322 病院行脚
ホプさんたちから【可能でしたら明日にでもお時間を頂きたいのですが、どうでしょうか?】とアポの打診があったので受諾しておく。
ザックリとした事情聴取の協力は、トウヒさんが編集した『録画』媒体の提出で終わらせてある。
偽証するつもりはなくても、うっかり間違い、勘違い。
それらと縁が切れた試しはないのが、ド忘れの申し子たる人間ちゃんだ。
オレのあやふやな証言よりも、ありのままの事情を映す『録画』データは公正で、検証向きだ。
オレは立場的に被害者ということもある。
誘拐事件の手続きは、簡素なソレでも支障はないとのことだ。
ただしオレは亡命者を連れて来てしまった。
そのお客人がまた無関心では居られない程度には、振るっている。
初めて会う種族の異邦人と、保護されるべき未成年の組み合わせなんてナニがあったか、疑問点が満載だ。
こんなのオレが第三者の立場で他人事なら、好奇心からの野次馬根性で【その辺どうなの?】と、詳しい話をねだっていた。
もし地球にAI生命体以外の来訪者があったら、国を上げてのトップニュースだ。騒がれないはずがない。
なのに東ホープランプの方針はこちらが落ち着くまでは、空気を読んで待ってくれるという神対応だった。
ありがたい…!
疲れているだろうしと斟酌をしてもらえると、こちらも協力しようって気になるよな。
配慮をありがたく受け取って、本日中に広崎さんらの見舞いを済ませることにする。
ずっと気になっていた。
「この度は私どもの不手際で、申し訳ありませんでした」
「「「「「申し訳ありませんでした」」」」」
広崎さんの音頭で、キッチリ筋目正しく謝られてしまった。
揃った角度が美しい。
って、怪我人ー!
広崎さんと小松さん!特に伊東さんは、車椅子から立つのを止めるんだ!
首にコルセットしてるんだから、無理して動かしたらダメなやつー!
「謝罪は確かに受け取った。なので、まずは自分の体を労って欲しい」
手の動きで着席を促す。
身内で一番重傷だったのは、メイン盾の伊東さん。
彼は一般人が車に跳ねられたようなありさまだ。
肌を保護するサポーターや、首や腹にコルセットを巻いているのが痛々しい。
『治癒』があっても全治2週間の大怪我だ。 なかったら、ちょっと考えたくはないかな。
軽症だったという平賀さんと狭間さんの女性陣も、まだ貧血気味とのことで彼らの仕事復帰は様子を見てからになりそうだ。
貧血になるくらいの怪我は、重傷じゃなくない?
軽症とは??
彼らは毎日処置を受けている『治癒』のせいで、かなりの目方を落としていた。
病衣越しの体格が、ふた回りほどシュッとしている。
色々治した伊東さんなんて、鋼のハムストリングスがごく普通のサラリーマンのようだ。
なんたること。
無性に竜肉を食べさせたくなる。
竜肉は滋養強壮にバッチリ効くのだ。
管理ダンジョンに上位竜種を招くのはタブーなのが今更、無念だ。
そも、竜という生き物は特別だ。
竜種の上澄みともなれば、その翼は世界を渡り、ブレスは不壊属性のダンジョン壁に穴を開ける。
そんな理不尽の権化を、三千世界は竜と呼ぶ。
ダンジョンに竜を招聘することが禁止されるのも、然るべき箍だ。
だから、うん。
竜種ほどの効能はないが、次にいいのは亜竜だろうか。
件の翼とブレスを持たざる下位の亜竜は、基準を満たす専用施設を用意すれば、辛うじて招くことが赦されている。
身近な例で分類すると、愉快な小人街道造りに使用された地龍の杖の大元が、生まれてから300年足らずの下位の竜種で、サリーがスレイヤーしていた飛竜は亜竜の類だ。
ちなみに特殊能力のあるなしで判定するので、竜も亜竜も両方強い。
ダンジョンマスターはダンジョンが壊れたら困るから関係あるけど、一般人にしてみたら竜も亜竜もどうでもいいような分類だ。
これを機会に造ってしまおうか、亜竜ダンジョン。
ダンジョン壁や床、天井。どこも安全基準が厳しくて土地も消耗させるけど、地脈が煮詰まっている河西ならば場所の選択もより取りみどりだ。
オレの手持ちの石で唯一の亜竜は、山椒魚系。魔法は『マジックキャンセラー』で封殺してくる。
殴り合いでの物理戦を強要してくる、そんな魔物だ。
日本人ならチャレンジメニューになってしまう系統デバフの申し送りがついているから現在はお蔵入りにしてるけど、甲殻人をターゲットにするなら相性は悪くないんじゃなかろうか。
あのジャスティスisパワーなSUMOUを見たので、そんな風に思ってしまう。
女王蟻戦での彼らはテクニカルで、歯車のような精密さだったのに、おかしいな…?
よし、山椒魚はGMに頼んで昭和世界に出してもらうか。
先走って専門ダンジョンを造ってから、如何ともしがたい相手だったら困る。
魔石の鑑定書には【健常者は苦みを感じる。しかし美味】って載っていたから、美味しいものだとは思うけど。
「……はい。ご厚情感謝します。そして、無事の帰参、嬉しく思います」
広崎さんたちは意固地にならず、素直に座ってくれたのに安堵する。
自力で椅子に座るのも苦労している怪我人を立たせているのは、心臓に悪い。 ハラハラする。
「ああ」
ケジメは大事なものだから、謝罪だけは受け入れた。
だけどそれがどうにも納得いかなくて、モヤってしまう。
体を張って守ってくれたのになあ。
真面目に仕事をしていた人に頭を下げさせるのは違うだろ。
そう腹が立ってしまうのだ。
はー。やだやだ。青臭い。
成人はしてもまだオレは、学生気分が抜けてない。そういうの、困るよな!
や、学生なんだけどさ!
潔く下げられた頭たちには、社会人は【精一杯頑張りました】だけじゃ世間さまには通じないよと、鼻先をピシャリと叩かれた感じだ。
こういうスッキリとした解決法が見えなくて、もどかしくなる折り合いを、オレもそのうち上手く消化出来るようになるんだろうか。
オレも何度か考えてみた。
欲目がないとは言えないが、襲撃を防ぐのは難しかったのではなかろうか。
河を越えて西に渡った彼らの存在なんて、東の住人にしてみれば、おとぎ話の住人のようなものだ。
ネモフィラの検問を抜けて西までやって来る甲殻人は、『免疫』のスキル石かアクセサリを使っているのが大前提だ。
横浜グループの日本人は全員が、『免疫』のスキル石のインストールを終わらせている。
襲撃を受けたのは、お互い『エア』を使わなくても、感染症リスクが下がっていた、ある意味、油断していた頃合いだった。
『エア』を河西ダンジョンを出るなりに切っていたのは、良くなかったよなと後から指摘を受ければそうだけどさ。
あのタイミングで毒物テロが起きるなんて、予言者じゃないんだ。青天の霹靂だ。
空気さえ黄色い豚草の花粉から解放されればホッとして、すぐさま新鮮な空気を吸いたくもなる。
強いて言うなら、相手の戦略が上手だっただけだ。
地の利を生かすって、きっとあーいうことなんだろう。悔しいから、褒めたくはないけど。
ため息をつきたくなるのを、ぐっと堪える。
一所懸命守ってくれて、自分も怪我をしてるのに謝らなくちゃいけないとかSPって損だ。
せめて彼らが守る存在として相応しい、貴種ロープレをしたいものだ。
マイナス感情を表す仕草は、謝罪の席ではやめておくべき。
「皆には、心配を掛けた。……あの状況で、全員が欠けずにいてくれて、とても嬉しい。
怪我の具合は、その」
そこで、喉が詰まってしまった。
センチなのは柄じゃないが、言葉がどうにも出てこない。
ヤバイな。情緒が乱れてる。
「はい、いいえ。私共の負傷は職務のことです。どうか、お気になさらないよう」
仕事だから自分たちの怪我はオレのせいじゃない。気にしてくれるなと言われても、心の整理整頓は簡単にやれるものじゃないのだけど。
ただ。
「篠宮さんに安心して護衛を任せてもらえるように、退院したら鍛え直しますね」
オフィシャルの場ゆえの敬語に、柔らかな声音だ。
おまけにパーフェクトスマイルもついてくる。
そんな広崎さんたちの目の奥はというと、全くもって笑ってなかった。
鋭い爪を隠せずにいる、猛禽類の気配だ。
普段から鷹揚にしているお人らを、心底怒らせるのってよろしくないな。
自分に怒りが向いているわけじゃないのに、ヒエッと背筋が伸びざるを得ない。 はわ。
オレはダンジョンマスターを努めているが、所詮のところは市井の育ち。
どうやら彼らは護衛慣れしてないオレがストレスを感じたりしないように、親しみやすいよう、あえて軽やかな物腰で韜晦していてくれてたらしい。
『治癒』がなければ危うく、後遺症が残るような負傷をしてしまったんだ。
仲良くなったのに残念だけど、退職者が出るかもなあ。
そんな風に内心しょぼしょぼしていたが、どうやらそれらはいらない杞憂だったらしい。
良かった。
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