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307 緑の廃園



「一度、地図を持ち帰って翻訳してくる」


「わかった。俺の作業は時間が掛かる。先に行くぞ」

 ご隠居には結局、置いていかれてしまった。


 石人の地図は情報量が多い。ダンジョンの覚書がびっしりと書き込まれていた。

 もちろん詳細なデータは心底ありがたいものだが、問題となるのはこちらの頭だ。

 ホープランプ文字をするする読めるほど賢くはなし。

 素のままでは歯が立たなくてギブアップだ。 トウヒさんに頼ることにする。


 『マップ』にも自動翻訳機能があれば良いのにな!


 こーいう怠惰な不満が、原始はシンプルだったスキルを魔改造していく原動力になるんじゃなかろうか。


 ……いや、端末や妖精さんで間に合いそうなことは、極力そっちでやる方がスキルのスパゲティ化を防げそうだ。


 翻訳機能云々は前言撤回だ。

 メモリを食うスキルほど入れる人を選んでしまうし、スキル石を作るのもその分だけ難易度が上がる。

 下手な要望でも出して【この機能はいらんかっただろ】と、他のダンマスに厄介がられたくはない。

 

 自力の翻訳はすっぱり諦め、一旦離脱。ひとり、とんぼ返りだ。

 ステータスからトウヒさんを呼び出す。


「はーい。お忘れものですかー?」


「うん。悪いけど、地図の和訳をお願い」

 コピペしたデータを送る。


「了解しましたー。では、部屋に戻りましょー」

 トウヒさんに手を引かれて庭に戻る。

 野良ダンジョンの外は寒い。読み物をするには向いてなかった。


 我がことながら段取りが悪い。


 あー。いつもパーティの段取りは周りがフォローしてくれていたんだな。 反省だ。


 伸びてきた前髪を掻き上げる。

 玄関で踊り狂うゲーミング雨蛙は、いつだって全開の笑顔だ。

 なのに失敗を笑われているように感じてしまう。やってしまったという自覚の現れだ。

 転生までしていて、これはない。


 特異なルートを辿った前世と、技術者枠のリュアルテくん。リュアルテくんの流れでリアルも大概、箱入りの上に即席栽培だ。 世間さまからズレている。


 冒険者が初めのうちに失敗するべきイロハを、オレはショートカットしてる。

 こうなると今さら聞けない恥ずかしいことのない、たつみお嬢さんだけが希望の星だ。一般冒険者の常識を知りたい。


「ややや。地図と聞きましたが、これは本格的なガイドブックですねー。

 野良ダンジョンの概要で、かように綿密なデータはお珍しー。

 石のお人は例外なく、メモ魔とお聞きしましたが納得ですー」

 ぱっぱとデータを和訳してくれたトウヒさんは、つぶらな点目をパチパチさせる。


「ん。ありがと。コレを読んだら、また出てくる」

 見送りはいいと言外に告げておく。


 玄関には庭の外に出る専用のドアがある。側に控えてくれなくても大丈夫だ。


「かしこまりましたー。では、お気をつけてー」

 トトトと仕事に戻る背中を見送る。リビングのソファーに座り、地図を改めて紐解く。


 そこで想定外に手間取った。


 地図と、最新版の植物図鑑。それだけでは足りなくて途中から、ホープランプ最古の植物図鑑をアーカイブから引っ張り出す。

 ステータスを3窓にして、各々を見比べる。


 うーん。これは相談案件だ。


「実、萌。少しいいだろうか」

 ひょっと、前庭に顔を出す。


「あ、はい!」

「お爺ちゃまがなにか?」

 口と指先を果汁で赤く染めながらベリー摘みをしている兄妹の側に寄る。

 地図を大きく広げて見せた。


「地図を検分したところ、ご尊老の秘匿ダンジョンは、君たちの先祖の手が入っている。

 これからしばらくは帰れないだろう。なにか持ち出したいものはあるか?」

 東では遺失していたり、知られていない植物等がガイドブックに載っていた。

 回収する機会があれば、しておきたい。


「……お爺ちゃまが優しいことをいいことに、ママたちったら好き勝手しすぎじゃない?」

 少女は困ったような呆れ声だ。


「あ。いいですね、日常で使いやすいものばかりです。

 可能なら、リストのものを一通り根ごと持って行けたら嬉しいです!

 お返しは将来の自分のツケで!頑張って働きます!」

 リストを真剣に検分する実少年から、迷わない答えが返ってきた。


「もう、お兄ちゃんはわきまえて!」


「だって、天果のエルダーとか載ってるんだぞ?

 こんな機会二度とないって!今は甘えて、未来で返そうぜ」

 妹ちゃんは腰に手を当てプンスコ怒るが、遠慮しない姿勢は嫌いじゃない。

 この状況で今後のことを考えられるのは実少年、生活力が高いぞ。


「育て方はわかるか?」


「……正直、怪しいものもありますけど妖精の庭で育てるなら、大きな失敗しないと思います。

 虫も伝染病も出ない環境はとても強いです」

 実少年は冷静だ。

 外で地植えするのは止めておけということだなオーケー。

 でもここで天候云々が出てこないのは、地中の都市で農業をしている人の所感だな。台風の直撃がないのは羨ましい。


 ウチでは去年、一昨年と台風の【当たり年】だ。爺さまの畑では、同じ場所のビニールハウスが大破している。

 オレも張り直すのを手伝った。


 張り替えたばかりでまだビニールが劣化してないハウスでも、空飛ぶ看板には勝てなかったよ。


 よっしゃ、気分を変えていく。楽しんでこよ。

 木の植え替えに必要な資材とスキル。幸いにして、そのどれらも準備万端だ。


 野良ダンジョンでのプラントハントは当たるも八卦、当たらぬも八卦だ。

 大当たりして素晴らしい出会いがあっても、場所や他の荷物やパーティの体力。問題の壁によっては持ち帰れない場合もある。


 リストが全て出来ていて、有用な植物を採集していくだけとか特大のボーナスステージだ。


 しかも採ってきた後も、少しあやふやでも育て方を知るオブザーバー付き。

 勝ったな!ガハハ!



 意気揚々。秘匿ダンジョンに再度潜る。


 洞窟に出るはずの魔物の姿は影もなかった。

 どうやら先行したご隠居が綺麗に平らげていったらしい。


 水琴のように雫の滴る洞窟を抜ける。

 洞窟を封鎖していたのは、錆びた鉄扉。

 扉の先は緑の園だ。


 一体どの世界から、零れたダンジョンなのだろうか。

 往時の誰かの権勢を、物語るような廃園だ。

 形よく嵌められた石畳は風化で破損し、蔦這うガゼボが退廃的な美を造る。


 朽ちかけた建物に比べ、廃園の樹勢は目映いほどだ。

 今が盛りよと木は葉を繁らせ、草は萌える。

 水気の強かった洞窟の匂いとは打って変わり、空気が甘い。

 元を探せば、緑の影に隠れるように野花がちらちらと咲いていた。


 廃園は静かなものだ。

 雫石は世界樹に侵食されて滅びた大地の一滴。

 緑陰に忍ぶ鳥や虫どものさざめきが欠けているのは、野良ダンジョンならでは。


 ズ、ズンと、なにかが滑り落ちる音が北から聞こえる。

 地図を確かめれば、そちらには並木道があった。

 どうやら開けた場所で、ご隠居が狩りをしているようだ。

 時折響く物音がなければ、秘匿ダンジョンはまるで夢の中の幽玄さだ。


 テンション上がる。


 いいなあ。こーいう落ち着いたダンジョンも。雰囲気がある。造ってみたい。


 

 



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― 新着の感想 ―
流士くんは現代に毒され過ぎててローリングでぶつかると開通する腰下くらいの高さの隠し扉とか作って風情を台無しにしそうww
流士くんが作りだしたら、絶妙に隠れた採取物配置とか探索に集中してると踏みそうな罠とかせっせと作ってしまいそうw
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