46 パラダイスそれぞれ
14日目。
ギルド前で待ち合わせして、マルフクたちに連れてきて貰ったのは【南京ホラーパラダイス】。
ここは部屋がひとつしかないダンジョンだった。
管理は隣のカフェがしている。
曰く先代のカフェのオーナーとダンジョンマスターが友人だったらしい。個人経営のダンジョンだ。
入場料は1人50マでお茶と甘味がついてくる。
こんなダンジョンもあるんだなあ。
ダンジョンの広さはレベル2相当。
その敷地を元気に駆け回るカボチャ。そして、青々と繁る胡桃の木々。
これは立派な果樹園だ。
手入れもなしにこれとは、農家が泣く。
胡桃は落ちているのを拾うものだと思いきや、木に鈴なりしている所を収穫するスタイルだった。
位階が低いうちは胡桃はかぶれるらしいので、革手袋を着用だ。
『採取』した胡桃をしげしげと見る。
「果肉があると、見慣れないな」
殻付きか、剥き身か。加工品はお馴染みだけど、皮を被ると別物だ。
夏みかんサイズと聞いていたが、手に持つと重い。緑色した実はこれで完熟しているそう。
ついでに図鑑埋めするのにスクショをパシャリ。
自分専用の図鑑を作れと【やることリスト】にも勧められている。
面倒くさいと放置していたが、スクショを手帳に提出すると、その品のみ『鑑定』が通るようになる。ある程度、手帳を埋めるとほにゃらら『鑑定』が生えるルートのひとつになると聞けば、重い腰も上がってしまう。現世利益には滅法弱い。
全景、葉、幹、一通りカメラに収める。
嫌な話。リアルの胡桃の木には、毛虫の類いが有象無象とつくものらしい。
然れど、ここはダンジョンだ。
葉っぱも齧られ跡はなく、健康そうにピンとしている。
手袋をしたまま、木の幹に触れる。
すると『緑の指』に感応して、歓迎するかのような意思が伝わってきた。
人待ちの胡桃なんだなぁ、こいつら。
胡桃の木はたわわに実をつけて、枝が重さに垂れている。
【人待ち種とはダンジョンの外に種子の持ち出しを望む都合から、結実した姿のままで待つように自分を変化させた草木の一種】
ゲーム内百科辞典からの抜粋だ。
政府ちゃんも凝り性だな。
ゲームなんだからご都合主義にそう理屈を捏ねんでもいいんじゃないか?
そんなことばかりされると、フレーバーテキストを集めるのが楽しくなってきて困る。
そっちにも手を出したら本格的に時間が足りなくなるぞ。
そこまで考えてふと、気づく。
オレ、まだタイムアタック気分が抜けてないのな。
のんびりやればいいじゃん?
焦ることなんてない。今は急ぐ必要なんてないんだから。
スクショを撮ったら後はひたすら収穫だ。
『採取』をフルで使用すると、スキルの中に含まれている『ターゲット』が驚くほど滑らかになっていた。ううむ『計測』さんが仕事をしておられる。魔力消費も少し軽くなったよう。
これは作業が捗る。
「『体内倉庫』が満杯になった。誰か持って貰えるか?」
「はい!空の箱と交換しますねっ」
メイドさんと手を繋いで品を直接交換する。
その耳には貸与品の耳飾りが光る。
胡桃狩りなので『採取』を付与した装身具だ。
今日から『エンチャント』した道具を社員やバイトなら無料で貸し出しを始めた。
オレは作っただけで、運用は任せてしまっているが活用してくれて嬉しい。
「うちのチームはドルチェが『採取』あって便利だなって思ってましたけど、全員使えると凄まじいですね」
カボチャの襲来に備えての見張り役のマルフクは嘆息する。
見張り以外でひとつの木に集ると、ものの数分で収穫が終わる。
「うちの売店でこの手の道具を取り扱っているから、興味があったら見に来てくれ。
…………実をわけてくれてありがとう。またよろしく」
胡桃の木に声を掛け、根本に水と植物用栄養剤を撒いた。そして次の木に移る繰り返しだ。
「カボチャ、出たわよ!一時に3体!」
カボチャランタンは『サンダー』も効く。
しかし3体程度じゃあ、家のメイドさんたちにとっては鎧袖一触。
辛うじて目視した段階で、何事もなく終わってしまう。
仕留められたランタンカボチャを、見聞する。
一体につき5、6個ほど実をつけていて魔石は根本に埋まっていた。
規定の取り分としてマルフクに一体分の実を渡す、そのついでに尋ねる。
「マルフク。このカボチャはどのようにして食べるといいか?」
「そうですねえ。ほっくりして甘いので、サラダ、煮物、天ぷら、お菓子。なんにでも合うのが魅力ですね。
種も立派なのが採れますから、ローストして食べてみて下さい。美味しいですよ。
やあ、いいカボチャだな。さすがはダンジョン産の高級品だ」
ランタンカボチャはオレンジ色に光っていたのに、倒すと見慣れた黒皮カボチャになった。
弦や葉っぱはカボチャのものだが、根っこがスピア状になっている。ひょっとしなくても肉食系だなテメー。
お初目なのでスクショをパシャパシャ。
「とてもいいカボチャなんですけどね。ランタンカボチャは外では討伐対象なのが惜しまれます」
「魔物で危ないからか?」
「それもそうですけど、生態系を破壊するので。野性動物のコロニーを幾つも滅ぼしてきた問題児は流石に外に出せませんから」
おおう。そ、そうか。
「種は外に出しても大丈夫か?」
「魔石と切り離せば発芽しないので、カボチャ種は安全です。繁殖する時は魔石と一緒に頭が割れるので。ちょっと悪夢みたいな光景らしいですよ。流石に見たことはありませんけど」
ランタンでカボチャだからか。唐突にホラー要素を差し込むのはやめろ。
いや、ダンジョン名にホラーとついていたか。
このダンジョンは夜に来るべきだったんだろうか。ダンジョンマスターの意図としては。
話をしながら『採取』をもりもり掛けていく。MPのゴリ押しができるのが、このアバターのいいところだ。
少し離れた場所でメイドさんがカボチャを狩ってピカピカしているけど、行く前に倒されてしまうから、そっちはノータッチでいいや。
機動力の差がエグい。
「キラキラ亭のお薦めカボチャ料理と胡桃料理はなにがある?」
「餡がけしたカボチャの煮物と天丼の具は鉄板ですね。
胡桃は乾燥小魚と一緒に蜜がらめした、つくだ煮が人気です」
「それはいいな。ハンバーガーもクラスで配ったけど好評だった。
差し入れに数を確保したい時は、やはり連絡が必要か?」
子供舌になっているせいか、ジャンクなものはとりわけ美味しい。
エンフィなんて大喜びだった。
どうも子供のころはジャンクフード禁止のご家庭だったっぽい。
「連絡をしていただければ、待たせずに出来立てをお渡しできますね!
出前もしてます!」
そう話している間にも、他の人の取り分に目立つ場所に残しておいた3本以外の収穫が終わってしまう。
まだ10時前だというのに、なんてことだ。
「どうせですからカフェでお茶をしてから、もうひとつご近所のダンジョン梯子しますか?
そこは硝子瓢箪のダンジョンなんで食用じゃないですけど」
「硝子瓢箪は生体金属だ。『造形』が使えるぞ。ちなみに硝子系の生体金属は普通の硝子同様、耐酸性などに優れている」
教官が補足を入れる。
植物から金属?硝子?が採れるのか。
「それは見てみたいです」
おやつをしたら、瓢箪だ。
カフェではフルーツパフェを頼んでしまった。
【パンプキンランプ】はしっとり落ち着いた雰囲気の、リアルじゃ敷居が高いような大人女子向けのカフェだった。
家具はどっしりと重厚なのに、小物は繊細で愛らしい。
カボチャモチーフのレースカーテンなんて特注品じゃなかろうか。
店名通りのカボチャ押しだ。
持ち帰りの品にカボチャマフィンとかがあるのもそれらしい。
入場手続きをする時に注文したから、焼きたてのを用意して貰ってほくほくだ。
一番人気!
そんなポップがついているなら買い求めるしかないだろう。
このゲーム、リアルマネーのトレードは禁止されている。そのせいか金を稼ぐのは難しくはない。食べ歩き趣味の人には崇め奉る神ゲー確定間違いなしだ。
マルフクとフレデリカは常連っぽくて、ドルチェは店の雰囲気に押され気味で居心地が悪そうだ。
だがメニューを見るなり、真剣な面持ちになるのは3人一緒だった。
3人とも別々のメニューを頼んで、コストが配合がと語り合いながら、シェアしている。
話についていけないので、こちらのメンバーは普通に甘味を楽しむ。
だってあいつら怖いんだもん。目が爛々としてるしさ。
彼らの戦場は厨房なんだな。きっと。
飾り切りのオレンジをやっつけてから、クリーム部分の攻略に入った。
長いスプーンで掬って食べるソフトクリームは特別感がある。
パフェなんて、小学生以来だから何年ぶりだろう?
久しぶりだからか、やたら新鮮だ。
アラザンとかベリーソースとか、意外なほどテンション上がる。
どうもこのワクワク感は、アバターに引っ張られてしまっているっぽい。
前のアバターもそういうところがあった。
体を使わせて貰っている間は彼が嫌いなものは苦手だったし、好きなものは嫌いになれなかった。
前のあいつよりリュアルテくんは控えめボーイだから、好きなものは優先させてやりたいところ。
マルフクのお薦めはベイクドチーズケーキだったんだが、この日はチーズの入荷がなくて作れなかったそう。
いつか食べようとリベンジを誓う。
そして今日のダンジョン2件目だ。
【クリスタルグラス パラダイス】は、カボチャの人と同じマスターのダンジョンだ。
管理人はダンジョン前の靴屋さんがしていた。
聞けば先代が硝子職人だったそう。お気に入りの職人だったんだろうか。
ここも1フロア制のダンジョンだった。
スクショをパシャリ。
硝子瓢箪は大きな水筒ほどのサイズで、ザラリとした曇り硝子で出来ていた。
ふむ?
「『精製』、『造形』」
種や水分などを分離させて取り除く。
そう言えば、プリン用の瓶のレシピがあった。それにしよう。
瓶の中央に紋をスタンプするスペースが入っているので家紋を入れておく。
ダンジョンモニュメントで選んだヤツだ。
『計測』が働いてくれるので模様の縮小もすんなり出来るようになりました、っと。
「プリン瓶だとひとつで15個とれました。普通の硝子よりも軽いんですね」
プラと硝子の中間ぐらい?
うん。瓢箪は植物魔物だったんで、『サンダー』が効いたんだ。
一面魔物でみちみちなら、挨拶がわりにぶち込むよね。
今はメイドさんの追加人員呼んで収穫の真っ最中である。
素材として値がつくのは瓢箪だけで、あとはスライムのエサなんだと。
うちのダンジョンでもスライムは育ててるんで無駄にはならなくていいな。
カボチャの魔石は明るい黄色だったが、瓢箪は乳白色だ。
「昨日と今日だけでレベルが5つも上がりました。これ寄生じゃないですかね?」
マルフクは困り顔だ。
硝子瓢箪はトレントよりは位階低め。
ただ、数が数だ。獲得経験値は、それなりだった。
「ダンジョンや街歩きの指南料だ。魔力の回復にはカロリー使うから、美味しいものの情報は生命線だぞ?」
暫くカロリーバーは食べたくない。
割りと好きだったものを見たくなくなる日が来るなんて知りたくなかった。
「魔法スキルって、とんでもないわ。
エルブルト人がレベル高いの、理由があるのね」
フレデリカは苦笑する。
「わたしの場合、頼りになる前衛がいてからこその殲滅力だぞ?
独りじゃなにも出来ないからな?」
いや、本気で。
囲まれて余裕で戦えるのは白玉ぐらいなもんよ。
「その年なら当然だって!
保護者なしにダンジョン入るとか、入れた奴が怒られるぞ!
ああ、でも白玉は別な。
あれは正直、羨ましい。チビの時に出会いたかった」
「いいわよねえ。簡単に白玉が狩れておやつ代が稼げて。
残りは生活スキル付与の道具が貰えるカードのポイントになるんでしょ。
子供が優先なのは仕方ないけど、羨ましいわ」
ヨウル良かったな。どこに行っても大絶賛だぞ。
「冒険者なら、スキル石を買えるんじゃないか?」
「買えますし入れましたけど、メモリ消費が痛くて痛くて。道具を使って自力で覚えられるなら、そっちがよかったなあって」
「道具ならパーティーで使い回してもいいしな」
「ねえ」
「…教官。わたしたち、かなり作っていませんか。
装具がそんなに足りないとか可笑しくないです?
エンフィとか『エンチャント』だけで生活スキルに星がついたと言ってましたよ」
オレも『雷光』が星3つ増えた。
「サリアータは現状、他所から支援や寄付が、とんでもない額を注ぎ込まれている。
スポンサーには、おかげさまで少しずつですが立ち直りつつありますって姿を見せにゃならん。
お前さんらがギルドに卸した道具はその見せ札にもなってるな。
何処に持っていっても喜ばれるしよ」
功績ポイントがつくのはそれでか。
「あー……。あの大結界のスポンサーですか。それは仕方がないですよね」
「あれ見ると全部崩落しなかったのなんで?ってなるし」
「金掛かってるもんなあ。サリアータだけじゃ賄えないよあれは」
地元っ子はシビアだな。冷静にものを見ている。
「外貨獲得用に腕のいい細工師には今まで通り石のまま卸すとして。うちのダンジョンにもある程度の量、自作のを置きましょうか。
スキル磨きを兼ねた地域貢献で」
「ありがたいが、お前さん仕事増やしすぎじゃねえのか?
子供は夜は寝ろ」
「10時には寝てますよ。
なあ、サリー?」
「子供なんだから、もっと遊んでもいいんじゃないですか?」
遊んでるよ?!
今オレはゲームをしとりますが?
「って言ってもサリアータって子供が遊ぶようなとこ基本ないよな」
「田舎だって聞くよね。他の街なんて知らないけど」
「美味しい食事処はありますよ!
………でも他はどうなんでしょう?」
フォロー出来ない。サリアータは、うん。穴さえなければ長閑な街だったね。
「わたしはボードゲームとか、皆で集まった時なんかやってるぞ」
子供らしく遊んでいると主張しておく。
ボードゲーム。友達は別売りだから、ある意味贅沢なんじゃないか?
「白玉ダンジョンがウケたのは、娯楽が少ないってことだったんだろうな。
お前さんのとこの温泉施設も連日満員御礼じゃねーか。
女房連れていったらまあ、はしゃぐのなんのって」
デレデレしているそこの教官はそろそろ噂の奥さんをオレにも紹介してくれてもいいんじゃないか?
しかし、娯楽がないのか。そうか。
オレなんかはファンタジーな世界観だけで楽しいから思いもよらなかったけど、現地の人とは話すの重要だな。
「…………わかりました。なんとかしましょう。遊び場がないのでしたら造ります。ダンジョンマスターとして」
「不健全なのは許可しかねるぞ」
いい笑顔だな。
教官ったら、からかっておいでですね。
「まあ、ギリギリ大丈夫じゃないでしょうか」
「はぁ?!何をするつもりだ」
「サリアータに、暖かい海を招きます」
エンフィに貰った雫石に南の海があってだな。
しかし水着ってあるのかな?
見たことないぞ。