんでしょうね。
苦手といえばそうですわ。
態度に出てしまって、先生には申し訳ないことをしてしまいました」
「あ!そうか、これがそーなんだ!
納得した!
ぞぞぞーってなったの不思議だった!」
「お隣のセイランはエルブルト系が多い人種だ。少なくともこの体の母方の親戚はそちららしい。
嫌悪感はここにありそうだな」
「うわ、そっかあ戦乱イベントの。でも先生は悪くはないよね。
きちんと挨拶して、礼儀正しく授業に参加することから始める。私」
思わず兄姉揃って末っ子の頭を撫でてしまった。
うちの妹は時々可愛い。