320 報告することされること
腹時計が鳴ったので、壱号さんの庭を出る。
そうしたら空はすっかりラベンダー色だ。
サリーと居ると時間の経過が早く感じる。
野外会場はナイターが灯され、煌々と明るい。
そこに流れてくるのはいつも聞き慣れていたメロディだ。耳が自然と反応し、音源はどこだと探してしまう。
彼ら、甲殻人バンドが陣取っていたのは、昼中は力士たちが待機していた雛壇だ。
ノッポの群れにひとりだけ、小さい影が交じっている。小野寺さん家の彩月ちゃんだ。彼女は楽しそうに蛍の光を弾いてる。
生ギターでの蛍の光って、なんかいいな。馴染みのある旋律と弦の音色が郷愁を誘う。
「大一番に間に合わなかったのは残念だったな!
つい先程、本日の興行は終わったぞ!」
「済まない。待たせた」
「構わない!積もる話もあるだろう!」
快活な声に誘われ、近づく。
用意されているボックス席は幸と麝香氏、そして壱号さんと、トウヒさんが座っていた。
壱号さんは、庭に入った地点からは少しだけ移動していた。
出口になってたのは、ちょっと特別なボックス席だ。野外なのは変わりないが衝立てと日除け、半円形のテーブルセットが備えられており、土俵が見下ろせる高所にある。
妖精さんはマルチタスクがお得意だ。自身の庭に招いた来賓が困らないようリアルタイムで常時、適切な出口ポイントを設定してくれる。
火の中に水の中。本体がそんな危険な場所にいる限り、妖精さんも庭出入り口の封鎖をするらしいが、今のところそういうレアなケースに遭遇してない。
「おう、お前さんら、ようやく出てくる気になったか。
チビどもは検査を含めて入院で、そっちに保護者の爺さまも同行している。後で顔を出してやれ。
医者にはお前の客人だから、くれぐれも宜しくと頼んであるぜ。その扱いで良かったよな?」
オレが壱号さんの庭にいる間に、麝香氏が諸々の段取りを済ませてくれたのか。
「ああ、助かる」
サリーの顔を見たら手回ししなきゃいけないことが、頭からポーンと飛んでしまってたわ。やってしまった。
「いま、しょくじをおもちしまする。
こんやディナーは、おやさいたっぷり、カレーですぞー」
壱号さんが、妖精さん用の椅子からぴょんと飛び下り、てててーと消える。
「気を使わせてしまったな」
待たせているなら、早く出てくるべきだった。
「いや。リュアルテ殿のコネさまさまだ。
特等席で相撲見物を楽しませてもらったぜ。なあ?」
「そうだな!相撲見物は初めてだが、あれは爽快だな!
ライブで見ると迫力があったぞ!
久々に良い休暇になった!」
超SUMOUはなー。
チラ見した感じ、本来の相撲と似て非なるものじゃなかろうか。
「取り組みの報奨として、捕虜の返還をするとは聞いた」
人目のある外なのでサリーが『念動』で、椅子を引いてくれる。
「らしいな。
私たちは河西までの道中で、ちょっかいを掛けてきた西の人を捕まえてしまった。
やむを得ず捕まえたはいいものの、相手も軍人。上からの指示を受けての行動だ。犯罪者ではないだろう?
迂闊に解放も出来ないが、22名もの捕虜など、どうしようかと困っていたからありがたい!」
「多いな」
1人や2人じゃなかったのか。
それだけの数を、よく捕まえられたものだ。
サッカーの試合が出来ちゃう人数じゃん。
「現行犯逮捕だ!正当防衛を主張する!」
ほうほう、幸よ。疚しいことがある口振りだな。
なにを仕出かしたんだ、お前は。
つい胡乱な目で見てしまう。
「いや、違うだろ。別に責めてるわけじゃねえよ。
襲われたと聞けば、普通は真っ先に被害者らを心配するもんだぜ。
怪我をしてないかとか、不安になるだろうが」
だよなあ。
「ああ、なるほど!
私たちは全員無事だ。
しかし聞いてはいたが、甲殻人は凄いな。身体能力のポテンシャルが違う。
彼らが慢心してなければ、結果は違ったものになっただろう。
ろくに手加減出来なかったのは、遺憾の意を表明したい!」
相手側にしてみれば、かよわいハムスターが固まってうごうごしてると思いきや、中身ゴリラだったという外見詐欺だ。
傷つけず、そっと捕まえようとして返り討ちにあったんだろうな。
これは酷い。
彼らが判断基準にしてただろう病院に担ぎ込まれた遭難者たちも最低10レベルはあったし、若い男ばかりだから本来そうか弱くもないけれど、甲殻人に比べたら、それはまあ。
「襲われておいて、怪我をさせるなとは言えんよ」
えーと、つまりだ。オレを誘拐したのと違う部隊も見回り活動をしてたんだ?
河西の襲撃者たちはリーダー格が言葉通り首を斬られていたから、残りのメンバーもなにかの詮議はあったはずだ……って、そりゃそうか。
これだけ魔物が氾濫している土地柄なら、野良ダンジョン専門の哨戒部隊もいるだろう。
……あれ?
なんかおかしくないか?
ザラリとした違和感がある。
数人程度ならいざしらず、こちらのメンバーが全員無事で、22人もの捕虜を得たとなると、微妙に話が変わってくるのでは?
なんだが相手方には意図的な、サボタージュがあった予感がする。
オレの穿ち過ぎだろうか。
でもガチ盾な伊東さんをボコボコに出来るような基本スペックの甲殻人らだぞ。
それだけの数をこちらは無傷で捕虜れるとか、シナリオありきのプロレスっぽい。
「そうか!
少し安心した。
そちらはホープランプ衆と交流を深めていただろう?
信頼と好意は、誠意なしには得られぬものだ。
なのにヨコハマグループが培ってきた努力を水の泡にする真似をしてしまったのではないかと、こちらの者は頭を抱えていたから、つい。過敏に反応してしまった!」
お、これはビンゴかな。
【命令は遂行しましたが、奮戦やむなく負けましたー!てへぺろ!】
こいつの述懐ってそんな相手の思惑を理解出来ず、やりすぎたからの後悔っぽくね?
でなければ幸も、襲って来た相手を手荒に扱ったぐらいで、後ろめたさはないだろう。
誰の耳目があるか分からない風通しのいい野外だから突っつくのはやめるけど、後でこの辺は確かめとこう。
「ええ、そうですよね。
こちらとそちら。あまり考えたくありませんが、立地が反対だったらホープランプの皆さんとは最悪な出会いになっていた可能性がありました。
その頭があるので、つい石橋を叩きたくなってしまいます」
「違いない」
幸とサリーはなにかしらの共通認識があるらしく、オレのわからないところで通じ合っている。
ううむ、面白くないですよ?
これぐらいなら仲のいい同僚の距離感なのにな。男の嫉妬って醜いわー。
「そうだろうか」
コミュ強の幸なら、甲殻人とも秒で仲良くなれるだろ。
いや、オレが幸みたく東京グループを纏められたかって話になると無理だけどさ。
「スポーツ観戦でも国際試合は、自国の選手を応援するもんだしな。
どうしたって同朋贔屓はあるもんだ。
正当防衛でも、同じ種族の奴らが他の奴らに好き勝手にボコられたら少しは面白くないだろって、そっちが心配した気はわからんでもない。
甲殻人は身内の不始末に厳しいから、ンなことはねえってっていってもよ」
「そちらの悩ましさも無論ある。
しかし佐里江さん、いや私たちの気がかりは微妙に違う。
リューは難なくクリアしていたが……リューと私が反対だったら、こちらは初手パンデミックを防げなかったぞ。
ネモフィラで感染症が出たと連絡があった時は、病院関係者たちを中心に絶望感が広がったものだ。
【私たちがホープランプの死神になってしまう】とな。
こちらも苦労をしてないわけではなかったが。しかし私たちが生存圏の確保で右往左往をしている間、ヨコハマの面々にはホープランプでの地盤を築く努力を全て押し付けてしまっただろう?
手際が悪くて、不甲斐なくも情けない。もっと上手いやりようがあったのではないか。
それが東京グループの偽りのない本音だな。
ましてリューの救助に合流したはしから、捕虜を引き連れた問題の持ち込みだ。却ってヨコハマの面々には迷惑を掛けてしまったのではないかとな。あちらの空気が沈んでいる」
ああ。『免疫』問題。それがあったな。
オレだけじゃなく小野寺ファミリーも『免疫』と『エンチャント』持ちだ。アクセサリの製作を任せられる仲間がいるのは頼もしい。
『免疫』も『エンチャント』もそう珍しいスキルじゃないけれど、天然もので両方揃っているのはラッキーなことだ。
潜伏中に、東京グループの移動情報を伏せられてたのって、なんでだよって一瞬、強く思ったけど、深呼吸してから考えれば敵地に潜むオレを無闇に焦らせないための配慮だと分かる。
サリーが近くに来てます。道中、襲撃に遭いました。そんな一報が入ったら冷静じゃいられなかったわ。
人数が多いだけのことある。あっちのグループは色々と思慮深いな。 集合知の勝利だ。
そしてビックリするぐらいプライドが高いな!
魔境に落ちたら生きてるだけで、マジ偉いよ。
「いや、しかし。苦労なら、よほどそっちの方がしてるだろう」
オレらはホプさんらの支援があった。
周囲が魔境なら人間重機の冒険者とはいえ、陣地の構築は大変だったはずだ。
「おう、なるほどな。そういうことか。そりゃ気まずくなるか」
麝香氏は訳知り顔だ。
「なにが、なるほど?」
「あのよ。リュアルテ殿は息を吸うようにホープランプ政府や企業群らの支援を引き出してただろ。
言っちゃなんだがリュアルテ殿の手腕にはよ、ヨコハマの連中も頼もしすぎると戦慄してたぞ。
離れた場所にいて、いまいち空気感の読めない東京グループにしてみれば、わけわからんムーブだろアレは。
そうやって他人さまがせっせと調えているような日ホプ交流の庭に、野球ボールでも投げ入れて植木鉢を割る真似をしちまったら【やべえ】ってなるだろ」
ええー…?
サリーの顔を見れば、コクコク頷かれる。
「なにもなかった場所に街を造り、あまつさえ後世には世界遺産間違いなしの転生神殿を建立するとか、自分の耳を疑った!」
「たった数ヶ月でダンジョンタワー建造協力を取り付けてくるとか、なにが起きたかわけわからんよな。
ダンジョンだけならダンマスなら建てられるけど、周辺施設を造る労働力は別売りだってのによ」
流されるままに仕事してたって韜晦するには下心アリアリだったから、そこ突かれるとそわそわする。
別に悪さはしてないけどさ!
「私も励まなくてはと、リューからの報せが届く度に発奮したものだ!」
「お前は指を落としたんだから、次に転生するまで大人しくしとけ。そっち側は利き手だろうが。
全く。サリーといい、親にもらった体は大事にしろよ」
「大事にはしているぞ!沢山鍛えて使っている!」
「そう言われると反発したくなってこまります。私の場合、ろくな親じゃないんですよねえ…」
『体内倉庫』から茶器を取り出したサリーが、温かいほうじ茶を淹れてくれる。
ガラスのポットがふよふよと宙に浮く。去年のクリスマスの付喪神たちのよう。
『念動』は便利だ。
ただサリーが茶を淹れる丁寧な仕草を、仕事の合間に横目で眺めることも好きだったから。
なにかにつけ、失われた片腕を惜しんでしまう。
「なんだ、お前んトコも毒親かよ。
それなら、リュアルテ殿が泣くから自分自身をしっかり守れ」
「そうだな。泣く」
泣かされました。
正直、隔離してもらえて助かった。
麝香氏は気が利く。おかげでメンツが保たれた。
「自重します」
「……努力、はする!」
神妙な態度なサリーはいいとして、幸。テメー、さては反省してないな。アアン?
「わたしは負傷者がこれ程多いとは思ってなかった。エドまわりは、過酷だな」
もっと詳しく報告してくれても良かったのでは?
そう言外に近くの護衛さんらをチラリと見ると、口の端だけの苦笑が返る。
彼らの中には小洒落た眼帯を始めた人もいた。多分あれは実用品だ。
「人の目のなき無人の野だ、致し方あるまい。
厄介だったのは野生の魔物のレベル差によるバラつきだ。
安全マージンを確認し終えたと思った矢先に、貫通系、切断系スキル持ちがいたと判明したこともある。
データベースにない魔物はやはり一筋縄にはいかないな」
そう、総括する幸の態度は落ち着いたものだ。
こいつのメンタルどうなってんだろ。
時々、同じ十代というのが信じられなくなる。
幸は人類のバグのような男だが、努力だって人一倍していた。
生まれも育ちも東京で、他に楽しいことはいくらでもあるような土地柄だ。
そんな環境で十年一月。心変わりをせず武芸に打ち込んできた男がだぞ?
一時のものとしても、剣を握れなくなって、平気でいられるはずがない。
なのに忸怩を外に漏らさぬ、鋼ぶりだ。
泣きべそ掻いてたオレとは大違いだ。
……愚痴ぐらい、聞くのになあ。
コメント、リアクション、評価、誤字報告等、感謝です。
ヨコハマの面々はエドの皆は、ダイジョブ(´・ω・`) かなってソワソワ心配してましたけど、東京の人たちは人たちで、なんか横浜の人ら、異界人ファーストコンタクトなのにモーレツにコミュってる ヾ(・ω・`;)ノ なにがどーして、どーなってるの??となってます。
双方ともに目の前にいない人間は見えませんので、なんかあっちは大変そうだなと思ってますヨ。




