306 秘匿ダンジョン
ご隠居の秘匿ダンジョンに入ると、空気が変わる。
水に濡れた土くれと、青いような苔の臭いだ。
人の手で掘られたノミの跡の残る洞窟は、等間隔に明かりが整備されている。壁に引っ掛けてあるカンテラなのに、触れてもビクともしないのはダンジョンオブジェクトである証拠だ。
後付けで築かれているのは、洞窟で見るなら行き当たり。ダンジョンゲートを中心に作られた安全地帯だ。
この安地には見慣れない『結界』の魔道具が置かれている。
しかも宝箱タイプ。
俄然テンションが上がる。
『結界』の宝箱は、ホープランプ伝統柄の装飾をなされていた。
ダンジョンの濃い魔力を吸って光る、複雑な回路が美しい。
未知の技術形態に、はわーとなる。
地球や東ホープランプで使われている『結界』の発生装置は、三千世界規格なので幟旗がデフォだ。
風にはためき、鈴の鳴るそれらは、実に勇壮な景観だ。
しかし洞窟タイプの野良ダンジョンに、怪しげな宝箱が置いてあるのはなんともロマン。
胸のトキメキを感じてしまう。
東ホープランプでは、戦国時代が長く続いた。
先史文明から継承した、文化や技法。それらは時代の渦に巻き込まれ、失伝されたものも多い。
日本の歴史上の人物で魔王と言えば、織田のお殿さまが筆頭だろう。
こちらの東ホープランプでは、戦国末期に出てきた羅刹王のことだ。
この羅刹さん。魔物に滅ぼされかけても戦争を止められない世の中にキレて、逆らうものは皆殺しにした大悪党だ。
まあ、容赦ないことこの上なし。
戦争は外道の技だが、交渉手段だ。
だから最低でも、やっちゃいけないラインの不文律はあるものだ。
甲殻人で言うなら、大量破壊兵器の類いだ。
先史文明人は宇宙を股に掛けた魔道文明だったんで、その手の大規模質量兵器を人類同士の戦争に持ち出すのは許されない。
惑星を丸々潰して、種族絶滅戦争になりかねない兵器。ダメ、絶対。
幸いあれかし。羅刹さんでも、星を砕く大量破壊兵器を使うことはなかった。
しかしそれ以外の戦争悪の行使については、容赦なかった。
都市に毒薬散布を仕出かして、後からしれっと禁止条約を締結したのもこの人だ。
敵どころか、コウモリをする中立都市を見せしめに焼き捨てる苛烈さは、非道そのもの。
彼の美点は約束を守ることと、捕虜の虐待は許さなかったこと、戦後のビジョンが明確で味方は未来に希望が持てたことぐらいだ。
己の邪魔する者は手段を問わず大鉈を振るったんで、この時代に失われた重大な施設や、管理ダンジョン、文献、宝物の類いは星の数ほどだ。
彼が平和をもたらした英雄ではなく、魔王よ、羅刹王よと呼ばれる所以だ。
お陰で当時の甲殻人からは敵味方を問わず、嫌われていた資料が山ほど残っている。
不世出の政治家だったと功績を再評価された現代でも【せめてアレを残してくれていたらなあ…】と微妙な顔をされたり【なんてことをしてくれたんだ!】とやっぱり嫌われたりしている。
現代東ホープランプの基礎を築いた結果を残しているのに、素直に褒められることがないあたりよっぽどだ。灰汁が強い。
ちなみになんとこの羅刹さん。後継者に政権を引き継ぎをして隠居した後も長生きをしている。
どころか暗殺もされず、畳の上で大往生していた。
生まれたのは戦国時代だったが、彼が一線を退いた頃にはとっくに平和な世の中に変わっていたという証明だ。
打ち立てた偉業のくせに国葬はされず、むしろ味方であるはずの市民からも盛大に彼の死に祝杯を上げられてしまったそうだが、それだけで羅刹さんの凄さがわかる。
後継の政権としては感情抜きで、守らなくちゃいけない人だったんだろうな。
どれだけアンタッチャブルだったんだ。
過程と経過をすっとばせば、彼は憎まれっ子として図々しくも世にはばかり、甲殻世界に平和を招いている。
甲殻人で王と呼ばれるのは、今の世にも羅刹さんだけ。
悪党でも超一流の悪党だ。
まあ、そーいう強烈なお人が出現しなければ、東ホープランプは収拾がつかないくらいの乱世だったというわけだ。
この大破壊からの再生を遂げるための一助として、失われた技術体系の穴埋めにマザーも合力している。
ロストした分野においては、ロケット文明の影響が色濃くなるのも無理はない。
先史文明の技術ツリーには、破壊された空白があるのだ。
対照的なのが、曲がりなりにも平和を維持してきたのが山中都市だ。
彼らは東ではロストテクノロジーとなった幻をこうして今も継承している。
国には悪い面と良い面、どちらもあるということなんだろう。
ううむ。触ると火傷しそうだと、尻込みするには勿体無いんだよなあ。
出会いは最悪だったけど深掘りすると面白そうだ、山中都市も。
「洞窟を抜けた先に出てくる油木トレントは、素材を採るのに綺麗な状態で倒したい。こっちには手を出さんでくれ。
後はお前さんの好きにしていい」
秘匿ダンジョンの入り口でじーっと宝箱を見ていたら、ご隠居に放置プレイを食らってしまいそうになる。
まてまて。
そーいうところだぞ石人族。
個人行動が好きすぎるだろ。
「いや、その前に情報を共有して置きたい。
このダンジョンは平らげてしまっていいのか?」
入り口付近は宝箱が『結界』を張っている安地だ。
ここでお話しましょと引き留める。
別行動したいなら、意識の擦り合わせは必須だろーが。
「あん?
……まあ、そうだな。バディ狩りは久々すぎて勘所が錆び付いてやがったか。すまん。
このダンジョンの大きさはおおよそ1.2レベルほどだ。
入り口付近の洞窟が1割、後の9割は廃墟・シークレットガーデン型だ。
踏むとワープする迷わせ罠以外の罠はねえ。
モブで一番強いのはレベル15相当の油木トレントだ。ダンジョンボスもこいつの上位者になる。
後の魔物は、特筆することはなにもねえ小物だな。
庭園の植生は、そうだな。アドレスを寄越せ。詳細な地図情報を送ってやる。……って、どうやるんだったかな」
ご隠居はつらつら説明しつつ、ステータスを立ち上げた。そしてアドレスのやり取りの所でまごついている。
さもありなん。ご隠居のステータスは古いナンバーで更新が止まっている。
ウン100年単位で使ってなかった通信機能だろう。手順が疎かになってしまっていても無理はない。
山中都市にはマザーが居ないと確定した。
必然、こちらの人たちにとってステータスは、聞いた話でしか知らない子だろう。
そして当のご隠居は妖精さんのジェノサイドの件で、東ホープランプ人間に隔意を持っている。アドレスの登録作業は久しぶりになるはずだ。
多少のモダモダの後、無事に繋がる。
「よし、これで行っただろ」
思い出せて、安堵の表情。
石人は物覚えがいいけれど、興味が薄い記憶はド忘れするんだな。
そんなところはやはり機械ではなく人間だ。
しかし油木トレントとは、手持ちにいないトレントだ。ひとつでいいから、状態のいい魔石が欲しい。
「ああ、届いた。今、『マップ』に同期する」
地図だけにしては、データが重い。っと、魔物や植生の情報もついでに送ってくれたのか。 ありがたい。
……ううん、でもホープランプ文字だよなあ。
情報があるならそのまま突っ込むのは、よろしくない。一度、引き返して翻訳してもらうかな。
「『マップ』?」
「地図情報スキルだ」
興味あります?
ご隠居にも見えるように大きく画面を開示する。
しばしの沈黙。
「……………っ、かー!
なんだよこれ、クソ便利だな。自動で測量までしてくれんのかよ!」
『マップ』の地図記号はロケ語だから、ご隠居の方が地図の読み解きは上手そうだ。
オレが地図をタップしていると、ご隠居は苛立たし気に垂れてくる前髪をかきあげた。
そうか。ご隠居は伊能忠敬さんよろしく自力できちんと測量して、地図の製作をしてきたクチか。古い時代の人は多芸でえらい。
「転居して落ち着いたら、ギルドで汎用スキルを調べてみるのをお勧めする。
ロケット文明圏とはいえ、わたしたちと東ホープランプ、そしてあなた。
それぞれ辿ったルートが違うだろうから、新たな出会いとなるスキルもあるだろう。お互いに」
「お前さんトコ、漂流してきたんじゃなかったのかよ?
その口振りってことは、お前さんらはロケット管理AIを持ち込んでやがるのか。……いや、何人いるんだ?」
言ってなかったっけ?
「総勢、千と百余りだ」
「……千人って、そりゃあ」
ご隠居が絶句する。
「突然の異界撹拌だった。母国の塔が、十指に余るほどこちらの世界に流れついたのは。
まさかここまで酷い異界撹拌が、いきなり起きるとは、誰もが想像してなかったように思う。
漂流者には運の悪かった民間人も混じっているが、地脈の不穏な動きを収めようと、ダンジョンの整備に駆けずり回っていた公の者や、特定技術者も含まれる。
管理AIがその場に居たのはそれ故の巡り合わせだな。
わたしたちは現在、この大陸の東西に散ってしまった仲間と合流しようとしている最中だ。
東から河を渡ってきたのも、西にいる者と合流するためだった」
「くそったれ!そういうことかよ。保守派の奴ら、管理AI欲しさの蛮行か!」
あー。
「何億もの同胞が第二の母と呼ぶ、マザーよりわたしたちは狙い目か」
誘拐の身代金はGM目当てでファイナルアンサー?
すると情報源は行方不明グループか。
でも彼らって翻訳機を持っていたか疑問がある。
翻訳機の初期ロットが出来たのって出奔した日付的に、ギリギリだ。
いや、お互いに片言でもロケ語分かれば、意志疎通は出来るのかな。
情報伝達は相当にあやふやなことになってそうだけど。
そして遭難者たち、おそらくだが漂流者グループの生命線になるダンマスの個人情報だけは意図的に黙していたんじゃなかろうか。
もしそうだとしたら。
すごく、しょっぱい。
GMは、自分が増えることに積極的だ。まともに筋を通してくれたら、そりゃあ大喜びで分魂を嫁に出す。
平たい状況で彼女にプッシュされたら日ホプ政府ちゃんを含めてオレらは、その願いを無下に出来るものじゃない。お互いさまの精神で、頼まれるままに協力していた。
彼女の人類全般への人懐こさは、プレイヤーなら全員が知っていることだ。
そして遭難者たちも【マザーの伝手】で、真っ先に助けてくれようと駆けつけてくれた東のホプさんたちの対応を知っている。それならば。
彼らが力付くでGMを奪い取るような真似を企むと。そう邪推するのは難しい。
両手を広げて、仲良くしようと言う。ただそれだけで済んだのだから。
あ。すると河の西に居たからオレたちって……ひょっとして東京グループと間違われて襲われたとか?
その可能性もなくはない?
東ホープランプの後援があるグループだと気付かなかった?
いや。いやいや。
襲撃してきた現場スタッフ、それだとしたらウッカリすぎだろ。
日本人と甲殻人が一緒にいたら、持ち帰って報告するような案件じゃん。
それともなんだ。河の西では山中都市の外にホプさんらが小グループに別れて住んでいたり、小競り合うのは珍しくもないことなのだろうか。
情報が少なすぎてわからん。謎だ。
ダンマス狙いにしてはザル過ぎたから、身代AI目当ての重要人物誘拐だと仮定する。
となると護衛ががっちりついているのは幸かオレだから、どの道ターゲットにはされそうだ。
言葉がろくに通じないと、継ぎ接ぎだらけの情報で判断しなくちゃいけないんだな。怖あ。
オレが牢屋放置だったのって……行方不明者はギリギリ20レベル帯の民間人だったから、彼らを準拠で隔離するならスキル封印なくても普通の牢屋で事足りると思ったんかな。
それでなくても甲殻人は身体能力の個体差が少ない種族だ。
知識がなければ、日本人の中にMPお化けちゃんがこっそり混じっているなんて想像するのは難しいかも。
あー、もう!
どこまで考えがあっているがわからんから、そろそろ答え合わせをしたい!
これで全部オレの勘違いのガバ推理だったら笑う。
コメント、リアクション、評価、誤字報告等、感謝です。
情報化社会と言われて久しい現代ですら、よそのお国のニュースには新鮮な驚きや、どうしてこうなったと愕然とすることは多いものです。
土壌への理解が乏しいというか、国交が断然してれば、お互いにガバ推理で行動するしかないかなあと。