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62 カレー日和



【やっほー篠宮。おっすおっす。…なんか旨そうなの食ってるな?】

 紙パックのレモンティーにカレーパン。

 もしゃもしゃ早弁しているのを見られてしまった。

 リモート画面に写り込んだクラスメイトたちに、カレーパンを掲げて見せる。



「現地のプログラムで朝にさ、運動するから腹減った」

 授業中は我慢したんだ。お許しあれ。

 パンは近所のベーカリーのを、婆さまに頼んでお使いして貰った。

 ここのは食パンが有名だけど、おかずパンもまた旨い。

 そう。『体内倉庫』がある婆さまは、スカウトされてバイトさんになってしまった。

 今は売店でお手伝いしているし、個人的な買い出しもしてくれる。

 身内ってありがたい。


【あらん。流石政府ちゃんったら健全ね。ゲームしてみた?面白い?】

 オカマやめろ。食べているのに噴く。


「お前らと話すと安心して、守秘義務も忘れてポロっとやりそうだから、ゲームのことは極力話さんことにする」

 それは、まあ方便だ。

 お国主宰のプログラムに参加しますよってことでリモートなんだから、身の安全に抵触しないものは話していいと許可を得ている。


【秘密が守れることも考査の対象になってそうだからなあ。

 俺も頑張って1年から推薦目指すんだったわ。

 国の金でゲームできるの妬ましい!】

 んん?

 政府ちゃん、学校にどんな説明したんだろ。


「1日20キロはリアルで走らされるけど、やりたいか?」

 ゲームよりリアルで運動しているこの謎よ。

 リモート前も自転車通学していたし。

 この三年間でどれだけパンクをしたことか。

 おかげで自転車のパンク修理が出来るようになってしまった。


【あ、すみません。やっぱりいいです】

【えー。政府ちゃんが推奨する運動プログラム気になる。今は倒れるほど運動したい】

【そっちで、友達増えたー?】


「ぼちぼち。オレらは最小年グループだから可愛がって貰ってる」


【18禁ゲーム的な意味で?】


「生憎だけど、ド健全な意味で。相撲部屋の可愛がりを超マイルドにした感じ。

 オレ、運動は得意かなって思い上がっていたけどそうでもないかもしれない。

 自衛隊の兄さんらの訓練とか、まともについていけなかったし」

 忍者ごっこして遊んでいる機動隊の兄さんらの美技を見てると、人間ってすげえ!ってなる。


【それについていけたらプロじゃん!】

 いいえ。超人です。


【ところで、研修ってどのぐらいかかるの?】


「わからないけど、卒業までかかるかも」


【えっ】

【マジ?】

【珍しいね。期限じゃなくて成果が出るまで帰れないタイプ?】


「国の推奨している事業だから、将来潰しになると信じたい。……受験、終わったらテスターに応募したいやついる?

 守秘義務もあるし、がっつり個人データ集められちゃうけど」


【ええー、どうしよ】

【気になる】

【ゲームは気楽にやりたいな】

【参加したい!】


「希望者はその端末についた、政府ちゃんのメールアドレスに連絡して。

 条件に合えば声が掛かるから。

 まあ、そんなことしなくてもゲーム機安くなりそうだけどさ。

 自由に遊びたいなら向かないけど、政府ちゃんの隠密やりたかったら楽しめるかも」


【ああ、ニュースでやってたね】

【丁度受験が終わる頃になるな、あれ】

【隠密って忍者かよ、いいな!】

【それにしてもよく食べるな篠宮。そんな腹ペコキャラだっけ?】


「今さ、ガチ運動部くらい動いてるもん。ふふ、筋肉痛い。ぷるぷるする」


【筋肉にはプロテインだぞ!】


「食事で賄える範囲の筋肉ぐらいあればいいかなあ。アスリートじゃないんだし。

 このカレーパン、茹で卵入っている、旨い」


【メシテロやめい!】

【男子って、そーゆーところあるよね。ダイエッター女子の逆鱗に平気で触れるの】


「あ、そうだ。ゲームのメシは旨かったぞ。ニュース通りに。現地の女の子もどんぶりご飯だったから……………ゲームのこと話さないって言った口でこれだ。どこまで話していいと思う?」


【判断こっちに振るのよくない】

【ニュースで流れてるくらいならいいんじゃない?】

【篠宮、お口ゆるゆるじゃん!】


「あ、チャイム鳴ったな」

 今日はここまでか。


【おー、またな!】

【また明日ねー】


 端末を閉じる。


「サリー、どうした?」

 なんか滅茶苦茶、見られてた。

 端末があれば勉強も仕事もある程度は出来てしまう現代人の哀しさで、サリーも側でキーボードを叩いていたりする。

 はい、お目付け役ですね。


「いえ、普通に高校生をなさってるのだなと」


「叩いても出る杭みたいな俊英ではないかな」

 一芸に秀でる者には憧れる一般人枠ですよ?


 授業中、椅子に座っていた体を解すのに伸びをする。

 この先、自習と音楽と体育だから今日の授業はここまでらしい。

 主要教科以外は受けなくてもいいのは、楽なような寂しいような複雑さがあるな。

 学校は受験一色で、推薦組は肩身が狭かったりするけど、高校生活があとちょっとだったと思うと、途端に惜しくなってしまう。人間って我が儘だ。





 昼まで時間があったので、水玉の工場施設を覗かせてもらう。

 なんか食品工場らしいアトモスフィア。


 滅菌帽子を被って、マスクを嵌める。それに割烹着が制服だ。

 ここで主な作業しているのは事務員さんとかで、数少ないノーマッチョ要員だ。

 やや小振りな水玉が、作業台の上を傾斜を転がって、目の前の窪みに嵌まる。


「『鋭利』」

 付与したナイフは、ケーキを切るように水玉を裂いた。

 覗いた魔石を『念動』で摘まみ、皮をぺろんと剥がしてしまう。

 ゼリーは窪みに設えてある漏斗に流し、皮は所定の箱に入れる。

 そうしている間にまたスライムが窪みに嵌まる。おお、なんか無駄がないぞ。


 水玉はエサを消化し終わり、動ける範囲に食事がないと休眠に陥る。

 このスリープ状態、なかなか強い。

 水玉は水や食事を与えるまで、スリープしたまま何十年も生きる。過酷な環境でも生き残れる魔物だ。

 野生種とは違い、仲間と一緒にしても共食いもしない。

 しかし人は悪知恵があるので、この身動き出来ない状態を利用する。


 スリープしたらしばらく放置して、程よく水分を抜くといい。

 すると皮とゼリーの分離が、このようにスムーズにいけるそうだ。


 ゲームで工場見学したが、知らなかったぞ?

 ベシャベシャになりながら作業してたし。

 日本さんのスライム工場マニュアル、清潔で簡単で安全で素晴らしいね。

 悪臭もなくてノンストレス。

 位階上げが単純作業になるって、こういうことか。


「将来的にはご年配の方や妊婦のような、動きを制限される層に解放したい施設だそうです」


「そっか、妊婦さんはお腹の子供に経験値吸われるってゲームで聞いた。

 いずれは国民に幅広く、レベルを上げさせるつもりなんだな」


 ぷすっ。ぺりん。ぱさっ。

 これくらいなら従姉さんたちや、爺さまのとこのパートさんらもやれるかも。


「ええ、世界の法則が乱れてしまいましたから。っと『鋭利』が切れましたね。300秒ってところです」

 ストップウォッチでタイムを計っていたサリーが教えてくれる。

 生体金属のナイフは、リアルでも10倍くらい『エンチャント』が長持ちするな。ゲームと一緒だ。


「『鋭利』の訓練にもなるかな。

 ところで、このシステムってゲームに流用してもいいの?」

 ゲームの水玉工場の設計図は、派閥争いが起きてまだ上がって来てなかったりする。

 いや、当たり前だよな。設計図を1日で仕上げてくる、うちのダンジョンの設計士さんが異様なだけだ。

 命を絞るように仕事するのは止めて欲しい。


「……水玉の特性を利用したこの工場は、研究チームの成果でして。そうですね、確認しておきます。

 他の国に特許をとられる前に、せめて無料公開できないかと悩んでいるという話ですので」

 言うなりサリーは端末を開き、あちこちに連絡を取り始めた。

 その間に『鋭利』を掛けては刺しを繰り返す。


「許可がとれました。あちらで使えるように設計図をひいてくれるそうです。

 ゲームでは私の友人の、スライム研究者と設計士の合同レシピということになりそうです」


「ゲーム中のオリジナルレシピは著作権があるから、ギルドから買えばいいのか?」

 レシピによってはプレイヤーはリアルマネーでしか買えないものもあったりするから、それだろう。


「はい。お安いので買って下さい。………そうですよね。ゲーム内で特許を取ってしまえば良かったんですよね。

 盲点でした。

 きちんと利用している者もいたそうですけど、やってないところも多そうです。

 今、研究チームに緊急連絡を流すよう上申してきました」

 研究者は専門分野以外は疎いイメージだ。

 サリーみたいなフォローしてくれる人材がいると効率上がりそう。


「お疲れ、サリー」

 キリがいいのでサリーと連れ立って食堂に行く。

 満席かと思いきや『体内倉庫』がある組は時間をずらして大量買いするんで、空席も目立つ。


「……おかしくないか。さっき食べたカレーパンはどこに消えたんだろう?」

 腹がぐーぐー、ぺたんこだ。

 丁度昼時だけどさ、工場見学前にはカレーパンの他にもコーンパンやウィンナーロール、クイニーアマンも食べてるんだぜ?


「そんなものでしょう。特に貴方がたは魔力の消費が激しいですから、食べないとあっという間に痩せてしまいますよ」


「クラスの女子には言えないな。囲んで凹られてしまう」


「そのうち彼女たちもどんぶりでご飯を食べるようになりますよ。

 うちの連中、食べ放題の店は行くなと上から酸っぱく通達されているくらいですから」


「…食品安くならないと破産するな」


「ダンジョンに期待が集まりますね」





「今日のお昼はカツカレーか」

 しまった。カレーパンが被った。

 あっ。でも揚げ物の種類が豊富で、しかもサフランライスだ。

 ジャガイモはカレーには入ってないかわりにお代わり自由のマッシュポテトとフライドポテトが山のようになっている。

 そしてトレイに盛られたのは、すり鉢カレーだ。

 どこのチャレンジメニューなんだろうか。

 そう聞きたくなる風格があるぞ、このカレー。

 そこにバイキングで揚げ野菜を乗せるらしい。

 ピーマンやゴボウやらが油でつやつやで美味しそうだ。


「ちなみに芋とサフランと肉類はここ産のですよ。このメニューだと」

 サリーが野菜ジュースを追加で出した。


「「頂きます」」

 んん、美味しい。

 ここのカレー、少し辛めでカツと合う。

 そしてマッシュポテト。コクがあって滑らかで、べらぼうに旨い。

 なんかお高い店の味がする。


「芋は『裏漉し』すると違いますね」

 この滑らかな食感は、ソレか。


「ああ、チェルが貰ってきたやつ。これ、幾らでもいけそうだ」

 スキルは大型機械には及ばないけど、個人が仕事をする分には、使い勝手がいいものが多い。

 チェルもあんこを『裏漉し』して、これ凄いとはしゃいでいた。


「カボチャのポタージュとかもお薦めですよ。スキルの練習をしているのか、良く出てくるのが嬉しいです」


「それは楽しみだ。

 この芋、大きかったりするのか?

 フライドポテトの形からして」


「ご明察。スイカぐらいありますよ。ツリーポテトは魔物なのにおっとりしているので、植物用栄養剤のかわりに芋をくれます」

 あ、CMで見たことある、それ。

 思い出した。

 鬼灯みたいに袋掛けした状態で、芋の実をつけるタイプのトレントだ。


「あー。植物系の魔物、そういうとこある。倒しにくいやつ」


「ですよねえ、研究者はそれぞれの個体に名前をつけて可愛がってますよ。

 魔物の生存戦略にまんまと乗せられてしまってます」

 なんかその研究者さん『テイム』生えてない?


 カツをぱくり。

 衣がザクザクしっとりで、中の肉から脂が滴る。たまらない。


「気のせいかゲームより、猪鹿が美味しい気がする」

 サリーに貰ったパイや、このカツ、舌が喜ぶ味がする。

 ゲームと種類が違うのかな?


「魔力を含んでいるからでしょうね。内臓から経験値を得る快美感までは、再現できなかったんでしょう。

 ……ゲームでは表現してないことはもうひとつ。

 急に沢山レベルを上げると、経験値酔いをして、気持ち良くなってしまいますよ。ご注意を」


「不健全な意味合いで?」

 飛ぶクスリを決める感じ?

 試したことなんてないけどさ。


「ある意味健全な意味合いで、ですね。冒険者のパーティー内恋愛が盛んな理由がそれです。

 それでなくても戦闘直後はアドレナリンが出てるのに、外部から快楽物質が注がれるとよろしくありません。

 ………お聞きしますが、恋人がいらっしゃったりしませんか?」


「………………………………いない、けど。サリーみたいな素敵な人ならお付き合いしたいな?」


「では、付き合いましょう。

 そう返されたら、困るでしょう?

 無邪気に言質を与えると、無理矢理ベッドに引きずり込まれてしまいますよ。

 まだいとけないリュアルテさまは兎も角、流士さんは成人男性です。ハニトラには注意して頂きたいです」

 サリーがベッドに連れ込んでくれるならアリだけど、それ言ったら距離置かれそうで嫌だな。これ以上、軽口叩くのは止めとこう。


「わかった。ハニトラは気を付ける。

 でも、経験値酔いの情報は出しといた方が良くないか?

 知らなかったら混乱が起きそうだ」


「私もそう思いますが、ゲームだとそれはインモラル過ぎるとかで」

 それは確かに。

 全年齢で遊んでいるのに、急にそんなデータをぶち込まれたらキョドってしまう。


「ゲームが18禁なのって、拡散したいテキストがその周辺にもあるからなんだな」

 安全性の高い避妊術とか性病の予防、治療法とか、そういや、あった。

 ……エロ系スキル、結構な量なかったか?

 え、ひょっとしてあの手の物も覚えてこなくちゃいけなかったり、したりする?




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