45 パトロン イズ 何?
キラキラ亭はギルド市場の裏通りにある大衆食堂だった。
大きな徳利タヌキが目印で、日替わり定食と、お弁当を売る店だ。
今日のメニューは猪鹿丼。
温泉卵と紅しょうが乗っていて、これは皆が大好きなやつ。
教官なんて4杯目に突入してるし、メイドさんも2杯目だ。頬袋をパンパンにして掻き込んでいる。
オレはと言えばすぐに腹は空くけど、1度に量は入らないので独り早く食べ終わってしまった。『洗口』だけは忘れずにして、買い物に走る。
「ご亭主。持ち帰りの注文いいか?
猪鹿丼10人前と、ハンバーガー、フィッシュバーガー、炭火鳥照りバーガーそれぞれ20個づつ」
「おうよ!『体内倉庫』にしまうかい?
いっぱい買ってくれたねぇ!」
レジに学生証をかざして一括精算だ。
「うん。マルフクにバーガー類は特にお薦めと聞いた」
店の隣のパン屋さん。特注のバンズは、表面パリッとなかはもっちり。おかずと合うよう仕立てられているそうだ。
特にここのフィッシュバーガーは、タルタルとバジルのダブルソースに鮭なのだそう。楽しみだ。
出来立てからどんどん『体内倉庫』に詰めていく。
今日も良いおやつ交換の品が手に入った。
「なんだマルフクの友達か!気に入ったらまた来てくれよな!
いっぱい食って肉つけろよ!」
「もう、やめてよ父さん。失礼でしょ!
こっちは、いいから仕事して!」
小マルフクが大マルフクをグイグイ厨房へ押し返す。
「すいません。父さんにはまだ伝えてなくて。あの人お喋りだからどうなのかなって」
肩を落として、伺いを立てられる。
気を使って貰ったみたいでどうも。
でも熊教官みたいな目立つアイコンがあるのだから、お忍びは無理ゲーだ。目ざとい人にはダンジョンマスターだってきっとバレてる。
だから、だ。
「別に教えても構わないが、内緒でも構わないぞ。
マルフクが面白いと思ったほうで」
目をパチパチさせたマルフクは、ややあって悪ぶる顔をして見せた。
「…この年なら親に素性を教えてない知り合いも出来るものですよね」
「それで、午後から仕事を抜けられるならうちのと顔繋ぎするが?」
人脈つくれって【やることリスト】が推奨してる。機会があればとあちこちで声を掛けているが、ナンパ成功は初めてだ。
もちろんオーナーのお仕事でですよ?
「お願いします。
もともと1日狩りの予定だったんで空いています。
楽しみだなあ!」
ダンジョンに3名さまご案内だ。常連さんになってくれるといいんだが。
そんなわけでマルフクたちをオルレアに紹介した。
現在はその後だ。
「緊張しました。あんな綺麗な方とお話するなんて」
マルフクが胸を押さえるのを完全同意の体で頷くフレデリカ。そしてしれっとしているドルチェ。
場所は家のダンジョン芝生エリア。
オルレアにマルフク一行を引き合わせたら、こうなった。
お喋りの最中は平然としてたのは、見栄かそれとも客商売の丁稚の意地か。
ではごゆっくりどうぞとオルレアが離れたとたんにこれだ。
マルフクは、地面に転がらないだけましといった風情である。
寝っ転がってもいいんたぞ。芝生だし。
「マルフクとフレデリカは犬の人か?」
タヌキって犬科だっけ?
尻尾も耳もないけれど、2人は見事なタヌキ顔だ。
「殆ど人間ですけどね。はー。オルレアさま美しい」
「ええ、そうよね!それにとっても凛々しくて!…男装の麗人っているものねえ」
メイドさんらがわかるわかると頷いている。そーなのか。
「わたしには可愛らしく思えるのだが、種族差は不思議だな」
「あの麗しくも精悍な方を…?」
マルフクは怪訝そうではあるが、こちらからして見れば。
「白くてふわふわで、つぶらな瞳が愛らしい。わたし的には、オルレアは可愛い系だ。
マルフクたちは格好良い女性に見えているんだな」
犬族のフィルター入ったオルレアがどんな美女か詳しく知りたい。
ハリウッド的アマゾネス美女か、貴婦人系セレブ美女か。
…敷居が高いな。話すのに緊張しそうだから、やっぱりいいや。
ふわもこ癒しのサモエドが一番だ。
「あ、俺は犬族じゃないんで、オーナーさん寄りの感覚じゃないですがね。
でっかいなあ。強そうだなって感じましたよ。
それで、あんまり誉めてると声をかけ辛いんじゃないですかね?」
ドルチェの指摘に、新しく用件でもあったのか近くに戻って来ていたオルレアが軽く咳払いをした。
マルフクとフレデリカが手を取り合ってぴゃあぁってなる。
悪口じゃないんだから、聞かれてもいいだろうに。
「…ご配慮いたみ要ります。オーナー、クロフリャカさまがご来店です。
こちらにお通ししても宜しいでしょうか?」
「クロフリャカ嬢が?
うん。頼む」
芝生エリアでキノコ狩りの順番待ちをしていたところだ。
入るのはマルフクたちだけ。オレはこの後、野良の0レベルダンジョン潰しに行くのに別れるつもりだったから、タイミング良かったとも言える。
オルレアが『コール』で連絡を取り、クロフリャカ嬢やトト教官らが入ってきた。
「やっほー。りゅーくん」
クロフリャカ嬢は両手を高く上げて待機のポーズ。しからばと、ハイタッチすると笑み崩れる。
テンション高いな。どうしたどうした。
「ご機嫌だな?」
「これから1泊2日で田舎に里帰りしてくるの。
だからお土産を仕入れにきたのよ!」
わざわざうちを選んでくれたのか。嬉しいな。
「里帰り。それは楽しみだな」
「白玉ダンジョンを作ってくるのよ。だからちょっとだけお仕事なの。こきょーに錦を飾るぜ!なの」
「クロフリャカ嬢。タカアキラがはみ出してるぞ」
野太い足の幻影が。
「おおっとこいつはいけねぇや。
帰ってきたらまた、セッションしてね!」
クロフリャカ嬢はおでこをピシャリ。
うん。タカアキラは淑女教育によろしくないな。
「ああ、了解。トト教官、道中は何人ですか?」
「8人よ。いつもの青年団の皆さんとね」
後ろに纏まって待っている彼らに会釈しておく。
「差し入れです。遠足のおやつにして下さい」
4つを2袋で丁度8だ。
トト教官にタヌキロゴの入った紙袋を渡す。
「あら、いい匂い。キラキラ亭の?なにかしら」
「今日の日替わりは猪鹿丼でした。美味しかったので、皆にも食べて貰おうと」
「温泉卵が乗ってるやつね。
アタシ、卵だぁいすき。嬉しいわ、お土産期待していてね」
「ありがと!りゅーくん。じゃ、いってくるね。今度あうのは8日後くらいね」
「わたしたちなら3日後だな」
「…そうね!いっしょね!」
バイバイと再会を約束してお別れしたところで、ドルチェが呆然としているのに気が付いた。
「可憐だ…」
誰のこと?
クロフリャカ嬢やトト教官の他に村のおねーさんが2人ほどいたけど。
夜になって起きてきたサリーと合流した。
おかげで新婚さんを残業延長させずにすんだ。
サリーも今日はもう出掛けないそうなので部屋で本を紐解いている。
「それで明日と明後日の午前中は彼らのお薦めダンジョンを一緒に巡って、お昼も美味しいお店を紹介して貰うつもりだ。
明日は胡桃の収穫だが、サリーも参加するか?」
広げたドリルを片付けながら、サリーに問う。
毎日コツコツやった成果が出て本日『計算』スキルを習得した。そのついでに『計測』も取れた。
どうやら『計測』は『ターゲット』でかなりスイッチを踏んでいたらしく、まっさらな『計算』と違って既に相当の熟練度が入っていた。
『計算』は、うん。ドリルを解く以外は、使うプレイしてないからしゃあない。
頭使わないと伸びないスキルは、発現させるのも育てるのも難しいな。
魔力が回復したのを確かめてから、トレント精石に『サンダー』を『エンチャント』をしていく。
今日のノルマは80個。この数は職人さんとの兼ね合いだ。
攻撃スキルを使った道具は、まだ資格なくて作れないのでこれはこのまま納品用。
生活スキルはオッケーなので、作業に飽きるとちょろちょろアクセ類を作ったりもする。
これはうちのダンジョンで販売用だ。
「胡桃拾いですか。ええ、いいですね。
今までは効率を重視した位階上げをしてきたので、新鮮です」
なるほど。効率よくダンジョンを回るのも、どれだけ無駄を省けるかタイムアタックの楽しみがあるよな。
サリーも居間のテーブルに座って勉強中だ。
今度は何の資格を目指すのか、片っ端から本を開いて、データベースの構築をしている。
「ダンジョン種の胡桃の実は夏みかんほどあるらしい。
本当はカボチャ種ドライアドのダンジョンなんだが、いつの間にか林になっていたそうだ。
だから、カボチャも狩れるとか。本末転倒だが」
「ダンジョン巡りは参考になりそうですか?」
そう聞かれると、ダンジョンマスターとしては微妙なんだよなー。
「今のところ楽しいだけだな。
一般冒険者として数をこなせば、違うんだろうが」
保護者付きで何の危険も苦労もなく潜ってるから、問題が見えてこない。
もう開き直ってレジャー系ダンジョン施設の道に行くべきか迷っている。
でもダンジョンは魔物を倒させてなんぼだよなあ。悩ましい。
「サリアータのダンジョンにない魔物種は、野良で探すしかないですからね」
「レベル1ダンジョンを立て続けて攻略はまだきついから、そちらは追々」
日参している0レベルは魔物ってあまり沸かないから期待は薄いし。
「サリーはダンジョン産で広く需要があるものって思い付くか?」
「砂糖ですね。あと布が高騰しつつあるのでその材料も。
野菜はもう、採れはじめたんでしょう?」
砂糖は確かにちょい高いな。
でも、布ね。造るんなら別ダンジョンだな。分野が違う。
「ああ。…ほうれん草や紫蘇はまだ分かるんだが、キャベツやカブがもう食べられるのはダンジョンってやっぱり可笑しいな」
リアル1日がこちらの8日とはいえ、早すぎる。
家のダンジョン、とうとう直売所もやりはじめた。
もう何屋だかわからんね。
ドライブスルーか、道の駅か。
あとはサリアータ饅頭を出せば完璧だな。
「それだけ生育が早いなら収穫時期を見計らうのは大変でしょうね」
「きゅうりや茄子、ズッキーニの収穫は戦争だそうだ。
花はそれでも半日は咲いてくれるから『受粉』で一気にカタをつけるのだと」
「なるほど。ダンジョンで個人が農業をするの難しそうですね」
「人待ち種の果物や野菜、ハーブ類なら大丈夫じゃないか。桃子も千代子も収穫されるまで実をつけているぞ。
なんだ。そろそろダンジョンを受け取ってくれる気になったか?」
「ご冗談を」
ご冗談じゃないんだな。
サリーの位階は高いから、野良ダンジョンの攻略に呼ばれることもあるだろう。
ゲートを維持できない場所まで潜るならどうしても泊まりがけになる。
それに、いざという時、逃げ込める場所があるとないのでは大違いだ。
「ダンジョンで採取した植物の鉢を一先ず取置きする部屋を造るが、スペースが余る。
気になる薬草とかあったら植えてもいいぞ?
こちらは桃子の部屋を中央にして繋げてある。
この部屋からサリーは桃子の間に入れるが、わたし以外の者は入れない設定だ。
もし出先でなにかあったら中央広間の掲示板に書き込んでくれ。
こちらの個人ダンジョンの管理はサリーにしてもらいたい。
社用の移動ダンジョンはオルレアに任せるつもりだから」
『体内倉庫』から品を取り出す。
雫石は『圧縮』を掛けるのは厳しかったので、手のひらサイズの鳥かごに入れた。
何気に学生証はハイテクノロジーだ。どうやって雫石を収納しているのか、作り方がわからんかった。
ことりとテーブルに置くとため息が落ちる。
「そうやって屁理屈捏ねるのはこの口ですか」
むいむいとほっぺから唇のあたりを揉まれてしまう。
喋ると口に指が入ってしまいそうで反論も出来ない。
「わかりました。お預かりします」
「んっ。管理小屋にはトイレとベッドと簡易キッチンを用意したから好きに使って欲しい。
冒険者にこの手のタイプを売りだそうと目論んでいるからモニターを頼む」
「本当に!貴方は!」
だから!口の中に指が入るって!
喋っている時は揉むのは禁止!