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53 お役人ちゃんはいつも師走



 夕方にサリーが起きてきたので、報告会になった。

 ジャスミンは昼間エンフィに構って貰って満足したのか、夜釣りに出掛けた。

 ジャスミンみたいな色男だと夜遊びの隠語かなって邪推したくなるが、釣竿を新調したらしいので太公望の方だろう。きっと、おそらく。



「ヨウルさまの担当は、結論として。

 策謀等はありませんでしたが、行動はグレー裁定でしたので他の者に代わります」


 夕食後のじゃらじゃらタイムだ。

 サリーの淹れてくれた紅茶はオレンジの香りがする。

 お茶請けはドライフルーツ。

 中身が半生で、噛むとザックッと酸っぱくて、外側には糖衣が掛かっている。

 酸味の強いフルーツが、砂糖の甘さを飽きさせない。

 なんでこの糖衣、溶けてないんだろ?

 不思議だ。


「あー。てんぱっていたほーでした?」


「ですね。『異界撹拌』内でなめプして、ダンジョンマスターに無礼を働き、側近らにボコにされたそうですよ。

 殺されはしませんでしたが、被害があまりに酷かったのでお役所に駆け込んだら、初めは親身になって相談を聞いてくれた受付嬢さんらが、最後は「あー。こいつ馬鹿じゃねーの?」って態度をとったことがトラウマの原因のようです。

 本人もエリート意識が強めというか、自分より下と見れば傲慢になりがちな性格というのも担当としては不適切でしたが、そこはまだ許容範囲だそうで。

 プレイ内容を外部に報告した際も、ダンジョンマスターは庶民でも国賓や外国の貴族と思って相対しろと上役に窘められて、混乱してしまったらしいです。ゲーム内ならの話ですのに。

 問題はここです。

 ユーザーフレンドリーとしてゲームの体裁をとっていますが、『異界撹拌』の目論見は新世界の歩き方、その教科書です。

 ゲーム部分の味つけを、リアルと混同してしまったケースとして、担当者は今、精神鑑定を受けているそうです。

 詳しいことはこれから調査するとか。

 常識でものを考えろと言いたいところですが、若いユーザーが似た轍を踏む可能性も無きにしもあらずということで。

 今回はいい大人な上、凄くお勉強が出来る人だと伺いましたので………ちょっと残念な事例ですね」

 王侯貴族とかゲームなら鉄板のファンタジー素材だけど、リアルに持ち込まれると、その、困るな?

 VRで攻撃受けるとそこそこ痛いし、囲まれて暴力振るわれたら怖いに決まってるけどさ。


「ヨウルにとった態度が威圧的だったのは、過去の恐怖の裏返しか!」


「そう聞くと可哀想な。でも、オレに関係ないとこで威嚇されてもなんで?ってなるんで他所で幸せになって欲しい」


「ヨウルさまがこれから近づかない分には気にしないと仰られるならその通りに。

 正直、掛けた教育費の分くらいは働いて貰いたいと上役らの判断です。

 大事になる前に問題が片付きそうで、良かったです。

 それと皆さまリュアルテさまの所在地に移動を希望とのことでしたが、受理されました。

 リアルで起きられたら移動します。

 なにぶんリアルでは深夜でしたので、報告出来るのは以上になります」


「お疲れさま。サリー。

 夜に起きて寝不足にならないか?」


「こちらで寝る時間にアバター体で睡眠を取れば、割と平気です。

 夜も仕事をして、わざわざこちらで寝に来る関係者もいますよ。

 短い睡眠でシャキッとしますから」

 藪をつついて蛇を出してしまった。

 やっちゃいけない裏技じゃないのそれ。


「夜は寝て!お役人ちゃん仕事をしすぎ!」

 政府が政府ちゃん呼ばわりなのだから、

『異界撹拌』に属するお役人は、お役人ちゃんだ。そうプレイヤーに呼ばれている。

 ユーザーの弄りとして、このお役人ちゃんら。新情報が発布される度に政府ちゃんに無茶振りされては、はわわってなる画像や動画が拡散されている。もはやマスコットキャラクターだ。大勢いるけど。


「人数足りないんですよねえ、お役人ちゃん。増員すると税金泥棒と叩かれますし。箝口令を敷いているので自業自得ですけど。

 私はまだ責任の重い立場ではないので、夜は寝られますからいいほうです。

 リアルで馬車馬になっても、その後こちらで2日は休暇と考えると、休日出勤も仕方ないと納得ですよね?」


「えっ。オレらもそれくらい働かされちゃう?」


「部品の換えがある私共と、ダンジョンマスターは価値が違います。

 阿っているわけではなく、コストパフォーマンスの話としてです。

 もしダンジョンマスターを過労で儚くさせたら、後の世の人にどれだけバッシングされることやらわかりません。

 政府ちゃんはそれほど間抜けな集まりでもありませんよ。

 どうかご安心を」


「最近安心できないのに安心ですって言われること多すぎる」

 便利なダンジョンマスターは、末長く大事に使えってことだよな?


「確かに昔のダンジョンマスターが残した遺産を私たちも使っているから、言い分がわからなくはない!

 周りの人が過労で窪んだ目をしているのは……その。止めて欲しいが」


「だから、こちらで昼寝しているから皆元気ですよ?

 10分程度でも3時間寝たようにスッキリとします。ダンジョンで鍛えてますし。

 そうですね。70過ぎているのに妙にハツラツとした政治家はダンジョンブートもキメています」


「老人は大切にしたいのだが?!」


「あの席に座っている以上は国僕ですよ。…………なのにどうしてそこにいるのか、わからない人が居たりするのは不思議ですよね?

 ふふ、いけませんね。同じ国を支える同胞だと思うと、つい、目が厳しくなってしまって」

 サリーさん?さっきからさ。ジョークなのか本心なのか分からんのだけど。

 ええい。話を変えよう。


「今日のわたしたちは市営のスライム牧場兼工場を見学をしてきた。後はいつもの0レベルダンジョンの沸き潰しだ。

 明日は午前中に学科や体術の授業が入って、午後はまた0レベルだ。

 聞いておきたいが、リアルでこれは覚えて欲しいスキルとかあったりするのか?」

 バイト代が出るからには、そこそこ頑張るつもりはある。


「それは気になるな。無論人には向き不向きがあるから、必ずしも物に出来る約束は致しかねるが!」


「今の段階ではとにかくスキル数を増やして頂けると有難いですね。

 教官にこれだけは入れておけとされたスキル以外は、なるべくメモリを消費しない形の習得をお願いします。

 特にリアルではスキルの振り直しが効きません。

 スキル石も『エンチャント』の道具も、現在は数が足りませんので。

 日本に漂着したロケットは、ただ1基のみとされていますよ」

 お他所の国でも『異界撹拌』はリリースされているから、その1基だけってことはないだろう。


 お話のお約束としては、個人でロケットが秘匿されるところだ。

 うん。本当に誰かやってたら面白いな。

 少年少女らが秘密基地とか作ってダンジョンマスターやってたらとか、そういう話はわくわくする。


 そう考えると、オレらは地味だ。

 なんの盛り上がりもなく、ただゲームしてたところを網を張った政府ちゃんに捕獲されただけだし。

 折角のダンジョンマスター素材なのに、花も冒険もありゃしない。

 まあ、七難八苦とか与えられたら途中で潰れるモブの自覚あるから、それでいいんだけどさ。


「政府主導でダンジョンマスターの育成はしないのか?

 ゲームで『魔石加工』を覚えさせて、リアルに持ち込むとか」


「やってますけど、芳しくないですね。

 リアルで『魔石加工』のスキル石を入れても、0レベルダンジョンを攻略したという明るい話題は出ていません。養殖組も頑張っているので、そろそろ成果が出てもいいのですけど。

 現在リアルで稼働している『魔石加工』持ちは、ロケットに封入されていたスキル石で覚えた方らのみです。

 そのうちに『エンチャント』持ちは現状1名しかいません。

 でも貴方方を含めて民間の幾名かが出てきてくれて、ゲーム製作班は祝杯を上げてましたよ。

 俺たちの努力は無駄じゃなかったって」


「リアルではまだオレ、野良の0レベルにすら入ってないけど?」

「わたしも」

「同じく」


「ゲームでのダンジョンのことです。『魔石加工』は育てるのがとても難しいスキルだって教わりませんでしたか?

 ゲームで楽々こなせるほど習熟するまでは、リアルでは怖くてやらせないでしょう。

 繰り返しますが、養殖の方々はゲームの『魔石加工』をリアルに持ち込む時点で躓いているんですよ?

 大喜びされても仕方ないと思って下さい。

 ……だから、もし無理難題を言うおかしな人がいたら、逃げてください。それがどんなに偉い肩書きを持っていてもです」


「大爆発起こすよりはマシだな!」


「その通りです」

 真面目腐って怖いことを言う。

 爆発は起こしたくないな。

 ……都心から離れた山奥に研究所があったのって、そんな理由か。






 18日目は水玉ダンジョンの設計図をギルドに発注した。

 スライム=水玉なんだけど、スライムは凶悪な種類もいるらしいから、より安全な家畜種をってことできちんと指定した。


 でもプレイヤーや一般人がスライムって言ってたら、家畜種のほうなんだけどな。


 現地高位の冒険者ほど、スライムと水玉を厳密に区別したがるから一応は。

 よほど嫌な目にあったんだろうか?

 HPのあるうちは傷つかないから、高価な道具を溶かされたとか。……普通に辛いな、それ。



 この日は訓練や座学をやった。これからは座学も増やしていくらしい。

 今日は地理を学んだら『マップ』が生えた。

 サリアータの外に出ないから、今のところ『マップ』は箪笥の肥やしだ。

 これ、果たしてリアルに持ち込めるスキルなんだろうか。メモリ消費なしでとれるスキルは、ゲームだけのものもあるらしいし。カラオケセットとかそこらへん。

 うーん。リアルでは端末から見た地図のほうが情報詳しそうだからなあ、あっても使わなさそう。現代科学の勝利だ。


 しかし、この『マップ』。ゲーム的には愉快そうだ。方位磁石やGPSっぽい機能に加え、手持ちの地図も同期処理をしてくれるらしい。

 線しかなかった自分の『マップ』が、マルフクの食い倒れ帳に変化してしまった。

 それが面白かったので先生の持っている地図を写させて貰ったら、かなりワールドワイドな地図埋めになった。

 拡大、縮小もお手のもの。

 グリグリ画面を回すと、3Dで高低差も表示される。

 ヒュー。流石に先生の地図は一味違うぜ。


 ちなみに地図は『録画』からも取り込めた。

 こうシナジーがあると『録画』もついてくる『倫理』はチート技能だったのかもしれない。さすがメモリが重いだけはある。


 しかし世界地図だと、サリアータちっちゃいな。乗っているのが奇跡。

 地図を見れば納得しかない。

 道理でプレイヤーが少なく感じたはずだ。この世界は広すぎる。


 ゲーム機端末は白玉の精石を使っているそうだ。

 魔石を精製することの出来るのが纏めて3人増えたので、ゲーム機が少し安くなるかもとのこと。

 規制緩和と合わせて、プレイヤーが増えそうだ。

 この地図を見ると、それがとてもありがたく感じる。


 指先で地図を辿る。

 集落、山、草原、森、海。

 圧倒的に人の住んでない場所が多かった。

 魔物の繁殖を許してまって、魔界と化した範囲も広い。


 人を増やさないと、またどこかが崩落する。それは確定した未来。

 争乱が収まったことに、大陸の指導層らはことのほか安堵しただろう。

 拡がる戦火に、セイラン余計なことをしてるんじゃねーよと、歯ぎしりしてたに違いない。


 この世界は人を増やす政策を積極的に取っている。

 食糧品は安いし、子供を4人以上産んだ女性は士号付きの年金が贈られる。

 ファンタジー世界なのに孤児の手当ても厚ければ、甲斐性があるものは重婚が推奨されている。ハーレムは名誉かつ合法だ。


 それもこれも人が消えれば、それだけで日常も危ういせい。

 この世界は崩落しそうな土地に、ダンジョンを築くことで危機を防いでいる。

 サリアータの例を見る通り、一度崩落してしまえば立て直すのに多大な苦労がいる。

 なし崩しに連鎖崩落をすれば、文明の火が消えるどころか、世界の危機よ、こんにちわだ。


 すかすかなこの地図を見ると、マンパワーが如何にも足りていない。


 ふう、と、ため息。


 地球はその点、人がいっぱいいるのはいいよな。

 魔力の汲み出しが捗りそう。


 ロケットの打ち上げは大成功だぞ。どこかの誰かさん。

 エネルギーを消費させるのに関しては、地球人類お得意だ。


「…………リュアルテくん。授業はキチンと受けましょうね?」


 余所事を考えてたら、地理の先生に窘められてしまった。すみません。



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