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6 同級生とはいうものの



 昼寝したら朝になってた。体力つけるの頑張ろうな、オレよ。

 おはよう御座います。

 ゲーム時間、スタミナ切れで半日カットは初めてだ。

 ふかふかベッドから這い出して、備え付けのクローゼットを漁る。

 体内倉庫がまだ開かないんで、ステータス画面から早着替えとはいかない。全手動で制服を着込む。


 野良ダンジョンの帰り道、体力切れで熊教官におんぶして貰ってから記憶がない。やっちまった。

 リュアルテくん、手厚く看護されすぎでは?

 お寝間に着替えさせるくらい、起こしてもいいのよ?


 寝巻き類は纏めて『洗浄』を掛けとく。介護するのに、いつ部屋に入られるかわからんので、ベッドまわりも整えておこう。


 白いタートルネックのインナーにベスト、金ボタンの学ラン風の上下。靴はゴツくて2センチヒール、すね丈編み上げブーツ、黒の靴下。

 サイドテーブルに置かれた学生証も首から下げて、手帳はと、胸ポケットを探ったところでメッセージだ。


 ポコン。

 画面がアップされる。



 やることリスト



 日記をつけましょう!


 位階を上げてみましょう!


 スキルを上げてみましょう!


 そろそろクラスメイトと合流 してみませんか?



 ああ、とうとう出てしまった【やることリスト】。小さく呻く。


 このリスト、報酬がつくからとなにも考えず指示どおり動くと、大変なことになったりする。

 【○○を暗殺】とか、成功報酬に目が眩んで実行すると官憲に捕まる。 

 粛々と裁判、刑の執行、キャラロストか服役のコンボだ。


 そういうこともできるけど、良識ある行動選択って大事だね。政府ちゃんったらニコニコの笑顔で圧が強い。



 ひとまず一番上の日記をタップした。すると書き込み中のゲージが出てくる。

 昨日倒した白玉のデータや、使ったスキルの一回あたり伸び率などなどがどんどん書き込まれていく。


 報酬はスキル習熟効率アップ微少UP。それで効果は1日とな。

 勉強には予習復習が大事ですか、そうですか、そうですね。


 完了までの待ち時間で、下の項目を更に見てみる。が。


 『同じ宿にいる、教官の誰かと合流しましょう!』


 3件とも、同じ指示が出てしまう。

 報酬は食券10枚。


 これから毎食、センセーと給食なん?

 そうね。こんな虚弱児、保護者の管理がいるわな。


 鍵の取り外されたドアを開け、閉めれば【臨時救護室】の貼り紙。

 寝こけていたのは自室ではなく保健室だったらしい。


 お。階段脇に館内図発見。ここは3階か。

 3階から個室か。部屋が無限にあるホテルはゲームあるあるだよな。

 それで1、2階が食堂やら宴会場やらロビーとか施設を纏めてある感じだ。まんまリゾートホテル風。

 ゲームの素材として使うのに、建築、料理、生産物等々のコンペを政府ちゃんが頑張って開いてたから、おそらくこの施設もそうなのだろう。

 うちの爺さまも出品して落選してたし。爺さまのトマト旨いのに、レベル高いわ。


 壁紙は白の水流紋。梁は漆塗りで飴色艶やか、天井は陰影うつくしい格子模様。

 竹細工で花の意匠を編み込んである照明に、今様吉祥図が彫られた欄間が階段の上を飾っている。

 この意識高めな和洋折衷感よ。

 ファンタジーというよりは、泊まってみたいお手頃の宿特集とかで紹介されてそうな塩梅だ。


「おはよーリュアルテくん。今日はずいぶん早起きさんだね」

 いや、誰?

 親しげに挨拶してきたのは、朝から一汗掻いてきました風体の男だ。

 年のころは20代前半。

 長めの前髪に、刈り上げられた後頭部。耳には銀のイヤーカフ。

 他人さまより少し多めに身支度を頑張っているんだろうな。そんなタイプ?


「おはよう御座います?」


「ホントだ!リュアルテくんが喋った!

 夜に顔出したら寝てたから、アスタークのオッサンふかしこいたんじゃねーのって秒疑ったけど、そっか、よかった」

 お、おう。

 頭をそんなワシャワシャされると、首が、首が。


「申しわけありません、どなたでしょうか?」

 どうせ教官のお一人でしょう?このフレンドリーな態度は。でも知らんもんは知らんので迷わず聞く。


「えっ。あっ、覚えてないの俺のこと。じゃあ、昨日のアスターク、熊のおっさんのことは?」


「教官とは森の道でお会いしました。ダンジョンのお話をして、一緒に桃を食べました。貴方とは、はじめましてではないのでしょうか?」


「あー…うん。そうかー。よし。じゃあ、はじめまして!

 俺はテルテル。リュアルテくんたちの位階上げのお供だな!よろしく!」


「テルテル教官?」


「あっ、まって。心が痛いから、まだ教官呼びやめて。今いっしょーけんめー試験勉強中だから合格してからそう呼んで」

 この煮詰まり具合、リアルクラスの空気と似ている。

 これ、下手に労うと『一抜けした奴はいいよな』ってうざ絡みされる奴。


「試験にうかったら教えてください。お祝いしましょう」


「お祝いかあ、いいね。受かっても、次々他の試験があるんだけど目前の人参で頑張れそう」

 テルテル教官は力なく笑う。

 誰だ、ファンタジーに学用試験持ち込んだ奴。

 現地民プレイヤー関係なく、専門職に就こうと思ったら、試験受けなきゃならんのはなんの苦行だ。

 この間、夕方のニュースで取材受けてた調理学校の兄さん等は、「オムレツを焼いたり、蕎麦打ちしたり、ひたすら修行が必要系の料理はこちらで勉強してます」「大量に作った料理は、出来立てのまま保存できて、お腹がすいてから食べられるのがいいですね」との弁だから、善し悪しなのかもしらんけど。


「リュアルテくん、朝食まだでしょ。今日は豪気にもチーズパンが食べ放題だってさ。いっしょ行こ」

 テルテル教官は階段を下から登ってきて、食堂は下にある。ということは、わざわざ呼びに来てくれたらしい。


「リュアルテくんの同級になる子たち、今は5人居るんだけど、男子組3人はこの宿だから。同じタイミングで起きられるようでよかった」

 『異界撹拌』の1日は、リアルの3時間に拡張される。

 現地民からしてみればプレイヤーは、どれだけ寝てるんだこいつら、って呆れられているに違いない。

 現実で10時に就寝すると、こちらの朝6時起床の計算だ。現在こちら連続イン2日目の6時だから、リアルでは1時になったところ。日本時間では最もプレイヤーが多い時間帯になる。


「同級生が5人。皆、わたし位の年齢なんですか?」

 階段を下りると、ロビーに出た。


「君たちは15歳までのクラスだね」


 中庭に面した窓は大きく採光がとられている。

 春紅葉の緑明るく、庭池には睡蓮、山梔子が花咲く。


 出鱈目な季節感にもにょりとする。

 フィールド上は真面目な四季も、ダンジョンの中はヒャッハー仕様だ。

 その庭で朝食もとれるようで、用意されているテーブルの何席かはすでに埋まっていた。


「君たちより年上で成人で、志願してくれた方は軍人さんと官僚さんを側近に固めて速攻ダンジョンマスターとして活動して貰っているよ。

 ダンジョンマスターって伝統的に魔術師の徒弟制度だったんだけどねー。

 数が足りない足りない言われてて、このサリアータ崩落っしょ?

 この穴もどれだけ拡がるか分かりゃあしない。

 もー形振り構ってらんねーよね。

 あ、いたいた。紹介する。

 この細っこいのが、リュアルテくん。

 貫禄あるのがエンフィくん。…って、なんか、似てるね君ら。金髪金目で」

 テルテル教官が声をかけたのは同じ制服の少年だった。

 リュアルテくんより色の濃い髪がぱやぱやと、ヒヨコみたいに跳ねている。


「おはよう御座います、テルテル先生。

 はじめまして!そしておはようリュアルテ。これからよろしく」

 雑な紹介にも怯まない反応のよさ、快活さ、卒のなさ。さてはてめー真のコミュ強だな。


「おはよう、エンフィ。仲良くしてくれると嬉しい。…似ているのは、同族だからかな?」


「どうだろうか!私は孤児で、お世話になっていたという都の施設も崩落に巻き込まれたとかで、身元になるようなものはさっぱりだ」

 あ、はい。身元なし=プレイヤーですね。オケ。


「わたしも同じだ。家族は居たんだろうけど覚えていない。一応名前はリュアルテだ。だけど、そう呼ばれていた実感がないから名前を呼んでも反応しきれないかもしれない。故意に無視した訳じゃないから、そんな時はもう一度声をかけてくれると有り難いな」

 俺もプレイヤーですよと合図する。


「それは私もそうだな」

 慣れない名前だものね。お互いさまだ。


「身元になるといえば、スキルに『美髪』があって、キラキラした髪だと同族の可能性が高いが」

 『美髪』って種族由来のスキルだし。

 女の子だと、美容のため入れたりもするけどこの年の男なら生来ものだろう。


「…あるな!」

 一瞬の間はステータスの確認か。


 エンフィ。ステータスだせるのか、いいなー。

 他人のステータスは専門のスキルがないと見えないから、まあ、おそらくだけど。


「だったらエンフィも【輝く髪の】エルブルトだ」

 山脈挟んだお隣の国は前アバターの出生地で、王族がそうだったせいか数多混在する種族でもエルブルト系がやや目立った印象だ。

 エルブルト系人種の肌や目の色は多彩だ。でも髪の毛は皆キラキラしてる。

 前世の姿もそうだった。雷や光系のスキル持ちも多かったし、そのへんは相性かね?

 髪が天然の魔力保管庫で、フルスロットルで魔力を回すと、髪がペカペカして面白映像になるネタ種族だ。


「有り難う。お蔭で【疑問】のひとつが解けた」

 おや、嬉しそう。

 出生の秘密を明かせ系の連続クエストやってんだろうなコレ。


「エンフィは自分の生まれに興味があるのか?」


「正直ないが、全く知らないで済ませるのは薄情な気がしてな」

 わかる。運営が折角用意してくれた個人イベント。酷い目にあうとわかっても、踏んでみたくなるのが人の情。


「リュアルテは昔の自分を知りたくないか?」


「いまは特に」

 そういうイベント起きてないです。


「それに出身だというノベル村は壊滅してしまったみたいだから、都ぐらしのエンフィならまだしも、わたしを知っている人は誰もいないと思う。本当は本物のリュアルテがいて、取り違えられていたとしても驚かない」

 うん、そーいうシナリオがきても諦める。


「あのね!

 リュアルテくんはノベル村の名士の3男だって確認してる。

 リュアルテくん、雫石の『精製』は初めてなのに巧くできたっしょ?

 お前のおとーさんがリュアルテくんの名前で精製済みの魔石売って、スキル石買った売買記録もギルドに残ってる。『採取』『受粉』あたりがそれよ?

 それに『礼法』ってきっちり躾られないと覚えられないスキルなんよ。

 ノベル男爵家の子リュアルテは、大切に育てられたんだってステータス見ればよくわかる。

 こんだけ条件が絞られれば、戸籍の照合すぐだからっ。そんな悲しいこと言わないでぇ!」

 だからステータスは知らない子だと。

 でも朗報だ。

 貴種流離譚コースも、名前を奪われた本人からの復讐コースもこれで潰れた。



「…お前らなに、教官泣かしてんの…?」

 人の心がないと言いたげな3人目のクラスメイトが声をかけてくる。

 同じ制服だもん。きっとそうだ。


 いや、だって最初に確認は大事よ?

 地元勢にさ、下手にリアルの話すると【こいつは辛い目にあって心をやられている】的な態度になるんだぞ?

 その手の心神耗弱判定受けると、【今はいいから休め】ってクエスト発注が止まるしさ。


「おはよう。わたしはリュアルテだ。たったいまそうだと確定した」


「おはよう!はじめまして、エンフィだ。残念ながら私は本人の確証はないが、暫定的に」


「はよ。お前らその手の話は、本人たちは平気でも周りがヒヤヒヤするから、こっそりやろうぜ。あ、ちなみにオレも同輩だから、遠慮なしで。名前は…えっとヨウルだな」

 ステータスを確認する目の動き。

 はい、ご同輩一名追加。


「なんだか冬の祭りっぽい名前だ」


「北の方にはあるのかもな」

 赤毛に緑の目はまんまクリスマスカラーだ。


「んー…そういうこともあるかもな。しらんけど。それよかメシにしねえ?

 メシ食ったら女子2人と合流して白玉狩りだってさ」

 女の子たちもプレイヤーだといいなあ、相談が捗る。

 アバターが年若くても、プレイヤーなら成人済みだ。

 妹たちより年下の女子なんてどう扱っていいかわからん。


 入った食堂はセルフサービス方式らしい。

 沢山の小鉢が用意されていて、トレイに好きなおかず3種と、お代わり自由の汁物、お茶、主食を乗せるみたいだ。

 主食が角切りチーズをごろごろ乗せた丸パンだったので、小鉢はベーコンエッグとブロッコリー入りポテトサラダ、林檎ゼリーをチョイスする。汁物は茄子の味噌汁とトマトスープの2択だったので今日はトマトだ。お茶はほうじ茶。

 皆席についたところで頂きます。


「言われるまで気がつかなかった。クラスに女子もいるんだな。白玉狩りなら安心だ」

 エンフィの小鉢は焼き魚に牛蒡のサラダ、若布と烏賊の和え物、味噌汁。

 魚を解す箸の使い方がお綺麗なこと、茶を飲む仕草のうつくしいこと。

 滲み出る品の良さったらない。

 こいつ良いとこの坊かお嬢だな、きっと。

 孤児ロープレって、エンフィにゃ無理じゃね?

 オレなんか本人無視で『礼法』が仕事してくるんだけど。


「女性ではないが、わたしも体力に問題あるから助かる」


「今日はいいけど、そのうち血がどばっと出たりする魔物狩ったりするんだろ?

 オレは体力より、そっちが不安」

 ヨウルは小鉢に肉しか選んでない。 

 VRを満喫した肉々しい選択がファーストアバター味を感じる。

 肉や穀物ばっかり食べていると、そのうち野菜や果物も恋しくなるのが日本人だ。


「そういやエンフィくんとリュアルテくんは『解体』あったねえ。

 午後は個々別れて行動だから、ヨウルくんは肉屋さんの見学しとく?」

 へー…。

 あるのか『解体』。

 前世で覚えるの結構過酷だったから、これらは雑事カットの2周目特典だったりして。エンフィも小慣れた感が、セカンドアバター以降かなって気配だし。


「スキルさえ覚えれば、『体内倉庫』から『解体』出来るようだぞ」

 エンフィ。それ推定初心者には無茶ぶりだ。

 オレもリアルじゃ魚ぐらいしか捌いたことなかったんだけどさ。

 …オレたちは生き物の命をいただいてるんだなってVRながらも『解体』スキル修得までのあれこれは得難い経験ではあったけど!

 肉類の『解体』は、関係者各位に深い感謝を捧げつつ、消費者でありたいのが本音だ。


「無理そうなら、獲物はバラさず『体内倉庫』にしまって『解体』は業者にたのむといい。それかスキル石を購入するとかもいいな。

 あと、獲物は鈍器、鉄棒を選んでもいいと思う」


「あ、君たちはなるべく自力でスキルを覚えてもらいたいから、試すだけはしてもらいたいんだよね」

 鬼か。

 いや、異文化クオリティかな。

 こちらが平気なことが、そちらが不安だったり、その逆もあったりで。


「あー…。一度、試してみます。生理的に無理ってゆーか、慣れるのに時間かかりそーな場合は諦めるか後回しにするかもですけど」

 うーん。止めたいけど、経験からして精神防御系のスキルが出るかもしれないからなあ。


「リュアルテ、メシ食うの遅い方?」

 すまん。一人だけまだ食べている。


「そんなことは。不思議と入らなくて」

 フランスパン生地で表面はバリバリ、中はもっちり。チーズの焦げが堪らないはずなんだが、半分以上はなかなか口に入らなくて困惑する。


「美味しそうだから3つ4つくらい食べられそうかなって思ったんだが」

 教官なんてもう一枚持ち出したトレイにパンを山盛りにしてた。

 まずは控えめに2つトレイに乗せたけど食べきれないかもしれない。


「一昨日までお粥生活だった子が無理しない」

 トレイのパンを取り上げられる。食べてくれるということらしい。


「リュアルテ、風邪でもひいたん?」


「怪我をしていたみたいだが、記憶がなくて」

 そういうことになってるんで、よろしく。

 まだ口をつけていないサラダとゼリーもヨウルとエンフィに引き取ってもらう。


「稀に良くある例のアレだな。私はサリアータ崩落直後だった、ヨウルは?」


「オレも割と最近だな。記憶があるのは今日で5日目だ。なんか、いっぱい寝ていることになってるらしいし最近っていうのも変か?」


「カレンダーは毎日確かめるといいかもな。

 ご馳走さまでした。協力感謝、あとお待たせ」

 無事完食。

 挨拶をした途端『クエスト達成!』のファンファーレと共に食券が手の中にあらわれる。

 3人揃って肩を揺らした。

 寛いでいたとこ、コレやられると相変わらず慣れない。


「ヨウル、口」


「あ。………サンキュ。おお、歯がつるつる」


「個人的に『洗浄』は神スキルだ」

 エンフィが口を開けて『洗浄』を使ったんで、自分とヨウルにもかけておく。


「オレも早めに覚えよ。なあ食券って一枚切り取ればいいん?」


「レジに食券入れる箱はあったが」


「後払いで良かったのか、今になって気になってきた」


「どっちでもいいよ!」

 地獄耳の食堂のおばちゃんに笑われながら教えてもらう。


「わかりました!ご馳走さまです!」


「ご馳走さまでした!チーズパン美味しかったです!」


「おばちゃん、豚の角煮、旨かった!」

 食事中は椅子の背にかけていたランドセルをそれぞれ背負う。残りの食券は鞄のポケットだ。


「子供って仲良くなるの早いなぁ」

 中の人は18以上なんで返事に困る。他2人は教官より年上だったりするかもだし。


「そうですね。仲良くなれたのなら、嬉しいです」

 嘘はつかずつるりと返すあたり、エンフィは安定してる。


「多分この先、話したくなることが増えますでしょうし、そうなれたらいいですね」

 生存効率の情報大事。

 この世界、足を踏み混んでは不味い場所が多すぎる。


「…テルテル教官、オレも教官には敬語使ったほうがいいっすか」


「んんん。なんか最近の若い子しっかりしすぎじゃないの。

 敬語かあ。タメ口のほうが俺は楽だけど、畏まったお喋りが身についてると社会的な信用が得られるケースもあるね。

 ん、連絡来た。

 南月門で集合だって」


「えっと、ダンジョン門前バザールみたいなとこでしたっけ」

 へーそうなん?

 楽しそうだけど無一文だ。そういや、桃はどうしたんだろ。


「うん外。そしてバザールじゃない方の門だね。軍人さんが陣張ってるトコ。

 足でいける距離だけど、今日はゲートでショートカットね」

 ちらりとこちらを見られる。あ、はい。体力がない子がいますね、ここに。


「俺たちが泊まっている【睡蓮荘】は災禍のおりに、他所のダンジョンマスターがサリアータ領に寄付してくれたダンジョン型ホテルなんでゲートが設置されている。

 万が一迷子になったら、自力で戻るか青い軍服の軍人さんに声をかけて助けてもらうように」

 うわ他所のダンジョンマスターさんってば太っ腹。


 引率されたのはフロントを挟んで玄関の反対側だ。


「いってらっしゃいませ」

 両開きのドアを開けて見送ってくれるボーイさんにお手振りして、部屋に入ると馬車ゲートがある。シュールだ。


「玄関が広々と取られているとは思ったが、いざという時はここから馬車で突っ込めと?」


「…いざというがないといいな」

 絨毯って、馬の蹄や車輪に耐えられないよな?


「それな」


 ガヤりながらゲートを通る。 そこからジャンクションの駅を跨いで、南月門駅へ出た。


「通行証を拝見します!」

 ヘルメットに分厚いベスト。筋骨逞しい軍人さんのお出迎えだ。

 ふわっふわの優しい世界からいきなりいつもの『異界撹拌』になってしまった。


「おはよう御座います。お願いします。…首から掛けたままでいいですか?」


「はい、構いません。ご協力感謝します!」

 バーコードリーダーみたいな道具でチェックを受けただけで開放される。


「学生証でよかったんだな」


「これ失くしたら、厄介そう」

 合流場所までてくてく歩く。


「頼むから失くさないで。それ銀行の口座証明も兼ねてるから。個人認証あるし他人には使えないけど、失くしたら見つかるまで探さなくちゃいけないくらいにお高いのよソレ。

 特にリュアルテくん、エンフィくん。

 もうダンジョン作ったんしょ。個人ダンジョンの認証キーって滅茶苦茶貴重品だかんね?」

 はい、とよい子の返事をしておく。


「もうダンジョン造ったのか、早くね?」


「初っぱなが、たまたま居心地良さそうな草原ダンジョンだった。出逢いものかなって」


「私も海のダンジョンで、貝が採れたからな。焼いたら旨かったから一先ずアンカー打ち込んできた」


「海は換金率良さげでいいな。オレは岩山だったんだよなー。巧い運用が閃かなかった。

 最初はリュアルテ見習って昼寝用の秘密基地でもいいな」


「これから0レベルダンジョンに、ひたすら脳死周回で通うんだろうから、ピンとくるまで、保留でも、すぐ見つかるんじゃ、ない、か」

 ゼ-、ハー、ゼー。

 少し歩くとすぐしんどい。



「ちょっと貴方、大丈夫?ずいぶん息が切れているけどなにかあったの?」

 なにもないんだなこれが。


 出会い頭に気遣われてしまった。

 待合せはジューススタンド横の喫茶スペースだった。


 色っぽい女教官と、クラスメイトの女の子たちは各々カップを手にしている。


 女の子たちはセーラー服かと思いきや、襟元をレースで飾ったハイカラさんスタイルだ。

 袴とブーツだけはお揃いで、黒髪の子が赤地に現代モダンな矢印モチーフ、栗毛の子が黄八丈の着物だった。


「アリアンちゃん、この子が例のリュアルテくん」


「ああ、病み上がりで要介護の。っとごめんね。男の子たちがくるまで、みんなの話を聞いていたものだから。

 アリアンよ。よろしくね。

 英雄症が出るまでは、街のご飯屋の娘だったわ」

 プレイヤーは恥ずかしいから自分たちを英雄症とは呼ばない。

 アリアン嬢は地元の娘さんか。

 でも一応ダメ押しで聞いておく。


「こちらこそ、よろしく。不愉快だったら、言わなくてもいいが聞いてもいいか」


「どうぞ?」


「アリアンは記憶の半欠けか、全損かどちらだ?

 わたしたちは全損タイプだった」


「私はお父さんの記憶だけがないから、半欠けになるのかしら。

 あの、記憶がないってご両親や、親戚の方、全部…?」

 やっぱりアリアンはプレイヤーが選択しなかった子か。


 アリアンは野に咲く花の風情の少女だ。

 垢抜けない?

 いやいや女性プレイヤーならいくらでもうつくしく装う術を知っているだろうし、第一ランダム生成では醜いアバターは出てこない。

 プレイヤーがアリアンをアバターに選ばなかったのは年齢がネックだったのか、それとも性別の壁にぶつかったか。

 まさか「拙はロープレ強火勢にてリアルの話はご法度でござるよ!ここは知らんぷりをきめさせて貰うでござる!」な中の人がいたりしたらちょっと面白いんだけど。ないかな?

 掲示板を覗いたら愉快なことをしてるプレイヤーはいくらでもいるのに、周囲にはいなかったんだよな。

 ただ単に気がつけなかったのか、雰囲気にあわせて自粛していたのかも知れないけど。

 全て戦乱イベントが悪い。

 他所で楽しそうにキャッキャしているの、妬ましさにのたうったわ。

 嫉妬は人を荒ませ、意固地にさせる。

 無性にイベントを投げ出したくなったから、掲示板は封印したよ。お陰さまでこん畜生。


「男どもは常識に疎い。もし、変なことをしていたら教えて欲しい!

 私はエンフィだ。はじめまして!」


「オレはヨウル。同期のよしみで迷惑かける」


「…ダンジョンマスターだなんて大役、落ちこぼれたらどうしようって悩んだけど、役に立てることがあるのはいいわね。

 クロちゃん、クロちゃんもみんなにご挨拶しましょ」


「クロは、クロフリャカです!12歳です!」

 お、おう?

 吊り目巻き毛の美少女がなんか拙い。


「クロちゃんに英雄症がでたのは6歳の時なんですって。だから少しだけ私たちの先輩ね?」


 単語が巧く飲み込めない。6つで、え、なんだって、今が12で?

 単純に計算しても、その頃はまだサービス始まっていないだろ?


「うん、頼りにしてね!」

 にぱーっと天真爛漫な笑顔に戦く。


 運営。運営?

 これっていいの?

 未成年が悲惨な目に合うシナリオは許されざるよ?!




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