60 桜の便り
午後からは妹らと別れて、0レベルの沸き潰しだ。でもその前に『建材ダンジョン』にやってきた。
ようやく桜の花の時期が終わったと、季節の便りが届いたのだ。
トレント魔石をビリビリ棒に使う関係で『建材ダンジョン』は得意先だ。招待状を頂いたら、早めに伺うべきとの判断だ。
山匂う。
花を落としたばかりのはずの桜の群れは、忙しくも衣替えして葉を緑に繁らせている。
教官はここにある木はヤマザクラと言っていたが、葉は桜餅の原料になると職員さんが教えてくれた。だから大島桜の交接亜種なのかもだ。
この桜の木は家具材以外も、草木染や燻製チップとして使うのだそう。
桜トレントの花は強い躁効果があるらしいが、木や葉の部分は薬効ないよね?
ハッピー桜餅とか売ったらお縄に掛けられてしまう。
「『サンダー』」
トレント狩りは、ルーティンを確立している。
範囲雷撃一斉掃射。
慣れた作業だ。いつものように雷を落として、木材等を回収する。
今日は『伐採』の装具が、手に入ったので試す予定。
【開拓使の支援】。杖の実力を御覧じろ。
『伐採』は『カット』+『回転』。この2つを合わせた複合スキルだ。
『カット』や『撹拌』持ちのアリアンあたりは、密かにスイッチを踏んでいると見た。
ちなみにオレはどれもない、まっさらな体だ。頑張ろう。
『伐採』をギュインギュイン使えば、木の粉が飛び散る。
感覚としては、振動のないチェーンソー。
トレントは『雷光』で呼び寄せて、這って来たところを倒すようにしている。だから根の処理は、掘り起こしせずに済んで比較的簡単だ。
『念動』で持ち上げ固定して、あとは丸太にしてしまえばいい。
太い枝は『伐採』。細い枝は『鋏』。使い分けて、どんどん枝打ちしていく。
しかし桜の木って、伐ると特別いい匂いがする。
トレントだから狩るのに容赦はしないけど、凄く立派な木だ。
リアルなら樹齢100年と嘯いても納得しそうな太い幹をしている。
花の時季にこいつを相手にするには、まだ位階が足りないが、その艶姿は一度観てみたいものだ。
特に夜。
闇に浮かび上がる白い花は、この世のものとは思えないほど妖しいと聞く。
「葉枝部分纏めて回収します!」
「印付け順に『枝打ち』お願いします!」
「イの3番、丸太で『体内倉庫』が膨らみました!離脱します!」
「ロの2、MP切れです!装具の交代どうぞ!」
「お代わり部隊到着しました!スイッチします!」
あー。ストレス抜ける。
大雑把にざかざか進められる工程のなんて楽なことよ。
こなれれば面白そうではあるんだけどさ、裁縫も。
布巾に刺し子とかしても、使わんだろアレ。
………作ってもゴミになるのが嫌だなあ。
「これだけ葉っぱがあれば、桜餅作り放題ですねっ!」
「ノベル村の桜葉の塩漬けのレシピを頂いたので、きっと美味しいのができますよ!」
メイドさんがきゃっきゃと声を掛けてくれた。
これはテンション低いの見破られている。
菓子を与えとけば、上機嫌になる子供だと思われてるな。
否定できない。
前世のあいつの置き土産。
自分の意見でもない、偏見に振り回されて情けなくも鬱々と。
それを愚かだと判じるくらいの理性はある。
なのに、でも、だってとよく知らない相手のあらを探すその見苦しさときたら、なんか、もう。自分にガッカリしてしまう。
こう懐が狭いうちは、子供扱いは仕方なし。苦笑する。
「楽しみだ。皆で花見をしながら食べれたらいいな」
夕焼けこやけ。
『ノベルの台所』で妹らを回収して、ホテルに戻る道すがらだ。
日課の野良ダンジョン潰しもこなした後だ。
どうも経験値を吸った直後は、『調律』し易い気がする。
やはり固定値こそ基本。経験値はいくらあっても困らんな。
「お兄さま。今日はキノコも狩りましたわ」
「レベルが上がったの、2つも!白玉ちゃんはもう全くだったのに!」
「白玉は得物を振り回す際の訓練にしたらいい。レベルが上がるということはそれだけ脅威だということだぞ?」
楽しそうな顔に喜ぶ反面、心配になる。
なるべく危険を排してやりたいこの過保護さはオレのかリュアルテくんのか、どちらだろうね。
最近元気になってきたのか、リュアルテくんらしき反応がちょくちょく出てくる。
少し前まではそんなの全くなかったのにな。
「はあい。あと『洗浄』生えたよ。次は『ライト』覚える」
マリーは夕暮れの道を『ライト』で光らせる。そろそろ街灯も点く頃だ。
影が伸びる。際立って大きいのが教官の、他に小さな影3つ。
メイドさんらの影はご機嫌だ。尻尾や耳がピルピル揺れる。
「わたくしも『カット』、『皮むき』を習得しました。
練習用にリンゴを買ってきましたの。
お兄さま、持っていただいてもよろしくて?」
やっぱりリアルスキルがあると習得が早いな。
「ああ」
帰りしな、メイドさんが箱を渡してくれたので、ついでにクレープに交換しておく。
ヨウルと取り変えっこしたおやつの一部だ。
「妹が世話になっている。皆で食べてくれ」
ここのクレープ皮がもちもちで、卵のフィリングたっぷりで美味しかった。
オレは卵のが一番好みだったけど、甘いほうもラムに砂糖とか、香り高くほろ苦いマーマーレードとかシンプルで、飽きのこない作りで食べやすかった。
妹の世話してくれたメイドさんに賄賂だ。これからも頼む。
「こんなに林檎をどうするんだ?」
「傷持ちのリンゴはジャムにしますのよ。お兄さまもお好きでしょ?
手伝ってくださる?」
そりゃ嫌いじゃないけどな?
かーさんのジャムは黄色でしんなりしていて、妹のジャムはピンクでシャクシャクしている。
同じ材料を使って結果が変わるのが面白い。
「キノコの魔石を売って、お砂糖とレモンとわけありリンゴを2人で買ったの。ジャムに錬金して売り払う所存」
なんかこいつら楽しそうなことしているぞ。
初心者冒険者は斯くあるべし。
「よし、瓶はわたしが作ろう」
「やったー!でも、瓶の原価ってどのくらいだろ?
1つ2マなら15マで売ると、儲けは4マギリギリ。
光熱費や人件費を考えると激しく赤字」
「お料理は趣味に留めていたほうがいいかしら。
でも楽しいのだから仕方ありませんよね」
チェルに手を引かれてマリーが、教官の前に回り込む。
「あのね、熊さん。おねえ、料理上手なの。ジャムが出来たら貰ってくれますか?
初めましての時は、怯えちゃってご免なさい」
「助けに来てくださったのに、失礼な態度で申し訳ありませんでした」
なるほど。手作りジャムは詫びの布石か。
金魚鉢パフェ攻略を目撃しているから、教官の甘いもの好きは分かりやすいし。
「あー…、いや。気にするな、顔が厳ついのは生まれつきだ」
小さな女の子に真っ向から頭を下げられ、挙動る熊よ。
「ご免なさい!」
「申し訳ありません!」
わー。メイドさんったらニヨついてる。
きっとオレもそうに違いないったら。
夕食を済ませ、図書室に寄った。
3人いるので、なんと本を3冊借りられるのだ。数は力なり。
ほくほくして部屋に戻ったら、サリーが起きた所だった。
サリーが護衛の引き継ぎをして、教官は帰る。
「お話は伺っています。
チェルエット嬢にマリエール嬢。
私はサリー。
ゲーム内ではリュアルテさまの従者をロールプレイングしています」
「えっと、特に現地民に溶け込むスタイル?」
『異界撹拌』は個人シナリオを楽しむ勢はロープレ重視。
官営、民営問わずニュースをバンバン流しているから、マリーはなる程としたり顔だ。
「はい、そうです。
現地の常識にてらし合わせて行動しているので、ご理解のほどを」
「わかりましたわ。わたくしはチェルエット。
お兄さまと同じく『礼法』スキルさんに弄ばれておりますの。
ロールプレイ仲間としてよろしくお願い致しますわ」
「マリエールです。
おにいの従者のロープレなら、私たちはあまりベタベタしないほうがよさげ?
雇用主の妹に集られる綺麗なお兄さんとか、地雷とストレスの気配しかしない。
ライトファンタジー的に」
確かにロマンスものの少女漫画なら、陰謀と復讐が挿入されそうではある。
「ご配慮ありがとう御座います。
今のところプレイヤー=18以上ですし、余計な疑いは避けたいので。
だらしのない従者と評判が立つと、踏んでいるシナリオからして致命的でして」
うん。合法幼女と仲良しな美青年とか、プレイヤーの目が厳しそう。
「礼儀正しい淑女としてわたくしたちが振る舞えば、問題ないのですわね。
ところで、サリーさまはお兄さまのパーティーメンバーなのかしら?」
「いや、サリーは高位位階者だ。護衛について貰うことも多いが、レベル上げは別になる。
わたしは早急に位階を上げる必要があるから、護衛つきでダンジョンに行くが、ゲームとしては横道だな」
「うん。初心者冒険者は楽しいもの」
「お家つきの冒険者は恵まれていますわ。TRPGでは宿代に四苦八苦しますもの。
……でも、未成年は攻撃系のスキル石を買うことを許されないのですから、下手をしたら詰みません?」
チェル。『異界撹拌』のアバターは殆んど拠点持ちだぞ?
木の股から産まれたわけでもなし。
そう、戦乱イベントで焼きだされたりしない限りはな!
「私もおねえも、攻撃スキルないっぽいー!
厳しー!でも、楽しいよね。ご飯やさんの下働きでスキル取得とか、物語みたいでワクワクする」
ファンタジーを満喫しているようで何よりだ。
「そうだ。林檎は出すか?」
「はい。お願いします」
よしきたと預かっていた箱を出す。
備え付けのキッチンは鍋も置いてあるが、折角なのでレシピを調べる。
「お前どれくらいの鍋なら持てる?」
聞けば嵩張るだけでかなりの重さはいけるとのこと。
おや?
リュアルテくんは持てませんけどね?
『念動』頼りの弊害が。夜寝る前に腕立てしよう。今、決めた。
しょんぼりしながら鍋と鍋フタを『造形』する。
鍋底とか、跡が付くくらいの強い魔力でポコポコ叩いていくと丈夫になるそう。
アクセにはなかった工程だ。
あ。持ち手が金属製なら、刺し子の布巾使えるのでは。一緒にしとこ。
「瓶のサイズはどれにする?」
100から500まで見本をつくって並べてみる。
「小さいものは可愛いらしいですけど、使い勝手は250ccかしら」
チェルは喋る間にもどんどん皮を剥いていく。
「おにい、キッチンの道具かりていい?
まな板とか」
「かまわない。…サリー、少しいいか?」
『造形』で量産した瓶とそのフタを置き、サリーを呼んでプライベートダンジョンに移る。
桃子に聞いたら夜がなくてもいいそうなので、この中庭は常昼だ。
桃は朝に収穫したのに、新しい実をつけている。
蓋を開けるのは、備え付けにした生ゴミ入れ。
その中に転がる水玉は、相変わらず数が増えない。
もう仕方ないと諦めて木屑や紙ゴミ、鳥の骨なんかを放り込む。
桃子が嬉しげにさわさわ揺れた。
これに物を入れると水玉が増えると、とうとう学習してしまった。
木の根本には水玉の魔石が行儀よく置いてある。
今日もよく食べたんだなあ。
『念動』で拾う。
「…部屋にいきなり2人も増えたが、サリーは平気か?」
迷ったが直裁に聞くことにした。
腹芸は苦手だ。
妹らの参入は政府ちゃんの意向だから、サリーは反対しないだろうけどさ。
だからこそ気に掛かる。
「お会いしたばかりですし、まだなんとも。
むしろ妹さんは大丈夫なんですか、見知らぬ大きな男が部屋にいて」
ついでなので果実を『採取』する。
『採取』は星が増えたので、桃子ぐらいならあっという間だ。
「わたしの側にサリーがいる限りは、むしろ安心するだろう。妹たちとはそのくらいの信頼関係はあるつもりだ。
だからサリーの方がストレス貯めないか心配だ」
妹らは教官にも歩み寄れたんだからヘーキだろ。
「幸い個室を頂いてますし、プライベートダンジョンも預かっていますから」
「使ってみてくれたか?」
『散水』、ついでに『受粉』。
桃子は自家受粉するから、スキル上げに使うようなものだ。
でも『受粉』を掛けると「エッチ!」と、嬉し恥ずかしといった振りをするのはどうなんだろう。
サリーに気付かれてないからいいものの。
桃子、お前のことだぞ?人聞き悪いから止めて欲しい。
「この後、家財の搬入をしようかと。明日のリュアルテさまのご予定は?」
「樵をする」
『伐採』を覚えたら装具は、うちで使い回すつもりだから早目に覚えてしまいたいところ。
「魔石が足りませんか?」
「建材もだ。普段建材集めをするクラスの人材が、野良ダンジョンに回っているらしい」
どこもかしこも人が足りない。
街から人が半分消えるとは、そういうことだ。
「では午前中はお供させてください。午後は私も野良ダンジョンに行ってきます」
サリーの様子も確認したので部屋に戻る。
それでなくてもストレス強そうな職なのにゲームでもとか洒落にならん。
よくよく気に掛けておこう。
妹たちに近寄る前に『洗浄』はした。土を触ったわけじゃないが、桃子の中庭は一応外の分類だ。
「砂糖とレモンが余ってたら、桃のジャムも作ったりするか?」
採取籠を林檎箱の横に置く。
「なに言ってんの、おにい。
そんな上等なお綺麗な子、ジャムにするの冒涜だよ?」
でもさ、毎日そのままで食べると飽きそうじゃん?
「ああ、でも、煮ないでシロップ漬けにして…フルーツタルトとか。ゼリーとか」
うんうん、そーいうの。待ってた。
「ではそれをお使いものの備蓄として作ってくれ。手数料として今日の素材代はわたしが出すから」
小遣い渡すより仕事させるほうが、気兼ねなく受け取れるよな。
「ふふ。わかりました。ありがとう御座います、お兄さま。缶詰とは違って日持ちはしませんけど、『体内倉庫』があるなら心強いですものね」
そうだ。
チェルがいるなら、卵焼きとか作ってもらえるじゃん。
「チェル。食材を買うのに少し多めに渡しておく。暫く家に帰れないから、わたしがホームシックにならないように時々料理を無心していいか?」
「お忙しいのですね」
「わたしではなく運営がな。
家に帰れないのは、限られた場所じゃないと出来ない作業があるからだから」
「なる。大きな機械とかは動かせなさそーだもんね。
急な話で驚いたけど。
おとーさんも若い頃は色んな経験をするといいって言ってた」
「守秘義務があるから誘導尋問は受け付けない」
「にゃんのことかわかんにゃい」
猫が顔を洗って誤魔化すポーズ。
マリーの姿だから可愛いが、そろそろ中の人は止めておいた方が黒歴史にならずにすむぞ?
「お賃金を稼ぐのって大変なのですわね。
わたくしお兄さまの好きなものを沢山作りますわ」
ギルド証と学生証を触れ合わせ、代金を振り込んでおく。
「そうだ。わたしも練習していいか?」
おやつ用に林檎を3個手作業で剥かせて貰った。
その林檎の皮でサリーが紅茶を淹れてくれる。
いつものように魔石をじゃらつかせる空間に、チェルが林檎を煮る匂いがする。
母方の親戚は農に携わる友人知人が多いので、貰い物のフルーツが食べきれなくなるとジャムを煮る。
昔は母が今は妹が。
マリーが本を読み始め静かになると、まんま篠宮家の日常だ。
鍋底のジャムを払うのに、いつもはホットケーキを焼くのだが、それがないことが残念なくらいか。
そこに箱庭を整備していたサリーが顔を出す。
「MPを使うとカロリーを使いますから、小まめに食べさせて下さいね。
一緒に食べる人がいないと、リュアルテさまはうっかりしがちなので」
「お兄さま、そういうところがおありですよね」
「独り暮らし出来ないタイプ」
妹たちの評価が解せぬ。
出張すると痩せて帰ってくる、とーさんほどの問題児じゃないぞオレ。