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321 ダンジョンタワー建造予定地



「ただ、リュー。私たちは見つけたぞ」

 そう切り出した幸の瞳には、辺りを引き込む力がある。

 ナイターの明かりに爛々と煌めき、黄金に燃えるようだ。


「エドより南西の海に、干潮で渡れる島がある。

 島渡りをしてくる魔物があまりに多くてな。

 訝しみ調査をしたが、ダンジョンタワーに相応しい王冠状の亀裂があった」

 ひゅ、と息を飲む。


「サリアータのような?」

 思い出すのはアバターの故郷。白亜の都。

 その都市の半分を、月蝕のように欠けさせた黒い暗渠。


「サリアータのような。

 彼の地と同じ、野良ダンジョンが大小、犇めく王冠状のダンジョン群だった。

 ただし彼の地よりも規模はやや小振りだな。言うなれば女王級といったところか。

 黄泉比良坂以上、サリアータ未満というところだ!」

 幸は肯定し、付け加える。


 なるほど、そうか。

 人の手の入っていないダンジョンタワー候補地の近くなら、どんな魔界でも可笑しくなかった。


 エド周りの環境は、【レベル測定不能】の巨大ダンジョンの亀裂だからか。


 中央の大穴に、星と取り巻く小世界群。


 その幻影に目眩がしそうだ。

 敢然と立ち向かった勇者たちに幸いあれかし。


 サリーは上手くやったと自信たっぷりだったが、本当にそうだ。

 王冠状のダンジョン近く、そんな土地の慰撫をするなら、たった千人では焼け石に水だ。

 人死にを出さなかっただけでも、上等過ぎる。


 えっ。凄いな。東京グループ。

 ヒロイックしている。援助しなきゃ。


「例を出してもらったのに恐縮だが、横浜グループの昭和のクエストは、島造りがメインコンテンツだ。

 黄泉比良坂は名前だけのチラ見せで、こちらには詳しい情報が届いていない。

 ところでそちらのGMは、戦記ものを愛してやまない個体なのだろうか。

 エド側の昭和異変は、大層な硬派ぶりな印象だ」

 経験を蓄えたGMは個性の差異が出てくるというが、数ヶ月程度ならそう変わらないと思うのだけど。


 過酷な雪山で繰り広げられる国守りの砦戦と、島造りプラス学園ものなこちらの昭和世界とでは温度差が激しい。


 化生の地の鬼ヶ島がルナティックなら、黄泉比良坂がハードモード。

 オノゴロ島がノーマルで、妖精郷がイージー。

 そして派生の根底となる撹拌世界が、ハードとノーマルのどちらもの欲張りセットってとこか。


「ふむ。江戸の者はなにかと行動力に富んだ御仁が多くてな。

 それら有り余るエネルギーが空回りしないで済むようにと、こちらの女史が張り切って教導をしてくれていた。

 安全に失敗出来る環境は、実にありがたいな!」

 うっわ。

 叩かれても出る杭みたいな、生きのいい人間ちゃんって、GMの大好物じゃん。

 王冠状の野良ダンジョンを生で見て、そうか、意気軒昂で居られるのか。


 …江戸っ子って逞しくね?

 ワー、頼もしいナー。


「ところでだが、リュー。夜に予定はあるだろうか?

 あってもキャンセルを願いたい!」

 なにかな?


「聞こう」


「先にも告げたが、時間の掛かるGMのダウンロードを早々に始めたい。

 河西ダンジョンのGMにも既に要請してあるが、情報量に特化しているのはリューの手持ちの女史だろう?

 私が持ち歩いていたGMは、初号基を納品した後で、2基目を作成中だった。

 なので最低限のデータが揃うか揃わないかの状態でな。

 心許ない材料でも構築を賄えるようにと、雪山をゲームの舞台にしたのは、女史の苦肉の策だ。

 ゲームとしても足りないなりに無茶をして、破綻ギリギリ、辻褄が合わないことをしていると聞いた。

 一旦、そちらのゲームの配信をストップさせて黄泉比良坂とオノゴロ島の擦り合わせをやらせて欲しい!」

 まあ、ゼリー山脈の施設せいで大規模通信が不可能だったから、世界観の打ち合わせもろくに出来てなかっただろう。細かい設定には齟齬は出るか。


 日本に居たときは撹拌世界が大規模メンテナンスで止まるなんて稀にしかなかった。それは時差のある外国のGMたちが、自分たちが余裕のある時間帯を見計らい、データの構築を手助けしてくれていたからだ。


 幸とオレ。2人合わせて造ったゲーム塔が十指にも満たないホープランプでは、データに加えて演算も足りてないのは、さもありなん。


 そういや幸の宇波さんとかは魔石用の『精製』を入れたんだろうか?

 もしまだなら、取り寄せを頼まないとだ。


 こいつも孤独な作業が続くと、だんだんしょんぼりしてくるタイプだ。

 一緒に頑張ってくれる妖精さんは、心の支えになるだろう。


「わかった。GMの同期は今夜から始めよう。

 しかし、インストール用の筐体は新たにもちこんだとして、エドにもGMを残してきたのだろう?

 そちらはどうする」


「済まないが本拠地在住のGMは、ゲームの配信を止めたくない。一先ず例外にしてもらいたいな!

 エドでの食事事情はシンプルに、焼いたり煮たりしただけの肉や野菜か、ゲーム塔倉庫の備蓄に頼る状況だ。

 女史にはゲーム中、今あるデータでは食堂のメニューくらいしか出せないと謝られたが、自分の好きな料理を選んで食べられる環境を止めたくない!」

 それはいいけど。


「幸がいるなら食べるには困らないと思っていた」


「カロリーベースは困らなかったな!

 しかし缶詰やレトルトが続くとどうもな。無論、食べられるだけありがたいことだが。

 こうなるとは予想してなかったとはいえ、反省だ。

 魔物の招来用の石は、もっと意識して確保をしておくべきだった。

 せめて植物油が絞れるような魔石を持っていたら、生活環境も違っただろう」

 あー。うん、それな。

 面白そうだと思った石は忘れないうちに取り寄せたりしたけど、基本的なものはそのうちダンジョンを造りに行くからその時にタダで回してもらえるからいいかなって後回しにしてたわ。オレも。


 植物油っていうと踊り子豆あたりが手頃だけど、幸は持ってなかったんだ。

 オレらは接待でレベル上げしてたから、本来通ってくる初心者コースをスキップしてしまった弊害が。


「後で手持ちの魔石を交換しよう」

 ひとつしかないものは、増やしてから分けるので後回しだ。


 オレの手持ちだと、まずはおこもりさまをしていた研究施設の石がある。

 抜けもあるので7割ほどか。

 それと主に取り寄せたのは美味しく食べられるような魔物の石だ。これらは篠宮ダンジョンを造る時にどれがいいか品評をするのに入手している。

 

 他は足りないものも多いから、幸と融通し合えるのは助かる。


 ……便利だけど出すのを躊躇うエロ触手系列の石はどうするべきかな。


 なんでそんなものを持っているんだお前とは、聞かないで欲しい。

 だって、興味あるだろう?


 どうしよう。怪我人が多く出るのなら、治療を促進してくれるエロスライムとかお役立ちだ。

 ここは放出するべきか悩む。

 処理の仕方は、薬師免許持ちのサリーが押さえているし、そこで困ることもなし。


「幸。ひとつ相談したい。MPポーションや『治癒』ポーションなどの原料となるダンジョンは、やはり造るべきだろうか」

 日本人は西洋文化が入ってくるまでエロ的タブーの薄いオープンスケベだったが、文明開化後には恥じらいも覚え、ムッツリスケベに進化している。


 そんなどスケベ国家出身のオレらの反応は置いとくとして、ホプさんたちにドン引きされたらちょっとなー。


「そんなのあるなら、はよ出せや」

 おや、麝香氏は原材料をお知りでない?

 幸や要とは、悪ノリした馬鹿話で盛り上がった記憶はあるけど。


 そういやナノハナ研は、エロエロハザードを恐れて人を排せる辺鄙な場所に建てたわ。

 好奇心旺盛なお子さんたちが、肝試し的アトモスフィアで不法侵入したら大惨事だし。


 なんか少し意外だけど、サリーみたく薬学に興味がないと材料のことまではフォローしてのかな。

 ううむ、言いにくいぞ。


 ゲーム中のジャスミンは、美意識が高かった。中の人の麝香氏もそうだ。

 エロ触手はナノハナ産の超人気高級基礎化粧品にも使われているんで、教えたら知らなきゃ良かったとゲンナリされそう。


 あるよな。知りたくなかった食品の香料や着色料の原材料って。


「材料がエロスライムや触手でも?」


「? それはもちろん。エロスライムはナニに使うか知らねえが、エロ触手はMPポーション素材だろ。超重要物資じゃねえか」

 大真面目に頷かれてしまう。


 あ。知ってたんだ。杞憂だったな。


「あれは取り扱い注意の危険物だな!

 管理ダンジョンを正式に稼働させるには、一悶着があったぞ!

 それまでは知識のある佐里江さんと壱号が、アフログミと原料を適切に供給してくれて助かった!

 触手コンテンツはやはり強いな。エロ触手の提供のお陰で人心の荒れも最小限に済んだ」

 へー。

 食欲性欲睡眠欲。三大欲求は、ないよりあった方が健康だもんなあ。


 流石、貫禄のエロ触手センパイ。

 美容と健康に留まらず、日々のストレス緩和にお役立ちとは、優秀だ。


「サリー。お前の妖精、エロ触手バイヤーやってんのかよ」

 麝香氏のツッコミに、サリーはサッと目を逸らす。


「不本意ながら。

 だって、ダンジョンマスターは頻繁にMP枯渇を起こすじゃないですか。

 MPポーションはどうしても欲しい品物でしたし、菓子としてのアフログミならもっと気軽に扱えます。

 それに治安も大事ですし」


「早口で言い募らなくてもわかるって。レベルアップでムラムラすんのは自然の摂理だろーが。

 確認だけでからかってねえよ。

 お前がポーションを作れるなら、MP不足で足踏みしている生産グループのレベル上げも楽になる。

 それに気軽に買えるエログッズで、不幸な事件の予防が出来るなら万々歳だ。

 ……。

 でも、そうか。妖精ならエロ触手の薬毒被害に遭わず、採集活動をやれるのか。

 強いな、妖精」

 エロ触手系のイベントを踏んだことがあったのか、麝香氏はなにやら感慨深げだ。


「失礼。少し動揺しました。後ろめたくていけませんね。

 はい、壱号には採集活動及び、毒抜き作業を頼っています。

 今回遠征するにあたって、対エロ触手管理マニュアルが整い、本拠地に正式なエロ触手の採集用ダンジョンを造ってもらえて正直なところ、ホッとしました。

 どうにもその、壱号の呼び出しを頼まれたりで、触手ユーザーを知ってしまうのは気まずくて」

 サリーの口からエロって言葉が出ると、ぴゃっと反応してしまいそうになるのはオレだけだろうか。


「エロ触手が出回ると便利になるな。

 でも管理マニュアルなんてもんがあるんだな。

 ……いや、産業にするなら必要か。

 ポーションはもちろん、化粧品類は絶対バズるだろ。俺は買う」


「マニュアルはともかく、道具は1から手作りしたぞ!

 土産に配った防毒装備のペンダントがあるだろう?

 『エア』で空気の層を遮断するやつだ。

 それに付け加え、専用の対応装備を着込んで採集するなら、触手の薬毒にも対応できた。

 常に需要があるのに、壱号頼りにするのは良くないと善意の志願者が頑張ってくれた」


「防毒装備は随分とタイムリーなものを持ち込むじゃねえかと怪しんだが、理由がエロ触手だったのかよ!」


「エロは偉大だな!皆、表面では恥じらいつつもいそいそと装備作りを協力してくれた!」

 性暴力防止に買えって推奨されたら、喜んで購入するよな。そりゃ。

 エロで触手だもん。

 興味あるよな。オレはある。


「『免疫』を付与出来る職人が生憎こちらには居なかったからな。

 東進するのに『エア』での空調管理は、次善の用心手段でもあったわけだ。

 そんなわけでリューにも一応、渡しておく。常時発動型のアクセサリだ!

 持っているスキルでも、使うのに意識を割り振りせずに済むぞ。状況によっては便利だろう」

 箱つきのペンダントを渡された。

 箱を開け、肌に触れると自動でMPが吸われる感覚がある。


 付属の説明書を斜めに読めば、『エア』に常時『リピート』が付いているアクセサリだ。


 なるほど、これは良さそうだ。『リピート』はまだ持ってない。

 ペンダントを着けて自力で掛けていた『エア』を解く。


 『エア』は山中都市で目覚めてからこのかた、自室以外は使っていた。

 解けないように意識を割かなくていいのは楽になる。



 こうしてサリーたちと話していても、目の前にやること成すことは山積みだ。

 なのに重いもので押し付けられていたような体が、フッと軽くなるような錯覚がある。


 ああ。オレは気を張っていたんだな。

 漂流してからこのかた、ずっと。





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― 新着の感想 ―
ダンジョンタワー候補地ランクの魔境でしたか… そしてその上を行く魔境サリアータ。崩落起きて尚支え切って人の住める地にしてた手腕はとんでもないことを今更実感しました 日本側にも候補地になりそうな海がある…
ジャスミンが居てくれて本当に助かる一幕だなぁ。下手に茶化したりせずに切り込んで話してくれるから拗れることなくスムーズに話が進む。しかし東京組は逆境に燃える質の人たちばかりだったかー。統制するのも一苦労…
たしかに色んな魔石持ってそうなのは好奇心旺盛な主人公と職人趣味な要だよなぁ
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