313 彼方からの便り 上
星砕きをしたダンジョンを出る。その先にあった夕焼けは、天然の絵画だった。
太陽の残り火に、雪肌が赤く燃えている。
明日もいい天気になりそうだ。
鹿狩りを慣行するには幸いだろう。雨に降られれば、電の脅威も上がってくる。
だからか太陽が沈み、夜が更けても光の針が森を縫う。
軍人さんたち頑張りすぎだろ。
アバター進化で、エルブルト系の気が出たオレは夜目が利く。
金の目は、昼間より夜の方が歩き易いくらいだ。
レイドの進行具合によっては夜陰に忍び、山から逃げ出すつもりだった。しかしこの盛況ぶりでは無理というもの。
…まあ、いいか。
焦って行動して発見されても、間抜けだ。
ご隠居の目の不調もある。
今は休むタイミングだ。
「それではお休みなさいませー」
明日着る服を届けに来たトウヒさんが、挨拶を残して部屋から出ていく。
「おやすみ。そっちも少しは休むように」
綴っていた日誌を閉じる。小さな背中に声を掛けた。
文字を綺麗に書く練習と、仕事のウッカリ忘れの防止を兼ねて、業務日誌は手書きをしている。
「うふふー」
休憩を促す言葉は、かわゆく笑って誤魔化されてしまう。妖精さんめ。
子どもたちはもう休んでいる。いい時間なので、オレもベッドに潜り込む。
大人しく目を瞑るが、寝つけなくてウダウダだ。
10分刻みで時計を見てしまう。
ゲームをすれば、お休み10秒なんだけどなあ。
近くで大規模レイドをやっているせいか、どうも神経がそわついてならない。
いくらオレでも逃亡中に、【混ぜてー!】と参加するようなアホはやらない。自重する。
………うん、まあ。だからこそ問題だ。
レイドを構築していたのが知らない相手程度の距離感なら、なにか役立つことはないかと声のひとつはかけていた。
ダンジョンの外に魔物が徘徊しているということ。それは人類の生存圏が犯されているということだ。
サーチ&デストロイ。地上の魔物は、多少の損を出しても片付けなくてはいけない。それは冒険者の心得だ。
なにせ野良ダンジョン内でのレイドは攻略だが、地上でのレイド防衛戦だ。本質が違う。
【レイドには、馳せ参じるべき】
撹拌世界でプレイヤーという英雄が、現地の人に好かれていたのは、こういったイベントの告知があると戦闘職はもちろん生産者も、こぞって参加をしたからだ。
星の環境を守れなければ、世界宮子が芽吹いてしまう。
特定界外生物は、増やしちゃダメ。
それは人類共通の課題だ。
なのにこうして理想と現実の間には、埋められない断絶がある。
人間同士で争うなんて馬鹿げている。やってられない。
誰もがそう思うだろうに、なんで上手くいかないのかな。
ごろん。毛布を足の間に巻き込んで、寝返りを打つ。
オレを庇って切られた山霧少尉。音を立てて割れた甲殻と、白い肌に伝う赤い血が瞼に残る。
許せるものか。
ああ、許せない。だけど人類の生存圏を守るには山中都市には頑張って欲しいジレンマがある。
敵を味方に変えるのは、難しい。
手法もそうだが、なにより心が邪魔をする。
一切合切を飲み込んで、綺麗ごとを言えたら良かったのにな。
オレはその点、器が小さい。襲撃のファーストインプレッションに飲まれている。
【篠宮氏。損して得取れといいますぞ?
一時の怒りに目を曇らせてはおりませんかな?】
オレの脳内鹿山くんは、TRPGのダイスを片手に眼鏡を光らせている。
そして断固として和睦派だ。
自由に連絡が取れたらいいのにな。本物の彼はなんて言うだろう。話を聞いてもらいたい。
ふと唐突に、目が覚める。
時計を見ればもう朝だ。
なんの和マンチプレイも浮かばないままゴロゴロとしてたら、いつの間にか眠っていたようだ。
ざっと身支度を整える。
「おはよう。少し外に出る」
リビングで針仕事をしていたトウヒさんに声を掛けて玄関に向かう。
ふと思いつき、玄関の伝言板にはロケ語で【午前5時半・篠宮・外出】と記入しておく。ゲストへの配慮だ。
朝から辞書を引いてしまった。
偽装シャッターを開けると、空はカラリと晴天だ。
冷たい空気に活を入れられる。
新鮮な朝日を浴びると、頭の中が洗われるようだ。
ベッドの中の考えごとって、なんで薄暗いことばかりになってしまうんだろうな。不毛だ。
「まだ雷が鳴ってるみたいだ。彼らは一晩中、狩りをしてたのかな」
朝食前に外に出たのは、通信チェックのためだ。
トウヒさんが追ってきたので、ついでに聞く。
「はいです。今も潜入しているハジメですが、一度戻ってきました。
彼は深夜に交代の人員が、正門を出入りしているのを確認していますー。
それとです。朝は冷えますので、こちらをどうぞー」
なにかと思えば、首に忘れたマフラーの届けものだ。気づかいが温かい。
「地上に煙が上がってるけど、あれは?」
また火事があったのだろうか。
「私が山火事に気付いたのは、深夜3時頃です。
一度は消火されたと思いましたが、再発火をしたようですねー。
残り火があったんでしょうか」
「ああ、なるほど」
相槌を打ちながら、ステータスに届いていた知らせを順次に読む。
森林火災は、恐ろしいものだ。
近所でも昔、山で火が出た。
山からの飛び火も怖かったが、厄介だったのはむしろ後日だ。
翌年の春には焼け山に餓えた熊の足が、人里まで伸びた。
農作業中の怪我人が出たおかげで、爺さまや組内が始終ピリピリしていた。
小学校に連日、車で送り迎えしてもらったのなんて、あの時ぐらいだ。
山中都市の災いを目の当たりにして、ザマぁと笑えなくなってしまっている。
そのことに気付けば、口が苦い。
オレが分類している山中都市のレッテルに、ご隠居と小さな兄妹が加わったせいだ。
人の不幸は蜜の味。まして敵対者のものなら殊更甘い。
内心こっそり喜ぶくらいなら、健全なのにな。
柔らかなマフラーに口元を埋める。
ゼリー山脈は、地脈が合流してくる要地だ。
こうして妖精の庭から出ると、霊威に打たれる。
山は巨大な湖だ。
ふと、魔力の流れが轟々と滝のような音を立てて、湖に注がれるような幻覚に陥る。
山の湖が溢れたらと思うと、ゾッとしない。
去年の年末までの基準で地脈の相対評価をするなら、水位が高い順に、撹拌世界 >> ホープランプ >>> 地球だ。
地球は三千世界でも極稀な魔力の薄かった土地柄だ。
いつか災害が起きるかもしれない。でもそれは遠い未来のことだろうなと高を括っていたら、あの年末ジャンボな異界撹拌だ。
正直、あんなお年玉はいらんかった。
富士山に、鎌倉、日光等々。
地脈が渋滞している日本では、それらが重なっていることなんて珍しくもない。
怖いのは地脈のラインが複線になれば、その分だけリスクは増えることだ。
GMの献身で今回の被害は最小限に抑えられたとはいえ、唐突だった異界撹拌だ。
日本在住の皆さんも、蜂の巣をつついたように慌てふためいただろうな。って思うじゃん?
オレは災害慣れしている母国を舐めてた。
【Re おう、頑張ってるぞ。褒めろ】と。
「っ、ハ!」
たった今、開いた知らせに喉奥からの笑いが突く。
「どうされましたー?」
「これから富士山周りは、新人冒険者の集まる【始まりの町】になるんだってさ」
トウヒさんに届いたデータのオフィシャル部分を横流しする。
要からの知らせによるところ、世界的な災害を奇貨に、政府ちゃんは第二次日本列島改造計画を本格的に始動させたようだ。
「おおー、なんだかワクワクしちゃいますねー。富士山麓ダンジョン巡り、楽しそうですー」
瞬時にデータを咀嚼したトウヒさんが、万歳の格好でピョーンと跳ねる。
人類が頑張っていると、小さな体全身で喜んでくれるのが妖精さんだ。
異界撹拌後の富士山近郊では、要が面倒を見ている新人ダンマスグループがダンジョンを手分けして建てていた。
災害の余波で富士の地脈が危険域で高止まりしてしまったからの応急措置だったが、それを上手く利用した計画だ。
地脈の高騰 = 無限の資源ごっつぁんです。
その方程式で日本列島が確変に入っている。
富士の災い封じのダンジョンに、後付けで駅を添加していったのは要の仕事だ。
ワープ駅が通ることで他方から人を呼び込む。
ダンジョンで稼いで懐の温かい冒険者が立ち寄ることで、地元に活気が生まれる黄金の循環だ。
冒険者が集めた資材が余ることもない。
それらはダンジョンタワー建造で回収される。
そう、ダンジョンタワーだ。
超巨大建造物の造営を賄う、膨大な資材が自国生産出来るようになったことが強い。
それに加えダンジョン資材は、電線の地下埋没工事に水道管、高速道路の刷新と、日本のあちらこちらでお色直しの化粧道具として需要がある。
【キケンな異界撹拌があったからナー。
かーっ、今直ぐやらなくちゃならんことが多くて辛いわー。
おっと、金ヅル…もとい冒険者には、いい気分で働いてもらえるように税金の優遇措置をしないとナ!
仕方ないよナ。緊急事態だ。仕方ナイナイ。
ホラ、急いで冒険者を増やさないと!】
政府ちゃんの公式発表は、【国民の皆さまの安全を鑑み云々】と、四角四面の堅苦しい文面だったが、噛み砕けばそんなウキウキの内心が透けて見える。
異界撹拌を免罪符に、政府ちゃんたらかっ飛ばしておられない?
【速報!】と打たれたダンジョンタワー製作委員会の広報に目を通す。
要が一時期【しんどい】としか呟かなかったのは、公式発表待ちで守秘義務があったからのようだ。
そりゃあ、しんどくもなる。どれだけ働いたんだ。
いいニュースは伝えたくなるもの。要はきちんと黙秘できてえらい。
ファイルフォルダをタップすると、ダンジョンタワーの青写真が開く。
画面に示された将来のビジョン。それに目を通していると、胸にじわじわと喜びが込み上げる。
必ず助けると、言ってはくれてた。
だから希望を持って待つようにと。
しかしそれを無邪気に信じられるほど、初じゃない。
国家ともなれば、群れから外れた1人の子羊のために、他の99匹を路頭に迷わせることをしちゃあいけないものだ。
日本に帰りたいなら自力で頑張るしかないよなって思ってた。
……あー!
どうしよう、してやられた。良い意味で政府ちゃんに裏切られてしまった。
そうだよ。ダンジョンタワーは地脈を静める要石だ。異界撹拌に襲われたなら、建造の機運は高まるだろう。
異界撹拌が起きたルートは東京を横切る。千葉が島になることで、首都がパンゲアったら不味いもんな!
図らずしもダンジョンタワー建造で遭難者を迎えに行くという金看板を用意されてしまった政府ちゃんは、ニッコリだろう。
道理で遭難者へのフォローが手厚かったはずだ。
ダンジョンタワー予定地は千葉県のゆるキャラな赤い彼の、後頭部斜め上の海域にある。
千葉と茨城の県境、さいたま、東京、神奈川と、弧を描き、異界撹拌を起こした地脈の始点だ。ここに人工島を造る。
地脈の流れがあるのは陸地だけではない。広く深い海の底にも地脈は走っている。
そして水の重さに抑えられているのか、海底を這う地脈が魔力を噴出するのは、遠浅の海か陸地だ。
そして日本の目の前には、無人の海が広がっている。
まずは太平洋から流れ込んでくる脅威を抽出したい判断だろう。
昭和ゼミでやったとこだ。
ゲーム舞台のオノゴロ島も海底にダンジョンタワーという抜け穴を通すことで、海底地脈を安定させる仕組みだった。
同じく列島のヘソに砦を築けば、外海から地下伝いに押し寄せる魔力流の波も、穏やかなものになるだろう。
……少し地元を離れているうち、なんだか日本中が面白そうなことになっていやしないか?
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