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51 象亀による森林破壊



 お楽しみの前に一仕事だ。

 農業部主任のオギがオレに話があるとのこと。

 オギは畑部班長だったんだけど、ほら、なし崩しに業務拡大しちゃったから。

 なんか労務交渉かなーとドキワクして2階畑エリアに赴いたら全然違った。


「良くお出でくださいました。是非拝見していただきたいものがっ!」

 おはようを言う間もなく、豆を1つ渡される。


「踊り子豆だな。ぷっくりして、いい豆だ」

 渡されたのは、踊り子豆。

 形は豆なんだけど、オレの拳と似たサイズ。つまり標準的な踊り子豆だ。


「厳選して育てました!味、食感、香り、全て一級品です!」


「狩るだけじゃなくて、育ててたのか」

 えっ。報告されてないよ?


「はい!品種改良はダンジョン農業の嗜みですから。

 より優れた個体になり、人に必要とされることを彼らは強く望んでいます。それに応えなければ、農家失格ですよね!」

 オレは農家失格だった…?

 うーん。この異世界ギャップ。

 とりあえず、スクショだ。


「オギ、踊り子豆のレベルや強さを変えてはなりませんよ?」


「…はい。それは重々承知です。国際法で定められておりますから」

 法律って困ったちゃんの手綱になってくれんだな。

 なかったらやってただろ、こいつ。


 図鑑も読んだし、前のデータもスクショしてあるから、踊り子豆に関しては『鑑定』が通る。


 オギに渡された方が、たんぱく質やらビタミン、カルシウムが高め。

 そして『緑の指』は、美味しくて大人しい、いい子に育つと言っている。

 この場合大人しい、いい子というのは、成熟しても鞘がパァンとなって中の豆を溢したりしない個体を指す。

 踊り子豆を倒しても、中身がすでに零れちゃってたりするとガッカリするからね。


「アンカー経由で、この踊り子豆らの種子を外に撒いて下さいませんか?」

 つまりだ。アンカーの先の次元の間を、踊り子豆牧場にしろと。

 魔力の吸出し的には良いことだな。しかし。


「オギ。ひょっとして、キノコも改良してるのか?」

 いつかやろうと目論んでいたのに、先を越されてしまった気がする。

 オギはこてんと首を傾げる。


「?当然ですよね?

 わざわざやり易いように小部屋を沢山用意してくださったのでしょう?」

 違います。

 駆け出しダンジョンマスターがそんな有能なわけあるか。

 このゲーム、本っ当に現地民自由だな!


「いや、野菜畑は足りているのかと」

 フロア勝手に潰されるのは困る。サリアータが慢性的に野菜不足なのにいかん。


「部屋を増やして戴けるので?!

 小さい部屋が沢山なのも区画分けが容易で素晴らしいですが、大きめの部屋があっても便利です」

 オギのこの、欲望を隠さないスタイルよ。

 やりやすくていいけどさあ。


「………小さな部屋が足りているなら、これからは少し広めにしようか。

 その前にオルレア。人員足りているか?」


「足りなかったら増やします。自主残業して居残りしたがるオギを働かせすぎないためにも」


「お嬢、それはないですよ!」


「管理されたくなければ、自律した大人になってください」

 ここにも駄目な農家がひとり。ヤバい、本当に伯父さんに似ている。


「管理といえば、魔物の繁殖って合法なのか?」


「ダンジョンマスターの管理下なら合法です。

 ダンジョン生まれの魔物はマスターの意に逆らいませんから」

 そうね。オレがウチのダンジョンで狩りをしないのは、そのせいね。

 オレの側に寄ってこようとするのに、攻撃してこないんだもんあいつら。やりづらいったらないわ。テイムしてもないのに。


「だからマスターには末長く元気でいてもらわないと!」

 あー。

 なんかさ。

 この年で、可愛い女性社員に持ち上げられてでれでれしてしまうオッサンの気持ちがわかってしまう。

 こいつ、オレを利用しつくそうと思っている。このキラキラした目はそうだ。なのに可愛いな畜生。このモフめ。

 伯父さん属性の駄目な大人のくせに!

 オギの欲望の行き着く先が野菜づくりなのだから、利用されてもいいのが救いだ。


 取り敢えず要望どおり、踊り子豆のアンカー先に種まきをして、3階フロアを増設した。

 そしたらオルレアと象亀狩りだ。





 

 象亀といえば、ガラパゴス諸島の絶滅危惧種としてあまりに有名だ。


 しかしご安心めされよ。野良ダンジョンに生息する象亀は、毛の生えた象っぽい生物に亀の甲羅がついたキメラである。

 卵生で繁殖力も強い。

 共通点は甲羅を背負った草食性といったところくらいだ。


 この象亀。甲羅が生体金属なので、玉虫がかった金色にピカピカしている。

 目立つ上に、目映い。

 サイズとしては象ですね。としか。動物園で馴染みのやつだ。


 こいつの肉を偽物の骨に巻き付けて、マンモス肉にして売り出したら、プレイヤー受けしそうな気がする。

 象部分はマンモスっぽいし。

 食肉としては甘くて赤身だ。野趣もあるがオレは好き。




 場所は野良レベル5ダンジョン。

 前に針蜥蜴狩ったところの、上層だ。

 5Fエレベーターが完成したので、この階層はお初目だ。

 魔影が濃いので、簡易ゲートを守る警備の人も出張っている。

 白亜紀を想わせる熱帯の森と、サバンナが同居するような光景は、象亀の数が多すぎて森林が破壊されているからだろう。


 ジャングルが消えつつあるおかげで6F建設もスムーズに終わり、エレベーターチームは今は7F構築をしているらしい。

 現地民のダンジョンマスターは毎日起きていられるから、この手の作業が得意分野だ。

 安全地帯ごと作業員を運べるのは、やっぱり強い。

 これからの彼らの更なる活躍をお祈りしつつ、さあ象亀だ。



「これは腕がなりますね」

 オルレアはバトルアックスを片手で肩に背負い、獲物の密度にウッキウキだ。

 ワンハンドで振り回せるサイズの斧じゃないように見えるが気にしない。

 …やっぱり彼女も武闘派か。しかもゴリゴリの斧使い。


 そのオルレアは白一色の皮鎧を着込んでいる。凛々しい姫騎士スタイルだ。もちろんエロゲじゃなくて少女漫画な方な。

 全身総誂えの優雅な女鎧。この姿で会ったのなら性別勘違いしなかったのに。


「象亀は甲羅に『サンダー』が通るから、痺れたところに追撃で。

 痺れが抜ける前に離れてくれ。もう一度撃つ」

 今まではHP貫通する魔物ばかりを相手にしてたが、象亀は違う。

 ただ、生体金属の甲羅なので、習熟した『サンダー』持ちにはカモでしかない。

 頼りになる前衛がいれば、更にコスパは上昇する。


「はい、分かりました。倒したときは随伴する従者が青の旗を挙げます」


「そちらも了解。では行くぞ、『サンダー!』」

 距離は731.4メートル。

 狙いは頭。

 体力自慢の象亀だ。出力は高め。

 ドンっと雷が空を焼き、狙い違わず象亀に落ちる。

 甲羅の金属が通電し、煌らかに光った。

 程よく痺れたところで、オルレアが到着した。

 首を一薙ぎ。

 鮮血が散ったのが、ここまで見えた。

 しかし返り血を浴びるより先に、オルレアは距離をとっている。

 揺れて倒れる象の巨体。

 旗が挙る。追撃無用の青だ。


「…一撃か!」

 凄いなオルレア。


 ぶおん、ぶおん。

 象亀の数体がオルレアらにようやく気付いて威嚇する。


「『サンダー』」

 それをどうにかするのが後衛の役目。

 敵意を向けた数体を雷で痺れさせる。

 これだけの距離があれば象亀のタゲは移らない。それ故の暴挙だ。


 うん。


「わたしの役目は足止めだけだな」

 オルレア、強い。ほぼ一撃で、象亀の群れを仕留めにいってる。

 大きい体が軽やかに跳ねると、次の瞬間には血飛沫が舞う。

 太い血管を的確に裂かなければああいう風にはならないだろう。

 あの丈夫な毛と肌を、よくまあ容易く。


「はわ、オルレアさま格好いい」

「ステキっ」

「ちょーイケメンで強いとか英雄?」

 メイドさんらがぷるぷるしておる。罪な女だなオルレア。





「凄いですね!一撃で、攻撃が通りました!」

 脇を取られて持ち上げられた。そのままくるくる回される。

 テンション高いなオルレア。あと地面が遠くてちと怖い。


「オルレア格好良かったぞ」

 肩を叩いて下ろして貰う。ただいま地面。


「マスターの前処理のお陰ですよ。あれだけHPを削れば簡単です」


「いや、あいつらHP削った後もしぶといだろう?」

 HP全損しても仕留めるまでは、普通の象より余程タフだぞ?


「あんまりサックリいったので驚きました。やはり後衛の育成こそ必須」

 そっと目を反らすメイドさんら。


「……一族、わたしを含め皆脳筋なんですよね」


「そこは『エンチャント』で補おう。『鋭利』と『サンダー』だけなら手持ちでいける。職人に渡して作って貰おう。

 ビリビリ棒も『雷撃』だから、使っているうちに覚える者も出てくるだろうし」

 オルレアは口元に手を当て上品に笑う。

 オフなので何時もよりずっと柔らかな仕草だ。


「マスターは女が戦うなとは言わないんですね」

 は?

 このご時世それを言い出したらセクハラでは?


「子供を産み育てるなら、位階が高いほうが楽と聞いたぞ。

 趣味や仕事にもスキルがあると便利だ。何故?」


「その。嫁の貰い手がなくなるから、それ以上鍛えるなと兄上らが」

 さもありなん。


「なるほど。可愛い妹がより魅力的になると心配なのだな、兄的には」

 メイドさんらのはしゃぎっぷりを見る限り、オルレアなら引く手数多だろ。


「オルレアが自分より強い男じゃないと嫌なら兎も角、無茶のない範囲で鍛えるには越したことがないと…………オルレア、家族の前で相当の無理をしたか?」


「そんなこともありましたかね?」


「そのせいじゃないか。言われたのって。

 普通に止めても無駄なら、より強い言葉を使うだろう。

 オルレアは頑張り屋がすぎるところがあるからな」


「マスターだって相当ですよ?」


「わたしはサリーに止められたらやめることにしている」

 ステータスで成果が数字でわかると、ついつい。

 現金にも、モチベが高くなりがちで。


「そうですか。

 外付けのブレーキの導入は、私も前向きに検討します」


「でも、今日はレジャーだからな」


「はい!どんどん行きましょう!さっきの楽しかったので、もう少しチェーンさせてもいいですか?」


「お嬢さまー。『解体』が間に合う範囲でお願いしますー」


「象亀3匹で『体内倉庫』埋まりました。ピストン輸送を提案します」


「この階層の掃討に手間取っているのって、やはりこの重量では?」


「ギルドの買い取りの人と、うちの暇しているのかき集めてきていいですか?」


「人を集めるなら屋台引いてもいいですか?

 私、あれ好きです。4Fの終わってしまったのが残念で」


「……そういうことで、構いませんか?」

 オルレアに伺いを立てられてしまった。

 いつものことですね。

 うちの子、野外イベントが好きなのかな?

 フェスとかやったら喜びそう。


「あくまで任意。強制や圧力なしで参加したい者のみでなら許可する」

 今日は多目に大入り袋を用意してきたけど、足りるかどうか心配になってきた。


 だって凄い歓声があがったんだもん。

 お他所で活動している冒険者が、なんだなんだとこちらを見ている。

 いつもお騒がせしています。





 象亀の生体金属は、燃焼温度が高めらしい。


 粒子の構造がどったらこったらで、焦げ付かないフライパンやら鍋がつくれるらしい。ケーキの金型やらなんやかんや。


「レシピを試したいんだが、作ったら使って貰えるか?」

 これらの生体金属は、魔力を長く浴びないと朽ちてしまう。

 一般家庭じゃ便利そうで不便かも知れないが、うちのダンジョンで使う分には問題なさそう。

 聞いたらオーケーが出たんで、レシピ埋めが捗りそうだ。


 3時くらいまでは狩りをしていたが、屋台出していることを聞き付けた機動の早い冒険者が集まってきたので終了した。

 屋台と買い取り班はそのまま仕事としてシフトに入れてその場に残し、他の皆と0と1レベル野良ダンジョンの沸き潰しにまわる。

 南国の雫石が多く取れたのは、この層の環境に引っ張られた結果と見た。

 そして帰りに用意していた大入り袋を配る。今日は最初からのメンバーだけだ。

 中身は食い倒れ番長マルフク推奨の、金券つき選べるギフトペーパーだ。

 これで美味しいものでも食べて欲しい。






 夕方には予定があるので、そこでオルレアとは別れる。

 ホテルまで送られるのは男のオレだったりするのが切ない。


 ヨウルの部屋には畳の和室がついているので、お泊まり会の場に決定。

 お目付け役にはサリーがいるので、教官や秘書さんらはまた明日だ。

 仲間外れにされたジャスミンがなんでって顔してたのが妙にツボった。


「酒もタバコも禁止ですよ?」


「ガキの前じゃ吸わねえよ?!」


「そうですか。それなら一週間禁酒したら混ぜて差し上げます」


「馬ー鹿、馬鹿、うんこ!

 折角こっちで生きてんのに楽しみ減らしてどーすんだよ!」


「その態度が気に入らないので出直して下さい」

 ぴしゃりと扉を閉めてしまう。

 サリーったら、セメントね?


「今日はリュアルテさまの従者ではなく、政府の者として伺わせていただいています。

 彼には申し訳ないですが、守秘義務がありますからね」


「その。ジャスミンはなにか不快なことをしたのだろうか?」

 エンフィはサリーがあまりにいつも塩なので、今更ながら少し不安になったらしい。


「いいえ。ジャスミンは気のいい男ですよね。楽しい友人ですよ?

 ただ、あいつは甘やかさないと決めているので」


「そうか!ならいいんだ!」

 いいのか。


「ジャスミン男前なのに、美味しいよな、お笑い的に。

 どつき漫才は痛そうで苦手だから、サリーさんにはずっとその芸風でいて欲しい」


「ヨウル。少しは落ち着いたか?」


「落ち着いてはいませんけどねぇ?!

 ………まあ、あと丸2日考える猶予があるのは助かるわ。どないしよ」


「私は協力を決めた」

「わたしも」


「お前ら判断早くね?!

 オレ就活中なのに行動制限とかマジ困るんですけど!」


「ダンジョンマスターに就職は駄目だろうか!」


「やだやだ、オレは公務員か会社員になるの!

 自営業の苦労はしたくない!」


「公務員なら二つ返事でオーケーですよ?

 試験に合格するまではパート扱いでしょうけど。

 でもいいんですか。公務員だと搾取になりますよ。

 ダンジョンマスターの稼ぎからして」


「ヨウル。『魔石加工』出たか?」


「出たよ?」


「時給2500円。

 白玉魔石1個100円。

 白玉魔石1個『精製』1000円。

 鳩魔石1個200円。

 鳩魔石1個『精製』1500円。

 バイト代としては破格だ。

 ダンジョンマスターが増えたら工賃は安くなるんだろうが、その時には就職先を斡旋して貰うのはどうだ?」


「もし不安でしたら念書を書いて貰います」


「ええー…なんで、そんなに押すの」


「ヨウルがいてくれたら心強いからだが。

 ここだけの話、家の側、崩落想定地域だった」


「リューもか。私もだ。家族や友人や馴染みやら失いたくないものが多すぎる」


「お前らのその光の主人公属性なんなの」


「ヨウルには負けるな!」

「お前が言うな」


「でもさ。オレ、ひとりでやる自信ないんだけど。

 リュアルテかエンフィか、出来れば両方と合流したい。

 隔離された部屋にぽつんと独り黙々と魔石弄るのって心が折れそう」

 ヨウルは道を選ぶのが上手いな。

 オレなんかそんなの全く想像してなかった。


「確かに!」

 エンフィもハッとする。

 お前、そういや独り仕事苦手って主張してたな。死活問題じゃん。


「サリー、出来るか?」


「お2人と一緒なら、ヨウルさまも協力いただけると。それなら要望も通るでしょう。

 都道府県的にはバラバラに確保したいのでしょうが、ダンジョンマスターの精神の安定のためとでもして捩じ込みます」


「良かった。サリーもう1つ。

 独りでいるより、気の知れた仲間と行動したほうがスキルは増えやすくなると知っているだろう?

 ダンジョンマスターに『エンチャント』した精石やスキル石を作らせたいのであれば、理由にならないか?」


「そうだな。スキルは移るな!」


「えっ、これゲームだけの仕様じゃねえの?」


「ゲームで習熟したスキルは現実でも発露しやすいみたいだ。

 わたしは前世のスキルも出た」


「そうだな。新しいスキルはなかったな!

 消えたスキルはリューやヨウルから移ったものだった。リアルでも2人の側に居ればまた移るんじゃないか?

 少なくとも下地はあるのだから!」


「合わせて報告しましょう」

 サリーは素早くメモを取る。ゲーム内の情報をそのまま持ち出せるスキルがあるんだろうか。


「こうなるとクロちゃんやアリアンが、リアルにいないのきついなー」

 言いながらヨウルは、バカでかいロースト猪鹿を取り出した。

 ナイフでおもむろに切り分け始める。

 素晴らしい断層面だ。目が離せなくなりそう。

 もうそんな時間か。

 ストックしてあるスープ鍋と椀と箸を人数分、取り出す。

 赤いがトマトスープじゃなくて味噌汁だ。具は大根と油麩。

 あとはポテトサラダと胡桃パンだ。

 ポテトサラダはベーコンと塩揉みした刻み玉ねぎが入っている。あとゆで卵。これは重要。

 胡桃パンは平べったくて、何かを上に乗せても良さげな感じ。ハーブオイルと塩も出したが、おかずがあれば要らなそう。そこら辺はお好みで、だ。


「アスターク教官やトト教官らがいないのも厳しいな。サリーの存在は感謝しかない」


「そうだな。社会人になったら全く知らない環境で1からスタートなのだろうが、まだ先のことだと油断していた!

 自活するにも家事技能が足りていない。主に料理が!」

 エンフィは牡蠣のアヒージョや鯛のカルパッチョ、葡萄ジュースなどを取り出す。


「わかる。家って女系で、料理上手が多いからその手の技能は手付かずだった」

 サリーが烏龍茶を注いでくれる。

 それとサラダを追加で出された。

 パンプキンシードが混ざったカボチャのと、小エビが乗ったグリーンサラダだ。

 それとカブとミニトマトの紅白ピクルス。野菜を食べろと無言の圧力だ。


「頂きます!お前ら坊っちゃんかよ。予想はしてたけど。こちとら手料理食いたかったら自作するしかねえ鍵っ子だったぞ。

 自営業の闇よ。

 こっちは毎日料理しなくてすんでホント楽だわ。

 他人さまが作ってくれたメシうめえ」


「頂きます。この葡萄ジュース。食事に合う」

 あまり甘くなくて、渋みもあって、でもそこがなんとも美味しい。


「頂きます!カボチャサラダ、ふわふわだな!しっとりしたのしか食べたことなかった!」


「頂きます。ジャスミンじゃありませんが、このアヒージョ、アルコールが欲しくなりますね」


「あいつのお薦めだからな!ジャスミンは酒のあてを探すのが巧い!」


「これは胡桃パンより、ガーリックトーストだろうか。食べる人?」

 胡桃はこの間、収穫したやつだ。

 いっぱい採れたんで、うちの売店では胡桃フェアをやっている。


「両方食べる」


「異議なし!ヨウル、このポルケッタ絶品だ!」


「ポルケッタ?」

 ガーリックトーストは籠で出して、耳慣れない単語は聞き返す。


「フェンネルとか内臓とか入れてオーブンで焼いたやつ。

 オレは内臓が苦手だから、これには入ってない、なんちゃってだけど。

 自分の好きなものを好きな味でってなると結局手作りが早いんだよなあ」

 ほうほう。この匂いはフェンネルとらやか。

 肉を切り分け、1口ぱくり。


「ヨウル凄いな。これ美味しい」

 中身の脂がとろとろで甘くて、それを香草が引き締めている。

 これは炭水化物の出番だ。ガーリックトーストを続いて、むしゃり。

 大蒜とバジルの香りが鼻から抜ける。


「肉は正義だからな。どうやっても旨い」

 ヨウルは熱心な肉信者だから。


「野菜は?」


「他人さまが料理してくれたのは上手い。下処理がそれぞれ違うのが面倒だ。

 そのまま食べられるトマトやキュウリはわりと好き」

 ヨウルが家事に疲れた主婦みたいなこと言ってる。

 うちは上の妹が小遣い稼ぎに家事は積極的だから、かーさんは助かっているはず。


「そう言えば、リアルで『洗浄』使ったけど、やっぱり便利だった」

 汗掻いた後とか、まんま制汗剤がわりだ。

 白玉狩りだけでも真面目にやると結構な運動になる。


「いいなあ。こっちですら、オレまだ出ないんだけど。練習してんのに」

 その辺は相性もあるし。


「わたしは前世の貯金もあるからな」


「星が5つ付いたスキルは、ほぼ8割リアルに持ち込めるらしいぞ。

 そして封印されたスキルはあちらでも封印されたままだとか!」


「そういえばストーカー避けはリアルで通用すんの?」


「………………残念ながら、あれはゲーム専用らしい。だから実装が遅れたのだと」

 まあ、エンフィはまずそこを確かめるよな。


「エンフィは護衛つきで隔離されるの悪くなかったかもな。

 ある程度実力がつくまでは」


「ゲームの行動も、リアルダンジョン入場の際の免許交付に関わってきますから。

 あまりやんちゃする人はダンジョンには入れませんよ。

 あと、悪気がなくてもしょっちゅう死んだりする人は免許は取りづらくなるでしょうね。

 悪質なPKに狙われたとかなら、温情もありますが」


「あのさ。PKとかやったのって、リアルダンジョン入れないよな?」


「カルマ値によっては入れませんね。よい子、我慢できる子が一番得をするシステムを、お上は組みたいみたいですよ」

 そうして従順な羊の群れを作ろうと。

 戦車スペックな羊なら、そりゃあ管理は考えるよなあ。


「そっかあ。ダンジョン入場は最低1月の研修があるって聞いたけど、ゲーム内じゃなくてリアルで?

 オレ両方足りてないけど」


「リアルで30日ですね。ヨウルさまには申し訳ないのですが、それこそ特例です」


「オレの担当の人さ。一方的にモノを言って、決めつけてくる態度が不安なんだけど。

 なんか使い潰されそうで」

 ヨウルは本当にお約束を踏んでいくな。

 どうせリアルじゃ可愛い幼なじみとかいるんだろ?


「それは聞き捨てなりませんね。今夜にでも、調べて参ります。お任せ下さい。

 私はリュアルテさまの担当ですが、皆さまの相談窓口も仰せつかっています。

 ヨウルさまの担当の監査と、場合によっては変更を働きかけましょう。

 もしかして、緊張のあまりパニックになっているだけかもしれませんから」


「エリートの上澄みさまが、オレごときに?」


「担当者なら必ず『異界撹拌』をプレイしています。

 ダンジョンマスターがどのような存在か勉強するために側に侍ることを、努めさせられるのです。

 ヨウルさま。ダンジョンマスターは大事にされていると感じませんか?」


「まあ、それは」


「貴方方は庶民の出の上、子供ということで教育に悪いようなスポイルこそ禁じられていますが、周りの本心としては強い風にも当てたくない希少な存在です。

 貴族出のダンジョンマスターなんか凄いですよ?

 一族総出でガッチリ守りますから。

 もし故意に無礼があった場合は、周りがねえ?

 …………緊張するでしょうね。

 それを直に知っていたら」


「怖いわ!」

 ヨウルが自分の二の腕を擦る。

 そんなー。オレら悪いダンジョンマスターじゃないよ。ぷるぷる。


「怖いでしょうねえ。ましてヨウルさまも一候補ではなく、『魔石加工』出ているんでしょう?担当者、相当おののいたと思いますよ。

 それでダンジョンマスターに不信を抱かせるのはツーアウトですが」


「もし、デッドボールな場合は、どうするのだろうか!」


「日本は法治国家ですよ。

 スタートダッシュの肝心な時に欲を掻いた空気の読めない者は、挫折を経験して貰いましょう」


「だ、そうだぞ、安心だなヨウル!」


「なにひとつ安心じゃねえよ!」


「わたしは安心した。ヨウルが怪しいことに巻き込まれたら、それこそ疑心暗鬼に陥る。

 悪党がいてもそれの跳梁を許さない大人がいてくれるのは頼もしいし、誤解だったらなおのこと喜ばしい。

 リアルのわたしは高校生だ。人生経験は豊かとは言えないから、権威がらみの悪意とは縁が遠くて」


「では同世代だな!」


「嘘だろお前ら年下かよ!同世代か年上だと思ったわ。えっ、嘘だろ」


「わたしはヨウルは年上だと思っていた」

 ヨウル子供には優しいし。人なりに余裕があるよな。

 態度は割りと雑だけど。


「そうだな。言動は兎も角、指針の行動は頼もしいと感じていた!

 なるほど年上だったからか!」


「ええー……。最近の十代、こわ。なんなんお前ら」


 食べ終わった順に食器に『洗浄』を掛けて仕舞っていく。

 そして取り出される魔石セット。

 示し合わせなくても行動が被るあたり、ゲームに調教されている。

 ヨウルは『洗浄』の指輪を外して、『魔力の心得』の指輪に付け替えている。


「そういや出先で『細工』のピアス仕入れてきたけど、欲しいやつー?」


「はい!」

「はい」


「だよなー。1つ37000マになります。高くね?

 って思ってたけど、リアル工具換算なら安いわな」

 ヨウルがピアスを出したので、横にインゴットを2つ置く。


「わたしは象亀と硝子瓢箪の生体金属がある。どちらも乱獲してきた。これが見本だ。

 硝子は酸、アルカリ耐性。象亀は高温耐性がある」


「私は古本屋でレシピを発掘してきた。

 それと雪の平原の雫石が出た。スクショがこれだ。欲しい人は居るだろうか!」

 おもむろに本の山を作るエンフィ。

 でかしたと、歓声が上がる。


 相談しなくちゃいけないことが他にも色々あるんだろうが、試験前ほど部屋の掃除がしたくなるアレだ。

 現実逃避に走るオレらをどうか許して欲しい。


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