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56 チェルエットとマリエール



 19日目だ。

 仕事が長引いてサリーは寝ている。

 柔軟、身支度、食事等の朝のルーティンをこなし、部屋で魔石を弄りながら教官を待っているとドアノッカーを鳴らされた。

 この部屋のノッカーは特別製で、決められた人しか鳴らないように設定してある。

 つまりファンタジー版インターフォン。

 この音は教官の誰かだ。


「おはよう御座います」


「おはよう。

 話がある。落ち着いて聞いて欲しい」

 アスターク教官の態度に、話があるならと部屋にどうぞと促すが断られる。


「いや、直ぐに出る。…お前さんの妹と思われる人物が見つかった。

 今から確認に行く。行けるか?」

 うーん。朝っぱらからホットスタート。


「はい」

 頷くと担ぎ上げられた。

 ドアはオートロックだから平気にしても、慌ただしい。

 急がなくてはいけない状態なのだろうか。

 どうなってんだ、あいつら?


 ホテルロビーで、一瞬エンフィと目が合った。そちらはテルテル教官に連れられている。

 挨拶をする間もなく、ホテルのゲートから駅に飛ぶ。

 野良0レベルダンジョンを繋ぐ【森の道】駅は、珍しく人でごったがえしていた。

 そこで床に下ろされる。


「リュアルテさま、お呼び立てして申し訳ありません」

 頭を下げたのは駅長さんだ。この人らは、普段はもうひとつ階層上のジャンクションで駅の管理をしている。


「妹が見つかったと。ダンジョンで?」


「はい。冒険者が持ち込んだ野良レベル1ダンジョンの宿主がひとりの少女で、もう1人、その妹らしき人物も一緒だったと。


 専門家の卵である貴方さまには、ご存知かもしれません。

 人も雫石の宿主になることがあります。事故であれ、恣意的であれ、その時は休眠状態になるのです。

 運がいいのか、咄嗟の判断か。いずれにせよ、妹ぎみはご無事です。

 ただ、冒険者がそのまま取り出して大丈夫か判断がつかなかったということで、雫石を『体内倉庫』に入れることも出来ずそのままこちらに運んだので、妹さまの姿を取り込んだままダンジョンは再生成してしまいましたが」


「正しい判断だな。他の場所ならまだしも扉直結だもんよ。ここなら」


「はい。今は何があってもいいように監視を立てています。

 それとリュアルテさま、こちらを」

 駅長から教官へ。教官からオレへ渡されたのは、生活スキルのついたイヤリングだ。


「ラパン工房の定番モデルでシリアルナンバーが入っています。

 これは今から7年前。貴方のお父上がリュアルテさまの5つのお祝いに買い求められたもので御座います。


 1番上のお兄さまは『洗浄』。

 2番目のお兄さまは『造水』。

 貴方さまは『ライト』。

 1の姫さまは『鋏』。

 2の姫さまは『念動』。


 其々をお買い上げになられたそうです。

 イヤリングはお妹さまと思われる方の耳から落ちたそうですで」


「だからわたしの妹だと」


「習得終わったアクセサリは兄弟で融通しあうものですから。

 その。

 お気を確かにお持ちください。

 位階の低いものが、ダンジョンの宿主になると…………英雄症が出てしまう可能性が、高くなります」

 駅長は息を詰まらせる。


「気にするな。わたしもそうだ」

 いや、本当に気にしなくていいから。

 ちょっと政府ちゃんさあ。余計な設定マシマシにするから、感受性の高い大人たちが泣いちゃうじゃん。もー!


「そこのゲートに繋げたんだろう。入ってもいいか?」

 冒険者が鵜飼いの鵜よろしくせっせと回収しては雫石を投げ込んで行くゲートではなく、予備のゲートに人が立っているのはそういうことだろう。


「はい、どうぞお入り下さい」


 そう。いつもオレらが扉直結でダンジョン潰しが出来るのは、冒険者がこうして下処理をしてくれていたからだ。

 『体内倉庫』に生のままの雫石を入れると、体調が悪くなるのに頭が下がる。

 でもそうでなければレベル5ダンジョンの時のように、ダンジョンマスターが現場まで歩いて処理しにいかなければならない。

 ダンジョンマスターの数が少なくて、それはいかにも効率悪いからにしても一苦労だ。

 休眠期に入ると未処理のダンジョンが溜まるから、サリアータの冒険者はガッツがある。


 会釈してゲートを通る。

 教官の後に続いて、足を踏み入れれば、まだそこはなににも染まっていない空間だった。

 かろうじて白い床があるだけ。

 青空の下、金の髪の少女が2人眠っている。年嵩の少女がもう1人を抱き締めて。


「頭に雫石が乗っている?」

 そう見える。これは冒険者も判断に迷う。


「…………………………よし、大丈夫だ。問題ない。回収しちまえ」

 じっくり『鑑定』していた教官の許可がおりる。


「はい」

 頭に毬を乗せているようで、なんとなく面白い。思わず笑ってしまった。失敬。


 ダンジョンはレベル1だったので、こなす『加工』は『精製』までだ。『調律』は座ってやりたいから、そのまま『体内倉庫』に仕舞う。


「っキャー!」

 おお、可愛い悲鳴。お前そんな声も出せたのか。

 千枝が万里を守るように抱き締めて、アスターク教官を威嚇している。

 万里、本物の熊は死んだフリしても無駄だからな?


「おいおい、オレは」


「いやっ。助けて、お兄さま…っ!」

 ああ……千枝も『礼法』スキルの毒牙に掛かってんのか。


「大丈夫。教官はお前たちを助けに来てくれた人だ。怖くない」

 人にアクセントを置く。これ大事な。


「…お兄さま?…………………あれ?………お兄さま、ですか?」

 キラキラ金髪チビッ子ですが、そーですよ。


「多分そうだな。ステータスで名前は見れるか?」


「あっ。見れました!」

 見れるのか。優遇されてないかお前。オレは暫くの間ステータス封印されてたぞ。


「その年でステータス入れてんのか」

 熊教官呟きからして、珍しいことだってよ。


 服の裾を引かれる。

「おにい。おねえが変。あとステータス見れない」


「そういうものだと思っておけ。あと冒険者登録しないとステータスは基本見れない。もう暫く辛抱してくれ。

 あと、名前は覚えているか」


「わかんないけど、わかった。

 名前は……ええと、マリエンヌ?…マリール。そんなの」

 あやふやだな、おい。


「お兄さま。わたくしはチェルエットでしたわ」


「そうか。わたしはリュアルテだ。

 こちらはわたしの指導教官のアスターク先生。

 看護資格や、医療系の『鑑定』もお持ちだ。

 教官。妹らの正しい名前は分かりますか?」


「姉が、チェルエット ノベル。

 妹が、マリエール ノベル。

 …2人とも英雄症が出ているな」

 でしょうねー。


「おにい。私、なにか病気?」


「8日のうち3日ほどしか起きられない寝坊助になるだけだ。

 わたしもチェルも同じだから、問題ない」

 英雄症=プレイヤーな、おけ?


「あ、そっか。そして、ここどこ?」


「ダンジョンだ。お前たちがここで見つかったと報告を受けて、回収しにきたんだ。…立てるか?」


「立てなかったら、おぶってくれるの?」

 リアルならまだしもこのミニマムボディを見てそれ言うか。


「いいとも。アスターク教官、お願いします」

「立ちます!歩けます!」

 しゅばっと立とうとして、よろけたので支える。


「大丈夫。教官は紳士で奥さまもおいでだ。

 子供の1人2人、軽いものだ。

 チェルはそろそろステータスから目を離せ。それとも気になることでもあるのか?」


「…お兄さまは、『礼法』スキルがありまして?」

 気づいてしまったか。


「あるな。お前もだろう」

 マリーを教官の腕に乗せ、チェルに手を差しのべる。

 すると淑女の仕草で立ち上がる。それが『礼法』の仕業だ。納得したか?


「足に力は入るか?」


「はい、普通に歩けそうです。まーちゃんはどうしたんでしょう?」

 むしろ遭難から生還して、しゃっきりしているお前がどうなのかと。


「妹御は少し疲れて腹が減っているだけだ」


「チェルが元気なのは?」

 一先ず手持ちのチョコレートをマリーの口に突っ込んでおく。

 チェルが口をあけたのでそこにもだ。


「雫石の宿主になってたからなあ。そりゃあピンシャンしてるだろうさ」


「わたくし何かに寄生されてましたの?」


「その体を守ってくれていたみたいだぞ。ついでにマリーも」


「私はオマケだった?」


「チェルがしっかり抱き込んでいたからセット扱いだったんだろう。

 教官。なにか物を食べさせるのならお粥とかが良かったですか?」


「いや、消化器系統にダメージはないな。単にダンジョンに封入される前に遊び回って疲れていたんじゃないか。そんな感じだな」


「それならまずは食事ですね。

 チェルエット。マリエール。

 わたしの部屋は、まだ客室が空いている。

 わたしもまだ小さいが、お前たちの兄だ。自由に生きられるようになるまで、樹木下にいるといい」





 ホテルに戻り、部屋に入る。

「教官。暫く3人で話をしてみたいのですが、よろしいでしょうか?」


「わかった。今日の予定はキャンセルしておく」


「様子を見て妹らが大丈夫そうなら、午後から生活雑貨を揃えたいです。

 出来れば女の子が好きそうなカフェつきで」


「おう。そうだな、それがいい。

 1時頃にまた、顔を出すわ」


「よろしくお願いします。

 あと妹を見つけてくれた冒険者はどのような方でしたか。

 礼状と感謝の品を贈りたいのですが」


「お前さんらが作っている『エンチャント』品をひとつチームに贈るといい。

 『造水』、『洗浄』のどちらかなら腐らんが、あー……。時間が空いたから聞いてみるわ。

 良かったなリュアルテ」

 ぽすぽすと頭を撫でるように叩いて出ていく教官を見送る。


 さて。

「胸を押さえてどうした?」


「騙しているようで、罪悪感がありますの」


「あと。なんか思っていた、出だしと違った」


「まず魔物と戦わされて、町にたどり着き、冒険者ギルドに登録するまでがチュートリアル?」

 取り敢えず座れと椅子を引く。

 チェルが自然と座ったので、マリーは自分から席についた。


「そう、それ!」


「それをやると、半分くらいは死ぬぞ?」

 前世じゃ似たようなことをしたけれど、それは置いとく。


「……このゲーム死んだらお仕舞いだったよね?」


「事前モニターは一回勝負だって」

 そうなのか。まあ、暫くしたら緩和されるしな。

 リュアルテくんの妹を、際限なく増やすわけにはいかんだろ。


「成人前の少年少女が死に慣れるのは良くないだろう。VRなのに。

 保護者がいても死ぬ時は死ぬが、うっかり事故は避けたいな」

 パン粉を振った熱々のグラタンに、檸檬ドレッシングのコールドサラダ、冷たい麦茶をテーブルに出す。


「まだ食べられるなら用意するが、午後はケーキでも食べにいくからな」

 オレは朝ごはんはしたけど、付き添いで菓子をつまむ。胡桃をキャラメリゼしたヌガーだ。


「頂きます」

「頂きます!わぁい。カニだ!おねえ!このグラタンさま、カニがいる!」

 そのカニ身、実は蜘蛛だったりするが。滅茶苦茶旨いので許して欲しい。

 一度食べたら食材にしか見えなくなるのは保証する。


「美味しいっ、!お兄さま、これ、美味しいです!」

「カニ好き、大好き。うそ、こんなにいっぱい許されるの?」


「位階を上げたら狩り行こうな」

 おお、喜んでる喜んでる。

 殴られそうな気もするが、この反応なら大丈夫だろ。うちの家族、美味しいものに弱いから。


「ところでおにい、おねえもそうだけど、お貴族さまっぽいのはなんで?

 あとなんかおにい、偉い人っぽくなってない?」


「わたしたちには『礼法』がある。割りと名前の通りのスキルだ。強制的にお行儀よくなるから、チェルは覚悟しておけ。

 わたしが偉そうなのは仕様だな。

 見習いダンジョンマスターをしている。

 魔力は強めだが、見ての通り貧弱だから力仕事は期待するな」

 魔力が余っているので、魔石をどんどん『精製』していく。

 お前、光り物も好きね?

 チェルの目がきらきらしてきたのでサービスだ。


「チェル、マリー。『洗浄』か『念動』あたりは使えるか?」

 使用中のスプーンを指す。

 むむっと2人して難しい顔をする。


「わたくしは『洗浄』が使えました。『念動』は駄目みたいです」


「私はおねえと反対」


「ん。わかった」

 チェルはマーガレットで『念動』。

 マリーはチューリップで『洗浄』。

 レシピを用いて『造形』を発動。髪ピンを作る。

 オレが12歳で、チェルはその直ぐ下。マリーはチェルよりやや小さい。

 子供っぽいデザインだからお蔵入りしてたが、今の2人の外見なら似合うだろう。

 生体金属が形を変えていくさまを、チェルは熱心に見つめている。


「わあ、おねえホイホイなスキル」


「生活スキルの発動体だ。お前のは『洗浄』が『エンチャント』してある。

 チェルのは『念動』だな。

 そう言えば2人は『ライト』を持っているか?」


「んんん、光らないからないと思う」


「わたくしは、あります」


「じゃあマリーが使っていたんだな」

 身元の証明になったイヤリングを置く。


「この体の父上がわたしに贈ってくれたものらしい。

 お下がり品だが、遺品だから大事につかってくれ」


「ひょえ、いいの?」


「身元が直ぐ割れたのは、そのイヤリングをお前がしていたお陰だ。

 拾ってくれた相手がモラル高くて良かったな」


「あ、おにいの作ったのと違ってシリアルナンバーがある」


「わたしはレシピ通りの工業品しか作れないが、これはきちんとした工房の作品だ。顧客データが残っていた」


「へー。でもおにいの作ったのも、カワイーよ?

 マリーちゃんに似合う」

 鏡を渡してやると、髪を一束くりくり捻ってそこにピンを差し込んだ。満足げに頷く。


「発動体は慣れないうちは、ひとつずつ装備するといいぞ。

 干渉し合って良くないらしい。肌に触れていなければ大丈夫だから」


「なる。電子レンジと電化製品みたいな。把握」


「チェルはどうした?」


「『造形』が、面白そうで。掲示板でチャートを覗かせて頂きましたの。…………職人になる先は長そうですわ。メモリ消費が厳しそうです」


「メモリを消費しない為には、勉強してスイッチを踏んでいくといいぞ?」


「遠回りですけど、そうしますわ。

 料理スキルも入れたいですし、戦闘スキルもひとつぐらい欲しいものですし」

 チェルは戦闘スキルないのか。……未成年だからか?


「私もステータス見ーたーいー!」


「それはわたしも通った道だな。なければないでなんとかなるぞ。あればあったで便利だが。

 人と違う道を行くと、それ用のイベントを踏んだりするからな。色々試してみるといい。

 さて注意事項だ。

 オレの身近で頼っていいプレイヤーは3人。

 同居している従者のサリー。

 わたしと同じくダンジョンマスター見習いのヨウルとエンフィ。

 彼らはお前たちの年も、わたしとの繋がりも把握している。いざとなったら守ってくれるだろう。

 だが重々注意して異世界を楽しむように。

 うっかり事故やうっかり情報漏洩はしないこと。

 特に現地民にプレイヤー事情を話すと、「あの子は辛い目にあって、今は療養が必要なのね」と配慮されてしまうからな」


「聞いたことある。クエストが受けられなくなるやつ」


「病人に無理はさせてはいけませんものね」

 そういうことです。


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