324 金継ぎ
病院に迷惑を掛けたついでにもう一本だ。検査病棟にも足を伸ばす。
こちらはご隠居と兄妹の様子伺いだ。
亡命者一行は、河西についていきなり仲介なしにフリーにしてしまった。すまぬ、すまぬ。
道先案内役として、付き添わなくちゃいけなかった入管関連のetc。
サリーとの再会に頭がポーンとしてしまったオレの代わりに、それらは幸とトウヒさんがフォローをしてくれた。
ひとりじゃないのってありがたい…!
諸々の手続きは、特筆するようなトラブルもなく済んだと知って胸を撫で下ろす。
無責任はよろしくないよな。ここは反省すべきだぞ、オレよ。
や。お恥ずかしくも泣き虫毛虫状態から回復するのにしばらくお待ちくださいをやったから、気を利かせた彼らが面倒見てくれたのは一番スムーズだったろうけど。
ちなみにこちらの検査病棟は、広崎さんらが入院している一般病棟とは建物自体が分けられている。道路を一本隔てたお隣だ。
現在の河西病院は、プレハブアパートに多少の手を入れて運用している。
ダンジョンウォーを開催するにあたり、レベル3相当の雫石を甲殻人協力者の住居スペースとして提供してあったが、ほんの少し見ない間に四角い新造アパートが雨後の筍かキノコのように生えている。
ホープランプの建築パワーよ。
ダンジョンウォーが終われば移築解体されるのが前提のアパート群は、3階建てでドアは鉄扉だ。
たった今通った受け付けカウンター入り口も外気をシャットアウトする二重構造で、分厚いガラス窓には鉄格子が封入されている。
なんだかさ。間に合わせにしちゃあ、この病院アパート、妙にゴツくね?
「このアパートは野良ダンジョンを清掃する時の、拠点陣地に置かれる箱物らしいですよ」
受け付けをしていた間に窓を見ていたオレの視線で、サリーは疑問を読み取ったらしい。 軽く説明をしてくれる。
「基本は野外に建てるものだとか」
ああ、道理で。ヨコハマの工事作業員用のアパートとは規格が違うと感じたのは、病棟が軍用だったからか。
簡単に建てられて解体出来るプレハブアパートなのに、より簡素な外階段ではなく内階段になっているのはそーいう。
なるほどなあ。陣地を設営するなら、外気は遮れた方が安全だわな。
魔物が物陰に潜めない、シンプルな豆腐ハウス型なのも納得だ。
「ご隠居さんらは、こちらのお部屋ですー」
トウヒさんが案内してくれたのは3階の角部屋だった。1LDKアパート型の病室だ。
扉は開いた形でストッパーが掛けられていたので、壁を軽くノックする。
「篠宮だ。邪魔をしてもいいだろうか」
幸と共有している護衛さんらは、部屋前が2名。他は4名は非常口や内階段前の出入り口付近で分散待機だ。
護衛をオレに融通した幸はというと麝香氏と宇波さんと一緒に、トウヒさんの庭に引っ込んで居る。
目当てはGMだ。
宣言通りに、データのダウンロードに付き添っている。
ヤツは最近めっきり重量物になってしまったこちらのメインGMを前に、2度見して【……いや、大きいな?!】と、追加の精石作りを始めた。頑張れ。 オレ側のGMも幸側のGMが保有しているデータをコピらなきゃいけないから、明日からまた精石の圧縮融合をやらなくちゃいけないから他人事ではない。
麝香氏は撹拌世界ではエンフィの従者ポジだったが、リアルでは幸の友人枠の立ち位置だ。
今夜はオレが病院行脚するんで、まんまと幸の作業BGMとして巻き込まれている。
麝香氏はなんだかんだと付き合いがいい。
幸はGMの筐体を標準タイプのものしか持ち合わせがなかったから、発注物が届くまでのピンチヒッターとしてGMが少し前まで使っていたダブルベッドサイズのものを渡しておいた。
【柔らかい石】であるGMの、中身を流し移動させることは概ね力仕事になる。人手がないと割りと辛い。
うん。サイズアウトした筐体を、取っておいて良かった。
着々と巨大化しつつある当方預かりのGMだが、それでもロケットに積まれている母体級よりは遥かにキュッとコンパクトだし、ホープランプ都市各地のマザーなんてちょっとした城サイズだ。
魔道AI業界は上を見れば際限がない。筐体を大中標準と並べたところで、幸と2人、乾いた笑いが出てしまった。
笑うしかない。
本当に三千世界文化は湯水のように魔石を使う。ロケットに積まれる魔石とか、収納庫の全容を把握したらクラクラするんじゃなかろうか。
ホント、ロケットを打ち上げるのって大変だ。
打ち上げイベントが、都市単位ではなく大陸ごとの大規模イベントになるわけだ。
「おう、いいぜ。入ってくれや」
ノックに応えがあったので、サリーだけを伴い病室に入る。
部屋のフローリングは掃除しやすいようにツルリとしたものだが、患者用ベッドの他にソファーベッドも置いてあり付き添いが休めるようになっていた。
「ご尊老。実と萌の具合はどうだ?」
ベッドを覗くと、チビッ子たちは白川夜舟。とっくの昔に夢の中だ。
潜めた声で問いかける。
「萌の知恵熱は下がったな。あいつはさっきまで慣れねえダンジョン居住区に随分と興奮していたが、それで疲れちまったようだ」
ご隠居は今まで読んでいたらしきファッション誌をサイドテーブルに置いて立ち上がった。
目敏いことだ。
早速、入院患者向けの病院図書を利用している。 革張りのソファーに纏められていたのは、数部の新聞だ。
紙束を手早く回収し、席をあける。そして1人用の丸椅子を引き出して座り直した。
折角ソファーを空けてくれたのに申し訳ないが、長居はしない。実少年のベッドの側での立ち話で済ませてもらう。
「お医者先生の言うことには、実は栄養不足でしばらく入院しとけとよ。それ以外は特に問題ないそうだ。
スキル障害は今は確かに苦しいだろうが、じきに治る。生き残ったからにはむしろ健康的な自然反応だから、変に怖がらなくて大丈夫だと。
まだ歩くとしんどそうだが、点滴を1本打ち終わるころには、立ってらんねえ強い目眩は治まっていたぜ」
穏やかな寝息を立てている実少年の右腕には、栄養剤のチューブが伝う。
やっぱりカロリーが足りてなかったのか。
と、いうことは、怪我を治し過ぎたオレのミスだ。
ボロボロの実少年を前に、慌ててしまった自覚はある。
一応、『治癒』由来の飢餓には注意していたつもりだったが、足りなかったようだ。
内心、首を竦める。
ほっそりとした女性や子どもの怪我を『治癒』するのは、想定以上にシビアらしい。
腕に繋がるチューブを避けて、僅かに汗ばんでいる額に触れた。熱の具合を確かめる。
ホカホカの子ども体温だ。
必要だとは承知していても、子どもの点滴姿は痛々しくて苦手だ。 石を飲んだような気分になる。
内臓を損傷した伊東さんも、点滴スタンドをペットのように連れていた。……ううん、大人でも苦手かな?
思えば昔から、虫の標本も好きじゃなかった。針を刺した状態っていうのが嫌なのかも。
甲殻人へ点滴する場合は、自前の装甲に専用ドリルで穴を空けられてしまうと聞く。
歯医者の小さいドリルでさえ怯みたくなるのに、ゾッとする話だ。
「そうか。昼間は苦しそうで心配したが、大事がないなら良かった」
副作用があるスキルは強力なぶん、怖いよなあ。
萌ちゃんは共感性のもらい知恵熱だったけど、2人とも朝、昼と熱が出たから気を揉んだ。
もし原因が知恵熱じゃなくてウィルス性のなにかだったら、原因はオレかなってなるし、お医者さんに診てもらえると肩の荷が下りる。
野良ダンジョンに出張するような病院は、未知の脅威に備える都合がある。
従って、選抜されるスタッフは第一線で働いているスペシャリスト揃いになるわけだ。
オレの無事な顔を見るまではヨコハマには戻らないと、強く残留を主張した怪我人たちの主張が通ったのも、そんなスタッフたちが居てくれたお陰だ。
感謝を忘れちゃいけないよな。
……ホープランプの病院って菓子折りを付け届けたらダメなのかな?
現代日本だと患者家族からの病院への差し入れは断られるようになったって話だけど、婆さま曰く少し昔は退院の際に、お礼の気持ちの小品に代えて渡すこともしていたそうだ。
こちらの慣例を調べてOKだったら、皆の退院までに菓子折りくらいは用意したい。…って、んー?
いや、待てよ。ホープランプでは貴族制度が現役だ。
ひょっとして、お偉いさんが病院に感謝の気持ちを伝えたい時は、付属公園のひとつやふたつ。あるいは道路の普請や、病棟の改装等の寄進ぐらいはあったりするかも?
ありうる。
なんならそっちの寄付をしてもいいな。
お家賃までの課金はセーフだ。
「まあ、仕方ねえよ。気にすんな。そんなわけで明日から3日間は健康診断を兼ねた検査入院。それから追々で金継ぎをするとよ」
「金継ぎ?」
「甲殻が破損した場合の修復手法のひとつだな。かさぶたみたいに治ったら剥がれる。
甲殻の破損は『治癒』で塞げないこともないがよ、金継ぎの方が簡単で丈夫だ」
あ。ソレ、見たことあるやつ。
「甲殻に生体金属で模様を入れるあれだな。ファッションじゃなかったのか」
車にエンブレムをカスタムするようなアトモスフィア。嫌いじゃないです。
「おう。イキがりたい若いのは、怪我もしてねえのに擬似金継ぎで模様を入れてるぜ」
おや、案外お手軽な。
ヘナタトゥーみたいな感覚かな?
若い女性は付け爪のアレみたいにキラキラしたので甲殻を華やかにデコってたりするけど、金属で模様を入れているのはそう言えば男連中が多いように感じた。
「それとだ。手続きして、冒険者カードを受け取って来たぞ。
……なあ、ところでだがよ。入金されていたあの金はなんだ?」
流石トウヒさん。仕事が早い。
「秘匿ダンジョンのアタックで確保した雫石の代金だ。
石は総取りで、引き取らせてもらったからな。少し色をつけてある。
プライベートであなたと2人、パーティを組んだのだから山分けをした配当だ」
一緒に攻略したよと冒険者アプリで『録画』を提出したので、分配もスムーズだ。
この手の認証手続きは妖精さんの得意分野だ。提出物の動画チェックが一瞬で終わる。
量の多い植物採集物の査定等はこれからになる。
行動するのは退院してからになるが、調査が終わるまでには兄妹の口座も作っておかねばなるまい。
「オイ待てや。『加工』前の雫石なんて、お安いもんだろうがよ?」
ご隠居は、胡散臭そうに目をすがめる。
そうかな?
一般雫石も安くはないよ。
保有レベルにもよるけど、レベル0.5程度の石の回収ひとつにつき、新卒3カ月分の給料くらいは出る。
地球ではロケット来訪バレしてから以来数ヵ月で、『精製』した雫石の相場は右肩上がりだ。『加工』前の品も、だからまあそれなりに上がりつつある。
……雫石を回収する危険と比較をすれば、安いのかな?
『精製』前の雫石は『体内倉庫』に収納して運ばないと、新しいダンジョンを生やしてしまう特殊危険物だ。
無防備に長い時間、接触していると、いつかの妹たちのアバターのように石の世界に取り込まれてしまう。
扱いには、深く注意が必要だ。
そんな危険物を『加工』するダンマスたちへの引き継ぎをスムーズにする段取りで、回収された雫石は野良ダンジョン保管駅に運ばれる。
保管駅に持ち込めば、税金と管理費込みで買い取り価格は大幅に減るのは致し方ない。
モノがマメな掃除をしなくてはならない危険物だ。
管理費が高くなるのは当然のこと。 管理費 = 人件費だ。
しかし秘匿ダンジョンの場合は、オレが同行してその場で石の処理をしたから満額精算。
ダンマスが自ら雫石を採りに行く場合、石はダンマスが引き取って、同行者たちへ余分にご祝儀を出す形だ。
や。なにが起きるか分かったもんじゃない野良ダンジョンに、守らなくちゃならない人間を連れていかなくちゃいけないとか冒険者にとってもストレスだろ?
撹拌世界じゃ名誉なことでもあったけどさ。
それくらいの余禄はあってもいいよ。
ダンジョンマスター側としては、
【私たちは常に守られる立場にあります。
同行する時、なにかしらのプラスアルファの付加価値がなくば、居ると厄介なお偉いさんになってしまうでしょう】
だからいつも礼儀正しくいましょうねと、ダンマスの虎の巻にも注釈があった。
これは細やかな気遣いに自信がないなら、せめて金くらいは出しとけって示唆だ。
含蓄ある。
サリアータのダンマスたちは貴族出身が少ないから、指南書も宮中言語的な迂遠な表現を省かれている。分かりやすい実用書の存在はとても助かる。
ハイレベル冒険者は滅法稼ぐ。
だからこそ金銭だけで契約を結ぶのは難しい。
庶民の生まれで家臣団が居なかった先輩ダンマスたちは、一線級の人材をキープするのはそれなりに腐心しているようだと伺える。
ダンジョン造りは作業ゲーで冗長だなって、思ったこともあったけど、自動で家臣団が生えたプレイヤーはGMに優遇されてた。
それを考えると野良ダンジョンを摘み取って資源化するのに、政府ちゃんが積極的なのは素晴らしい。
毎日訓練しているプロなお役人ちゃんたちほど粒揃いな人材を、質量共に揃えるのって一般人には無理ゲーだ。
……えっ、幸の存在はなんなんだって?
あんな特殊な例と、一緒にしないでもらいたいかな!
道場主が親戚で、機動隊の門下生のコネがゴロゴロ、当人も滅法腕が立ち、素直に兄を慕う弟がいる。古き良き伝奇ファンタジーものの王道主人公だろ、あいつ。
一般人と逸般人では、ジャンルが違う。
話は戻る。
そんなわけで、野良ダンジョンでの星砕きを快適に済ませたいダンマス心としては、良い冒険者の関心はなるべく引いておきたいものだ。
臨時ボーナスは、椀飯振る舞いをしておくのがコツ。
人気があって成績のいいプロのスポーツ選手は所属チームの契約金が高かったり、スポンサーにマンションや車をもらったりするしな。
それに比べたら、ささやかな配慮だ。
ご隠居はオレが個人的に雇ったスタッフだから、雫石の配当に加えて、契約金を少し多めに振り込んでおいた。
ちゃんとサリーにチェックしてもらったから、問題視されるような値段じゃないはず。
………………でもさ。今、気がついたんだけど。
ご隠居って、東西で通貨が違うのに、もう物価を把握しているんだな?
新聞の広告や、読みさしのファッション誌で推定を出したんだろうけど、たった半日放流していただけでコレか。
えげつない。
石人って、知のモンスター感があって時折ビビる。
コメント、リアクション、評価、誤字報告等、感謝です。
Q.流れ作業的に冒険者登録して、その時の入金記録は【東西の通貨が違うからな】と流していたのに、なんとなく物価調査したらそれが中堅プロ野球選手の契約金くらいの金額だったご隠居の心境を述べよ。
A.しんどい。




