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315 エレベーター



 河西ダンジョン発、謎の報告が届いてから、明けて早朝だ。

 出口待機も3日目になる。おはよう。


 まだ眠いが、顔を洗ってシャッキリとする。

 うむ。相撲興行云々は、きっとなにかの符号だろう。

 真に受けるとか、昨日は疲れていたのかもしれん。



 今朝の山腹は、霞か雲か。山からの眺望は毎日のように、姿を変える。

 薄く棚引く雲海の下は絶えず雷がチラチラと光り、幽玄な景趣に彩りを添えた。


 眺めるだけなら素晴らしい。

 しかし、雷の落ちる頻度も、そろそろ落ち着いていい頃合いじゃないか?


 レイドが終わる気配がない。そのことに困惑する。


 山麓は確かに広大だ。

 しかし、どれだけ繁殖してたんだ、鹿の衆。

 1000万頭とかいたりして。あはははー。…って、笑えない。


 もし、それなら。と、膨大な数の鹿がいるのに、森が禿げ山にならない理由を考えてしまう。

 最悪だ。


 植物魔物の繁殖汚染程度が、オレの脳内グラフの見積りを越えて、深刻だったことになる。

 現場の空気を吸わないと、わからないこともあるよな。


 島国育ちの感覚からすると、大陸は広すぎる。土地が養える魔物の数を過小に見ていたきらいだ。


 こうなると東西ホープランプ間が、大河で分断されていて幸運だ。


 東は東で小さな魔物が増えてしまい、生態系を食い散らかし、撲滅は難しいことになっている。

 東西の補食関係にある魔物を接触させると、更なる厄介ごとのフラグが立ってしまう。



「こっから下山が出来んなら仕方ねえ。改めて地下道を開示したい」

 朝食後、居間のソファーで精石を弄っていたら、ご隠居に膝詰め断判で提案された。


 千年ものの年寄りは、手持ちの引き出しの数が違う。


 そんなわけで新マップだ。

 秘匿通路からの移動の提案を受けて、待機していた展望台から離れることになった。



「他にも抜け道があったんだな」

 偵察に出ていたハジメさんを回収したとこで改めて、ご隠居の案内を受ける。

 まあ、バックドアは重要か。


 うーん、しかしだ。

 仕方ないからと別ルートの提案を出してくるなんて、展望台からの下山ルートよりもずっと遠回りだったり、過酷な山岳ルートだったりするんだろうか。


 足場の悪い崖の細道や、ゴロゴロの岩場での登り降りを、やらなくちゃいけない悪路だったり?


 いいな、楽しそうだ。

 想像すると、わくわくしてしまう。


 オレらも東京グループと合流するのに、手をこまねいていたわけではない。

 宇宙くんを講師にして習った基本の登山用『念動』技術は12式だ。

 あれらの練習の成果を、とうとう開陳する日が来たか。



「すまんがこっちの道のことだけは、黙って居て欲しい」

 ウキウキしていると、ご隠居に釘を刺される。

 そりゃ秘密にしろと言われれば黙ってるけど、なんでだろう。


「了解した」

 疑問を抱きつつ、頷いておく。


 始めに連れて行かれたのは、通ってきた隠し通路だ。

 一旦封鎖した陵墓に繋がる三叉路を開き、奥に入る。


 そこからはさしたる距離も歩かなかった。行き止まりに辿り着く。

 道の終わりは、小ホールになっていた。


 この小ホールだけ天井が高い。

 広間の主役はというと中央に置かれた、重厚な石碑だ。


 床は幾何学模様のタイル張り。通路とは醸す空気が違う。

 見れば隠し通路でも石碑の間だけは、どうやら清掃システムが稼働しているらしい。部屋は埃ひとつなく清められている。

 タイルを踏むと魔力の流れが感じられた。


 この幾何学模様は、空間維持の技術のキーだ。

 ついジロジロ見てしまう。

 三千世界産のものとは別の、ホープランプ式魔方陣だ。

 それだけでも心が浮き立つフレーズなのに、しかも先史文明人が作った古代様式の完全版というオマケつき。


 ううむ。コレを黙っていろと頼まれたのは、少しばかり残念だったかもしれない。

 先史文明時代の生きている遺跡の映像は、東のホプさんらも大喜びしてくれそう。

 

 オレがタイルに気を取られている間に、ご隠居が石碑に近づく。

 石の上部には意匠化された世界樹が、その下の視線の位置には、三つ目紋を刻印されていた。


 動かぬ証拠だ。オレが甲殻人だったらテンションがおかしくなってただろう。


 世界樹は先史文明人たちの国章で、三つ目の方は紋章だ。

 日本での紋章は家を表す家紋だが、先史文明人の紋章は個人を識別するものだ。


 三貴漆の木とピッケルに、カマボコ型の三つ目紋。

 片羽に傷の入った蝶と天秤に、装飾された杏仁型の三つ目紋。

 それぞれ形の違うものが右左対象になるように2つ刻印されている。

 間違いなく、笹の葉の君と夜露の方のものだろう。


 ご隠居は石碑に穿たれた飾り輪のひとつを水平に持ち上げてから、グッと捻る。


 すると石碑が中央から2つに割れて、中身の箱が露出した。

 遊び心たっぷりのからくり仕掛けだ。


 ええと、これはつまり。


「エレベーター?」


「なんだ、驚かないんだな」

 促されたので中に入る。

 ご隠居がボタンを操作して扉を閉めた。エレベーターは、無音で下に降りていく。


 長いこと点検してなさそうなエレベーターだ。

 内心ドキドキしてしまうが、挙動は滑らか過ぎるほどで、不審なところは見受けられない。

 管理ダンジョンの根幹部といい、魔力文明の本気の建物設備は、活動サイクルがどこも長い。 大事に使って数百年単位だ。


「…ああ、そうか。気づかなかったな。三千世界基準だとエレベーターは珍しくなるのか」

 ひとりごちる。

 三千世界風の攪拌世界では管理ダンジョン内でもない限り、背の高い建物が珍しいし、ダンジョン内ならワープ穴での移動が使える。

 電車がない変わりに、移動システムはワープ系種が一強だ。


 それに一般人でも大人なら、レベル5程度はあるものだ。

 だれもが健脚なので、多少の階段くらいはものともしないし、大荷物の移動も『体内倉庫』やマジックバッグがある。


 オレらの世界はエレベーターがないと困るから必要に応じて発明されたけど、三千世界的にエレベーターはそれほど需要がなさそうだ。

 リュアルテくんの定宿は良いホテルだったからお洒落施設としてのエレベーターがあったから、概念がないわけではないだろうけど。


 しかしエレベーターを用意するとか、先史文明人も地球人類と同じくらいに素がひ弱なんだな。親近感湧く。


「おうともよ。そっちは違うみたいだな?」


「故郷では階層の高い建物が多かった。『体内倉庫』がないと、階上に荷物を運ぶのは大変だろう?

 この手のエレベーターはどこにでもあった」

 うちの近所じゃ、高層建築なんてなかったけどな!


「……お前さんの世界ってハードじゃねえか?

 じっくり考えてみたんだがよ。魔力なしの環境で、どうやって文明を発達させたのかサッパリわからん」

 これはわかる。無心だな。


「後でトウヒに歴史書と百科事典を用意させよう。

 ロケット語翻訳のものでよければ」


「おう、ありがたい。いずれそっちもの文字も覚えたいが、一先ず頼まあ」


「あなたが祖国に興味を持ってくれるのは、とても嬉しい。

 しかし、わたしの母国語はフレキシブルだがそれだけ、面倒臭いと評判だ。

 覚えるのには苦労する。勧めはしにくい」

 オレは好きだよ日本語。

 でも他国人に勧めるのは、微妙だよなって感覚はある。


 漫画を含めて、本はオレもちょくちょく読む。

 それで18年も生きているのに、読めない漢字も多いのは、どうなのって思うじゃん?


「へえ、面白そうじゃねえかよ。良本は元の言語で親しむに限る。

 文字は文化の結晶だ。それを一から覚える楽しみを、また得られることになるとは、まったく長生きはするもんだぜ」

 予防線を張ったこちらに対し、ご隠居はむしろ愉悦の姿勢だ。


 これだからインテリは。

 崩したい、この余裕。

 地球言語、いっぱいあるけど大丈夫?


 無駄話をしながらエレベーターを降りて少し歩く。そしてまた違うエレベーターに乗る。

 それを繰り返すこと3回。最後の箱は座席が置いてあり、移動に20分ほど時間が掛かった。


 景色こそ見えないが身体に掛かる慣性的に、ロープウェイみたいな斜め移動の感覚だ。



 そうして穴を降りて行った先。広がったのは、あまりに大きなトンネルで。


 ポカンと絶句してしまう。





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― 新着の感想 ―
エレベーターからの斜め異動で大洞窟?!男子的にはワクワクするしかない!!
おじいちゃん大丈夫かな...地球語は「イギリス英語とアメリカ英語だと表す単語自体が変わる」とか「日本語英語等は左から右に読むけどヒンディー語は右から左に読むし日本語は上から下にも読む」とか「基本は各国…
なにかの符号扱いされてて草 植物魔物の繁殖が酷いですねぇ (普段なら危険だからしない)適当な場所に放火→消火→魔石拾いを複数箇所で繰り返した方が良いまである
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