57 駅の敷設
この世界砂糖が少しお高いので、ケーキバイキングという概念はない。
でも普通のちびさんなら、そんなに量は食えないものだ。
妹らにはいくつ食べてもいいが1個ずつ頼めと告げると、メニューを念入りに読み込み始める。
そんな喫茶店の昼下がりだ。
「でも、いいの?おにい、色々買って貰っちゃって」
「必要なものしか買ってないだろう?」
着替えとか寝巻きとか下着とか。
ショップのおねーさんに「この子たちが生活するのにいるものを、今日は取り急ぎ手短に」とお願いしつつ丸投げして、オレは財布と荷物持ちよ。『体内倉庫』があるから楽勝だ。
「ギルドで個人口座は開いたし、衣服と鞄、靴、手帳は買った。趣味のものは追々揃えるとして、急いで用意するものは他にあるか?」
妹には内緒だが、実は手帳が一番値が張ったりする。個人資産の半分が飛んだ。
書き込めば多目的図鑑にもなる手帳だからね。仕方ないね。
「武器防具?」
「どこに何しにいくつもりだ。わたしですら行動するのに保護者が必要な年齢なんだぞ?」
「かといって、年も近いお兄さまにおんぶにだっこされるのも。
早急に、身を立てる手段を見つけなくては」
「チェルは経験値さえ稼げばやりたいことが多そうだが、マリーはなにかあるか?」
「なんにもわかんないから、うろうろ見て回りたい」
だよなー。このゲーム広すぎてやることが迷子になりがち。だからこその【やることリスト】だ。
それに頼らない生き方は好ましいぞ、マリー。
「ではわたしと一緒に行動するか。チェルも暫くはそれでいいか?」
「はい、お兄さま」
「教官、わたしのダンジョンに連れて行って妹に得物の取り扱いを学ばせるのは職権乱用でしょうか?」
うちのメイドさんら武道力たっぷりだし。
ギルドに登録したら、ぎょっとされたからなあ。
ダンジョンから救出されてすぐ戻って、手続きに来るとは予想外だったんだろう。
プレイヤーはせっかちだから仕方ない。
お陰で第一発見者さんにも直に礼とその品物を渡せたし、妹の無事な姿を見せれたけど、直ぐに訓練受けさせるのは心配されそう。
「むしろ頼られ待ちじゃねえの?
もう連絡は飛んでるだろうし。なにせお前さんのとこ、ギルドでのケータリングも常用化しつつあるからなあ」
「ダンジョン屋台ですか?」
「それよ。ありゃあ、使い勝手がいい。グッドマンんとこの乙女部隊が転職するって聞いた時はなんの冗談かと笑っちまったが、巧く嵌まったもんだ」
「決めました、お兄さま。わたくしメロンソーダフロートとフルーツゼリーにいたします。
このあと動くのでしたら、控えめにしたほうがいいですわよね」
チェルはきりりと顔を上げる。
「私はミルクティーと、シフォンケーキのクリーム添え。
朝ごはんはブランチだったから、へーき。たぶん」
「わたしは杏仁豆腐と烏龍茶にする」
「金魚鉢パフェとホットコーヒーを5杯分ピッチャーで」
教官はまた、そんなものばかり頼む。
まあ、余裕で食べきるのはわかってるけど。
少し早めのおやつをしてから、自ダンジョンに向かう。
体力を心配したマリーも割りと元気そうだ。
朝へろへろだったのは、やはり聞いた通りエネルギー不足だったのか。
「マスター。話しは伺いました。……よろしゅう御座いましたね」
待ち構えていたオルレアに応接室へ通される。
「ありがとう。
急な話で驚いただろう。これから顔を合わせることも増えるだろうから、紹介したい。
妹のチェルエットと、マリエールだ。
チェル、マリー。彼女はオルレア。
わたしのダンジョンの支配人だ。挨拶を」
「お初にお目もじ致します。リュアルテが妹のチェルエットと申します」
「マリー、です」
大きいわんこにビビりちらしているマリーは、チェルの後ろに隠れ気味だ。
うちの末っ子、大きい生き物がどうも苦手だ。
「初めまして、私はオルレア グッドマン。
お会いできて大変嬉しく思います。
よくご無事で生還されました。ご立派です」
「ありがとう御座います。何分、右も左も分からぬ身です。
ご指導よろしくお願いします」
「私はおねえに守って貰っただけっぽくてなにもしてないし」
『礼法』スキルアシストでチェルは如才なく挨拶したが、マリーは居心地悪気にもじもじしている。
チビッ子補正がついているんで可愛らしいぞ、こいつら。
オルレアが目を細める。
「お2人とも、マスターによく似ておいでですね。MP特化型でしょうか?」
「数字だけで判断するなら、チェルエットは完全に魔力型。マリエールはやや魔力型だ。小さなうちから訓練すれば、前衛もこなせるようになるだろう」
教官が答える。『鑑定』は便利だ。
「白玉狩りの予約を取れるまで、時間があるだろう?
子供を教えるのに慣れた人がいるなら、棒の握り方から教えて貰えないか」
「畏まりました。サクマ、頼む」
「はっ」
サクマさんはオルレアの第1秘書だ。人員が拡充したので出世したらしい。彼は気配がないので、居るか居ないかわからない時が多い。
今日も返事があるまで気が付かなかった。
サリーもジャスミンもそんなところがあるし、この世界の従者や秘書って謎スキルを持っている。
「では、お嬢さまがた、こちらへ」
「お兄さまはお仕事かしら?」
「そうだな。白玉狩りは一緒にしよう」
「ん。わかった。またあとで」
「この先、お妹さまに随行する人員は只今選別しています。
私どもに任せて頂いても構いませんか?」
妹たちが出ていってから、オルレアが許可をとる。
「よろしく頼む。チェルは料理したり物を作ったり描いたりするのが好きな子で、マリーは好奇心が強い子だ。
そして2人とも危なっかしいのはわたしと同様。手数を掛ける」
「……お2人も英雄症が、出られたのですね」
「運がいいだろう?
皆に助けられた子だからな。
さて、他にも報告はあるか?」
「ギルドより駅の誘致を打診されています」
「それは構わないが、早いな。オープンから1年も経っていないのに」
半年だってたってないよ?
収益力が高いダンジョンは駅のオファーを受けると聞いたが、随分早い。
「皆、レジャーに飢えていたんですね…。盲点でした。
駅の普請に伴い駅前広場、従業員宿舎の増設を具申します」
そして資料を渡される。
ぺらぺら紙を捲って、企画書に目を通していく。ううん?
「駅前広場、スペースをとったな」
ずいぶんと広い。レベル0じゃまかないきれないぞ、これ。
「いずれ多種の施設のジャンクションになってもいいようにしてあります。
ご予定の図書館と、運動公園はこちらから行けるように設定してありますよ」
「個人的に図書館が気になるが、蔵書の手配もまだだしな。
先に手掛けるのは駅前広場と、宿舎だな。
………両方とも地下層があるのか」
なにこの広いぶち抜き層。
「駅前音楽ホールと、従業員用の訓練施設予定地です。
宿舎が終わり次第順次着工しようかと」
なる。ライブハウスは地下が鉄板。
箱としては広いけど、他にも施設を埋めるのだろうし。
「そうでもしないと納める税金が凄いことになりそうなので」
……変な話だな?
「飯屋はいくら繁盛しても、利益としてはそこそこだろう?」
ここのご飯。下町の商店的な、お財布に親切な値段だよな?
「昆布とアゴ節だけで御殿が建ちます。
セイランは米を良く買ってくれるサリアータの上得意なんですが、ご飯のお供が好きなんですね。
乾物の加工が追いつかない状況です。この先乾燥室を増設しなければ、いけなくなるかもしれません」
オレ的には燻製室を造りたいな。ベーコンとか、燻卵とか、いぶりがっことか。
畑の隅で爺さまが、ダンボール燻製よくやってたわ。
小さい頃から畑が好きだったのは、遊びに行くとそこでしか食べられない旨いものを食べさせて貰ったからってのもある。
「エルブルト系は出汁ものに弱いからな。
キノコとかトマトとか、干し貝とかもきっと好きだ。
でも御殿、そんなにか?」
「上階はプライベートダンジョン扱いですから。魔石の取り放題の環境が、あれだけ効率いいとは想定外でした。
勤務を3カ月こなしたものから、ベースアップの予定です」
「魔石の数だけ歩合制も導入しよう」
「すでに制度化しています。お陰で作業効率が上がりました。
運動公園や体育館。図書館などは街人の憩いの施設ですから当然、控除の対象です」
どんどん事業の拡大するとさ、黒字倒産とかしない?
平気?
経理はもう複雑すぎて、オレの手にはおえなくなっている。
リアルではやれないことがゲームでは可能だがら、稼ぎやすくなってるにしろ、あまりにトントン拍子じゃないか?
……なんか、経営の才があるとか、勘違いしそうで怖いぞ。
これはリアルとゲームを混同したヨウルの担当になるはずだった人をどうこう言えないな。
ゲームは派手でもいいけど、現実は慎ましく生きなきゃ。
リアルにはオルレアは居ないんだし。
「駅前広場と、宿舎。それぐらいの雫石はあるな。
ないのは扉の在庫だ」
スライム用のは別に確保してある。するとレベル1で『調律』したのはこれくらいだ。
「モニュメントも扉も用意してあります」
さよですか。
それじゃあ造るか。
だけど宿舎建てなくちゃいけないくらい人を雇ってるのか。
この図面だと土地の整備と水源、排水だけ処理するような指示なんで、どんな家を建てるのか不明瞭だ。完成するのを楽しみに待とう。
そんなわけで造ってきました。
大きな空間をどん、どんと設定しただけなんでプール1基より簡単だった。
いや、ほらプールはタイルがね、強敵だったから。
ああ、でも地下をセッティングしたのは初めてだ。
ダンジョンマスターなら地下に光源を設置するのは簡単なこと。
階段やスロープは、もう何度も造っている。その階段には滑らないように溝を掘った。
白い石の階段は汚れが目立ちそうだけど、そこはダンジョンリセットの出番だ。
手摺の部分は、ちょっと頑張る。
石の手摺は初制作。
だけど設計図がきちんとしていたから寸分違わず組み上げられた。
唐草模様のロココ風彫刻だ。手前味噌だがよい感じ。なにより掃除の手間が省けるのが素晴らしいね。
駅の連結用のアンカーにする雫石は、駅のダンジョンを管理するダンジョンマスターのと、オレのを両方モニュメントに嵌める。
ゲートだけならひとつでも動くが、危機管理の問題なのだそう。違うダンジョンマスター同士がダンジョンを繋げる時にはこうするのだとか。
リアルにこの手の駅を持ち込んだら、物流が変わる。
でもこれって、現実でも通用する技術なのかな?
もしそうならと、わくわくする反面、これ、整備するのオレらなんじゃと思うと工程のしんどさにくらくらしそう。
この駅は、あちこちに設置してあるのを利用して魔力をチャージすると、ギルドにお金が振り込まれる仕組みになっている。だから通りすがりにお小遣い稼ぎをしていく人もいる。
将来魔力を売って生活する人も出てくるのかな。
この複雑なからくりの再現は理系の人材に期待したい。
用意された駅モニュメントは、自動車パーキングの出入口めいている。
人が使いやすいユニバースデザインって似通うものだ。
それには既にひとつ雫石が嵌まっている。後はオレのを嵌めるだけだ。
仕事が早い。というより、寝ている間にどんどん物事が進む。
「終わりました」
「よし」
確認に教官がゲートを通り、証明書を貰って帰ってきた。
偉い人の名前がずらずら入っている。
これは大事に保管しないと。
「工事が終わったらこれに日付を入れてギルドに提出してくれとよ。
駅の使用料が入るらしい」
「払うのではなく?」
「向こうは運賃を貰うんだぞ?」
こっちが地主で、あちらが電車を運営管理する私鉄か。把握した。
モニュメントの管理が向こうなのだから、なるほどそうか。
「オルレア」
「はい。承りました。お預かりします」
うん。管理をよろしく。これで安心。
駅のホームから新設した扉を通り、【ノベルの台所】に戻る。
すると人が通れる隙間はあるが、生け垣にしてある茶の木が邪魔だ。
折角繁ってきたのに通路を造り直すと、この部分は刈らなくちゃいけなくなるのか。
勿体ないな。
普段は開けっ放ししている扉を閉めた。
鍵はいつものようにオルレアに預ける。
「ダンジョンの扉が閉まった姿は、新鮮ですね」
「工事中でもない限り閉めないからな」
ダンジョンの拡張作業は丁度いい時間に終われたらしい。
受付で妹らが出待ちしていた。
「お兄さま!あと1分で入れ替えですって!」
「おにい、走って!」
「入場者が出た後に入るのだから、そんなに急がなくてもいいんだぞ」
「いいから、はやくぅ」
順番が待ちきれないといったテンションの妹たちに手を引かれる。
「どうだ。なんとかなりそうか?」
「わかんない!」
そっかー。
「チェルは?」
「頑張りますわ!」
うん。未来は見えた。10体くらいは倒せるといいな。
妹たちの奮闘の結果として。兄の面目は立ったとだけ伝えておく。




