316 タイムカプセルは休眠中
「この、トンネルは?」
支道から一歩本道に踏み入ると、自動で音楽が流れ始めた。
スピーカーから響くのは、ホープランプ民謡。早いテンポの弦楽三重奏だ。
そして気がつく。
トンネルなのに、音が反響してこない。
……また、先史文明が不思議なことをしている。
ユーザー的に施設の作り方が地球と似ていると親しみを感じたのは、どうやら気のせいだったらしいな!
「ゼリー山脈環状線、天蓋都市・幻の都道1号にようこそ。
ここに誰かを連れてきたのは、ロボ男以来だ」
「随分と立派な」
感嘆しかない。
超一級の魔法使いの御業は恐ろしいもの。
トンネル内は山中都市とは違って、全くの無人だ。
笹の葉の君の手による秘匿物だろうと推察するが、それが到底信じられなかった。
目視でも電車が4本、横並びで走れそうな大道だ。 天井も準じて高い。
いくら無人の野で好き勝手に開発していいからとしても、これは国家が何十年も時間を掛けて取り込むような大事業じゃないか?
若くして地下都市建都の指揮をとった笹の葉の君だ。
大がかりな土木工事に、並々ならぬ手腕があったのは伺えるし、夜露の方も協力をしただろう。それにしても。
いいや、そうか。
ゼリー山脈一帯は、笹の葉の君の終の棲家だ。
宇宙船を建造するような種族の大魔法使いが嗜む、生涯の趣味ならありうるのか。
宇宙船を造るならその前に、船のドックや港なんかも設営しなきゃいけないもんな。 大規模施設を造るノウハウがあったことは間違いない。
魔力ありきの他文明が、機械類をあまり発達させてこなかった、その理由を強制的にわからされてしまう。
本物の魔法使いって凄い。
白い壁に触れてみた。
すべすべだが、冷たくはない。
思いきって掌で強く押してみると、僅かに凹んだ。そして手を離すと復元する。
魔力を通すと弾かれるので、この壁も世界樹素材を使われているようだ。
そうだよな。世界樹は天を突くような巨大な存在だ。
大量に採れる良質素材を無駄なく消費しようとエコったら、建材として使うよなあ。
世界樹の杖とかなんて山中都市では、一山幾らの投げ売り価格で売られていそうだ。
木刀があったら欲しいかな。 量産品の世界樹の木刀とか、土産物に配るのにとても良さげだ。
妹、悪友、クラスメイト、どの層にも【世界樹の無駄使い!】って馬鹿ウケしそう。
しかし幻の都道1号ということは、笹の葉の君は最初から、このトンネルありきで都市計画を立てていたっていうことだよな?
………山中都市の甲殻人たちも、自分たちが住んでいる地下にこんな遺産が眠っているとか、夢にも思わないだろうな……。
「ここの環状トンネルは、災い封じだ。
山脈一帯の地盤強化の意味合いもあるんだぜ。
こいつが完成したのは都市よりずっと後になるけどよ、なかなか立派なモンだろう?」
ご隠居は、驚いたか!と言わんばかりの自慢顔だ。
「……下に空洞をあけておいて、山中都市の強化がなされるのは、理不尽に思えてならないな」
ため息ひとつ。
ファンタジーさんは気軽に物理法則を、無視しないでもらいたい。
「だよなあ。俺もそう思う。それだけ丈夫な壁なんだろうがよ。
後はこのトンネルの地下には、ゼリー山脈に落ちて濾過された雪や雨水の収集機能が仕込んである。
おかげさんで天蓋は、水に困ったことのない街だ。
地脈を吸い上げて、これらの貯水機能は補修される。壊そうとしなければ半永久的に使える施設だとよ」
へー。
「だからあえて人目につかないよう隠されている?」
「いいや、違うぜ?」
ご隠居は、くく、と笑う。
「こっちのトンネルは未来に向けた、あいつ一流のサプライズプレゼントだ。
見つけた奴が驚いてくれるのをあいつは楽しみにしてたから、都の連中が自力で発見するまで秘密で頼まあ。
いつか遠い将来に人が増えて、100万を越えるころには、こういった道路が必要になるだろうとな。
天蓋は1000人足らずでこぢんまりと始まった集落だからよ」
あ。そーいう。
埋蔵金みたいなノリ?
三つ目族って宇宙ドワーフなんだろうか。
ご隠居の思い出のアルバムを拝見させてもらったが、ご夫妻はお2人ともほっそりしておられたんだけどなあ?
オレらが入ったのは裏口からだ。
環状トンネルのどこかには正式な出入り口も適宜、設えてあるんだろう。
しかし魔力を通さない世界樹壁は、スキルの類をパチンと弾く。
巧みに隠されているトンネルを、甲殻人たちが外から見つけるのは、困難なんじゃなかろうか。
あー。だから人が増えてから、なのか。
そうしたら狭くなった都市から出て、麓に移民した後継たちがトンネルを探し当ててくれることだろうと。
当時のゼリー山脈山麓は、ここまでの魔境じゃなかっただろうし、外で暮らしている人も増えるよなって心づもりだった?
甲殻人は先史文明人が大好きだなーって思ってたけど、先史文明人も甲殻人のことが目茶苦茶好きだな。
こんなのラブじゃん。
「ならば、わたしが知ってしまっても良かったのだろうか。
実と萌もいないのに」
山中都市に住んでいた甲殻人ということで、兄妹は遺産相続の当事者だ。
先に知ったのは、やや後ろめたい。
ちなみにその兄妹たちだが、怪我の治療が進んだことで、実少年はダウンしている。
痛め止めのスキルが発動していた反動だ。
スキルのおかげで激しい痛みを味わうことはなかったが、体に強い負担を掛けたので、目眩や発汗、体の重さ等々、重い更年期障害のような症状が出ている。
いつも元気な兄が軽口も叩けないほどグッタリしてしまったので、それにショックを受けた妹も仲良く知恵熱を出したのだ。
焦ったが、甲殻人も子どもは感受性が高い。
こういった身内の怪我でのもらい知恵熱は、良くあることだそうな。
2人とも、どうにもしんどそうなので寝かせてある。
「甲殻人は正当な遺産の受け取り手だぞ。宿題を終えずに受け取るズルはダメだ」
「宿題?」
「【私たちがいなくなっても、皆、仲良く元気に過ごすように。いい子にはご褒美を残しておくよ】ってな。
その褒美がコレだ」
んんん?
「褒美が見つかってないのは本末転倒では」
道路なんて利用されてナンボだろ。
「自力で発見出来なければよ、救済措置も一応はあるぜ。
俺が生きているうちにあいつらが実績解除を達成したら、話してやれと頼まれている」
「その実績とは難しかったりするのだろうか」
まさか意地悪な課題を出すことはしないよな。
なのに達成してないとかどうしてだろ。
「天蓋都市の人口が100万人に達することだな。
あいつらは基準となる人口を前に住居問題で、出産制限を始めやがったからよ。
ネタばらしをしようにも2万人ほど足りてねえ。
ったく、10万の時に解放した地下第1層の農地だけで満足しやがって。
100万の時もなにかあるんじゃねえかと怪しめよ」
おっと。シンプルに人口の問題だったのか。
そして地下層もあったのか。見えてたよりも広かったんだな、山中都市は。
山中都市を母体として、トンネル先に門前町が造られていく。その未来予想図が、笹の葉の君の胸の内にはあったのだろう。
だからこそ、よろしくない。
正式な出入り口は、トンネルの利便性を考えるなら都市直通であるはずだ。
案の定、路肩で立ち止まって話していたら、反対側の壁一面をスクリーンに現在地と行き先方面を示す矢印付きの標識が浮かびあがった。
どうやら人の動きに反応するセンサー類が、壁に仕込まれていたらしい。
なんてユーザーフレンドリーな迷走対策だ。
トンネル内部に一旦入ってしまえば、出入り口を探す必要すらなかったわけだ。
都市の無防備な横腹から侵入出来てしまうトンネルを、知ってしまって良かったものか。無性に不安だ。
【このトンネルを使えば、東京グループとの合流も楽になるな】
浮かび上がっている地図につい、そう考えてしまう。
しかし便利に使わせてもらうには、大トンネルが受け取り手の知らない先史文明人の遺産というのがアンタッチャブルだ。
ご隠居は生前からの友人枠だからいいとして、界外人がズカズカと入ってしまうのはどうにもなあ。
「約束を破っちまったが、今回ばかりは仕方ねえ。
兵隊さんは今日も元気に鹿狩りなんぞをしてやがるからな。
お前さん、そろそろ無事に帰らないと周りの奴の堪忍袋の緒が切れるだろ?
笹の葉のは、こんな自分を信じてついてきてくれたと、奴らを大事にしてたからよ。
あいつらが不幸になるのは、望んじゃいねえ。
そっちの方が問題だ」
オレが余程に変な顔をしていたのか、ご隠居がフォローをしてくれる。
「……確かに、そうだが」
五体満足で帰参すれば、被害者たるオレの意志を汲み取って一先ず話し合いから始めてくれる。その合意はなされている。
マイルドな反応のようで、実質【他になにかあれば殴りにいくよ】そんな戦時委員会開催までの、限界ラインが引かれた気配だ。
うん。
秘匿ダンジョン帰りにその連絡が届いてしまったもんで、冷や汗をどっと掻いたよな。
外出先で、舐めプなんかして、すみませんでした!
管理ダンジョン通いは日常というか地味な日頃の訓練だけど、野良ダンジョンはプレイ本番って意識がある。
部活的に表現するなら、レベル6野良ダンジョン詣でが戦略を練ってから万全で臨みたい全国大会。
レベル2あたりまでは色々試してみたい野試合っていうか。ゴニョゴニョ。
楽しくて、はしゃいでしまった自覚が辛い。
「どうもプレゼントを贈られた相手より先に、中身を知ってしまうのは気まずいな」
トンネルは親御さんが子どもの驚く顔を楽しみに、用意していたタイムカプセルだ。
東西の関係が緊張する今、下手な利用をされたら後まで祟る。
ご隠居の黙秘の要求は順当だ。
言われた通り、オレは貝の口になるとしよう。
「お前なら許されるだろ」
「そうかもしれないが、それでなくともダンジョンマスターは特別扱いをされているだろう?
若いうちから慣れてしまうと、増長してしまいそうで」
いや、傲慢な振る舞いも自己プロデュースを失敗しなきゃいいんだよ。
お偉いさんが自信ありげなのは、頼もしいしさ?
でも正直そーいうロールプレイを、格好よくこなせる自信はないかなあ。
不遜な人間に魅力があるのは、実力者というステータスがあってこそだと思うわけよ。
同じダンジョンマスターでも10年、20年と世の中に尽くしてきたような先輩と、駆け出しを同じように扱うのは違うよな。
翻って山中都市だ。こちらの管理ダンジョンは、500年前のロケット飛来時、当時の領主一族の血で購い築かれた。
よって管理ダンジョンは領主一族の財源でもあるが、都政にもべったり寄与している。
ご隠居曰く、凄絶に生きて儚く散った山中都市でのダンマスたちは今でもそれなり以上に尊敬されているそうだ。
【バレたらあいつらハイしか言わなくなるぞ】
そんな風にため息つかれたら、なあ。
歴史の背景的に、就任したてだから気軽にしてねとは言いにくい。
そんなわけで兄妹にはまだ、オレがダンマスだってのは伏せてある。
折角素直に懐いてくれたのに、態度が硬化されたらとても悲しい。そういう思いがなきにせよ。
せめて兄妹が元気になるまでは、黙っておく。体調が悪いのに、寝ている場合じゃないと頑張られたら困る。
「いや、その前に誘拐被害者だろうが、お前さんはよ」
そうだけどさ!
トンネル内はやや涼しく、甲殻人が走りやすそうな道になっている。
彼らを差し置き、先に走っちゃっていいのかなあ。
後ろめたいのに無性にわくわくしてしまう。
まあ、いいか。オレがウッカリしなければバレはせんだろ。
『録画』は一応しているが、外に出さなければいいだけのこと。
「よし、帰ろう」
あれこれあった山中都市ともお別れだ。次は気楽な観光で来たい。
「はいです。
色々ありましたけど、皆さんと仲良くなれましたし、行方不明者さんが拉致されたわけではないと知れたのは良かったですよねー。
行方不明者さんを引き取ることは叶いませんでしたが、いいニュースを持って帰れますー」
トウヒさんが総括して、山中都市での良かった探しをしてくれる。
行方不明者一行は無事ではないけど全員が生きてはいた。確かにそれはいい知らせだ。
彼らの無事を祈る日本の家族に、朗報を届けられる。
「連れて帰れないのは仕方ない。まさか、入院患者を拐うわけにもいかないからな」
行方不明の大学生たちは、病院で隔離されてた。
回収どころか、接触も出来なかったがそれも当然。彼らが居たのは感染病棟だ。
許可なくこっそり忍び込んで、なにかしらのハザードを起こしてしまった日には洒落にならない。
「ですよねー。恩を仇で返す真似は出来ませんしー」
だよなあ。
そもそも彼らは無理な山岳ルートを踏破した際に怪我をして、動けなくなっていたところを善良な山中都市都民に発見された。
ボロボロの異界人に慌てた都民が、地元の病院に担ぎ込んだそう。
そして怪我の療養中、起こってしまったのがホープランプ麻疹の院内感染。
感染は事情聴取を名目に、不特定多数との面会が多い中に起きたので、犯人はお前らだと日参していた保守派の面々は病院から叩き出されたとかなんとかで。
病院がお強い。
ハジメさんの集めてきた情報を集約するとそんなカンジだ。
すわ、病院と聞いて珍しいモルモットとして扱われているのではと邪推したオレは反省して。
偏見での風評被害、ダメ、絶対。
「変な話だが、病院に居るなら安全そうだ」
「あそこはある種の聖域だからな。
なんだかんだ言ってもよ。医療機関は自分の評判を大事にするぜ。
あそこは患者を守る気概のない病院だなんて、恥ずかしい噂を立てられでもしたら、医療用のホープランプを預かっているプライドに掛けて自分自身らが許せんだろうよ。
同朋を残していくのは心配だろうが、その点は安心してもいいんじゃねえか」
「ああ」
ホープランプ麻疹は、頑丈な甲殻人が1月寝込むことも珍しくない感染症だ。
ハジメさんが窓から覗いた観察や、中庭での看護士さんたちのお喋りを収集した限りでは、彼らは生死の境をさ迷いながらも手厚い看護を受け生還し、ようやく薄い重湯が食べられるかどうかの状態だった。
げっそりと衰弱しているので、しばらくの間は、病院から動かすのは不味そうだ。
病院が頼れる存在なのは、素直にありがたい。
でも、薄情なようだけど、てっきり行方不明者は、もう見つからないものかと思っていた。
山中都市外の魔境ぶりは、想定外に酷かったのに。……なんで彼ら、助かったんだろ?
助かったことを責めているわけじゃなくて、純粋に謎だ。
最高がレベル15程度、全員揃って山越えして、なおかつ生き残れるとか、わけわからん。
並外れた悪運があるのか、それとも自前のサバイバル能力の所以か。
いずれにせよ彼らは、主人公が酷い目ばかりに合う、ノンストップアクション、コメディ映画の主役を張れる気がする。
出奔してから、彼らはどんな冒険をしたのか聞いてみたい。
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