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325 フェルマータ



「秘匿ダンジョンの算定内訳は、

 1建造物があったこと。

 2適温であること。

 3水源があること。

 4植物が生える環境なこと。

 5有用な魔物新種がいたこと。

 6野良でも長年管理をされてきたダンジョンということ。

 この6点を加味したプラス査定をさせてもらった。

 振り込みにはその雫石分と、スカウトの一時支度金を加えてある」

 貯蓄がないわけじゃないだろうけど、山中都市での個人口座は、どうなってしまうかわからない状態だ。


 ご隠居たちとオレが山中都市で出会ったのも他生の縁だ。後々で、良い縁だったと思ってもらえるように、キチンとフォローをしておきたい。


 兄妹はろくな荷物も持ち出せなかったし、保険に学費に生活費、これから細々と出費がある。

 ある程度金銭に余裕があれば、こちらの常識も覚束ないのに急いで稼がなくてはと、焦ることもないだろう。そうサリーと相談をした。


 や、これらの心配は余計なお世話だろうけどさ。

 時代の荒波を越えて現代まで生きているご隠居が、生活に困る姿は想像しづらい。


「あのよ、俺はただの家具職人だぞ?

 ナニか勘違いしてねえか。石人ったってピンキリだからな。

 ただ長生きしてるだけで、戦略級の魔法使いになれるわけじゃねえんだぞ」

 うん?

 それはそう。


 人には得手不得手があるものだし、生産職のご隠居に腕っぷしまで求めてない。

 秘匿ダンジョンで見た通りに、素材を回収出来る程度の心得があれば十分では。


「わたしが期待を寄せているのは、長年に渡り製造スキルを磨いてきた職人としてのあなただ。

 わたしたちがロケット到来の第一世代だと言うことは以前に、話したことがあったと思う。

 当然ながらスキル学全般は新技術で、過去の積み重ねというものが紙片のように軽く薄い。

 習うよりまずは慣れろと、GMの教導に従ってスキルとはなんぞやと習得している最中だ」

 スキルを磨くのは、ひたすらに繰り返す耐久作業になるがそれはさておき。

 膨大なスキル群から自らのスタイルに適したスキルを選ぶような検証類は、まだ幼い学問になる。


 ゲームの基幹となっている撹拌世界は、転生神殿とジョブシステムを解禁して、世界が大きく広がった。

 神殿解禁まで秘匿されていたスキル群も、転生を機にチラホラ出現しつつある。

 今まで習得してきたのは、前提スキルや一般スキルだったんですよと情報が刷新されたわけだ。ホゲー。


 三千世界の機微を知る、ご隠居には謙虚にならざるえない。

 ああ、そういや。


「参考として聞いておきたい。あなたの転生履歴は何周になる?」


「故郷での200年で、のんびりと5周だな」

 ……そっかー。


 転生をこれだけ重ねるような職人が、一般人でございと罷り通っているのか三千世界は。

 怖あ。


 いやいや、待て。相手は石人だ。

 多分あちらの世界でもレアアースに違いない。石人の普通は一般民衆の非常識だ。おそらく、きっと。

 そうだよ、力の強い熊人の赤ちゃんは鉄格子の中で育てられているじゃないか。種族による個体差だよ、これは。


「わたしたちは早駆けした駿馬らが、辛うじて2周目に突入したかどうかの塩梅だ。

 あなたにはこれから募る希望者の、先生になってもらいたい」

 確信する。

 ご隠居と専門を同じくするなら、その知識は価千金だ。

 戦闘職も生産職も上澄みを目指すなら、スキルに冠がついてから本番だ。なので初めのうちに磨くスキルの選択で作業効率が違ってくる。

 巻けるところから巻いていきたい。


 でもまあしかし。

 プレイヤーが順を追ってスキルを習得していけるようにと、ゲーム進行に託けて情報をコントロールしているGMの采配が間違っているとも思わない。


 前提となるスキルを無視して威力のある上位スキルをインストールしたら、ろくなことはならんよな。

 ソレ、ジェットエンジンを積んだ原付バイクみたいなんだろ?

 エンジン入れただけで爆発しそう。


 オレも逃げ足を鍛える『スピードスター』訓練なんかは想定よりも大変だった。

 カーブが曲がれなくてネットに突っ込むわ、コケたら地面に擦りおろされるわで。

 HPがなかったら大惨事だった。『スピードスター』自体、特別な上位スキルでもないのにな。

 後で『アクロバット』が出てからはトップスピードで走ってもコントロールが利くようになったから、体幹に関わるようなスキルが足りてなかったと推察している。


 物事には順序がある。このスキルをとるなら、これこれのスキルは入れておくべし。そんな三千世界の常識がきっとオレらには欠けている。そこまでのコンテンツにたどり着いていない。


 ってかさー。

 『加工』とか、本当は前提スキルをガチガチに組んでから育てるヤツだろ。もうちょっと上手い組み方がありそうだ。


 人間ちゃん、失敗しないと覚えませんよねってGMに見抜かれてる。


「俺に弟子を取れってか。そりゃあ、見習いの面倒を見るくらいは構わねえがよ。

 しかし、ひよっこを一人前にするにゃ、そいつの人生を丸ごと費やすぞ?」

 あ。そこまでは求めてないです。


「いいや。あなたには、まずは生産スキルの種類を知って思考の裾野を広げるのに、誰でも参加出来るような教室の講師になってもらいたい。

 楽器やダンスといった稽古ごとの手習いを、より気軽な形で受けられるような形が望ましいな。

 もしもそこでよほどの生徒がいて、あなたが本格的に教えたくなったら専科コースを改めて立ちあげよう」

 つまりあれ。かーさんが好きなカルチャースクール形式だ。取っ掛かりを作るのは適した形だと思う。


 オレも木工系のスキルはてんで手付かずなので、どんなスキルがあるくらいは、後学のため見聞しておきたい。


 たぶん情報が出揃った数年後には義務教育で、どんなスキルがあるか勉強するんじゃなかろうか。

 現役のチビッ子たちは、覚えることが一気に増えて大変だ。


「おう、そこからかよ」

 そこからです。


 リアルのオレたちがスキルを覚えるのは、アバターからの輸入がメインとなる。

 その大前提を踏まえて、東京グループは生産職が少ない。


 生産職の数が少ないのは丸っきり興味がないからというわけではなく、転生神殿が出現する以前はメモリ管理が厳しいことから、余芸まで手が出せなかったという事情がある。


 撹拌世界の花形は、なんといっても戦闘職だ。

 吟遊詩人たちは高らかに、英雄たちの唄を紡ぐ。

 勇敢に戦い、そして散る。民衆に惜しみ愛され、語り継がれた綺羅星たちの詩歌の中で、喪失した己のアバターと不意打ちで再会を遂げるプレイヤーもいる。


 どちらにしようか悩むなら、人気の天秤は片寄るわな。


 そして東京グループの昭和世界は雪山で、撤退が許されない防衛戦をやっていた。

 出動のサイレンが朝に夕にと鳴り響き、戦闘職は忙殺され、数少ない生産職も息付く間もなく仕事を回されるシビアなゲーム環境だったと聞く。


 効率だけはいいんだよ。

 そんな環境なら、レベルとスキルはガンガンと上がる。

 エド周りの環境が環境だから、自分を守る術を身につけさせたいGM心の発露かもしれないな。


 いいタイミングで、ご隠居を連れてきた。

 エドとヨコハマが繋がって転生神殿が利用出来るようになるのなら、彼らも習得を切り捨てざる得なかったスキルを入れる余裕が出てくる。


「わたしもほんの1年前は、レベル0だった。察してほしい。

 それとこれは個人的な製作物の打診だが、私設図書館の設立に向けて、相談役になってもらいたい。

 日本とホープランプが繋がる前に、架け橋となる文化施設があるといいと考える。

 まだ構想の段階だが。………っと、いけないな。先走った。

 石人のあなたなら、2つ返事で頷いてくれるだろうと勝手な思い込みでレッテルを貼っていた。

 こちらはおそらく専門違いになるので、嫌なら断っても構わない。

 が、受けてもらえたら、もちろん嬉しい。

 考えておいてくれ」

 ご隠居、ご隠居。家具職人として図書館インテリアの総括コーデに、ご興味なぁい?


 ご隠居の山中都市の自宅がさ、いい感じに異国情緒たっぷりだったから、石人建築風の図書館とか美術館はロマンがあっていいなあと。

 相談役は断られても、ご隠居に家具の依頼は受けてもらいたい。


 初っ端から大きな箱を建てなくてもいい。

 実家最寄りの図書室なんか公民館付属の一室で、蔵書量も高がしれてた。

 最初は小さく始めても、後から継ぎ接ぎ出来るのがダンジョン建築の良いところだ。


 今、ふと思った。

 オレが他にも流れるプールとか、遊び場を造るのについつい力を注いでしまうのって、近くにこーいう施設があったら良かったのになっていう、辺境育ち特有の無い物ねだりの発露なのかも。

 車か電車に乗って遠出しないと、そーいうレジャー施設ってなかったもんな。


「オイオイ、そりゃあなんのご褒美なんだ?

 職業体験教室は、わかった。努めよう。

 だから図書館を建てる取り組みは噛ませてくれ。

 本の寄付は受け付けているのか?

 手前味噌だがライフワークでよ、故郷の書籍データをホープランプ語に翻訳整理してるんだが」

 お、おお?

 想定以上にグイグイきたな。

 ご隠居、テンションお高くね?

 オーケーされても、やれやれ、仕方ないなって感じになるかと。


「それは嬉しい。是非とも頼む」

 ……ああ、でもちょっと安心したかな。


 石人の中には宝物庫住みのドラゴンよろしく、【我が知識が欲しいならば、いいだろう。試練を課す!】的に偏屈を拗らせた、面倒臭い奴もいる。

 アレはどうにかならないものか。当時はそう頭を抱えさせられたが。


 そうだよな!ご隠居の方が一般的な反応だよな!

 一気に心のつかえが取れた感じだ。


 手持ちの書籍データを秘匿せず、オープンにしてもらえるとサリーたちの工作がやりやすくなる。

 ご隠居の立場の補強材は、いくらあってもいいものだ。

 ホープランプの歴史学者さんは楽しみにしておくといい。さあ、学説がひっくり返るぞー。


「そのためにも、紹介をして置きたい。

 わたしの第一秘書のサリーだ」


「佐里江伽凛です。どうぞよろしく。

 これからの細かな相談は、私が承ります。

 気疲れをなさっているでしょうし、どうか今はゆっくりとなされてください。

 お子さんたちが退院されましたら、改めて仕事の話を致しましょう。

 ですが契約書だけは早めに作ってお持ちしますね。

 アドレスの交換をしても?」

 サリーの提案に、ご隠居もステータスを立ち上げる。


「フェルマータだ。世話になる」

 ロケ語におけるフェルマータは、ルチルクォーツ、日本語だと針水晶の意味合いを持つ。


「サリー、御尊老は現在、目にスキル障が出ている。

 普通に見るだけなら平気のようだが、『千里眼』への依頼はしばらくの間は避けてほしい」

 ご隠居の目の不調はオレの『加工』を目撃してしまったせいだから、責任とって説明しておく。


「そうなんですね、了承しました」


「悪いな。復調するのに、そんなに時間は掛からねえと思うがよ」


「いいえ、フェルマータ老。目は人生に置いて重要なものです、お大事になさってください」


「それならよ、言葉に甘えさせてもらうわな」

 サリーとご隠居が並ぶと病室が華やかだ。話題は色っぽさの欠片もないけど。


 そういやフェルマータって、なんか聞き馴染みのある単語だなと、ご隠居に会った日の夜、寝しなに辞書を引いてみた。そーしたら聞き覚えもなにも、楽譜の伸ばす記号で使われている単語名だったよな。

 合唱部に参加してたのにこれだ。耳コピ専門で、楽譜をボンヤリとしか読めないのがバレてしまう。


 ちなみに石人の場合、ファーストネームの後は父母名、産まれた地名、名付け親名、身体の製作者名などがつらつら続く。


 【フェルマータ・アリアス・メメリリー・ガスト・ガリウス・セイメイ・ナナ】

 これがアドレスに載っていたご隠居の名前だ。そしてフルネームはもっと長い。


 しかしこれだけでも、アリアス・メメリリー夫妻に産まれたフェルマータ氏は、ガストを産土とし、ガリウス氏に後見されている。セイメイ&ナナの工房によってその身体は制作されていますよ。ってことが見る者には分かるようになっている。


 石人は人生が長くなりがちだ。初対面の人間でも名前のどこかで過去の縁が繋がるように、多くの符号を個人名に残しておく文化がある。

 なので他人種相手には、ファーストネームしか名乗らなかったりする。合理的だな。


「お客さまですぞ。お茶を飲んでいかれますかな?」

「今はお忙しいのでは」

「夜も更けて参りました。誘うのはご迷惑になるやもしれませぬ」

「ややや、残念」


 そしてこの病室。奥の一角がメルヘンなことになっている。

 フワモコの動物筐体で、静かにソワソワしているのは妖精さんたちだ。


 サリーとご隠居が軽く仕事の打ち合わせを始めたので、彼らに近づく。


 その中心に居るのはロボ男さんだ。古い知り合いに囲まれて、彼専用の椅子に座らせられている。

 全員で手を繋いだ高速お喋り。病室なので踊ってはいないが、妖精さんらはフェアリー・サークルの体勢だ。


 死亡したと思われていたロボ男さんの帰参は、妖精さんにとってもビッグニュース。

 新しい体にリメイクされたのをよいことに、フットワークが軽い面子が河西までわらわら駆けつけてきたのだ。

 ここに居るのは、その代表だ。


「これからわたしも医師の問診が入っている。茶の誘いはまた今度に。

 彼の具合は?」


「はい、楽しみにしていまする」

「ご安心めされ。ロボ男のコアはしかと受け取りましたぞ」

「新規の妖精核は、筐体に嵌め込み済みです。現在はデータの移行中です」

「彼の復活は早くて2週間後になりますでしょう」

「時間が掛かってしまいますが、彼はコアが破損している上に、長く妖精郷に戻ってなかったので」

「丁寧な仕事をしなくてはいけませんよね」

「普段から、マメなバックアップは重要ですぞー」

「我らは彼が起きるまで側にいますです」

「お恥ずかしや。お騒がせをして申し訳なく」

「自然のことですが、古いものは減るばかりゆえ」

「故郷の名残を留めたままに帰る朋がいたことに、一同浮かれてしまいまして」

 一言をば十言が返った。

 古い妖精さんたちも、すっかり浮き足だっている。

 いつもお喋りな妖精さんだが、こちらの相槌を待たず、こう、一気にわわわわと来るのは珍しい。


 妖精核が収納されているロボ男さんの胸元は、傷痕ひとつなくピカピカだ。

 新しい妖精核は規格品としては最大クラス。ご隠居とこの先、千年、二千年と連れ添えることを願って仕立てておいた。


 大切な思い出がメモリ不足で、消えてしまったら悲しいもんな。


 紫式部の源氏物語に、ホメロスが紡いだ叙事詩のイリアス。

 名作は千の時を越えても残る。


 心の隙間を埋めるのに、往事の面影を今に残す、本は慰めになるだろうけど。


 長命種のお人にも本だけじゃなく、他の古馴染がいたっていいよな。


 地球人も甲殻人も、ご隠居に比べたら短命だからなあ。






 コメント、リアクション、評価、誤字報告等、感謝です。


 暑中お見舞い申し上げます。


 毎日お暑うございますね。

 今年も太陽が本気を出して来ました。

 お互い熱中症には気をつけましょー。



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ご隠居さんレアアース(*´艸`*)誤字報告押しかけたけど感想コメ見てうむ。となりました。 ロボ男さん帰還&修復で普段はしっかり者のホプ妖精さん達がわちゃわちゃしてるのすっごくかわいいです。
石人なのでレアケースがレアアースになるの好き。
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