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50 酒保の魔女ディアベンナ


 16日目だ。特別な朝、というわけでもなく。

 いつものように髪を熱心に櫛梳られる。

 その間にサリーは報告してきた。


「リュアルテさま。私は現実でも貴方の付き人として、派遣されることになりました」

 マ?


「サリーは政府の人だったのか?」

 というか、今の今まで現地の人疑惑が消えてなかった。


「はい。大学の恩師がこちらの技術調査の権威でして。

 目をつけ、いえ掛けて貰って試験、就職まで一本釣りでした。

 ゲーム開始より早くに訓練を受けました初期組です。

 護衛兼秘書の何でも屋としてお側に侍ることになりますが、私でも宜しいでしょうか?」

 あらやだサリー、リアルエリート?

 ビシッとしたスーツにインテリ眼鏡とか似合い過ぎるんだけど。


「サリーなら、安心だし嬉しいが、サリーはいいのか?」

 こちらの常識としてダンジョンマスターの独り歩きは、赤ん坊を24時間放置するのと同じくらいにはあり得ないのだそうだ。

 この先、世間さまにダンジョンマスターがゴロゴロいるような状態になるまでは、同じくらいの行動制限はやむなしと思う。

 まだ接した時間は短いとはいえ、サリーなら気心が知れているし、側に居てくれるのはありがたいが、こちらもあちらもって窮屈じゃないか心配になる。


「サリーのゲーム内の目標としては、【理想のご主人さまと巡り合うこと】です。

 その後期間を置いてから、政府からおっとり刀で下された指示はダンジョンマスターと仲良くなってそれとなく守れるように訓練を積め、でした。

 ゲームのAI、未来を読みすぎではありませんかね?

 上役の無茶振りに、ストーカーとして訴えられないか頭を抱えさせられましたよ。

 受け入れて下さって本当に助かりました」

 社会人って大変だな。しかし。


「りそうのごしゅじんさま」

 それには遠いんじゃないのかなー?


「それは横に置くとして。

 私はリアルでも接触嫌悪の気があります。同じスペースに住んでも居心地がいいなんて、ゲームをするまでは考えられなかったことでした。

 貴方とあちらでも仲良くしていただけたら、そう考えなかったと言ったら嘘になります」

 サリーは素直クールと言うには照れ屋で、今も耳たぶのあたりが赤い。

 少し年上の友達は頼りになる大人の男の癖に、そんなところが可愛いらしい。

 サリーは落ち着いた20代から、若々しい40代ぐらいまでの間なのかな。どの年齢でもそれらしいけど。

 リアルではデキる男なんだろーな。そんな匂いがプンプンする。


「馬があったんだな。わたしもサリーといるのは落ち着く。

 ……でも、リアルのわたしは、もっとざっくばらんだぞ?」

 ガッカリしないといいんだが。

 当方『礼法』さんが勤勉でして。


「リアルの私もこんなキラキラしてないですよ」

 そりゃ、わかってる。

 現実にサリーがいたら2度見じゃすまないわ。

 これで、ふつーのおっさんだったりしたら、好感度ぎゅんぎゅん上がりそう。

 ゲームのサリーは隙のない美形すぎて弄りにくいし。


「なんか楽しみになってきた。サリー、

これからもよろしく」

 手を伸ばして、そのまま待つ。

 サリーが握って来たのを確認してから握り返す。

 5秒、10秒。12秒。そこでぶわっと毛が逆立つ。

 うん、少しずつ慣れてきてるよな?


 ああ、でもほっとした。

 ちょっと、ではなく、割と大きめに。

 サリーが居てくれて心強い。


 夜の寝しな、強制的に眠りに落ちるゲーム機を装着してなかったら。

 今日ばかりは寝付けなかっただろう、その自覚は存在する。





「リュアルテ!」

 朝ごはんを食べに食堂に降りたら、ヨウルにがばりと抱きつかれた。

 こうなるんじゃないかとは思っていた。

 ああ、お供の秘書さんが困惑している。


「どうした。怖い夢でも見たか?」

 息が首筋に当たって擽ったい。

 抱きつかれたまま、ポンポンと背中を叩く。


「夢、違う!」


「そうか。わたしもヨウルとエンフィに相談したい事が急にできてしまったんだ。

 夕方にでも時間を貰えないか?

 わたしの部屋かヨウルの部屋か。どこかでお泊まり会でもしよう」


「お前、神経どうなってんの?特殊素材で出来てない?

 オレちょっと無理ぽ」


「おはよう!いい朝だな!」

 そうしている間にエンフィが起きてきた。

 お目付け役が各々ついて朝はバラバラになりがちだが、今日は流石に揃ったな。


「私も相談したいことがある!

 今から時間を使いたい所だが、ヨウルは予定が詰まっているのではないか?」


「ありますけどねぇ!

 ……そうだよなあ。すっぽかしするわけにもいかないよな。

 わかった、夕方な!お前らきちんと帰ってこい、ほっつき歩くなよ!」


「あの、ヨウルさま。昨晩なにかありまして?」

 ヘンリエッタ女史が戸惑っておられる。

 ヨウルさ。

 そんなに見られても、出せる助け船はそれほどないぞ?

 いいんだな。オレに任せて、知らないぞ?


「どうか聞かないでやって下さいませんか。年頃の男子は美しい女性には知られたくない些細な秘密があるのです」


「…あら」


「違うから!そんなんじゃないから!」

 ヨウルがぶんぶん手を振っての言い訳をする。

 そんな一生懸命だといらん信憑性を与えてしまうけど、いいのかな?


「そう、本人が弁明してますのでどうか配慮を頼みます」


「わかりました。聞かなかったことにします」

 慈愛の微笑みを浮かべるヘンリエッタ女史。

 エンフィ。笑顔で無表情を貫いているけどさ、だったら他の言い訳でいいのある?






「海開きはしたんだな」


 起きたよー。その報告をしにオルレアに会いに行く。

 オレはアポイントメントをまともにとらん、駄目なパワハラオーナーだ。

 それなのに尻尾を振って出迎えてくれるオルレアは、性格良すぎやしないだろうか。

 うちの子なんですよこの子。はー、大事にしよ。


 場所は【ノベルの台所】3階、南海エリア。

 オレはオルレアが用意してくれたサングラス着用だ。

 それに鍔の広い麦わら帽子と、アロハシャツにハーフパンツ。鼻緒がついたビーチサンダル。


 白い砂を踏みしめる。素足だと痛そうな星の砂だ。

 試しにサンダルを脱いで歩いてみる。

 そうか。砂が沈むから痛くないのか。

 まだ朝だというのに、砂はほの暖かく気持ちいい。

 波の音が耳を打つ。

 天国のひとつの形であるような、美しい海だ。


「昼のビーチはサンダル必須ですよ。ただし高位階者は除いてですが」


「この日差しだ、熱くもなるだろう。

 オルレアはそんな格好もいいな。ハイビスカスの柄が似合っている」

 柄の悪いにーちゃんが着ていたら避けて通りたくなる柄物も、サモエドが着れば可愛いしかない。

 絞りの入ったリネンのシャツは、プリントではなく手書き染めだ。

 現代文明に毒された身は、贅沢のように思えてしまう。


「ありがとう御座います。マスターも可憐ですよ。

 足の先なんて、貝殻を乗せたようですね」

 貧相を言い換えてくれてサンクス。

 なまっちょろい手足を晒してすまんな。


「ナイトプールはどうだった?

 外灯は設置したようだが」

 プールサイドに等間隔に並ぶ硝子のオブジェはランタンだろう。

 足元は星型、高所は四角のモダンなものだ。


「マスターが『ライト』を『エンチャント』したのを、沢山作って下さったでしょう?

 プールに沈めて幾つも転がしたら、夢のように素敵でしたよ」

 差し出されたのは硝子の生体金属球。

 野球ボールほどの球体は、揺らすと鈴虫のようリリリと鳴った。

 魔力を通すとぽうっと光る。


「連絡を頂いた通り、最大で6時間光りました。後片付けの時間を含めていい具合です」

 報告を受けていると、色鮮やかな垂れ布を張ったバーカウンターから声が飛ぶ。


「おーい。オルレアのお嬢。我らがマスターとイチャイチャするのが愉しいのは百も承知だが、そろそろババアを紹介してくれんかね?」

 カウンター越しに、掠れた声の魔女がうっそり微笑む。

 夏の影がそこに居た。

 ぴんとたった黒白の耳にアイスブルーの瞳。グッとせりだした胸に、細く括れたウェスト、肉感的な太股。

 若い女にはない蠱惑を纏う、ある種の魔性だ。


「そうやってババさまはすぐ人をからかう。

 マスター紹介します。こちら家の酒保の大刀自でディアベンナ。

 代替わりをして暇を託ってたので、スカウトしてきました。

 主にナイトプールで采配を振るって貰います」

 酒保って軍の購買だったよな?

 軍人だったのこの人。

 風紀が乱れない?


「ディアベンナだよ。気楽に婆と呼んでおくれ。これでもいい年でね」

 これは絡みづらい人が来たな。

 見た目セクシー美女で婆とか属性もりもりだ。

 するりと差し出されたのは、果物が飾られたトロピカルジュース。

 透明なグラスはオレンジと茶色の2層の色彩が華やかだ。


「ありがたい申し出だが、そう呼ぶと甘えてしまいそうだ。

 ディアという響きが好ましいから、そう呼ばせていただく。

 ジュースのカクテルは初めてだ。紅茶とオレンジ?」

 一口飲んで首を傾げる。

 想像よりは甘くない。後口爽やかな飲み物だ。


「そうさ。この気温ならこういうもんが、いいだろ?

 しっかし、しっかりしてるねえ。

 あたしがこの年の頃なんて、くそ生意気なガキんちょだったわ。親に反抗ばっかりで。

 はー。苦労している子は違うもんだ。

 先生さんはアイスコーヒーでいいかい?」


「では、それで。ミルク抜きで甘くして下さい」


「はいよ。ひひ、大人の男の甘党は可愛らしくて堪んないねえ」

 わあ、邪悪な顔。出されるのはただのコーヒーだけど、魔女の媚薬でも調合してそうな雰囲気だ。

 真っ赤な口紅がお似合いですね?


「ババさま。猫が剥がれてます」

 オルレアの前に置かれたのはカフェオレだ。前はブラックで飲んでいたけど、気分によって変わるのかな?


「おっと。御免なさいね。営業中は、しっかり務めさせていただくつもりよ?

 うちの可愛いお嬢さまのお願いだもの。お姉さん張り切っちゃう」

 胸の前で可愛らしくガッツポーズ。

 これ、どっちが擬態で本性かわからんな。


「なるほど、頼もしい。……やはり、オルレアは子供の頃から愛らしかったのだろうか。写真があったら拝見したい」


「ええ、ええ。それは勿論!我らが総領唯一のお嬢さまですもの!

 成長記録はバッチリと」


「ババさま?おいたはそこまでですよ。

 マスターも、この人を調子付かせないで下さい。基本悪のりしかしないので」


「そうだな。女性に配慮が足りなかった。オルレアが見せてもいいものだけでいい」


「そうじゃありません。ああ、もう。

 ディアベンナ。お若いマスターの心を傷つけるような振る舞いは赦しません。いいですね」


「はい。胸に刻みます。

 でも、マスターはわたくしはタイプじゃないでしょう?」

 拗ねたようにぷるんと胸を寄せて上げるのはやめた方が良くないか。オルレアが威嚇しとるぞ?


「オルレアが招来して、婆と呼んでもいいと許してくれた相手だぞ。

 いつか信頼に足るとは思われたいな」

 なんか人生波乱万丈そうなばーちゃんだ。歩み寄りに成功したら、四方山話をしてくれそう。


 それにしても、オレは若すぎるからお嬢さまに近付く悪い虫扱いされてないと思ったんだがなー。

 強面のおっさんに囲まれてイビられることを考えると、全年齢ってマイルドだ。

 お目付け役に愉快なばーちゃんが来るのはある意味、面白要素では?


「オルレア。わたしは今日から3日ほど起きていられるだろう。

 もし休みが取れるなら、約束通り狩りに行かないか?」


「お嬢さまの予定は空いておりましてよ?

 ずっとお休みなしの悪い子はマスターに叱って貰わなくては」

 アロハシャツ着てるもんなー。やっぱり休みだったのか。朝から押し掛けて、悪いことした。


「悪い子じゃなくて、頑張り屋のいじらしい子の間違いだろう。ディアの顔にそう書いてある。

 でも休みがなかったのなら、女性には用事も多いだろうな。

 そのうち予定を入れさせてくれ」

 ゆっくりダラダラするのもいいよな。休日大事。


「いえ。今日は本当にフリーです。

 なのでお供させてください。

 休日なので従業員の特権で、朝から海やプールで泳いでみました。

 …海に入ったのは初めてです。

 鮮やかな色の魚がいましたよ。

 安全な海なんてダンジョンでしか味わえませんね」

 

「不自然だけど、本物の自然は厳しすぎるからな。

 ところで、オルレア。大物狩りと沢山走るの、どっちがやりたい?」


「大物で」

 意見がはっきりした女性はいいね。

 考えてきた甲斐がある。


 

 

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