34 ボーナスはなにしよう?
【悪霊よけ】の手続きも済ませて一段落。
女子とヨウルは白玉ダンジョンの設営に行った。
今日はヨウルの仕事の采配を、見とり稽古するらしい。
他の面々はギルドの応接室でぐてっとしている。特にエンフィ。
そこに連絡を受けたジャスミンが駆け込んでくる。
「お、まえ、なあっ!なんで俺がいない間にあいつに会うんだよ!」
ジャスミンは額に青筋を浮かべているが、エンフィも負けてはいない。
「間夫相手の浮気を咎めるような言い回しは止めて貰いたい!」
「お、おう?」
エンフィの本気の嫌がりっぷりに、ジャスミンが一歩引く。
「お前をリード付きで歩かせるわけにはいかないだろう?
タイミングが悪かっただけだ。他意はない」
「縄で縛らなければいいだけだろ?」
「駄目だ」
エンフィの絶対こいつ何かしやがるといったジャスミンへの信頼が厚い。
出かける際に、夜は解いたロープでまた縛られて軟禁される辺りが特に。
腹立たしいことに向こうが事を起こす前にこちらが手を出したら、ペナルティがつく羽目になったから、置いてきて良かったけどそれは結果論だ。
この2人、どんなイベントを踏んできたのか気になる。
「他意がなかったのは確かだが、ジャスミンを置いてきて正解だ。
私は凄く我慢した。あの苦痛をお前に味わわせたくない…」
エンフィは性質が悪い。
誠実で人好きがして、だからこそたらしだ。
ナチュラルボーンに懐柔する手口は、裏表まっさらな天然物。
エンフィが女の姿の時に会わなくて良かった。こんな女が側にいたら安らかな夜は眠れない。恐っそろしいわ。
「お前さ、今はちっちゃいんだから、守られろよ。
矢面に立つのはやめてくれ」
ジャスミンが唸って頭を掻くと、角が爪でカツカツ鳴った。
ほら、チョロい男が絆されてる。
騙されているわけじゃないのがミソだ。
縄で縛られて放置プレイされたんだからジャスミンはもっと怒ってもいい。懐広いなこの男。
「大事にしてくれる人は大事にしたいものだ。頼りにされるのも、嫌いじゃない。
ただ、あの手のタイプは、苦手だ。
リュー。他にも何かあったら相談していいか?」
おっと、サリーが目当てだな?
サリーを見れば頷いてくれる。
いいってよ。よかったなエンフィ。
「お前も大変だな。折角転生したのに」
「なんでバレたんだろう?」
ほんとそれ。
なんとなくジャスミンを見てしまう。
「そんな目で見るな。俺の場合は『第六感』でなんとなーくこっちが良さそうってのはあったぞ。
会えば、探している奴には判るんじゃねえの?
フツーに「あ、こいつだわ」ってなったもん」
「エンフィはわかったか?」
「いや、ヒントを出されるまでは全く」
「ひでえな、お前!そこは気付けよ!」
「顔も名前も違うのに、わかれというのが無理難題では?!」
「ジャスミンの肩を持つつもりはありませんが、獣人系は勘働きに優れていますから」
ああ、そういう。
ジャスミンは立派な角があるもんな。
きっとあれはアンテナだ。なーんて。
「怖いことを言わせて貰うなら、ゲルガンはごく一般的な人種だったことですかね。血判を貰ったので見えましたが、引っ掛かるスキルも有りませんでした」
つまりノーヒントで探し当てたと。
えっ。ホラーかな?
「それは怖い」
「ええ、全く」
「お前ら主従、怪談をしたてるのやめろ。
PK相手なら、もっと物理的に腹立つ!とか、復讐してえ!とかならんのか」
復讐とか考えるならオレの場合、転生しないで夢魔族にちくちく嫌がらせしてたよなあ。不毛だ。
「ゲルガンは妖怪判定でいいと思う。関わったら負けだ」
「そう言えば、転生したのに【ゲルガン】のままでしたね。名前」
まあ、それはな。
悪霊に乗っ取られましたって形のほうが、アバターの人と元々の知り合いはダメージが少なそうだ。
アバターの名前のまま暴れたりしたら、悲しみの連鎖で事故りそう。
「そうか、妖怪か!なら不気味でも仕方ないな!」
そいつ現実では人間として普通に社会に溶け込んでますけどね。
探されないといいなエンフィ。
「それにしてもリュー達には世話になった。
一先ず礼として受け取って貰いたい」
トントントン。
エンフィは指輪が入っているようなジュエリーケース3つと、筆箱ほどの小箱を2つ机の上に並べる。
「北海と、潮の変り目と、南海の雫石。
赤昆布と、香り飛び魚の魔石だ。
赤昆布は北海と、潮の変り目は香り飛び魚と対になっている。
雫石は『精製』まで済ませてあるが『調律』はまだだ」
ああ、前に言っていたやつか。
困ったな。交換だけならいいんだけど。
「…………わたしたちはダンジョンマスターだから気軽に雫石を扱うが、0レベルでも世間では高価なものらしいぞ?」
「私の命の値段よりは高くないだろう?」
そりゃまあそうだけどさ。
「教官、受け取っていいのですか?」
「ギルド通してくれれば、安心だな。億劫でも先に手数料さえ払っちまえば追徴課税の心配がなくなる」
「わかりました。あとサリーにボーナスなり福利厚生なり出したいのですが、どこまでなら許されますか?」
雫石貰っちゃったけど、これサリーの稼ぎだよな。着服よくない。
「現金はやめとけ」
ボーナス出すのも駄目なのか。
雫石に釣り合うような代物ねえ。
「サリー、個人ダンジョンなら海と山と草原と湖、どれが欲しい?」
すぅ。
サリーの大喝。
「ボーナスで!ダンジョンを出してはいけません!」
「それくらいの働きはしたと思うが」
なあ?
視線を投げれば、エンフィは肯定する。
「とても助かった!むしろ足りないぐらいだ!」
「バカ、やめろ。サリーの気持ちを考えろ。報奨で領地貰っちまうようなもんだぞ」
ジャスミンは止めるけど、0レベルの雫石なら、精々が小ぢんまりした庭付き一戸建て分の敷地ぐらいしかないのに?
「サリーが守ったのは、エンフィ。ダンジョンマスターだぞ?」
「…………そう考えると妥当か?」
「そこで諦めないで下さい!貰いすぎです!」
「土地っていっても狭いし、足りないか?
それとも邪魔になるだろうか?」
「欲しいか欲しくないかと聞かれれば欲しいです。
野良ダンジョンに潜るのも、安全地帯があれば快適さが違いますし。
だからこそ受け取れません。そんな高いの。
そうですね。私は生活スキルの『魔力の心得』を持っていませんので『エンチャント』した魔石を下賜して貰えますでしょうか。
それがいいです」
運用予定のない土地なんて貰っても邪魔かなと引いたが、欲しいなら受け取ってくれてもいいのに。
うーん。『造形』持ちのヨウルに相談したら、簡単なアクセサリとか作り方教えて貰えないかな。そしたら従業員用の備品として色々押し付けるんだけど。
でもサリー、位階が高いからなあ。
被ったスキルはきっとサリーの方が上だよな。
そしたら、ワンコ達に渡したらいいか。福利厚生、福利厚生。
「わかった。ボーナスは積み立てておく。
わたしがもっと広いダンジョンを造れるようになったら、また詳しく話そう」




