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41 魔法薬師



 沸き潰しは7周回してタイムアップだ。

 その帰りに【ノベルの台所】に寄る。


 南国エリアを畑階層の4Fに結合して、千代子に具合を聞き取りながら、木の手入れをしやすいように農道を通した。

 後は千代子とオギの面通しをして、南国農園エリアを丸投げして終了だ。

 オギはすっごく嬉しそうに尻尾をブンブンさせていたから、いいだろう。いいよな?



「話を通す前にダンジョンを回収してしまったが、良かったか?」

 一応オルレアにも確認する。積極的に歓迎してくれたような素振りだったが、門外漢かつ耳学問でもカカオは調理に持ち込むまでが容易ではないと聞いている。


「野良ダンジョンの出会いは水物です。お気遣いなく。

 その為に私がいるのですから。

 ダンジョン層が増えれば、それだけ人を増やせばいいだけです。

 それに地元でチョコレートやバニラを賄えるとは素晴らしいことです。南国のフルーツも」


「バニラ、生えていたのか」

 名前と匂いは馴染みでも、葉の形どころか花の姿も思い出せない。

 なるほど、バニラは遠い国の植物だ。


「はい。パイン、ヤシの木、それにローゼル。どれも増やしていきたいですね」


「ローゼル?」

 また知らん単語が。

 ファンタジーの植物かな?


「ハイビスカスティーが有名でしょうか。ローズヒップと合わせると美のサプリですね。

 葉っぱも野菜として食べたりしますが、酸っぱい味はお好きでしょうか?」

 ローズヒップは婆さまが、薔薇の実を摘んでジャムにしているからわかる。

 となると知らないだけでリアルにもあるのかもなあ。


「酸っぱすぎる酢の物とかは少し苦手だけど、他は好きだ。

 明日も同じ地帯で活動するから、ハラノのような植物に詳しい人員をつけてほしい。大丈夫だろうか?」


「お任せください。その手の人材は揃っております。農業は生活の基本ですから」

 オルレアの頼もしさ半端ない。

 いい人材が来てくれたなあ。

 おまけにふわふわで、目の保養だ。どや顔わんこ可愛い。




 


 そんなこんなでバックアップを受けて11、12日目は4Fまでの沸き潰しをせっせとした。

 ポツポツといった具合にレベル1のダンジョンも混じって生えていたが、ひたすら刈り取るうちに要領を掴めてきた感がある。

 アリアン嬢も起きてきて2人交代制になったというのもあって、ポリープの群生もだいぶスッキリしてきた。

 雫石を切除した後の空間の隙間は、圧が減るので分かりやすい。


 平原は緑風そよぐ。

 一事は打ち寄せるさざ波のようだった数多の針蜥蜴も落ち着いて、脅威になる集団ではなくなりつつあった。


 ターン。

 空に響く銃声。


 針蜥蜴の1頭が、揺れて倒れる。

 頭を撃ち抜かれては固い装甲もかたなしだ。

「うん、いい感じ」

 女子たちは見るたび、逞しくなっていくようだ。

 アリアン嬢の【猟銃仗】を構え、試し撃ちする姿は危なげなかった。

 ビリビリ棒を振りかぶった勢いのまま、すっ飛ばしていた姿とは別人だ。


「『サンダー』は魔法系列だけど『猟銃』は物理なのね。使い分けるのがよさそう。

 ううん。針蜥蜴なら、お勧めするのは【猟銃仗】かしら。

 弾丸代がかかるけと、魔力のパフォーマンスが軽いもの。

 免許を取るのは億劫でも、その価値はあるんじゃないかしら?

 私も取ることにするわ」


「そうね。積極的に位階を上げるなら、『猟銃』を持っていて損はないわ」

 トト教官は『猟銃』免許の指導資格持ちだ。

 独りずつ順番に実技指導を受けている。アリアンは一番最後だ。


「これ、楽して位階あげてるみたい。クロ、なんかずーっとずるっこしてる」

 黒髪の少女は唇を尖らせる。不満というより、このままでいいのかといった不安な顔だ。


「安心しろ。もう少し位階が上がったら、護身術もしっかりやるぞ。今のうちだけ楽しておけ」


「はあい!」

「…はい」

 アリアン嬢は、うん、頑張れ。典型的な後衛だから、体力の錬成は念入りに仕込まれそうだ。

 しおしおとトト教官に引率されてダンジョンの沸き潰しに向かうアリアン嬢と、テルテル教官に連れていかれた今日も元気なクロフリャカ嬢。


「…レベル1ダンジョンで、走り込み用のジョギングコースでもつくるか」

 女子のことは他人事ではない。

 むしろオレの方が足は遅いし体力もない。

 まず逃げ足を鍛えなくては、野良ダンジョンに深く潜るのは無謀だ。

 それだというのに街中でのランニングはやめろって止められたし、体を動かしていい安全な場所って実はあまりなかったりする。


「歩くのはあるけど、初めて足を踏み入れる野良のダンジョンって案外走らないもんな」


「足元不如意は危険だからな!」

 うん、実感こもってやがるなエンフィ。物腰に騙されていたが、お前かなりの腕白だろ?


「そう言えばこの件が一段落次第ヨウルはまた暫く白玉ダンジョンに掛かりっきりになるだろうけど。エンフィ、コンペの進捗はどうなった?」


「買い手の優先基準が難航しているようだ。信用があり資産がある。その上で個人ダンジョンが欲しい企業や人は、それなりよりも多くてな」


「もうさ、簡単なの何種類か造ってさ。サリアータチャリティーオークションとかしよーぜ。んで、一番高値付いたのをプロトタイプにするとか」


「いい案だが、高い買い物だからなあ。末長く快適に使って貰う為にも、持ち主の意に沿った形で届けたい!」

 うん。プレハブ買うとは違うやね。豪華クルーザーとか、最低でもそのレベル。


「わたしはギルド市場に買って貰いたいな。近くに生ゴミ処理のスライム牧場とかあったら便利そうじゃないか?

 いや、なんでもない。忘れてくれ」

 オレが考え付くぐらいだから誰かもうやってるだろう。


 話をしていると影が射す。


「そのお話詳しく」

 七三分けのギルド職員が、割って入った。

 無個性なのが個性的。

 ダンジョンの中でのビジネススーツはそれだけでオンリーワンだ。


「失礼。ワタクシこういうものです」

 両手を揃え、3人それぞれ名刺を渡される。


「冒険者ギルドなんでもやる課のギルペッダさん?」


「はい、気軽にペッダとお呼びください。

 先ほどのお話、全部やりましょう。是非やりましょう。

 ギルドで予算を押さえますので!」

 熱っぽくグイグイ距離を詰めるペッダさんを太い腕が押し止める。


「こら、ギルペッダ。こいつらと直接大きな金が絡む話を持ち出すの禁止にしてただろーが。子供を金儲けの手段にして、恥ずかしくないのか、ああん?」


「何を言います、人を生かすのはお金ですよ!

 工場が出来れば難民が自活する、税金が入る、素晴らしいじゃないですか。

 それに篤志のお金持ちがサリアータにお金を落としてくれれば、公共事業も動かせます。公共事業が興れば経済が回る。

 拝金主義がなんぼのものですよ!」


「相手が大人なら同意もしよう。だが、子供は大人が守らにゃならん。

 お前さん一人じゃねえんだよ。こいつらにその手の話を持ちかけるやつは。

 中にはどうしようもねえクズも混じる。

 人生経験の少ないコイツらにそれを見分けさせろっていうのか?

 悪党ほど擬態は巧いぜ」


「…申し訳ありません。夢のある話を伺って浮かれきっていたようです。お恥ずかしい。

 ギルドで企画書を立ち上げて、正式な手順を踏んでから出直して参ります」

 思い切り良く頭を下げて、その場を離れるギルペッダ氏。


 えーと。

 裾を引く。


「どこまでが、仕込みなんですか?」

 尋ねちゃいけないかな。でも気になる。


「どゆこと?」


「いかにも良識が必要とされる立場の大人の態度ではなかったということだろう。

 少なくとも、あのパフォーマンスの後でその手の話を持ちかけるのは勇気がいるな」

 エンフィも珍しくこそこそ話だ。


「お前さんら名探偵にはなれんな。いっぺん推理したら勿体ぶって最終章まで引っ張るもんだぜ」


「つまり?」


「概ね外に威嚇するための芝居だな。今日で保健委員の仕事も3日目だからよ。慣れて親しくなれば、少しいい目を見たい層が出てきそうな気配だ。なにか起きる前に釘は差しとこうって寸法だ。

 ただ、企画書はマジに届くだろうから、ギルペッダもまったくのフカシじゃねえけどな」


「ええー。そんなん読み取れるわけないじゃん!なんでわかるの」


「わからないぞ?

 だから聞いたんだ。

 わたしたちに危険そうな相手は、教官の毛がいつもは逆立つのに、なかったから。その割には珍しくイヤミでなんでだろう、と」


「ああ、なんだ。熊教官の態度を読んでの疑惑か。そっか。

 それならオレが分からなくても問題ないか。

 リュアルテがいっちゃん熊教官に世話になってきたからなあ」

 アスターク教官、看護士でもあるから。……力持ちの医療従事者って重宝されてそうだな?


「ほら、わたしは強い風が吹けばそれだけで儚くなるような深窓だったから」

 前はちょっと歩いただけで息切らしていたし。


「リュー。それは冗談じゃなくてただの事実だ。笑えない」


「それな。喋らなければ繊弱な姫君もかくやだったぜ。喋らなければ」


「そんなに喋ると残念だろうか?」


「うわ、マジかこいつ自覚ねえのか」


「自分の姿はあまり見えないものだからな。少なくとも喋ると残念とは思ったことはない!」 

 なんだようお前ら。誉めてんの貶してんの、どっち?





 夜の寝る前の居室にて。

 従者業はしばしの強制終了。サリーにも席について貰って、近況報告がてらの茶飲み話だ。


「そういうことで4Fの掃除は終わった。

5Fは駅やエレベーター専門のダンジョンマスターが手がけるらしいから、わたしたちは暫く待機だとか」


「ポリープの撤去が終われば、ダンジョンマスターを拘束するのは勿体ないですものね」


「まだ針蜥蜴は間引きしなくちゃいけないから、そこら辺を片付けるまではうちの出前部隊と買い取り部隊は派遣するという話だ。

 サリーは研修どうだった?」

 ギルドでは有料無償さまざまな講座が乱立するが、この度サリーが受けてきたのは一生ものの資格と聞いた。

 成果を問えば笑顔が返る。


「目標の魔法薬師免許はとれました。証明書は後日取りに行かなくてはなりませんけど」


「おめでとう!

 でも魔法薬や薬師って、どういう物や仕事で、資格なんだ?

 難しそうだなということしかわからない。

 精々が油と砂糖を混ぜただけでポーションと言い張るあれは間違っているとぐらいしか」


「そうですね。魔物を材料に用いた薬は全て魔法薬です。

 魔物の肉や野菜はそのまま料理して食べただけでも元気になるでしょう?

 薬効が単体でも高いものを更に調合して、効果を強めようとするのですから、毒物を作らないよう、魔法薬師免許を取るには『薬物鑑定』ができなくてはなりません。

 薬が使用者に合っているか調べるにも『人物鑑定』が必要です。

 長くかかった学科講習はほぼ『鑑定』習得がメインでした。

 初級魔法薬師資格を取って2年経たなければ上の試験は受けられませんので、薬学の試験だけは簡単でしたよ。その反面『鑑定』らを習得するのは手間取りましたね」

 開発陣って頭のいい馬鹿ばっかそろったんだろうな。

 なんでテキストをここまで念入りに作り込んでしまったのか。誰か止めるやついなかったの?


「資格なしで薬をつくったらどうなる?」


「別に怒られませんよ?

 ただ販売したらメってされます。自分や身内に使う分には自己責任です。

 つまり、魔法薬師は自分の作った薬を売る許可を得た人と思ってくれれば間違いないかと」


「じゃあ今まで塗り込められていたのって」


「あれは市販品です。資格ないのに自家製のものを貴方に使うわけにはいかないでしょう?

 精々、『成分分析』して勉強させていただいたぐらいです。

 そうでした。言い忘れましたが『成分分析』も必須です。

 例えば魔物化した桃子さんの果実ですが、盛りを過ぎた人が食せば、弱い若返りの効能があります。

 ですが種から成分を抽出すれば、それよりも強い効き目を得られます。

 葉の部分は風呂に入れれば肌荒れに効きますが、薬にすれば肌の古傷を治してくれるでしょうね。

 そのようなことを調べられるスキルです。

 ……もし、私が薬を作ったら腹や背中に塗らさせて頂いても宜しいですか?」


「わたしは男だから傷痕のひとつやふたつなんてことないぞ?」

 この体には腹から背中にかけてざっくり貫通した痕と、左足の太股が千切れた痕が残っている。

 見た目はあまりよろしくない。というかぶっちゃけグロいが、走ることもできるようになったし、飯は旨い。

 なにも問題はないけれど。


「傷が醜いと気持ち悪がられるのだったらまだいいが、サリアータは子供が辛い目に合うのを嫌がる大人が多いから。

 優しい人を哀しませるのは、どうも居心地が悪いな」

 教官たちやサリーが腹や左の太股辺りを心配そうに見ているのに、敏いエンフィあたりは察しているかもしれない。


「今はどこも苦しくないんだ、本当だぞ?」


「……はい。ええ、主を磨くのは私の趣味ですので、それでもご協力頂きたく」


「趣味か」


「はい、趣味です」

 クリーム塗るのにかこつけて、足の状態を真剣にチェックしてたり、腕のいい整体士の爺さまを探して派遣してくれたりした人の趣味ね。


「それなら。うん、サリーに任せる」


 サリーの左中指にはドラゴンリングが嵌められている。

 洒落と悪のりの産物は、サリーの指に収まるとエッジが効いて悪くなかった。

 形がよくて長いけどその実太くてゴツゴツした指は、サリーが人を大事にすることのできる大人の男だと教えてくれる。


 あーあ。格好いいよな。掌の上で転がされて、本当に子供になった気分だ。

 ちぇっ。



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