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48 宝くじは買わなきゃ当たらない



 本日マルフク一行にコンダクターされたのは【黄金の繁栄】。

 小麦が採れるダンジョンだ。

 サリアータは米所だから小麦は割高なのか。そう思い込んでいたが、小麦はダンジョン産だから高めだったらしい。


「父に許可を得て、『採取』付のペンダントをパーティー費用で購入しました。

 なので今日の我らはコンバインです」


 さあ先生どうぞ。

 示されたのは黄金の海。ざわわ、ざわわと波のようにうねり、揺れる。


「教官。強さのランクとしては踊り子豆より下ですよね?」


「まあ、そうだな」


 ち、ち、ち。

 呼び寄せに『雷光』を散らせる。

 とたんざわめき立つ小麦の群れ。土から根っこを抜く姿は、小麦というには逞しすぎる。

 名前はそのまま【マッスル小麦】。

 頭に麦の穂を沢山つけた丸い球根が、てちてちと寄ってくる。

 なんだ、こいつら可愛いぞ?


 それでも「『サンダー』」は、撃つけれど。


 ざざんと倒れる小麦の群れ。

 台風一過の被害のようで、なにやら痛ましい光景だ。


「しかし凄いな、こりゃ。サリアータに住んで長いが、案外ダンジョンを知らんもんだなあ」

 教官が独りごちる。


「適正ランクがありますからね。僕らみたいのには低レベルな分には関係ないですけど」

 小麦なんて使わなくちゃ勿体無いダンジョンなのにさ。簡単に予約がとれるのって可笑しくない?

 冒険者としては稼ぎが低すぎて、町民としては危険があるのがネックなのか。…悩ましい。

 低ランクでも群れると危険だったりするし。

 安全で快適で楽しいダンジョンって難しいな?


「いっぱい小麦袋を用意したんで、足りない人は取りに来て下さーい」

 メイドさんらは一列に並んで小麦の収穫を始めた。ドルチェとフレデリカもそれに混じる。マルフクはオレの側でホスト役だ。


「麦畑は全力で刈っていっていいのか?」


「どれだけ刈っても1日で元通りですよ。『採取』持ちが増えるとダンジョン野菜らが気軽に市場に流れそうで夢が膨らみますね!」


「後の課題は『体内倉庫』の充実だな」

 これはオレもブーメラン。訓練しないと。


「それなんですよね!僕、魔力を使いきってから寝ることにしてます。

 お陰で朝ごはんが美味しいのなんのって」


 喋りながら、歩いて『サンダー』を撃つ。


「教官、サリー『採取』は?」

 教官とサリー用にペンダント作って来た。

 こないだサリーに渡したのは律儀に返されてしまったから、新しいやつだ。


「楽しそうだが、一応俺は護衛だからな」


「私は参加します」


「では、使ってくれ。正式版はこれで行こうと思う」

 『体内倉庫』からペンダントを取り出して渡す。


「ありがとう御座います。お借りします。

 ……結局『採取』は稲穂とカラスのデザインにしたんですね」

 サリーには朝と夜の時間いっしょだから試行錯誤バレをしている。

 レシピが豊富なものだから、どうも目移りしてしまっていけない。


 サリーは指輪を外してペンダントを身に付けると、猛然と『採取』を始めた。

 みるみる丸坊主になっていくマッスル小麦。

 高い位階と魔力の持ち主に玩具を与えるとこうなる。

 MPだけは負けてないので、オレもサリーに追随した。

 魔石と穂を除いてポイするのは行儀悪いがそうでもないと直ぐに倉庫がいっぱいになってしまうのだから仕方ない。

 その落ち穂をメイドさんが回収してくれる。


「デザインは迷走したが、『採取』はこの形でいくつもりだ。

 試作品は纏めてうちの子の貸し出し品にする」


「そろそろデザイナーを抱える時期では?」


「今ある図案を一通りこなしてから考える。

 お勧めの人材がいるなら話は別だが」

 友達紹介してくれるならウェルカムだ。


「…………性格に問題がない、腕の立つデザイナーっているのでしょうかね?」

 おや、苦い顔。

 なにか嫌なことでもあったのか。

 やる気があるなら初心者でも構わんよ?


 上の妹とか、デザイン類好きだけどこちらで遊べるの1年後だからなー。


 そう思ったフラグがありまして。






「お、『異界撹拌』年齢制限緩和するんだ?」


 かーさん自慢のサンルームで柔軟してたらテレビニュースが流れてきた。

 早速フラグ回収してしまった。早いな、おい。


「おにい、プレイしてるのに情報遅いね。クラスじゃ話題持ちきりなのに」

 背中を押している千枝にあきれられてしまう。


「プレイヤーバレしたくないから、その手の話題クラスじゃ避けたし、知らんかった」

 ぐいーっと股割り、そして前傾。

 あともうちょっとが難しいんだよなー。

 お相撲さん凄いね。

 柔軟サボるとすぐ固くなるし。


「一緒にプレイしたらいいじゃん?」

 苦笑する。

 ゲーム機の値段が安かったら、アリだったな。

 バイトする時間もない受験生に、それ言ったら絞められる。


「血沸き肉踊る冒険活劇は食傷気味だ。

 お外行くの嫌で御座る」


「おにい、今日の予定なんだっけ?」


「爺さまのお供で千代田まで?」


「それって引きこもり失格じゃない?」


「地続きだからセーフ。他所の大陸じゃないから。

 お前はあちこち行きたい派?」


「やってないから、わかんない。でも食い倒れはきっとやるよ。間違いなく」


「デザイナーしてくれるなら、ゲーム中の食費はオレが持つぞ?」


「そっか。ゲームの中だけでもデザインのお仕事できるのは面白そう。

 やれたら、混ぜて欲しいな。

 でも、ゲーム。簡単におねだりするには高いしね。

 急いで条件緩和されても、やれるの先になっちゃうよ。

 そういや、お爺はなんの用事なの?」


「敷地の謎タワーのあれこれじゃん?

 プレイ権利を譲渡した方も是非って書かれてたから、オレがお供。

 条件緩和するならプレイ人口増えるんだろうし、施設の増強とかあるのかもなあ」


「これ以上畑が減ったらお爺、噴火しちゃうよ?」

 やはりヤバいと思うか、妹よ。


「ないといいな。本当に」

 爺さま血圧高めだからなあ。


「頑張れおにい!…念のためにお爺に保険証を持たせるよう、伯母さんに相談するといいよ」


「元気な爺さまだけど年だしな」

 兄妹揃って頷き合う。

 この時までは何も知らない朝だった。






 10時前に爺さまの家に着いたら、シルバーの車が止まっていた。

 この車、政府の手配してくれたハイヤーらしい。

 お役所仕事の言葉もある。いくら地権者でも可笑しくないか?

 そう思った伯母さんが、塔の管理人に連絡をとったが、正真正銘の本物だった。

 思わぬVIP対応に、爺さまがそわそわする。

 わかる。なんか違和感あるよな。

 端末とモバイルバッテリーが手持ちにあることをつい確認してしまう。


「なんかあったら、連絡して」

 爺さまに言わないところは実の娘だ。娘にヘルプは言えっこない、爺さまの性格をよくわかっている。


「何もないとは思うけど、爺さまが興奮して病院に運ばれても困るから」


「保険証なら、父さんの財布に仕込んであるわ」

 こそこそ内緒話をしてから車に乗り込む。


「今日は千代田の予定でしたが、思わぬ事態がありまして会場を変更したいとのことです。

 ここからでしたら30分ということでしょうか。

 東京よりはご近所ですね」

 運転手が口にした地名は確かに近所。

 妹たちよ。駅中スイーツの土産はなしだ。爺さまも露骨にションボリしている。

 帰りに築地か浅草あたりに足を伸ばして旨いものでも食おうって話はおじゃんだな。


 車はするする移動して、山の中に入っていく。

 なんかヤバイところに連れていかれてないか?

 運転手さんむやみにゴツいし。


 いや、悪い。地元をディスってるわけじゃなくてさ。雰囲気的に。

 トンネルのこっち側ってあまりひとっ気がないからさー。



 想像の翼をはためかせていると、車が止まった。

 丁重な仕草でドアが開けられる。


「お久しぶりです篠宮さん。その節は大変お世話になりました。

 本来はこちらが伺わなくてはならないところをお呼び立てして申し訳ありません」

 出待ちをしていた壮年の紳士が、爺さまに頭を下げる。

 薄くなった頭部がチャームポイント。

 それ以外は、全身隙なく仕上がった男だ。

 お高そうなグレイのスーツが決まっている。


 スーツってさ、格好良く着こなすにはある程度筋肉が必要なわけじゃん?

 肩幅とか身幅とかさ、かなり重要。

 でもさ。その引き締まった腹に、ぱっつんぱつんの太股とか、ご職業は?

 そう、尋ねてしまいたい。

 お役所の呼び出しなのだから、公務員に決まっているのに。


「篠宮さんのお孫さんですね。私は佐藤一朗太と申します。『異界撹拌』では折衝役として皆さまとお話をさせていただいています」


「篠宮流士です。はじめまして」


「どうぞ、こちらに。百聞一見と行きましょう」

 渡されたゲストパスは腕時計型で、ちっさい男の子が喜びそうなデザインだ。

 オレと爺さま?

 かつて子供だったからには、そそられるよな当然に。

 腕に嵌めると自動でドアが開いてくれるらしい。うん、ロマンだ。


 車止めからドア トウ ドアで白い工場のような建物に通される。


「最初に守秘義務の制約を頂きたいところですが、見ないと信じられないこともありまして。

 少なくとも私はそうでしたから」


 精密機器を扱うようなエアカーテンを通り抜けて、よく見知った形の近未来ファンタジー系の扉を通った。

 膜を通り抜けたかのような感覚。

 それには、おや?と、内心首を傾げたが、そんなこともあるかとまだ呑気でいられた。

 しかしポヤポヤしてられたのは、ここまでだった。


 その先に誂えられた、ガラス張りのドア越しに室内を示される。


「なんや。ふわふわ飛んで、可愛らしいの」


「白玉といいます。単品では無害です」


 はい。

 そうですね?


 先ほどの扉の形状といい、すごく見覚えがありますが。


「ええと。何かのエサにすると不味かったりします?」


「そのように報告されていますね。流石にプレイヤーさんはお詳しい」

 佐藤さんはにっこり笑う。

 あ、これ猛禽だ。

 やばい。爺さまの前に一歩立つ。


「端的に申し上げましょう。あなた方のお住まいの地域は10年から先に大規模な【崩落】の恐れがあると検知されました。

 塔が建てられたのはソナーとしての役目も内包します。

 今、【崩落】の恐れがある地域は日本だけでも241箇所。この数字は増えることはあっても減らすことは困難だと思って下さって結構です。

 今、政府は全力でこの問題を解決しようと取り組んでいます」


「崩落ちゅーのは困るの。畑が潰れるのは嫌や」


「ですよね。

 篠宮さんちのトマトが食べられなくなるのは、本当に困るんで!

 だからいずれ来る未来に備えてゲームで知識の拡散をしているんですよ。

 【崩落】が起きたらこうなります。防ぐ方法はこれこれですと。

 実際に起きるまでに、役立つ知識を啓蒙しないと」


「実際には、まだ。情報公開は難しいんですよね?」


 なんかね。

 すとんと納得してしまった。


 何かの企画で騙されたのならいいんだけど、それは違うな。


 嘘やふかしにするには、思い当たりがありすぎる。


 ゲーム。

 これさ。お他所の文明の技術でつくられてるだろ。


 悪心もあるけど、出来る限りは善い者でいたい、複雑な人格のAIたち。

 それら膨大な情報を管理してしまえる超巨大容量のサーバー設備。

 イヤーカフ型の小さなゲーム機。

 時間を圧縮するシステム。

 ゲームで味わうリアルな五感。


 不思議に思ったことは数知れず。

 どれかひとつくらいなら、あってもいい技術かもしれない。

 でもそれが全部足並み揃えて提供されるのは、至極不自然だもんな?


 ゲームタイトルの『異界撹拌』。

 名前の通り、何処かと混じってしまったんだろうな。これは。

 どこまで支援があるのかは、検討なんてつきっこないが。

 

「冷静でありがたい。その通りです。

 機動隊員や自衛官の中に優れたダンジョンマスターはまだ出てきていないので。

 彼らがいないことには崩落止めの作業が困難であると、ゲームを通して貴方はご存知かと思われます。

 個人のプレイ内容までは、こちらは把握できません。

 しかしスキル情報だけ閲覧できます。なのでスタッフが血を吐く思いで、データベースを毎日確認しているのです。

 ここ数日で引っ掛かった幾名かは、正に瑞雲。

 貴方はランダム生成で、『魔石加工』を引き当てましたよね。

 どうか、いえ。最初はバイト感覚で構いません。うちのスタッフと共に害獣駆除をしてみませんか?」

 絶対、逃がさん。

 佐藤さんの目は圧力を伴う雄弁さだ。


「佐藤ちゃん。うちの孫に危ないことさせるのはいかんよ」

 どこまで分かっているのか、爺さまは通常運転だ。

 それでも年長の味方が傍にいてくれるのは、心強い。


「そこは全力でお守りします。何しろ彼は高校生ですから!」

 そこは素直にありがたい。


 勿体振って断るとか、そんなつもりは更々ないし。


「オレで役に立つなら、協力もやぶさかではないです。崩落はよろしくないので。

 でもゲームのスキルって現実でも使えるんですか。ゲームとは種族すら違いますよね?」

 魔力ブン回すと、髪がピカピカするしさ、アバター。

 ノーマルヒューマンのオレにスキルが使えるのかな。

 いや、使えるようになるから声掛けされたんだろうけど、今までの常識が「ないない」と言うもので。


「…お孫さん、本当にクールですね?」


「自慢の孫なんよ」

 なんで爺さまが照れるん?


「ええ、確率的には半分あればいいですね。

 レベル10まで上げて初期スキルの半分ならまずまずっていったとこです。

 ランダム生成の場合はもっと高いですが。

 ランダム生成は詰まるところ、相性のいいアバターを引く機能でして」


「悪い賭けではないですね」


「宝くじは買わなければ当たりませんし」


「望むスキルが出なくても許してください。頑張りますが」


「え、はい。いいのですか?」


「オレ、ゲームではサリアータの住人なんで」

 崩落、ダメ、絶対。


「ああ、なるほど。アレの側ですか。天祐と言っては申し訳ないですが。

 本当にありがとう。君は必ず守ります」


「念押しされると怖いですね。育成プログラムとかあるんですか?」


「もちろん。最初は得物の振り方からですが、剣道は初段をお持ちなんですよね。

 現在も素振りされている体つきですし。

 ………ふむ、どうせです。白玉を狩っていかれませんか?」


 佐藤さん、怖くね?


 プロフィールの把握はまだわかる。

 でもぱっと見だけで、そんな体つきとかよくわかるな。右足が少し太いから?

 オレ、今日は厚手のジーンズ履いているんだけど。



 そんなわけで、ファンタジーが日本ちゃんにも乱入し(て)ました。


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