308 愛の夢
図鑑を紐解くと、ご隠居の秘匿ダンジョンはカオスなことになっていた。
もとからの庭木に加えて、後から植えられた樹やハーブ類が野放図に背を伸ばしている。
うーん。なんだか既視感あるぞ。
規模は違うけど、家の庭がこんな感じだ。
家を建てた当初のかーさんは、イングリッシュ・ガーデンを目指してた。なのに【庭にあると便利よね】と、山椒や柚を植えたあたりから諦めて、花より団子で生活感ある庭にしてしまった。
地価が低くて敷地の広い、田舎あるある。
シークレット・ガーデンは外来植物の侵食を受けて、賑やかなことになっている。
これらは実少年のご先祖さまらの犯行だ。
甲殻人は地下都市暮らしの民族で、使える土地に限界がある。
秘匿されているダンジョン。その土は固定されたダンジョンオブジェクトではなく、気候もいい。出てくる魔物は物理で解決するものばかり。
これだけ条件が整ってる野良ダンジョンがあったなら、隠し畑はやるよなあ。
……隠し畑っていうのかなコレ。
野良ダンジョンは、自由財だ。ただ野良ダンジョンは、潰せる時に潰すものだ。
コリコリと揉み上げの辺りを掻く。
これって行政がほったらかしにしてある歩道の緑化スペースを、ただ雑草をボーボーにしておくのもアレなんで、近所の人が勝手にキュウリやトマトを植えてしまったような感じだろーか。
目くじらを立てられるような悪ではないが、いつ潰されても文句は言えない。そんな風の。
「『探索』」
庭に手をつける前に、意識してスキルの感度を上げる。周辺チェックだ。
広がった感覚は、あちこちに小さいものの影があることを教えてくれた。
危険を感じる魔物はなし、と。
採集予定の樹木を前に、ピンを刺して待機させていたステータスを2窓で呼び出す。
『マップ』と図鑑を見比べる。間違いないかを、樹表に触れ、葉の裏側をひっくり返して確かめる。
この木もまた人災での焼き討ちや、ダンジョンブレイクの乱で、東ホープランプでは絶滅してしまった三貴漆のような先史文明由来の植物だ。
それらが山中都市では、当たり前の顔で現世に命を繋いでいる。
杜を守っていた実少年の家は取り潰された。
人が生きるためにどんどん杜を消して行ったら、これらの珍しくない木々も、幻となっていたかもしれない。
都市は命の揺り篭で、外界は魔物が闊歩する。
地脈が活性化しつつあるこれからのゼリー山脈で、人が暮らしていける環境を守っていくには人口が必要だ。
お偉いさんの非道ぶりは当事者として許せなくても、杜を減らす方針だけは実少年もある種の諦観を見せていたぐらいだ。
住居を増やすのに、古い杜が減るのは仕方ないこと。無策な方がダメだろう。
なのに無責任な第三者の感傷で、それは寂しいように思えてしまう。勝手なものだ。
「『地面操作』」
土ごとゴッソリ、根を掘り起こす。
木の移植をするならば、半年くらい前に根の周りを切断し【根回し】をしておくべきだ。
それをやっておかないと移植する木の負担が大きい。最悪は枯れてしまう。
だけど現場となるのが、悠長にしてられない野良ダンジョンでは話は別。事前準備は省略だ。
移植後の木の活性化は『治癒』に頼る。
「『念動』」
スキルで木を宙に持ち上げる。そのままキープだ。
立派な樹木は重いけど、GMほどは重くない。
根鉢の乾燥を防ぐのに、藁縄とコモでグルグルに巻く。
コモとは稲藁で作ったムシロのことだ。ムシロは時代劇で夜鷹のお姉さんが小脇に携えている例の敷物である。
ゴザはまだ案外身近な道具だけど、今日日のコモは少し珍しくなった梱包材かもしれない。
オレも木の植え替えを頻繁にやるようになってから使うようになった。
日本では廃れがちなコモだが、ホープランプでは流通している。
大量に採れる稲藁で作られるコモや藁縄は、学生たちが覚束ない指先の訓練で、ブチブチ千切りながら大量生産するので安価に叩き売られている。
状態の良くないようなコモでも根鉢に使うなら上等だ。
河西ダンジョンでの出会いものに期待して、大人買いでストックしてある。
木を掘り起こしては梱包し、予備の雫石に仕舞って行く。
『地面操作』は神スキルだ。
しかし先程から、息を吸うように東では遺失したモノがゴロゴロ出てくる。
興味ある場所のさわりだけを摘まんでいるような異界人が、隠れて歩いただけでコレなのだから相当だ。
甲殻人なら【ちょっと待て!】と、突っ込みを入れたくなるようなものを、きっと見落としているんだろうなあ。
何故、初手で殴りかかってきたのか無性に悔しい。
保守派はそんなに東ホープランプと仲良くするの嫌だったんだろうか。
源流は同じでも500年以上経てば、別の国だ。
こちらのホプさんたちが、別の都市と交渉慣れしてないのがよくわかる。
余計なことをしなければ、保ってきた歴史資源だけで他の都市によっぽどマウント取れたじゃん!
オレが日本人だから、ほへーとなるくらいで済んでいるが、ホプさん的には過去に繋がる種子の再発見って、これだけでもビッグニュースな予感がする。
ここは、うん。
兄妹に土地を提供して、まずは種子を増やしてもらおう。
いい感じに増えたら、お散歩ダンジョン拡張の目玉素材に使う。
ダンジョン農業はっじまるよー!
……いや、マジ。妖精さん動員案件だよな?
ヨコハマのお散歩ダンジョンに生やした採集用植物は、増えすぎないようにギルドで働く妖精さんが面倒を見てくれている。
どの道、兄妹も東ホープランプの人間と関わっていかなくちゃいけないんだ。
妖精さんのクッションが入れば、育苗プロジェクトの一環として、兄妹が混じっても問題は起き辛いコミュニティになるだろうと期待する。
今回のダンジョン詣では実りが多い。
山中都市グルメには振られてしまったが、木や種子を手に入れることができたのならこの先ずっと楽しめるし、廃園自体も『録画』からモデリングして、ダンジョン素材のストックにする予定だ。
何故だかオレは野良ダンジョンへ行くと、自然環境ばかりに当たる。
廃園とはいえ建物のダンジョンオブジェクトは珍しい。
お屋敷や街タイプの野良ダンジョンにも、たまには潜ってみたいものだ。
「ぴっ!」
「っと」
石柱の影に踞り、こちらの様子見をしていた、魔物が一体。飛び出てくる。
鉈剣の背で殴打する。叩き落とせば後は簡単。
「『鋭利』」
魔石が生える葉の部分をブーツで踏みつけ、暴れる体を2つ切りだ。
するとクタリと大人しくなる。
こいつの通称は【愛の夢】。
葉っぱの形からしてセクシー大根の亜種らしき魔物だ。
しかし腰をくねらせて歩く彼らよりよほど素早かったので、2つ切りにするのに1ステップを挟んだ形だ。
可食部分は極力傷つけたくない。
体高は全長100センチほど。
葉の長さは約70センチ。後は胴部で、つるりと赤い。
現時点で他に報告はなく、廃墟ダンジョンの固有種だ。
うむ。丸々太って健康そう。いい塩梅だ。
No.1とタグを付けてキープに回す。
野菜として食べられる魔物は魔石の質より見た目と美味しさを優先だ。
この先は舌の確かな料理人に品評をしてもらい、アンカー用の魔石を選ぶ。
ちなみに葉は苦くて食用不可だ。
研究したいと言われるかもなので、葉っぱも取っておく。水玉製のゴミ袋にぺぺっと確保だ。
可食部なのは赤い胴部だ。
そのまま食べるとただ強烈に酸っぱいだけだ。だけど発酵漬け物にして細かく刻み、コッテリとした肉料理に添えると、これが爽やかでべらぼうに食が進むそう。
実少年のお宅で、狙った男を胃袋から落とすのに、代々使われてきた必殺レシピだ。
ご隠居の地図は学術的な考察だけではなく、そんな農家の手帳な書き込みが随所に認められている。
美味しいオーブン料理から、医者に掛かるまでではない程度の不調を緩和してくれる薬湯レシピ。
地図の書き込みに目を通せば、過去の人々の暮しが色鮮やかに浮かんでくる。
知識を残したいのなら、石人に預けて置くのは間違いないな。
こうして必ず大事にしてくれる。
廃園の道なりには、油木トレントの姿は見かけない。ただ先行するご隠居が、狩って行ったんだろうなという荒事の跡はある。
ピョンピョンと断続的に出てくる愛の夢らもを収穫しつつ、目当ての樹木を回収していく。
どの木も【引っ越し】に怯えるが、『緑の指』で【君たちを増やしたい】とこちらのイメージを送ると前向きな方向で落ち着いてくれる。
抱きついて耳を添わせば、木の鼓動が力強く聞こえるような古樹ばかりだ。
中には魔力を蓄えすぎて魔物化の兆しがあるものもいた。
この先の10年、20年。上手く育てると、人に友好的な新種の魔物が増えるかもしれない。
もちろん木だけじゃ済ませない。道草も漁る。
ブロックが欠けた花壇に植えられたハーブ類は、土ごとプランターに植え替えだ。
彼らも狭い花壇から脱走しようと、四方八方に勢力を伸ばしている。
このやる気ぶりなら移植しても、きちんと根付いてくれそうだ。
試しに柔らかい産毛の生えた葉を、1枚、千切って嗅いでみる。ナッツのように香ばしい、だけど清涼感のある薫りだ。
図鑑によれば名前は【百薬】。地図での愛称は【医者いらず】。
紫蘇やサラダ菜みたいに洗ってそのまま食べられるそうだ。
こういったハーブやスパイス類は、サリーが好きだ。しっかり確保して置きたい。
プラントハントで道なりに花壇を追いかけていくと、中庭に出た。
中庭の中央には水に半ば水没した、苔むす牡牛の彫像がある。
庭池にしてはデザインが変だ。水場を仕切るブロックがない。
疑問に思い、反対側にまわると牡牛はかけ流しの手洗い場になっていた。
どうやら水盆の排水口が壊れて、そこから流れ出た水が小さな池を造ったようだ。
風化した廃墟に、繁茂する植物。
崩れた建物にそれでも残る風雅さは、いずこの滅びた三千世界。過ぎ去りし栄華を物語る。
ああ、良いダンジョンだな。雰囲気ある。
こういうの大好き。
すぐ側にある石のアーチなんて、素晴らしく優美だ。
廃園の主は女性だったのかもしれない。
試しに魔力でちょっかいを掛けてみる。
しかしながら案の定。魔力をパチンと弾かれてしまう。
やはり建物全般は、固定化されたダンジョンオブジェクトか。
資料として持ち帰れないのが残念だ。
仕方ない。せめて建造物のデータ取りはしておこう。
泉をぐるりと一周する。
と。
「ピピピ」
まるで観念したかのように、愛の夢たちが泉の中からゾロゾロ出てくる。
えっと。団体さんですね。
水浴びでもしてたの、君ら?
コメント、リアクション、評価、誤字報告等、感謝です。
【愛の夢】を踏みつけて狩る語り手ですヨ。