309 石の幻影
目星を付けていた植物を回収し終えたところで、ご隠居と合流する。
木を切り倒す、音を辿れば簡単だ。
経験したところの判断だと、動物寄せに花実をつける植物魔物は、共栄共存を旨とする穏やかな気質の種もいなくもない。
もちろんそれは例外で、体感としては1割以下だ。オレの『テイム』が成功しやすいのはこのタイプ。
反対に風媒花や胞子植物が由来の魔物は、ほぼ10割の頑固さで気性が荒い。
軒並みアグレッシブに敵対してくる。
初見である油木トレントはというと、喧嘩上等を地で行くコレだ。
ご隠居は接近してステゴロ勝負に持ち込みたいトレントたちを巧くあしらい、距離を取って捌いている。
「『禍津刃』」
杖を振るう、その度に見えない刃が振るわれる。HPを消費させる手管だろう。
刃はおそらく状態異常のデバフ付き。
……『スロウ』あたりか?
堅実に足を封じる作戦だ。しかし如何せん、押し寄せる魔物の数が多い。
「助太刀する。
見るに、胴部を無闇に傷つけなければそれでいいな?」
ご隠居の攻撃は主に根元に集中している。
それならHP計算をミスっても、リカバリーが効く。
「おう、やれるなら頼まぁ」
少し見学はしていたが、交じれそうだったので合流だ。
了承を耳にし、ご隠居の横をすり抜け前に出る。
「『スピードスター』、『鋭利』、『伐採』!」
よーいドン!
程よく詰まっているところに突貫だ。
加速したまま上体を沈ませる。トレントを一体、低い姿勢で撫で切りだ。
沈む膝にブレがない。パッシブの『アクロバット』のフォローを感じる。
通り過ぎたその後ろで、幹と根元が分離した。
うむ。爽快だ。
スキルをコンボると、プチ剣豪気分になるでおじゃる。
むしろスキルなしで、これをやれる一部日本人さんは頭がおかしい。
「お前さん、『伐採』持ってるなら、はよ言えや!
即戦力じゃねえかよ!」
えー。聞かなかったのはそっちじゃん。理不尽な。
仲間がやられた反撃で怒った油木トレントが枝葉しならせ叩いてくるが、ノープロブレム。
差し出した左腕で受けてみる。
HP-12かー。
レベル格差がこれだけあるのに、一発で10の値を越えてくるのか。
物理特化型、パワータイプの証だな。
同レベル帯だったら大ダメージを受けただろう。……いいな!
「『鋭利』、『伐採』、『シールド』、っと『パリィ』!」
育てたいのは『HP回復』と、リアルでは生えたばかりの『シールド』だ。
ダメージ覚悟のバーサーカー戦法で、中央に飛び込む。
ついでに『見切り』を覚えられないかチャレンジだ。
現場で訓練する舐めプは、サリーや広崎さんらがとても嫌がる。
レベル90オーバーvsHP貫通ナシ、物理系魔物のレベル15。
これくらい安全マージン取ったなら、突っ込んでもいいと思わん?
実戦は貴重な機会だ。色々試したいことがある。
そう、リアルでもとうとう出たのだ『HP回復』が。
誘拐時の運搬で、拘束ジェットコースターされたのが効いたっぽい。
本能って凄いよな。危機感があると出力が違う。
「『ロープ』!
なにやってんだ、この阿呆が!
もっと大振りに避けろ!」
後ろから来たトレントが、見えない縄にスッ転ぶ。
「周りに護衛がいないこの機会に、『HP回復』を伸ばしたい!」
レベル格差がある相手で、天然の魔物の殺気に慣れておきたい。
これから先は深い野良ダンジョンに潜るのだ。強いヤツに気当てされて、咄嗟に動けなくなる危険。あると思う。
「わざとかよ!…ッチ、HPはこっちも監視するからな!」
「了承した!」
ありがとー!
後衛のご隠居は立腹しつつも、『禍津刃』の援護を打つ合間に『シールド』や『ヒール』を飛ばしてくれる。
ようやくペア狩りらしくなってきたな!
やはり物理アタッカーが、一番楽しい。
トレントの群れを倒した後は、使ってない雫石を物置にして、木をどんどん仕舞っていく。
丸太にするのはまた後だ。
一通り荷物が片付いたところで、溜め息を吐かれる。
「お前さん、そんな面して前衛だったのかよ?」
どんなツラだ。
純魔だって勘違いしてたのはそっちじゃん?
いや、分類的には間違ってはないけど。……まあ、魔法使いかなー?
剣士としてはスキル頼りで、三流未満な自覚はある。
刀を鞘に納める時に、いまだに指の股を切る失敗をしているぐらいだ。手に傷はなくても納刀後にHPが微妙に減るから、やってるんだよなあ。下手っぴかよ。
「刃物の扱いは遊戯程度に嗜んでいる。あなたこそ、前衛ではなかったのだな」
年を経て練磨され、体の密度が高まった石人は存在自体がカチコチだ。
千年近い歳を重ねれば、その防御力は竜種とだってタメを張れる。
後ろに下がるのは勿体なくね?
「……体を巧く動かすにゃ、才能がいるんだよ。まだ魔法の方が得意だな」
おっと失礼。運動音痴であられましたか。
………うん、硬くてしぶとい後衛は安定感あるよな!
「そうか。あなたが後衛専門なら、丈夫な石人であるのは幸いだ。
ひとりで活動するには、このダンジョンは魔物の数が多く感じる」
溢れるほどじゃなくても、このサイズの野良にしては魔物が密だ。
オレだってひとりなら、チャンスだからと舐めプるような真似はしなかった。
本当だよ?
「いや、いつもよりずっと魔物が増えてやがる。平時は長閑すぎるほど落ち着いたもんだ」
「ああ…世界樹が枯れたとか」
言ってたな。そんなことをチラリと。
だから地脈の水位が上がった云々。
「多分な。まあ下々の憶測だけで確かじゃねえよ。しかしここいらの野良ダンジョンは何年かに一度、掃除をすればいいようなしみったれたモンだったんだぜ。
それぐらいしか異常の原因がわからん」
「他の野良もそうなのか?」
わー。嫌な予感がしてきちゃうなー。
……他方から漂流者が打ち寄せられるくらいには、地脈が活性化してるわけだしなあ……。
「まあな。……ったく、どうするかねえ。他の野良はまだしも、ここは俺の占有だ。放置したことで、溢れを起こさせちまうのもな。よろしくはねえ話だ」
「そうか、他の人は誰も知らないのか」
「いや、実の母親やその先代たちは知ってたぜ。俺がちょいと出掛ける時は代わりに掃除してもらってたしよ。
墓と繋がってなきゃ、この廃園も他のモンにくれてやっても構わんがなあ」
友人の墓所を盗掘されでもしたら、気分が悪いと。
それなら、話が早い。
「では、このダンジョンは摘んでしまっても構わないだろうか?」
雫石を扱っていると色々ある。
空間しかない空虚な雫石や、荒野フィールドの上に地面がダンジョンオブジェクト製。そんな他の石に食わせるしかない、如何ともしがたいものも幾らかは手掛けた。
廃墟・庭園タイプの野良ダンジョンは、オレ的には大当たりだ。
「『精製』」
人工物のある雫石を扱うのは初めてだ。心が浮き立つ。
『精製』をすると雫石は、自身の抱えた記憶を見せてくれる。
今は昔。
ドレス姿の貴婦人がガゼボで読書を嗜む姿や、楽士が奏でる弦の音色、老いた庭師が花の剪定をする在りし日の幻が浮かんでは消える。
そして『精製』が終わると、夢の破片のような乳白色の石になった。
特別にきらびやかではなくても心が落ち着いて、ずっと眺めていたくなるような雫石だ。
コレは一度細かく砕いてから『調律』するのは勿体ない気がする。
サイズとしては1.63。
少し無理しても、このままの形で『調律』した方が良さそうだ。
「………どうした、ご隠居。頭を抱えて」
石人ってごめん寝が出来るんだな。知らんかった。
硬そうなボディなのに、意外と体の関節が柔らかいな?
「とんでもないものを見ちまった……。
『千里眼』には刺激が強えぇよ。まだ頭の中がチカチカしてやがる」
それは失礼をば。
珍妙なポーズは、目が痛いのを堪えていたからか。悪いことした。
「濡れタオルだ」
アイシングにどうぞ。
「おう、ありがとさん」
『造水』で濡らしたタオルを渡すと、使ってくれる。
意図的に暴力を振るったわけじゃないが、なんか気まずい。
目の熱が落ち着いて、しばし。
ご隠居が身を起こす。
そして格調高く礼を取ることで、場の雰囲気を変えた。
「………ご無礼をしておりました。よもや御身が天土公であらせられたとは。
数々の暴言をお詫び申し上げる」
頭を下げ腕を軽く広げた石人の礼式は、シンプルでも優雅なものだ。
型に嵌められた視線に、指先の美しさ。声の響かせ方からして音楽的だ。
その気になった石人は、べらぼうに見場がいい。
やーめーてー!
多分だけど、気づいていたろ?
そーいう嫌味は嫌いかな!
年配の石人どもは貴族相手にも憎まれっ子世に憚るムーブでさ、どいつも不屈で不遜だったじゃん!
丁重な態度はゾワゾワする!
「頭をあげて欲しい。
話していないことを察せと言うほど、傲慢ではないつもりだ。
……。
許されよ。誘拐された出先ゆえ、わたしからは話せぬことは少なからずある」
実際に、どこまで話していいかは判断に迷うところだ。
今後の協力を得たい相手に嘘をつき、信頼を損なうことは絶対NG。
かといってフルオープンにしたらただの阿呆だ。
持ち帰って相談したい案件だ。
この野良ダンジョンを摘むことも、少しは迷った。でも潰せる時に始末をするのは、一般ダンマスの至上命題なんで!
見逃した野良ダンジョンが、ダンジョンブレイクを起こしてみろ。
切腹ものの失態だ。
「御随意に。御身が伴の者もなく独りとは、異常の事態で御座いましょう」
あっ。鳥肌がポツポツと。
いくらダンマスってもさ、リュアルテくんの所に所属している若手石人たちなんて、オラが会社の若いシャッチョサンを盛り立てるべと、押しが強くてフレンドリーな社員揃いだったぞ!
個体差がありますか、そうですか!
「どうか態度は先ほどのままで。
公式の場では致し方ないこともあるが、私事ではわたしも只の青二才だ。
立場を盾に、生きた史書であるあなたを疎かにする真似をしたら、わたしが祖父に叱られてしまう」
「いえ。ご厚情には感謝致しますが、如何せん身分の差が御座います」
「押して、頼む」
「…………。心得ました。
………っ、はー。マジかよ。まさかとは思ったがガチじゃねえか!」
典雅だったのは一時だけ、ご隠居はどかっと乱雑に胡座をかく。
こっちこそマジかよ。
笹の葉の友人ってことは、当方の常識で照らし合わせると聖徳太子とかその辺り歴史上のビックネームと交流があったお人だろ?
石人は生きた図書館だから、知恵袋として歴史の流れのキーパーソンになってた可能性が超つよつよだ。
そんな歴史上の人物で超年上の長命種に丁重に扱われるとか、若輩の身には荷が重いから!
年寄りはその辺をわきまえて。
コメント、リアクション、評価、誤字報告等、感謝です。
ご隠居の、万が一そうだったらマジヤバいなとゆー危惧を、元気に踏み抜く語り手です。




