55 魔力循環
護衛のおにーさんらに剣術の指南をして貰ったり、明日からのリモート授業の準備したり、白玉魔石を『精製』したり、ちょこちょこ物を摘まんだりしている最中にヨウルが到着した。
「なんでリュアルテがオレより背が高いの?」
赤茶けた髪の毛の大学生は、開口一番にのたまった。
ふうん。イケメンじゃんヨウル。雰囲気は3枚目で、親しみやすいお得なタイプ。
良かった、男だ。
流石、期待を裏切らない男。信じていた…!
「リアルと現実の混同良くない」
「そうだけどさあ!
かっわいいソプラノボイスだったのに、勿体ねえ。
艶っつやの美声になっちまって、まあ」
いや、反対ですけどね。もとがコレだから。
「篠宮流士だ。よろしく、ヨウル」
「おけ。流士だからリュアルテか。運営AIも雑だな。
オレは西邑要鉱。
ヨウルでもギリ渾名で通じるな。オレの誕生日12月25日なんよ。
オレもエンフィと同じでリューって呼ぶことにするわ」
「うん。そうしてくれると戸惑わなくていいな」
聖誕祭生まれで【ヨウル】か。クリスマスカラーのあの赤毛緑目って、やっぱり政府ちゃんAIの悪戯だったんかな。
「もう、バイトをしているのか!早いな!」
そうしている間にエンフィも合流だ。
雑談するなら魔石をじゃらるよな?
佐藤さんに案内されて、多目的室に入ってくる。
闊達な声音。颯爽とした態度。意外なほど品のある所作。
容姿以外、まんまエンフィだ。
ヨウルといい、こいつら直ぐわかるな。個性という個性がないオレとしては羨ましい限りだ。
「篠宮流士だ」
「西邑要鉱」
先ほどヨウルと名前交換した際に書いた紙をペラリと見せる。
「私は潮ノ目幸仁だ。エンフィのままで構わない!」
エンフィは立ったまま、同じ紙に名前を書き連ねる。
こいつ文字も綺麗だ。知ってた。
リュアルテくんが美文字だったから、リアルのオレもそれにつられてトレーニングしたみたいに文字が美しくなったような気がしたけど、うん。こうして並べられるとあらが目立つな。
「エンフィは渾名にしては離れてるじゃん?」
「この際、リアルでの雅号にする。物を作って売る際のだな!」
「いいな。オレもそうしよう」
視線が集まる。なんだ?
「お前リアルの一人称はオレなの?」
「当方ごく平凡な男子校生にて」
そんなに意外だったりする?
「リアルでリュアルテやエンフィみたいなやつがいたら、目立つか。
エンフィは割とまんまだけどさ」
「伯父が剣術道場を開いていてな!
礼儀作法はそこで仕込まれた。
しかし、ここ数年門下生が増えに増えた理由が判明したな!
あと、新人の力がいきなり付いたりしたのは、これだったのかと!」
なるほど、エンフィは客商売の看板なわけだな。
あそこの道場に通うと出来上がりがこうなりますときたら、近所の親御さんは習い事させたくなるだろう。
「エンフィ最初から剣を使えたのそれか」
妙に強かったからなこいつ。
中学校の3年間の部活だけじゃ、対抗できんはずだ。
「新人に負けない為には、剣の術理を研くしかなくてな!キツかった!」
「ええ、それ大丈夫だったん?」
「潮ノ目さんならレベル20までの素人なら余裕ですよ。
それ以上は町の道場に通うのは禁止ですから、それまでに潮ノ目さんがお通いになられる道場には教育を詰め込んで貰ってます」
佐藤さんは元々エンフィと知り合いっぽい。
うちの爺さまとも仲良くしてたし、外回りの仕事をしていたのかも。
今は配置変更したのかな。
「エンフィ、無位でレベル20に勝つのか」
ばけもんじゃね?
「6歳から指導を受けてきたのに、初めてから半年で追い越されたら切ないだろう!」
そりゃそうか。人間、スキルやレベルなくても強い人は強いんだな。
「皆さまがお揃いになったことで、ご挨拶を。
私は佐里江伽凛こと、サリーです。
ゲーム同様、流士さんに付きますが、要鉱さんや幸仁さんの付き人が決まるまでは仮の担当になります。
どうぞ、よろしく」
「おー。サリーさん女の人だったんだ。よろしく」
「よろしくお願いします!」
2人は平然としている。ぐぬぬ。なんか悔しい。
「位階上げをする際の注意を私からさせていただきます。………所長、逃げないで下さい」
では、これでと退場しようとしていた佐藤さんをサリーは言葉で制する。
「どうぞ、お席について下さい。
では、分かり易くいきましょう」
サリーは頭に手を掛ける。
明るい栗毛のカツラを外すと、輝くような白髪が現れる。その髪には黒いメッシュが側頭部に入っていて実にロックだ。
「半年前の私の写真がこちらです。私はこの数ヶ月で10センチ背が伸びました。
体重も10キロは増えましたね。
サリーになってからのことです」
写真の女性はサリーに似ている。黒髪で清楚で、たおやかな。
どっちが美人かといえば今のサリーを押したいが、女らしさは写真の女性に軍配が上がる。それはもう、圧倒的に。
サリーは髪を軽く引っ張って見せる。
「髪の毛もこれが地毛です。あと数ヶ月もすれば完全な白髪になるでしょう。
相性によるランダム生成アバターは、今ここにいる貴方がたと強くリンクしています。
沢山スキルが出ましたでしょう。それが証拠です。
アバターに寄せたくない部分は大丈夫ですが、どっちでも良いと無造作だったり、むしろ寄せたいと思う気持ちがあるなら、位階を上げると変化します」
「エンフィの前世は女性でしたが、どうなりますか?!」
「女性に成りたいのなら、寄ります。成りたくないなら変わりません。
『異界撹拌』内で説明があったかも知れませんが、同性同士で子供を作れる理由がそれです。
アバターという指標がなくても、変化するのですから、あれば顕著になりやすいのでしょう」
「……良かった!」
セーフ。これはセーフだ。良かったな、エンフィ。
これ、最初に聞かなくちゃいけないやつ!
佐藤さんを見ると視線が反れる。なんでだ?
隠して置きたかったとしたら、理由は?
……ああ、そうか。聞くまでもなかった。
アバターに寄った方がスキルは使いやすそうだもんな。
「ひぇ、角や獣耳は生えたりしますか?」
「耳は自前があるせいか、今のところないですね。角や尻尾、鱗の報告はあります」
本物の犬のお巡りさん爆誕しちゃう?
でも角って隠せるの?あと尻尾も。
「サリーさん、男っぽくなるのはいいの?」
「この体に育ってから、人生が凄く快適になりました。以前はナメられやすかったのか、多かったんですよ。ストーカーにセクハラ」
なんか、男がご免なさい。
「もう少し育ったら、男として生きるのもいいですね」
「えー、世の中から美女が減るの勿体ない」
「サリーが生きやすいなら、いいんじゃないか。出来ることが増える分にはいいと思う。どちらにせよ美人だし」
女を捨てるんじゃなくてどっちでもあるなら、選択肢が広がるだけだもん。
にしてもサリー、思い切りがいいな。
自分を変えるのって怖くないか?
オレはどうなんだろ。前世のあいつもリュアルテくんも男だから、どちらに寄ってもそう困りはしないけど。
「転変はまだまだ先の話ですねえ」
「ああ、それも楽しみだな」
声が浮かれたのは許して欲しい。
「リューさ、その動じないのなんなの。サリーさんみたいな美人にも頓着しないとか、女の好みのタイプとかあったりする?」
サリーには、会った時点で動揺しつくしたが?
「オレは好きになった人がタイプ。
友達から恋愛的な意味で、好きになるまで時間がかかるから。…割とフラットになりがちなのかも」
圧倒的スロースターターの恋愛弱者だ。
一目惚れとか知らない子ですね。
なにそれ食べられるの?
「そのまま男性になったら、サリーさんは女性にモテそうだが!」
「その時は「私の好みは成人男性です」とご免なさいをすればいいので。
でも、そうなると今くらいが一番モテなくて良さそうな気がしてきましたね…?
体を本格的に鍛え初めてから、体育会系のノリのおっさんどもには絡まれるようになりましたが、あれは無害ですし」
過酷なモテ人生だったんだなサリー。
悪いが全く共感できん。
でも、芸能人でもない限り、大勢から言い寄られるのはしんどいか。
羨ましい……いや、うん。ぶっちゃけ面倒そうだ。
オレが男として駄目なのは、そういうところだな。
女に尻尾を振る男の方が優秀。それは動物的には明らかなんだけど。
3人揃ったんで本格的に生産を始めたんだか、やはりネックは魔力の足りなさだ。
急遽、『魔力の心得』をエンチャントしてみるが、星のつかないスキル弱い。想像以上にダメダメだ。
「ないよりはマシ?あっちじゃ幾つ星ついてたっけ?」
「次作るとしたら、星がついてからにする。あっちでは現在星4だ」
「なる。あっ、でも『洗浄』とかの生活スキルは直ぐ欲しい」
「食事回数増えるから、『洗口』も持ってけ。エンフィも」
「ありがとう!ヨウル、指輪にしてくれるか!」
「おー。付け嵌めするならやっぱ指輪が便利になっちまうよなあ。
エンチャアクセは1つのみの縛りがキツい」
「10個ぐらい付けっぱなしにしたい!」
「それな。レベル20で2個目解禁だ。頑張ろ」
「適度に休憩してくださいね。
食事しないで倒れたら、お姫さまだっこで部屋まで運びますよ私が」
なんちゅー脅しだ。
エンフィとヨウルはひょえってなってるが、オレは手遅れなんだよなあ。
いや、リアルじゃないな。気を付けよう。
サリーは3段目のティースタンドにお代わりを盛る。
1段目がお握りで、2段目がフィンガーフードで、3段目が甘いものだ。
ロマン器具を優雅さの欠片もない使い方して申し訳ない。でも机のスペースを圧迫しなくて、いいな、これ。
いつの間にかお握りを消滅しつくしてしまった跡地に載ったのはミニパンだ。
ベーコンエピと、ピスタチオの平パンと、海老とアボカドのサンドイッチだ。
……今日だけで何キロカロリーとったんだろう、おそろしい。
無料の飲み物自販機がある部屋だが、温かい無糖のお茶類だけはサリーが手ずから淹れてくれる。
「緑茶はMPを回復するのだろうか!」
「茶葉は魔物種ではありませんがダンジョン産です。他の施設のものですが。
ええ、些少ですが回復します」
良く気づいたなエンフィ。
「とても美味しい。問題がなければ家族にも送りたいな!」
そっちか、はいはい。孝行息子め。
「売店に置いてありますから大丈夫ですよ。それと、先ほど連絡がありまして幸仁さんの弟さんと、流士さんの妹さんたちは年齢緩和直前のモニターとして参加することに決まりました。
未成年ということで、後見人はお2人になります。
巧くゲームで合流できるように手順を踏みましたので、ご留意下さいませ。
今夜10時からのスタートです」
「急な話だな!」
「いつ、情報が漏れて拡散されても可笑しくないチキンレース中なので。すべからく忙しないです」
「妹らには何て説明を?」
「1 流士さんたちは『異界撹拌』でバイトを始めました。
2 守秘義務があるので、仕事内容は話せないことが多くなります。
3 弟妹に声がけした理由は兄のコネ兼、規制緩和直前のテスターです。
4 ゲームのプレイ内容によっては、バイトを持ち掛ける可能性があります。
5 バイトは無理なら断っても構いません。
6 僅差でも先に始めたことは妬み嫉みの対象になりまして危険ですから、身内以外はご内密にお願いします。
以上を話して同意を頂きました」
「騙してはないけどさー。もやっとする」
「オレは……うちの側、崩落の危険があるからさ。知識なり力なり付けてくれると兄のエゴで安心する」
「そうだな。知らなければ逃げ遅れるかもしれない。そう考えるとぞっとする。
出来れば家族全員にやって貰いたいくらいだ!」
「その問題があったか。あーもー。情報公開しちゃえばいいのに」
「そしたら、本気で缶詰ですよ?
ダンジョンマスターが世界的に少数なうちは。
拉致されて、ほにゃららな事態になるのは避けなくてはなりません」
「確かにここなら、怪しい人物の侵入は難しそうではある」
腕時計をチラリと見る。
正職員用のゲートパスは、時計やGPSやらが付いた高性能仕様だ。水に濡れてもへっちゃらなのはありがたい。
これに教えられてない機能があっても驚かないが、盗聴機能はないといいなあ。信頼が崩れる。
「ダンジョンの中だからな!
まあ、いずれは増えるだろうからそれまでの辛抱だ!」
「なに、エンフィったら強気なん?」
「私たちの世代の若者がダンジョンマスターなんて面白そうなコンテンツ、見逃すと思うか?
難易度が高ければそれだけゲーム寿命が伸びて喜びそうなものに心あたりは?」
「うん、いい年したおっちゃんらも夢中になりそう。
ゲーム時間は睡眠中だからリアルの時間を圧迫しないし。
となると、やることはゲーム機の量産かあ」
ゲーム機の値が張るのは敷居が高い。後は月額料金はほんの気持ち程度だし、課金はしなきゃいいだけの話だ。
「ゲーム機に使うのが白玉魔石で助かった。コスト的に」
頑張って『精製』しよう。
「だな」
「しつこいようだが、魔力が足りん!」
エンフィが音を上げる。
そしてベーコンエピをもぐもぐする。
エンフィは体育会系男子でもあるのでよく食うが、それにしたって食べ過ぎだ。
腹も身のうちだぞ?
釣られて食べてしまう。もぐもぐ。
ベーコンの塩っ気とフランスパン生地って相思相愛だよな。
よし、次はピスタチオのパンにしよう。
ナッツ類にはめっぽう弱い。
「んー。『魔力循環』試してみるか?
リアルではしたことないけれど」
「なにその中2ワード。詳しく」
「前世のスキル。2人1組で手を繋ぎ、魔力を循環させる。
他人の魔力が入ると、体がびっくりして自分の魔力を作ったり鍛えようとするらしい」
免疫みたいなもん?
「夢魔のスキルにも、似たのあったな」
「『ドレイン』な。あれは戦闘系スキルで吸収しっぱなしじゃなかったか?
こっちは鍛練法の分類だな」
「えー、オレやってみたい!」
「じゃヨウルが先な。手を貸して」
テーブルの上に右手を乗せる。
「握りゃあいいの?」
「置くだけでも、握っても。気を楽にな。まず、寄せるぞ?」
魔力を流す。
ぐるりとヨウルの体に魔力を通してかき混ぜる。
「そして引く」
撹拌し混じった魔力を、自分の陣地に引き込む。
「おおお?」
「寄せてー、引く。寄せてー、引く」
「お前の魔力、なんか緑っぽい匂いがする。ローリエとか、ユーカリとか」
そうなのか。
前世も似たようなこと言われたっけ。
「ん。嫌な感じなら、止めた方がいいけど」
魔力にも相性あったりするし。
「いや、いい匂い。おー、これ気持ちいいな。魔力に匂いとかあるんだな。
オレはどんなの?」
「ヨウルの魔力は火花が散っているような感じだ。鉄を叩いた時に、火が散るだろ。そんなの。
個人差があるから、魔力の捉え方は差が出るっぽいけど」
寄せて、引く。
5回目を山場に高くした波を、穏やかなものにしていく。
10回、1セットで終了だ。
ストレッチみたいなものだから、初めから飛ばしすぎるのもアレだろう。
「なんか、スッキリした?
……どこが、どうとは分からんけど」
ヨウルは魔力を流していた方の手を、ぐっぱしている。
「『魔力回路』のストレッチにもなるからな」
「なんかまた知らないスキル」
まだ初心者だもんヨウル。
「これも前世ので、リュアルテには無いスキルだな。いわば魔法使いの杖が内蔵している体になる。
そう言えば、転生してからあまり使ってないな杖。パチンコの杖くらい」
猟銃杖はさわりに試した程度だし。
全て魔力のゴリ押しで通さず、文明人らしく振る舞ってもいいんじゃないか自分。
今度杖を見に行こう。
「リュー。次、いいだろうか!」
椅子を寄せて、エンフィはワクワクだ。左手を握る。
逆手だか、やってやれないことはないだろ。
「好奇心一杯だな。よしきた。
寄せてー、引く」
「おお!」
「寄せてー、引く。平気か?」
「とても心地いい!確かに爽やかな薫りがする。
あと、金鈴が鳴るような音がするような?
私の魔力もなにか色付いているのだろうか!」
「ヨウルの魔力を混ぜた後だから、音は変質した部分だなそれは。
エンフィは温度だ。小春日和のように温かい。
香りの魔力は生育、事象の魔力は創造、熱の魔力は活性。
それらを得意としているとされるが、血液型性格判定ぐらいのあやふやさだと思って欲しい」
「音は、何かあんの?」
「バフだったかな?……前世の記憶でソースが見れないからうろ覚えだ。間違ってたらすまん。
よし、終わり」
エンフィ、こんなとこも器用か。
魔力の受け渡しが阿吽の呼吸でスムーズだった。
どこかで、経験があったりするのかも。
「ありがとう!錆び落としされた気分だ!」
「魔力さ、5パーぐらい回復した。MPが1000越えたら本領発揮しそう」
「その頃になると『MP回復』がついて要らない子になりそうだな『魔力循環』。1人じゃやれないから訓練するのも難しいし」
ぼっちで訓練できないスキルは伸ばすのがなあ。
「『MP回復』なんてありませんけどぉ?
リュー。魔力関係のスキルつよつよな」
「完全魔力特化の移動砲台はこんなものじゃないだろう」
所詮、他人さまのビルドは詳しくないまったり勢だ。効率とは縁がない。
喋りながら魔石に手を伸ばす。
今度魔力が半分切ったら白玉狩りを提言しよう。座りっぱなしもリアルは良くない。
「…………なんか、弾ごめするのが楽じゃね?」
「同意だ!」
「気のせいじゃなかったか。前世は生産とかしなかったら知らなかった」
『魔力循環』、想定外に使える子だった件。
これは鬼リピートする予感。




