323 空気を読むのは難しい
そんなわけで広崎さんたちの、メンタルは至極壮健だった。
負傷の具合はともかくとして。
見習いたい、あのガッツ。
安心したせいか、ひとつ視野が広がった。 無性に手紙を出したい気分になる。
ナニって幸たちとも話した、エロ魔物系ダンジョンを【建造した方がいいですか?】そう可否を問う質問状だ。
遭難当初のことはさておき、オレがホープランプで建てたダンジョン群は、概ね日ホプ政府の意向を受けて建造している。
ダンジョン詣では公のもの。参拝者あってのことなので、ダンマスの好みや一存で進める類のものじゃないのだ。
やあ、真面目に仕事している政府ちゃん相手にエロ触手とか文面打つの、とんでもないな。
文書を考えるのも後でなのに、今からドキドキしてしまう。悪い意味で。
躊躇もあるけど、だってさー。どうしても必要に思えるんだよー。
そもそもの話。冒険者はHPの恩恵で、細かい怪我をしなくなるだろ?
だから治療の促進をしてくれるスライムゼリーの情報を今までは無視することも出来たけど。
【ひょっとしてオレが想定していたより、野良ダンジョンでの怪我人って多かったのでは?】
そんな疑惑がモクモクと湧いたからして。
ああ。荒事を生業とする冒険者が案外怪我をしないという感覚は、いまいちピンと来ないかもしれないな。
だけど有名どころで例に挙げるならアイアントレント。奴の攻撃手段は突起物がついた鉄の棒だ。そんな凶器にブン殴られても、へっちゃらになるのがレベルアップだ。
レベル40を越えれば立派な脱・一般人。
歩行者vsトラックの、被害者側で車に衝突されても【これはいけない!】と、当てた相手を慌てて救助しにいくのが中堅冒険者というナマモノだ。
もちろん世の中は広いもので、HPの貫通や無効化をしてくるような曲者もいる。
それらに対抗するのは、人の知恵だ。
『鋭利』使いには遠距離戦で封殺し、『サンダー』は専用に雷対策をすればいい。
そうやって学習すること、パーティを組むこと、困難には直接当たらず回り道して対策を立て、他者と相談し合う知恵があることが、魔物に対する人間のアドバンテージだ。
そんな人間社会なので怪我をして四六時中、行動を足止めをされることがあれば個人として辛いだけではなく、社会的にもコスパが悪いのが問題になる。
自由な余暇があるならば、体力が有り余るのが冒険者だ。遊びに趣味に食事にと、市場経済への寄与も高いのだ。 対策が立てられてないわけがない。
VRで一度でも、撹拌世界の冒険者ギルドへ行ったことがあれば、ああ、これかと分かるだろう。
ギルドはユーザー各位が問題なく経験を積めるようにとレベル制限やスキル制限を設けることで、クエスト発注を腐心している。
ファンタジーの冒険者ギルドあるあるだ。
そこに屯する先輩冒険者なんて、新人が意気がって隙を見せようものなら、親切を押し売りしてきて逃がしてくれないゴリラぶりだ。
そんなウホウホたる先輩風を【今時、ソレって鬱陶しいよね?】、【ないわー】、【パワハラ?】と、ゲンナリしてしまう者も多かろう。
感覚がリアルなVRなら尚更だ。
そしてVRがリアルなのは、強い力を振るうのは楽しいという感覚もそうだ。
まっさらの新人はレベルアップの高揚と、それに伴う全能感から無茶をしやすい。
昨日出来なかったことが、今日は出来るようになる。成長の喜びに目が眩み、足元が疎かになるのが人の常だ。
そんな伸びた鼻っ柱は、アバターロストでポキンと折られる。諸行無常の呆気なさだ。
用心していても不意の理不尽イベントによってキャラロストはするのだから、調子にのれば【やあ、皆さん元気ですねー!いいことです!これはサービス致しませんと!】と、ニコニコ笑顔のGMによって試練が丼ご飯でよそわれてしまう。
撹拌世界は一寸の油断が命取りだ。
GMはもう少し手心があってもいいと思う。
でもしかし、押し付けがましいと反発していた現地の人に、後日、自分の墓前で泣かれるのを目撃して、反省しない人はあまりいない。
VRで絶望を経験しているGMの犠牲者……いや、もとい今日の冒険者は、より慎重な歩き方を自然と覚える。
特に日本の冒険者は、政府ちゃんの方針で安全マージンを大きく取るように指導されていた。
冒険者のリスクは減らせるもの。
少なくとも、オレはそんな風に捉えていた。
その単純さを今回ばかりは反省したい。とゆうか、反省したので手紙を出すことに繋がる。
広崎さんたちのあの反応だ。鈍いオレでも察してしまった。
縁の下の力持ちよろしく、オレら一般人の目の届かないところで働いていた人たちは、相応の負傷もあったんだろう。 今までも。
そうだよな。撹拌世界は厄介な魔物でうじゃうじゃしていた。
比較すればマシにしたって日本の野良ダンジョンにも、いたんだろうさ。GMのデータベースにないような危険な奴らが。
つくづく現代の公務員さんって過酷過ぎる。
ひとりやふたりなら例外的に個人の資質が優れていたんだなで済むだろうけど、大怪我してるサリーや伊東さんたち全員のメンタルがブレずに安定していたのって、普段から負傷慣れしていたからとしか考えられない。同僚も自分自身も。
つい、ムムムとなってしまう。
MPポーションの原料なエロ触手や、ヒーリング効果のあるエロスライムゼリー。
自分から具申しといてナンだけど、それらの正式な管理ダンジョン化に手をつけるのは躊躇いがなくもないのだ。
幸は、勇者だ。
エロ触手は取れる素材こそ素晴らしいが、当の魔物が業持ちだ。興味あるのはもちろんのこととして、その反対になんらかの後ろめたさがなければ嘘になる。
人間に生態を弄られている彼らは、隣人愛に溢れている。製造主のインプット通り、人間ちゃんが大好きだ。『テイム』確率が100パーセントな魔物なんて、彼らくらいなもの。
とても人懐こいのだ。少し考えればおぞましいほど。
そんな彼らの素材を好んで使用するのなんて、好奇心がバグってる一部の冒険者なくらいなものじゃないか?
もしくはMPが足りてない修羅勢か。
ごく普通のお医者さんは【いくら効果があっても、こちらも評判というものがありますし】と、処方を出すのは嫌がりそうだし、冒険者は怪我をしにくいしで、一般人に拒否られるならエロ魔物ダンジョンを建てるとか、好んでやらなくてもいいかなあとそんなことも考えた。
現在居るのがホープランプというのが不味い。
日本でこの手のダンジョンを造るなら、オレもそういった言い訳をこねくり返さないで済む。
ダンマス保護の観点から、オレらのプライバシーは保たれている。
しかしホープランプに居るダンマスは幸とオレの2人だけ。
大っぴらに悪さをすればすぐバレる。それが問題だ。
オレには2人、妹がいる。
それでなくてもオレがダンジョンマスターになったことで、あいつらも行動制限を受けているんだ。
実の身内ということで妹たちがどんな噂を立てられるかわからないとなると、逡巡が湧く。
情報の拡散が、簡単なのが現代だ。そして一度流れた情報は根絶するのが難しい。
オレひとりなら男だし、見知らぬ相手にエロ大魔人の謗りを受けても褒め言葉だなと流せるけどさ。
妹らは女の子だ。オレの軽佻浮薄が原因で悪意に晒されるのは許しがたい。そんな用心さが、あったら便利かもという気持ちに勝る。
まあ、それらは過去形だけど。
見てないものを想像するのって難しいな。
オレも大概甘やかされてた。
今日のように目の前で怪我人がゴロゴロしているインパクトがなければ、なんだかんだと理由をつけて悪名リスクを避ける方針をそのままキープしただろう。オレは保身が悪いこととは思ってない。でもさ。
負傷者が多いなら!
きちんと教えて!
声を大にして叫びたい。ちっぽけなプライドが邪魔してやれないけど。
いつも気遣いされているから、本当に要らないのか、高校生だからと忖度されて遠ざけられているのか分からなくて悩んでしまう。
空気読むの、本当に苦手だ。
鹿山くんの仲間たちとか、話し掛けると最初のうちはなんとはなしに逃げられたから嫌われてるとションボリしてたのに、後日、少し親しくなってからは純粋に、慎ましく遠慮されていただけと知った時の虚脱感ったらなかったわー。
詳しく空気を読むスキルがあったら良かったのにな。そうしたら真っ先に入れた。
話を戻す。
『治癒』は確かに便利だけど、体を消耗させてしまう。その点エロスライム素材は、ゼリー状の薬剤が怪我の補修に必要な栄養を補填しつつ穏やかに効く。
即時性を求めるなら『治癒』が優れ、予後の回復率を求めるならエロスライムゼリーの塗布が上だ。
そして両者を同時に使うなら、双方のいいとこどりになるだろう。
使わない手はないんだよな。
なんか考えれば考えるほど、思考のドツボにどっぷりだ。
公務員さんらの実情を気付いた今となっては、妹たちを言い訳にしたら、あいつらが困りそうなまである。
研究施設であいつらは年下枠で満遍なく可愛がられてた。そういう相手が怪我をすることもあるだろう。
箱罠に掛かる動物の気分ってこんなんだろうか。本能は警鐘を鳴らしているけど、箱の中のエサが美味しそうで諦めきれず、周りをウロウロしてしまうあたり。
………必ず役に立つものなのに、オレにこの手の仕事の打診がなかったのって、ホプさん家の民意がエロ魔物素材を求めるまで、政府ちゃんは慎重に様子を伺ってたりしたんだろうか。
どうなんだろ?
大事なことだから真面目に考えたいのに、いまいち気が散るのがとても草。
どうも先ほどから思考が整理出来ない部屋のように、やりたいことと言い訳が頭の中でゴチャついて纏まらない。
その原因は分かってる。
エロと触手って単語が、年頃男子の煩悩的にクリティカルヒットのパワーワードだ。
気を抜くと、センシティブな方向に全て持っていかれてしまう。うごご……!
ダンジョンを造る前段階でこれほどダンマスを悩ませるなんて、なんて奴らだエロ魔物!
他所のダンマスはなんてものを生み出したんだ!ありがとう!くそったれ!
とても複雑で御座いますわよ!
ここは久しぶりに、かーさんと相談しよう。
話題からして気まずいが、かーさんは過去現在と、迷惑を掛けている筆頭だ。
未来の迷惑になるかもしれないダンジョンについて、正直な感想を聞いておきたい。
「それでは、また顔を出す。皆は無理せず養生をして欲しい」
「はい。お休みなさいませ」
広崎さんらの顔は見た。入院患者用に整えてあるレクリエーションルームから、お大事にと退去する。
長居は無用だ。
なにせレクリエーションルームにオレがいると、公共の場を封鎖することになってしまう。
スケジュールが決まっている病院でこういった占拠を長々とやられては、業務に差し支えが出てしまう。
かといってオレは誘拐されたばかり。
日本人の護衛メンバーだけにとどまらず、甲殻人側もピリピリした空気を醸している。
【封鎖なんてしなくていい】
そう言い出す方が迷惑を掛けてしまいそうな雰囲気だ。
日本人の護衛さんらは側で警護してくれて、東ホープランプの軍人さんらはやや離れた場所で場の封鎖をしていた。
襲撃以前の彼らは目立たない数で、さり気ない感じに警備に参加してくれてたんだけど、それがめっきり物々しい対応になってしまった。
行く道の先々に、ロープとポールで規制線が張られてしまう。
あれだ、大名行列的なアトモスフィア。
そして規制のラインが確立したことで遠巻きに自重していたらしき甲殻人も【よし、ここまではオーケーなんだな】と察し、わらわらと寄ってくる。 出待ち待機の人だかりだ。
クールなのは見掛けだけで、案外、彼らも物見高い。
ロープが張られた立ち位置から【お帰りなさい!】、【ご無事でなにより!】等々と、雨降るように声が掛けられる。
えーっと、ご心配をお掛けしまして?
ブンブン手を振ってくるのは、知ってる顔だったり、知らなかったり色々だ。
襲撃のせいか、はたまた相撲の興行のせいか、河西も格段に人の数が増えてた。
腰の位置で手を振ると、ワアッとした歓声が上がる。
ヤバい。考えなしだった。
病院前が日暮れ後らしからぬ騒ぎになってしまう。
四角い窓から覗く、看護士さんたちの視線が心なしか鋭い。
うん。騒がしいと怒られて、追い払われなかっただけ温情だな!
コメント、リアクション、評価、誤字報告等、感謝です。
一方その頃。
日本でのエロ触手界隈は普通に食品の認定が下りましたので、現在、匿名希望のダンマスさんが触手ダンジョンをジャカポコ建ててます。
語り手から外地に触手ダンジョンを建てていいものか迷っていると、内心の動揺を示してグダグダな相談を受けた母上さまは【あらやだ。うちの子も、案外可愛げがあるわよね】と内心にっこりです。
外国人たちには、これだから日本はクレイジー!って思われていますヨ。
日本はコレで、ホプさん家では妹ちゃんたちは知られてないので語り手は悩み損の、知らぬが花です。
MPポーションやアフログミは輸出品になりそうです。




