64 プラントハンター
22日目。
午前中は桜と柿のトレント狩りを梯子した。
桜は花が咲くまでは積極的に狩りたいし、柿は間引きしとかないと不味い。
蜂はこの間大分減らしたのにまた増えていて、ガックリしたがはちみつが美味しかったので良しとする。
ほんのり柿が薫る、メープルシロップのようなはちみつだった。
倒したトレントにどんどん『伐採』を掛けていく。
無心に作業をしてたので、気がついたのは遅かったのではなかろうか。
「いつの間にか『伐採』が生えていた。ついでに前提スキルの『回転』と『カット』も」
自動消費でコストは7。実質3つのスキルでこれならお得。
「おめでとう御座います。……まあ、これだけ伐れば生えますよね」
大分、禿げ地を作ってしまった。
『伐採』の杖は、【開拓使の支援】の名前で売られている。
輸入品なので1本しか手に入らなかったが、名前通りの実力だ。
「サリーもMP多いから覚えやすいのではないか?」
杖を渡す。
サリーは『カット』を持っているから、オレより早くスキルが生えるんじゃないか?
サリーはちらりと教官を見た。
「蜂もこれだけ間引きりゃ、護衛は独りで十分だ」
「それでは」
高魔力を活かしてサリーがどんどん丸太を生産していく。
「端から見ると、理不尽な光景ですね?」
葉の生い茂った木が丸裸になるまで2分も掛からない。
林業用の特別車両には及ばないにしろ、これは酷い。
「お前さんも大概だったぞ」
あー、聞こえない、聞こえない。
「マスター!今日は柿も取れましたよ!」
「前回は全部蜂にやられてしまってましたからね」
「干し柿や柿酢を作るです」
メイドさんが籠に満載した柿を見せてくれる。
柿の赤は、つやつやして目に優しい。
「柿酢?酢を作るのか、柿で?」
干し柿は婆さまが作って、千枝がそれを使ってスイーツに仕立てるけど、酢?
「スキルなしなら1月は掛かりますけど、『発酵』があれば簡単ですよ」
へえ、そうなんだ。
実家は田舎あるあるで、秋になると柿は山ほど採れる。
今年の秋もそうだった。
いつも食べきれずに腐らせてしまって勿体ないから、興味があるな。
料理長直伝で柿酢の作り方を習い、出来上がりを1瓶貰う。
これはチェルに渡すつもり。
あいつらはメイドさんに連れられて、足りない雑貨を見に行った。
もう踊り子豆なら付き添いがなくても平気なのだそう。一気に位階は上げないで、スキルの充実を目指すのだとか。
うちのダンジョンを拠点とするなら調理系と武術系のスキルは取りやすいんじゃないかな。
そんなわけで新施設だ。
新しく運動公園エリアを普請し、そのついでに試し走りをしていたらメイドさんが走り方のレクチャーをしてくれた。
フォームを少し矯正されただけで実感があるほど早くなったから、専門家に指導を受けるのは上達の近道だ。
それを横目に芝生がどんどん植えられていく。
まだまばらな状態だが、すぐにみっしり生え揃うだろう。
「運動公園の地下は資材置場にすると聞いたが使うのか?」
いっぱい丸太を伐り出したのに、綺麗さっぱり売れてしまった。
新たな地下室はがらんとして寂しげだ。
ここに入れるものなくない?
「マスターが大物を狩るようになったら、ここで解体しようかと」
「大物?」
象亀みたいな?
「蜂の巣や象亀は現在の解体室でギリギリでしたからね。マッドスライムや、氷狐のような食用外の魔物も部屋を分けたいですし」
オレが狩に行く度にフェアを開かせてしまってすまん。
「食品は不良在庫にならないか?」
リュアルテくんはオレより走れないので、公園をぐるりと1周で終わらせる。
外周を取り巻くランニングコースと、ランの動線を邪魔しない陸橋で中に入れる中庭を造った。
中庭には武術訓練が出来る芝生のエリアと、今時のPTAに見られてしまったら怒られそうな遊具を設置するつもり。
あとベンチと自販機と水飲み場とトイレ。
この公園は常昼なので24時間営業予定だ。
「足りなくなる心配はあっても、余ることはありませんね。
象亀は質も量も申し分ない肉でした。
サリアータは田舎ですが、それでも周りの荘園の中心です。
食肉は荘園にも買い上げられておりますよ。塩鮭なんか一瞬でしたね」
そう言えば魚を捕れるダンジョンは少ない印象。
ゲートを出ると駅前広場だ。
既に駅前の工事は終わり、人が行き交っている。
工事中だと示すのに、運動公園の扉は閉める。
海水浴客だろか。浮かれポンチなアロハシャツを着ている人が今、外に出て行ったが大丈夫だろうか。駅内は空調しているけど、表は寒いぞ。
「では近日中に例のケータリングしている野良ダンジョンの6Fに行ってみても良いだろうか。
あそこは海のダンジョンエリアだろう。誰か詳しいものがいるだろうか?
場合によっては仕入先を増やす」
「はい。手配しておきます」
オルレアと打ち合わせの後はギルドの会議室を借りて、水玉ダンジョンの制作委員会だ。
「これを見て欲しい。新しく登録されたばかりの水玉ダンジョン設計図だ」
皆が設計図を読み込んでいる間に茶を啜る。
お茶請けは妹手製のぼた餅だ。リアルの季節的には北窓の呼び名が正しそうだが、サリアータは夏が暑すぎることなく、冬も雪の降らない常春よりの気候だ。だからか、ぼた餅の名前で親しまれていた。
もっとも今日みたいな肌寒い日もある。
こんな時は熱いお茶が嬉しい。
教官はぼた餅をもうひとつ食べようか迷っている。
自分の財布の時はフルスロットルだが、持ち寄りの品は礼儀を守る熊である。
味見程度には手を伸ばしても、2つ目からはいつも遠慮しがちだ。
「どうぞ。妹が張り切って作りましたので」
「すまんな。いや、ウマイ。半殺しのつぶ餡はがっつきたいし、全殺しのこし餡は味わいたい。
なんとも甲乙つけがたいな」
つぶ餡はうちのレシピ。
こし餡のがノベル村のだ。
「今日からしばらく起きる日なんで、あいつらは小豆ともち米と砂糖を買うと腕まくりしてましたよ。
レシピを下さった方にぼた餅を携えてお礼行脚をしたいらしく」
「………沢山作るなら、少し買わせてくれないか。女房やダチにも食わせてやりたい」
「妹たちにも自力で稼がせてやりたいので嬉しいです。
今、4個入りで4パックありますけどいくつ要ります?」
「あー。買い占めちまってもいいか?」
「教官、私も弟に食べさせたいのですが!」
その弟はうちの妹らと合流して行動するらしい。
レベルも同じくらいだし、お試しパーティーを組むのだとか。
「お前たちには交換用のが用意してあるぞ」
告げるとアリアンが手を叩く。
「嬉しいわ。あんこ、しっとりして、口溶け良くて、本当に美味しい。
チェルとマリー、料理が得意なのね」
アリアンはこし餡派か。落雁や上生菓子とか好きそうだ。
「あいつらは食べること作ることが好きだからアリアンと話が合うと思う。下のは食べる専門で料理はほぼ見習いだが」
勿論オレよか上手いけどな。
「クロも料理はれんしゅー中。朝はお味噌汁したの。玉ねぎとサツマイモの」
「ええ。お出汁も上手く引けてたわ。お味噌汁はあとは数をこなして慣れるだけね」
おう。この中で一番料理出来ないのはオレか。
味噌汁なんぞ、顆粒出汁を使わなきゃつくれんぞ。
「設計図を読んだ感じ、これで決まりでいいんじゃね。
抜群に使い勝手よさげな感じ。
使用料も安くて良心的だしさ。
なあ。オレ、このあんこでたい焼き食べたい。
焼き型作るから作ってくんねえ?」
「聞いてみる。うちのが屋台やりたいかもしれないし」
そういやサリアータでは、まだたい焼きを見てないな。
焼き型のレシピがあるなら、他所ではあるのだろうけど。
「よーし。ダンジョンの箱を造る前に備品を発注するぞ」
ヨウルに仕事を振り分けられて、その場は解散した。
休眠期間から起きたばかりの日は、冒険者が集めてくれた野良ダンジョンが溜まってるので、ダンジョンマスターは忙しい。
「今日はまーちゃんとルートくんと遊び歩いていましたわ」
「海も覗いたよ。あんまり眩しくてぴゃっとなった!
それでね。水着もないし、人が芋洗いだし、音楽が鳴ると皆踊り出すし!
超楽しかった!」
「楽しいのかそれ?」
運動公園の芝生の搬入が終わったので、今日はそこで夕御飯だ。
ダンジョン芝は強いので、植えて直ぐに乗られても平気。
むしろストレスを与えた方が生育しやすい。そう『緑の指』が言っている。
器具の搬入もまだだから、公園内はがらんとしていた。
「楽しかったですわ。健全なディスコというかお祭りというか。
水中エクササイズみたいな?
泳げる方って、あまりいないようですので」
「海の家のご飯って、なんでこうテンション上がるんだろ、不思議ー!」
「それと豆の収穫と白玉狩りと。白玉はようやくビリビリ棒に当たるようになってきましたわ」
取り留めない話を聞きながら料理を取り出す。
昼にマルフクの店に行ったらスペアリブが山積みになってたんで、つい連れて帰って来てしまったのだ。
本当は大入り袋用の、食券を買いに行っただけなのに。
スペアリブは飴色でつやつやで薫りからしてたまらなかった。なのでこいつが今日のメインだ。
あとは白菜の浅漬けと、寄せ豆腐、お握り各種。飲み物は香ばしくて熱いほうじ茶だ。
「ルートに迷惑かけなかったか?」
「大丈夫!……きっとね。
しばらく一緒に遊ぼうって。あの年頃の男の子って保護者つきで歩くの嫌がりそうなのに、なかったよね?」
妹らは、メイドさんの付き添いあるからな。
「そうですわよね。集団行動には慣れているのかしら。
目上には礼儀正しく、下には親切で」
「うん。人ができてる」
エンフィの弟だなあ。
親御さん。子育て大成功じゃん。
注いだほうじ茶を配る。
さて。
「「「頂きます」」」
「頂きます。お前さんら、申し合わせたようにタイミングぴったりだな?」
うちはお茶の配膳が終わったら、頂きますなんで。
「おにい、厨房に朝から水に付けた小豆と吸水させたもち米を預けてあるんで、帰りに寄ってもいい?」
まずは寄せ豆腐から攻める。
踊り子豆の豆腐はアボガドやフレッシュチーズみたいにまったりしている。わさびと醤油が堪らなく合う。
今度はブラックペッパーと生ハムにしよう。
「わかった。買い物は楽しかったか?」
「ん!でも今日は見てるだけ。食材とプラ容器の他は」
「お兄さまが解いていたドリル。自分たちのお金で買うのが目標ですの。
このスペアリブ、柑橘の香りがします」
骨離れのいいスペアリブは食べていて気持ちいい。
骨の間の肉って、なんでこんなに旨いんだろうな。
手掴みで、がぶり。手の汚れも『洗浄』があるんで気にしない。
「夏みかんのマーマーレードで浸けてあるらしいぞ。
ドリルをやるのか、お前たちが?」
「『計測』が目当てですの。料理の計量から解放されるのは、神がかっていますもの」
なんてことだ。
万里はまだしも、数学とは距離を置きたいと常にヒンヒンしていた千枝が立派になって。
お互い現世利益には弱いな?
「おねえ。このお肉美味しい。おねえの味で角煮が食べたい。それと煮卵」
「いいな。肉も買って帰ろう。どうせ一晩浸けるだろう?」
ムシャムシャしていると、午後から別行動していたサリーが合流した。
「新しいエリアを造られたのですね」
ベスト状の黒い皮鎧、黒い肩当て。
白いネクタイ、黒いシャツ。
黒が基調で銀が差し色。
長剣こそ仕舞ってあるが、べらぼうなイケメン冒険者がそこにいる。
戦装束としてはドレッシーな装いだが、サリーには良く似合う。
「お疲れ。怪我はないな?」
よし、鎧や服に傷はない。上から下まで眺めて、ほっとする。
サリーが潜るのは、高難易度の野良ダンジョンだ。
なにがあっても可笑しくない。
「はい。今日は新エリアには行かなかったので。
どうぞ、お土産です」
紫色の魔石を渡される。
「これは?
サリーも座って食べてくれ」
食器や料理の追加を取り出す。
「ありがとう御座います。頂きます。
石は袋リスのものです」
『洗浄』を済ませ、サリーはお握りを手に取った。
上品な仕草で1口がでかい。
よしよし、いっぱい食べるといい。
「ああ、マジックポーチの原料の?」
図鑑で見た。
オレのカバンのマジックポーチは重さは変わらないタイプだが、いざとなったら盾にもなるくらい頑丈な作りだ。
反対に袋リスの皮は一般人用だ。
重量が消えるのに、ロッカー程度には物が入る。だけど蛮用には向かなかったはず。
「こいつが袋リスの魔石か。初めて見たな」
「珍しいのですか?」
「それもあるが、冒険者はあまり狙わんからなあ」
『体内倉庫』が便利ですねと。
「野良ダンジョンのナッツの林にいました。リュアルテさまのダンジョンは一般人向けなので、お役に立てるのではないかと思いまして。
本命は木の方ですが。
ピスタチオお好きですよね?」
「大好きだ」
「それはよろしゅう御座いました。
プライベートダンジョンを預かっているので、プラントハンターをしてきました。
ご笑納下さい」
メモを渡される。
アーモンド、ヘーゼルナッツ、ピスタチオ、砂糖林檎。そして珈琲。…珈琲?
「これらは全て人待種か。よくまあ、集めたな」
「生物は『体内倉庫』に入りませんから。前から目を付けてはいたんですが、そろそろ300号ダンジョン攻略の目処が立ちそうだったので根こそぎしてきました」
「星砕きには参加するのか?」
教官が尋ねる。
星砕きは雫石を割る作業だ。育ちすぎたダンジョンはダンジョンマスターの手に負えないので砕かれる。
細かくした雫石はそれぞれ別のダンジョンになるので、爆発はしない。
ただ、雫石を『精製』する数が増えて大変なだけだ。
「明後日の夕方までに終わるのでしたら。冒険者の義務ですので」
「応援は必要そうか?
主にベースキャンプの支援で」
ふと、思いついて声を掛けた。
この手のダンジョン周りの外交は、オルレアに機を見て捩じ込めと推奨されている。
「それは助かりますが、いいのですか?」
「野良ダンジョン潰しは、ダンジョンマスターの仕事でもある。いいんじゃないか?
そうだな、格好の機会だ。勉強になるだろう。
急な話だから、全員揃わんかもしれんが連絡網回してみるか。
危険と判断が出たらまあ、中止だが、話だけは通してみる」
教官がコールを掛けると、まずオルレアがサクマら秘書を連れて来た。
そしてサクマを連れて教官が出ていく。
「オルレア。サリーが、プラントハンターをしてきた」
メモを渡す。
「拝見します。…………サリー、全て買い取りさせてください。
これは増やさないと」
「いえ、それはリュアルテさまへのお土産ですので」
「いけません。これは素晴らしいものです。
マスター、ダンジョンを拡張しましょう」
「それと、袋リスの魔石を土産に貰った。
袋リスのショッピングバッグとか、売り出したら使い勝手が良さそうではないか?」
オルレア。お針子さんのコネとかなあい?
「……………………………………わかりました。木の査定を上乗せします。報酬を楽しみにしていてください」