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47 海を招く



 宣言したからには、悪さの準備だ。


 夕食後、MPを満タンにしてから事に挑む。

 取り出したのは2つの雫石。

 これは既に『調律』の『専有化』まで仕立ててある。

 この2つの雫石をひとつにする。それが今日のハイライトだ。

 さあ、巧いこといってくれよ。


 メインとするのは、白と青の斑の雫石。これは南の海。

 栄養源として喰わせるのは、ほの青い湧泉の雫石。

 それをトロトロに溶かして『融合』させる。


 大丈夫。魔石では散々やってきた。

 道具を作るのにあとちょっと足りない魔石に、格の低い石を【喰わせる】のはいつものことだ。


 魔力を注いでいくと、掌の中で2つの世界が交じり合う。

 エメラルドグリーンの海が、清水を湧かせる泉を呑み込む。


 海が広がる。より広く遠くまで。


 規格を合わせる必要もない。

 ただ扱うエネルギーが大きいだけ。

 繊細な作業より大雑把で力任せなのは得意だろう?


 さあ、纏まれ。


 跳ねて飛び散りそうになる魔力を宥めすかして、調えていく。


 暴れるな。じゃじゃ馬め。

 言うことを聞け!


 オレなら出来る。

 強く強く願い念じる。

 システムが魔力を消費していく。

 ただそれだけでは説明出来ない、焦燥や、祈りはデータのどこから生まれるんだろう。


 体の底から額までのラインで回していた『チャクラ』が緩やかに、頭の上にある階程にたどり着く。

 体の底から天辺まで一直線に光が通った。その一瞬。

 何かが見えた気がした。

 そのつかの間に、『融合』が完成する。



「っあ、あ」

 はは、熱い。血液が、全身を巡っている。

 全力疾走をどれだけすれば、こんな状態になるんだろうか?

 ………いや、この足ならそう走れないから大したことないか。



 ふーっと、大きく息を吐く。


「リュアルテさま」


「平気だ。少し疲れただけ」

 リビングのラグに座ったまま暫く目を瞑る。

 何度かやると慣れそうだけど、最初ばかりはしんどいな。

 まだ頭がグラグラしている。


「『造形』と『融合』はシナジーがあるようだな。おかげで無事に辿り着けた」

 血を吐いたりしてないのでセーフ。

 でも心臓が悪い人には、ちょっとお勧めできない負荷だ。


「ん。1.24、レベル1だ。『計測』はダンジョンのサイズまで測ってくれるんだな」


「あまり無理はなされぬよう」

 後ろから脇に手を差し込まれて持ち上げられた。そのままソファーに下ろされる。

 今直ぐは、動くのが億劫で成すがままだ。


「レベル1の『調律』まで行けるようになったから、挑んだんだ。

 無理は怖いからしていない。

 ダンジョンのエネルギーが暴発したら、わたしどころかサリーも巻き込んでしまう」

 掛けているのは自分だけの命じゃないから、安全マージンは実のところかなり大目にとってある。


「アスターク殿は慧眼ですね。貴方たちを絶対に独りにしないところが」

 ぽふん。ぽふぽふ。

 洗い立てのタオルが額や頬、顎の下を滑る。


「自分でやれるぞ?」


「そんな青い顔して何を仰いますか。まず、石は『体内倉庫』に仕舞って下さい」


「んん」

 忠告通りに片付けた。

 詰襟のホックが外されると、息が楽になる。

 そのまま腕を抜かれて、上着を脱がされた。

 ぼんやり追った視線の先で服はハンガーに掛けられている。


「今日は湯浴みはどうされますか?」


「ざっと浴びて、寝ることにする。今日はもう店仕舞いだ」

 10時までには寝るって教官には言ったが、その時間前には大抵寝てる。

 現在8時を回ったところだが、もうすっかりスタミナ切れだ。

 このままベッドに転がるのは、汗がびっしょりで気持ち悪い。

 『洗浄』で済ませてもいいが、サリーが風呂を用意してくれているのでどうせなら入ってから寝たい。


「頂いた湯着がありましたでしょう?

 介添えするので着替えて下さい」

 うんステータスから着替えれば一瞬だな?

 でも。


「風呂は独りで入りたい」


「中で倒れない自信がおありですか?」 


 そんなこと言われても全年齢の壁があるぞ?

 風呂の介護って無理じゃないかな。





 結果を言うなら介護して貰ってしまった。

 湯着は全年齢的にオッケーだったらしい。

 頭を人に洗って貰うのって気持ちいいね。

 サリーが床屋開いたら、きっとオレは常連客になる。

 長い指でマッサージされる悦楽よ。

 湯船で半分寝ていたわ。


 お湯もトロリとしていて、ぬくくていい香りがしていた。

 そのせいもあるんだろう。髪を弄られている時はまだソファーに座っていたのに、起きたらベッドの中だった。

 何故かソファーセットのハリネズミ一家の末っ子を腕に同衾させて。

 クッションを意味なくモフる。

 お前、可愛い顔をしているな?



「おはよう御座います。

 お体の調子はどうでしょうか?」

 サリーは朝日を浴びてキラキラしている。

 早朝の美形は眩しいったら。


「いつもの通り、元気だが」


「それはよろしゅう御座いました。昨日は薬を塗ったりマッサージをしていても目覚められませんでしたので、もう眠られる周期に入ったかと思いましたが。

 少し疲れを貯めすぎではないでしょうか?」


「サリー。子供なんて全力で動き回ってバタンキューが定石だぞ?」

 少なくとも下の妹はそうだった。

 なんど布団に転がしてやったことか。


「……確かに顔色は良いですね」

 洗顔代わりに『洗浄』を掛けたら、ソファーに座るよう促され、次いで化粧水やらを叩きこまれる。


「お目を閉じて下さいませ」

 おけ。リンパマッサージだな。


 その間に目を瞑っていても出来る、ステータスチェックだ。

 身嗜みはもう諦めた。まるっとお任せコースだ。

 ……おや?


「……………サリー。『美肌』が生えたんだが」


「それは嬉しい知らせです!」


 ええ?

 そこはガッツポするところなん?





 そんなわけで、15日目だ。

 今日は家のダンジョンで待ち合わせだ。


「『美肌』か。そいつは目出度いな!」

 熊教官にもえらい勢いで大喜びされた。なして?


「お前さん新しく体育系スキルが生えるぐらい健康になったんだなあ……」

 あ、はい。お陰さまで。

 そういうことかー……。考えつかなかった。


「マスター。怪我の完癒おめでとう御座います」


「ありがとう、オルレア。

 すっかり良くなっていたと自分では思っていたんだが、心配をかけていたようだ」


「お前さん喋り出したとたん、みるみる元気になっていったからなあ」


「………その。前のことはわからなくて」

 コメントに困る。

 元のリュアルテくんが酷い状態だったってのは推測つくが、そこに至るまでの経緯はザクッとしたテキストデータしか知らんし。


「すまんな!気にするな。こっちが勝手に嬉しがっているだけだ。

 なあ、サリー?」


「そうですね。

 新しく出る体育スキルは、毎朝地道に取り組んでおられる『柔軟』だろうと予想してましたが。

 スキルが付くとは、手入れの甲斐がありました」


「『美肌』はいいスキルだぞ。

 肌は内臓の表面も含んでいる。

 内臓の肌が綺麗だと、それだけで健康にいいからな!」

 あ、聞いたことある。肌は内臓の鏡とかなんとか。

 でもそれ内臓が元気だと肌がきれいになるとかで反対じゃないの?


「マスターは獣人の毛並みをよく誉めて下さいますが、私共の目からしても陶器のように艶めく肌に、光さす稲穂のお髪は特別お美しいものと映ります。

 なるほど、スキルがつく程ですか」

 褒めてくれてありがとう。でもさ。


「それはわたしの地力ではなく、サリーの手腕の見事さ故かな。

 さて、海エリアの用意はしてきたが、昨日の夕方の打ち合わせ通り3階でいいな」


「はい。水着やサンダルの発注はしましたが、当面は水に触れてもいい私服や湯着での水遊びになるかと。

 やはり温泉施設と併設が都合がよろしいでしょう。

 設計図はこちらに」


「相変わらず仕事が早い。設計士にはよくよく労いを頼む」

 メインで仕事してくれる設計士さん、人見知りで挨拶しようとすると逃げられるんだよ。

 無茶な発注してるから嫌われているのかもなあ。


 3階に移動する。

 正面が銭湯で、右側に休憩所やら売店やらが纏まっている。

 空いているのは左側だ。扉が幾つも置けるようにたっぷりスペースが取られていた。

 その施設の拡張を見越して設計されていた場所に扉を置く。

 

 さて、と雫石を取り出した。

 今回はちょっとやることが多いぞっと。


「プールが2基で大人用と子供用。

 子供用は滑り台つき。

 大人用は深さ1.5メートル、25×25の正方形。飛び込み台つき。

 排水口は1センチ丸を10個水平に並べて。

 登り口は階段を1箇所ずつ。梯子は3つずつ」


 確認するのに声を出しながらダンジョンを設定していく。


「プールサイドは大理石風。

 プールの床はデザインタイル。んん、タイルパターンが少し複雑だな」

 『計算』『計測』『造形』がなかったら、難しかったぞ。これ。


「子供用は大振りな花柄幾何学模様。

 大人用は四角の組み合わせ。どちらも基調は青」

 プールの肌が触れる所は角がないように滑らかに仕上げる。

 特に階段や手摺の部分。滑り台は気を使う。


「水の噴出口。子供用は滑り台。大人用は水くみの乙女像。

 プールの水温は26度」

 滑り台や乙女像は『造形』の仕事だ。

 綿密な設計図があれば、ダンジョンオブジェクト製作に、工業3Dプリンター並みの仕事ができるようになった。


「海は遠浅で緩やかに傾斜をつけて1メートルの深さまで。

 境界には珊瑚礁。岩場を設置。

 珊瑚以外の虫、毒のある、もしくは脅威となりうる海の生き物は排除。

 着替えやロッカースペースは温泉と併用。なので最小限。

 出入口にもなる広場はトイレと売店、休憩スペースを確保。

 足についた砂を洗い流す為の水場を設置。

 白いコンクリートを敷いた場所はダンジョンリセットの範囲外。

 プールは1時間に10分の休憩時間を設ける。その間にダンジョンリセット。

 海、砂浜は1日1回朝6時にダンジョンリセット。

 ………うん。こんなものかな」

 扉に雫石をセットする。


 では。

 扉を開ける。

 入るとエメラルドグリーンの海が目の前に広がる。

 照りつける太陽。

 白い砂浜に、煌めき、打ち寄せる波。


 咄嗟に扉から出てしまう。


「なんか、凄く眩しくないか?」

 目がしばしばする。


「マスターは目の色素が薄いですから、明るい場所は少し苦手なのかも知れませんね」


「…………ここは、農業エリアと同じく昼夜をつけさせて貰う。

 視察は朝早くか、夕方か夜にする」


「畏まりました。マスターにも苦手なものがあるんですね」


「むしろ弱点ばかりだが?

 だから皆には助けて貰ってばかりだ。

 ………教官は平気でしたか?」

 教官も色味は違うが金色の目だ。


「俺は位階を積んでるからな。わりとどこも頑丈だ」

 教官の位階まで登るのはまだまだ先だ。

 昼の海はしばらくお預けかも。


「オルレア。わたしは明日からまた寝てしまう周期に入る。問題なしと確認したら、都合がいい日に海開きをしてくれ。

 その際は海開きの発案の切っ掛けになったマルフクたちにも招待状の手配も頼む。

 あとナイトプールの運営をするんだったら夜寝る前までにそれ用の『ライト』を『エンチャント』しておくが」

 魔力の籠った道具類はダンジョンリセットから弾くようにしてあるから、設置しても問題ない。


「ナイトプール。大人の社交場になりそうですね。

 専用の人員を雇う時期に来たかもしれません。

 社員の枠を増やしても?」


「頼む。特にオルレアは忙しそうだから、専門にフォローしてくれる人員は厚めにしてくれ。

 あと、資金は足りているだろうか」


「まともに運営しているダンジョンで資金不足はあり得ませんよ。

 魔石代だけでも大したものです」


「………その割にはわたしの狩りに付き合ってくれる子は、時間外労働なんだが」

 バイト代も受け取って貰えないんだか?

 どーゆーことよ?


「マスター。私たちは犬族です」


「うん。そうだな」


「犬族は集団で狩りをします。

 群れのアルファに率いられ走ることは本能の喜び。

 ましてそのアルファがダンジョンマスターなど、滅多にあることではありません。

 人族で言うなら人気絶頂の歌姫を囲む晩餐会のプラチナチケットを運良く手に入れてしまったものです。

 それに行くには万難を排しますし、むしろ金を払ってでも参加したいと駄々を捏ねる老人会の皆さまが鬱陶しいぐらいのものですよ?」

 ダンジョンマスターはアイドルだった?

 んな馬鹿な。

 しかし老人会。

 どんなイッヌらなんだろうか。

 金銭絡むと面倒だから、金払わないんだったら何時でも参加してくれていいけど。


「それならオルレアもわたしと散歩してくれるのか?」

 思い付いて誘ってみる。


「はい。いえ、今は忙しくて……そうですね。副支配人や、秘書の増員は必須ですね。仕事を回すのが楽しくてつい、サボってましたが」

 オルレア、ワーカホリックか。


「そのうち一緒に狩りに行こう」

 付き添いの皆にせめてバイト代は受け取らせたいんだけど、失敗してしまったっぽい。


 狩りの景品におやつを渡されるのと、大入り袋を渡されるのだったらどっちが受け取りやすいんだろ。悩ましいぞ。



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