326 夜間診療
見舞いを梯子した後は、夜間診療に出頭しておく。
緊急性もないのに夜遅くの診療に滑り込むのは迷惑のような気もするが、昼間のピーク時に、病院が分刻みのスケジュールをこなしている最中に大名行列でゾロリゾロリと押し掛ける方がお邪魔さまだ。
予約を取ってもらった際に病院受付の【いつでもおいでください】とそう申し出てくれた言葉に甘え、最短の夜の来院になったのは場の流れのたまたまだが、却って良かったかもしれないタイミングだ。
結果は特に異常なし。
オレも一応は『診察』持ちだ。自己診断で、体調に問題がないことは知っている。
なのにわざわざ検査を受けるのは、億劫だなって気持ちもあった。
しかし【私はどこも怪我などありません】と、他所さまにも見える結果を書面として、残しておくのは肝要だとサリーに忠告されてしまった。なのでそんなものかと受診してみた。
……慢心してたわー。
誘拐時にあちこちこさえた青痣は、抜かりなく全部治してから帰参したのに、本職は目敏かった。
自力で『治癒』を使ったのが、お医者さまには一発でバレた。
内心、唸る。
『診察』を冠付きにしているプロは、やはり違う。
なんでも『治癒』を使うと、修復を働き掛ける微細な魔力の痕跡が数日の間は残留するんだと。
そうだったのか。気付かなかった。
今度、試しに広崎さんたちに会ったら詳しく診させてもらうことにしよう。
指摘されたので自分でも確認してみたが、自らの魔力で青痣を治しているから痕跡が埋もれてしまってよくわからなかった。
いや、【『治癒』痕がありますね】って、どこにあったんだろう?
多分オレとは違うものが見えている。お医者さまの目は鋭い。
今日日にロケットに積まれているスキル群は、凡てユーザーフレンドリーだ。
水中で溺れる魚がいないように、スキルを発動させるだけなら悩むことは特にない。
それらは魔力回路に刻まれた魔道AIの導きのおかげだ。
ユーザーは内蔵されている魔道AIに手を引かれ、スキルを直感的に扱えるけれど、真実十全に使いこなそうとするには、経験と知識を自らの魔道AIに学ばせなくてはならない。
オレと先生たちの差はそこにある。
スキル石を作るのに勉強することが多いなあ。
「一番、チェック項目、オールグリーンです」
「二番、同意」
「三番、同意」
「総員、意見が一致しました。これにて検査を終了します」
『診察』は赤が【異常あり】。黄色が【注意されたし】。緑が【良好】。
信号機カラーでの判定方式だ。
ここで黄色項目が出てしまうと治療計画を立てるのに、更に細かくチェックされる。
しかしオレの結果はオールグリーン。問題なしの太鼓判だ。
医師団の診療もサクサク終わる。
「お疲れさまです。
検査は全て終了しましたが、御体に異常は見受けられませんでした。
…この結果を伝えることが出来まして、私どもも安堵致しました。
ご無事の帰還。嬉しく思います」
代表して、主任医師が検査結果を伝えてくれた。
『診察』は機器類を使わないので、誤診を防ぐのにデフォルトで数人掛かりの検査になる。
「心配を掛けてしまったな。
あなたたちに診てもらえたおかげで、皆も安心してくれるだろう」
横たわっていた寝台から体を起こす。
検査のチェックリストに自分のサインを書き込んでいく医師たちの和やかになった表情に、青痣の件でピリついた空気が心なしか緩む。
「そうだと嬉しく思います。
私どもの関心の強さが、篠宮さまの負担になられてなければ良いのですが。
その、各都市の新聞社から御身の健康状態について、質問状が届いています。
如何なさいましょう。一括して、こちらから広報を出しますか?
もちろんプライベートのことなのでと、回答をお断りしても構いません」
新聞かあ。
一瞬、ワァ……となる。死角からジャブを打たれた気分だ。
大丈夫だ。面食らったが踏み止まれた。
まあ、ニュースになるよな。
要人誘拐に続き、笹の葉の君の隠れ里発見とかセンセーショナルだ。
そういやオレらはマスコミ関係者に、夜討ち朝駆けと突撃されて困ったことがない。
知らないところで多くの人に守ってもらっているんだろうな。これって、多分。
「サリー」
お医者先生に尋ねられたので、どうしようかと視線を向ける。
「はい。私どものダンジョンマスターのことで、ホープランプの皆さまにも心配をお掛けしていることでしょう。
ですからどうか、健康面に問題ないことのみ、お伝えください。
彼の立場は、それでなくても衆目を集めてしまいます。
陰謀論を生むような詳細な情報を拡散されるのは、好ましくありません」
「なるほど、確かに。余分なノイズは冗長ですね。
了承しました。ではそのように」
お医者さまはオレの後ろを見回して、さもありなんと頷いた。
検診中より大分薄くなったが、隠そうとしていても剣呑な雰囲気がまだ漏れている。
これらの発生源はサリーひとりだけではなく、護衛さんらもだ。
護衛さんらにしてみれば守らなくてはいけないダンマスの指が落ちていたり、誘拐されたりで失態続きだ。
でもさ。運動部男子、あるいは女子なら、青痣くらい珍しくもないじゃん?
そう、目くじらを立てなくてもいいのにな。
チラリと思ったことは黙っておく。
オレだってたまには空気を読む。
怪我の大小ではなく、誘拐された先でHPを抜かれたって事実が不味いんだろう。
訓練でこそオレらもよく計画的にボコられるが、HP管理は徹底されてる。
護衛さんらの気持ちは分からなくもない。
体力自慢でなにかとしぶとい幸やオレだと思うから事故ってもフーンって流せるけど、小学生、中学生……例えばルートくんとかがダンマスの才覚があるからって漂流事故に巻き込まれたら、【それは大丈夫なのか政府ちゃん?!許されざるよ!!】って怒りたくなる。
うっかり怪我なんかしたら倍プッシュだ。
社会を動かしているような働き盛りの世代からして見れば、高校生も小中学生もどんぐりの背比べだ。
護衛さんらは子猫を産んだばかりの母猫みたいに、今は気が立っている。
刺激はよくない。
この辺の過敏さは時間薬が効くまでは、仕方のないことかもだ。
HPがあるからとオレも油断していたところがある。
毒や絞め技なんかはHPを貫通するんだ。対応手段を取っておくべきだった。
リュアルテくんみたいにガチな下着を身に着けていたら……いや、あれはないな。他のモノを考えよう。
これは蛇足のことになるが、子どもにHPを与えることを危惧する層は、【自分は怪我をしないから】と、我が子が他人の痛みに疎くなるのが怖いと主張している。
もちろん【怪我をしないならそっちがいいに決まってる】って意見もあるので平行線だ。
どっちの思慮も正しい。そういうこともあるよな。
でも、ちょっとの怪我なら勉強かもしれないが、人類を一番殺してる虫は蚊だ。
ホープランプで虫を媒介にした血液感染の被害がなかったことを考えると、HPの重要性がわかる。HPは虫刺されを封殺出来る。
この年までレベル0育ちで地球的な感覚だとHPが0でもそう焦りはないけど、思えば誘拐中、HP破損で虫刺されがあったら、なんの病気をもらうかわからなくて怖かったよな。
サリーが病院で検査しようと言うわけだ。
オレのガバな『診断』で、その手の潜伏期間を見逃していたら困る。
ホープランプには魔物ではない普通の虫や動物類も繁栄している。そしてホープランプ麻疹という存在があるかぎり、他の病原菌も地球人と適合してしまう可能性はある。
ダンジョンタワーを作る時は、生きた虫や小動物を通さないように気をつけような、オレよ。
「転生神殿案件になるようなことがなくて良かったです」
診察室を退出したところで、サリーがほうとため息をついた。
どうやら気を張っていたらしい。
治癒士は転生神殿まで到達したプレイヤーが最初に選ぶ基礎3職のうちの一角だ。従って治癒士に内包する『診察』持ちの日本人はそこそこいる。
ただしリアルでとなると、冠に到達している者はまだいない。
治癒士のスキルは入り口の広さに比べれば割合、コンプリートが難しくある分類だ。
さもありなん。ホープランプでも医者が一人前になるのは時間が掛かる。
スキルを学び始めたオレらなんて、まだまだこれからといったところだ。
「わたしとしては、神殿は皆にも役立ててもらいたいな」
チクリとサリーや護衛さんを刺してみた。すると揃いも揃って視線を反らされる。
心当たりがあるよなあ?
「そちらは追々になりますね。転生すると護衛復帰にはレベル上げが入りますから、私たちまで神殿詣でをしてしまったら人員が足りなくなります」
東京グループの一部が合流したことで護衛さんらの人数も増えたけど、余るほどには増えなかった。
【転生出来るレベルなら、てめーらは、はよ転生してこい!】
既にそうして問答無用。ヨコハマまで引き摺られて行った者もいる。残った人はサリーが言うところの【追々】グループだ。
ダンマスがセットで行動するのは、研究施設暮しからのこと。
オレらはいい子にしているんで、スケジュールを立ててどんどん治してきて欲しい。
悩ましいのは転生2度目になる層は、比較的上がりやすくなるレベル上限幅が、110まで伸びているということだ。
2周目者はレベル110まで到達してからの転生になるのでこちらも後回しになる。
「サリー、今のレベルは幾つになる?」
「102になります」
……サリーの片腕のハンデとは、なんなんだろうな?
同時期に転生したのに、オレよりレベル高いでやんの。
いいや、エドマエの環境が過酷だからだな。このレベル差は。
サリーの顔をまじまじと見詰めてしまう。目が合うと青い瞳が照れたように、その色を濃くする。
ううむ。相変わらず顔がいい。
女の子ってだけで価値があるのに、この花の顔で、片腕の喪失は名誉の負傷だ。
周りの野郎どもも、こぞって助けたがるだろうにな。
なのに、なんでだろう。大人しく姫プしているサリーの姿が想像出来ない。
前衛として不利があっても、移動砲台として活躍してそう。
「一応転生可能なレベルですが、後7レベルをお待ちください。
転生する度に1レベルアップに掛かる経験値は増えていきます。
7レベル分、700ものメモリの獲得機会を失うのは痛いので」
「それは承知している。人生設計に関わってくることで強要はしない」
スキルをひとつ入れただけで生活や、冒険活動のクオリティが違ってくるのは言うまでもない。
よし、ムダな文句をぶちぶち溢すのはやめにしよう。レベリングマラソンの補助、オレも頑張ろー。
明日から!
いつもは皆に経験値を吸わせてもらってるんだ。こーいう時は、遠慮せず頼ってもらいたいかなあ。
コメント、リアクション、評価、誤字報告等、感謝です。
この話も長くなりました。プロットから外れた部分で、設定揺れでユラユラしてます。
誤字や設定揺れ等、教えて頂いたアカン場所はサイレント修正しております。いつもありがとう御座います。
修正するのに過去の文章の読み直していると、手直ししたい気持ちがモクモクと湧いてきます。(´・ω・`) ヨミニクイネ?
ええ、大変になるからと、ずっとサボっていた分野です。
ええと、です。これ以上話が長くなる前に、この後数話を書いてから区切りの良いところで、一旦更新をストップします。
夏に負けがちなこともありまして、長めの夏休みを頂いて鋭気を養ってから、順次改稿していこうかと。
そして改稿中は不定期で、同世界軸スピンオフをやれたらなと思いますです。
まあ、改稿が終わったらしれっと本編に戻ってくるんですけどね。(`・ω・´)!




