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305/320

305 起こせなかったイベントのこと




「では気をつけて」


「行ってきますもし!」

 玄関から数歩を出た先だ。

 元気一杯の返事を残し、モフい背中がフッと消える。


 今現在、妖精さんらの玄関ポイントにしているのは、赤地に白い水玉模様な傘をしたキノコ型の郵便ポストだ。


 このポストは云わば庭の鍵と、訪問者のアドレス管理をしてくれるインターフォンだ。

 庭を管理している妖精さんがこのポストに許可を出すと、他の妖精さんは個人の庭に訪問出来るようになる。


 妖精さんの庭は自宅と同じく、プライベートエリアだ。妖精使いの傾向によっては、人を排した静かな環境を好む者もいるだろう。


 だからか庭から外に出るのは自由だが、入る時は基本的に庭守りの妖精さんに招かれる1ステップが必要になる。

 庭の管理人が内側に籠っている時に、外からやってきた妖精さんを受け入れる場合、アポを通達してくれる専用の魔道具を設置する。それが妖精ポストだ。


 運送業に従事していたり、狩りに同行していたりで、庭をオフィシャルに使っている妖精さんは、妖精ポストではなく妖精ゲートの魔道具を持ち運ぶ。


 オレは身内に妖精使いがいるので、許可を出した妖精さんのみ招き入れOKのポスト型だ。

 そもそも庭に引っ込んでいる時の妖精さんは、居るはずの部屋から姿を消す。お互いのアドレスを知っていないと何処にいるかも教えてもらえないので、防犯性能はバッチリだ。


 うん。ハジメさんはトウヒさんの庭に不意打ち御免のゲスト付きで、慌てふためき入ってきた。そういうこともあるんだなと、むしろ驚いた。

 彼らはセット運用の、兄弟機なので例外枠だ。

 妖精使い歴はまだ短いのに、レアな件に遭遇してしまった。


 兄弟機でもない他の妖精さんがトウヒさんのテリトリーに、人間のコブを付けたままにズカズカと入ってくることはありえないことだ。

 あったら妖精ポストの意味がない。


 ……人の命が関わっていたらわからないけど、ありえないと思う。

 ないんじゃないかな。まあ、多分。


 

 この妖精ポストが視界に入ると、時々、微妙な気分になってしまう。


 去年のクリスマスは忙しかった。

 ジャカポコ排出された書籍群も、イベント中はデータを集めるだけの斜め読みで、必要なところだけしか読んでなかったぐらいだ。


 そしてリアルでは、なまじの斜め読みの弊害で、読むのは後でもいいかという気になってしまい、まともに手をつけるのは先送りにしてしまった。

 クリスマスの積読を崩し始めたのは、ヨコハマダンジョンに居を移してからようやくだ。


 だからソレに気づいたのも、遅かった。

 幾つかの書籍にはシークレットページが仕込まれていた。

 それどころか、いつの間にやらシークレットページのクリア条件を満たしていた。


 困惑しかない。


 なにせクリスマス関連の書籍データはリュアルテくんのアーカイブから引っ張って来ていて、今使っているアバターはというとたつみお嬢さんだ。


 イベントを踏んだ覚えが全くないのに、いつの間にか解放されていたシークレットページ。そして何故か出ている妖精さん専用魔道具レシピの報酬だ。謎である。


 モヤモヤしたのでここは、GMに疑問をぶつけてみた。 副GMの特権だ。


 【妖精ポスト?

 ああ、シークレットページのクリア報酬ですよね!

 あれは、1月1日づけで解放される妖精郷スタンプラリーの備品というか、他大陸のフレンドを招待する特殊ギミックだったんですよー!】

 【折角作っても、イベントでしか使えないのは勿体ないでしょう?】

 【ポストとしての機能は大幅に変わってしまいますが、イベント後もかたつむり住居のインテリアとして使える魔道具レシピを用意させていただきました】

 【フフ、お正月は現世に妖精さんが生まれたお祝いに、ハッピーなイベントをやるつもりでした……】


 等々。始めは楽しそうだったGMが思い出すうち、しょぼしょぼになってしまったが、教えてくれた。


 正月のイベントが突然の異界撹拌でお蔵入りになったので、レシピ等はサイレント配布になってしまったらしい。


 販促ムービー程度のネタバレを聞く。クリスマスイベントで排出された書籍らは時限式な仕掛けがされていたそうだ。

 日本では未開催イベントの情報は巷に流れているそうなので、オレも掲示板に流しておいた。

 道理でクリスマスは本のドロップが多いと思った。


 イベントの概要はこうだ。

 年明け0時のカウントダウンでゲーム自宅の本棚や『体内倉庫』、果ては記憶のアーカイブから本がキラキラ輝き飛び出して、彼らは一路、妖精郷を目指す。


 お正月の特別な7日間は、妖精郷にて【魔法の本のダンジョン】にプレイヤーをご招待だ。


 そしてクリスマスで本をいっぱい読んでいた本の虫たちには、ちょっとしたオマケがある。

 自分が知識を保有する魔法の本のダンジョンに、【お客さま】が沢山入れば入るだけ、ゲーム内通貨のお年玉がもらえてしまう。


 踏破したダンジョンの奥には、シークレットページのレシピと、読書カードの石板がある。

 プレイヤーが持つ図書カードと、イベント後に返還される書籍の奥付の両方に攻略者の署名が、お祭りの記念として書き込まれる仕組みだ。


 つまり正月イベは魔法の本ダンジョンのスタンプラリーだった。コレクターじゃなくても楽しそう。

 そして魔法の本のダンジョンをあちこち梯子してくれる【勉強熱心な読者さん】たち。ターゲットはこちらがメインだ。

 運営は喜んでくれると嬉しいなと、企業さんにも沢山声を掛けてコラボり、お年玉をせっせと用意していたらしい。


 全ては起こせなかったイベントのことだ。


 

 そんなわけでイベントのギミックになるべく仕込まれていたシークレットページの報酬こと、魔道具たちのレシピなわけだ。これらはGMが明言した通りにリアルでも使える。


 むしろ妖精さん関連では、【こんな魔道具がありますよ】という、そんな啓蒙をしたかった空気すらある。


 イベントレシピで一番種類があって目立っているのは、デチューンされている妖精さんに装備させるという名目の、リュックやポーチ型のバッテリーだった。


 どれもこれもが妖精さんサイズ。ミニお洒落装備の顔をしているが、大概の家具系魔道具は共通規格だ。

 妖精さんのバッテリーとも、当然ながら互換性がある。 規格がゴチャらないのは素敵だ。


 持ち運びが楽々な、魔力バッテリーのレシピをイベント配布にすることとは。

 ゲームのスポンサーの皆さまにおかれましては、プレイヤーに魔道具の購入を考えさせたいってことなのかもなー、と、つい穿った見方をしてしまう。

 魔道具を売るならその前に、周辺機器の周知をしたいよな?


 イベントが無くなったので、レシピ公開は次の正月に持ち越しです。

 ってことには、ならなかったからして。


 まあ、スポンサーさんの意向は大事だもんな。彼らが自社商品のデータを提供してくれるおかげで、昭和世界が充実している。異郷の地でも、故郷の味には困らない。


 微妙な気分にさせられた、赤いキノコの傘をペポンと叩く。

 ちょっとした八つ当たりだ。


 傘の中身は空洞だからか、やたら楽しげな音が鳴って気が抜ける。

 このポスト作ったのはオレだけど、変なところで妖精さんクオリティだ。

 レシピを忠実に守ったそのせいだろうか。


 溜め息ひとつで諦める。

 報酬がこうしてサイレント配布されてしまったからには、復刻を期待するのも難しそうだ。


 約束されていたハッピーイベントが潰れたことは、GMでなくてもガッカリだ。

 おのれ異界撹拌。許すまじ。


 

 ハジメさんをいってらっしゃいと見送ったら、オレも行動だ。

 手籠を取りに、裏庭の資材倉庫に向かう。そのついでだ。細々とした用事も済ませてしまう。

 服を脱ぎ、バトルドレス一式に着替える。


「GMは河西に戻るまで、オレと一緒な」

 資材倉庫に移してあった筐体に触れ、時計型の端末に話しかけた。

 するとボディを飾る筐体ランプが【りょ!】と、青く点灯する。

 ふたつ返事をもらったことでGMを、『体内倉庫』によいせと仕舞う。


 ううむ、重たい。ずっしりくる。

 データベースの拡充に圧縮融合精石を追加していったGMは、筐体を大きなものに移している。すっかりと、ずんぐりむっくりの太ましさだ。

 『体内倉庫』の容量ゲージを、容赦なく圧迫してくる。


 一瞬、雫石の方に入れ直そうかと迷って、やめた。

 GMは単品でスキルの訓練になりそうなナイス負荷だ。

 他にも電動式の工具や、魔道具の類いを片付けておく。


 これらは一応、念のためだ。

 好奇心の生き物な少年少女を預かっているのに、ついつい触ってみたくなる誘惑の危険物。

 魔道具系の武器やアクセサリ、電動式の工具類、GMを出しっぱなしは不味かろう。


 見るからに危ない刃物等なら触るのを自重する意識も湧くだろうが、トウヒさんが増えすぎた水玉を絞めるのに使っているビリビリ棒なんて一見ただの警棒だ。

 この辺りを見たら振り回したくなるって、絶対に。

 魔力を吸って発動するアクセサリ類は特に危険だ。甲殻人にとっては初見殺しにも程がある。




「すごい」

「知らない花がいっぱいある!」

 資材倉庫から出ると、表の庭から歓声が聞こえた。

 トウヒさんがゲストたちを庭先に案内してくれたらしい。


 丁度いいので合流し、資材倉庫から持ち出した予備の籠を『洗浄』してからそれぞれに渡す。


「この枝のベリーは色の濃いものが食べ頃だ」

 背丈の低い庭先のベリーは、果実の重さで枝が垂れるほどに実をつけている。

 摘まんでひとつ食べて見せると兄妹は真似た。


「甘いけど酸っぱい?」

「私、これ好き!」

 それは良かった。


「ジャムにしてパンに塗ったり、菓子にしても旨い。つまみ食いしながら好きに採ってくれ。

 実は張り切りすぎないようにな」

 怪我人は寝かせておけと思うかもしれない。仰るとおり、ごもっともだ。


 だけどさ。実少年って怪我人だからってじっとしてられないタイプだろ?

 オレも通ってきた道だから、よーくわかる。

 夜寝る時しか大人しくしてられないのが、小五男子というものだ。

 お目付け役にトウヒさんと妹をつけて適度に放流しておくべきとの判断は、あながち間違いではないはずだ。

 ベッドに寝かしつけておいて、脱走される方がよほど困る。

 ……本当に、困るよな。

 こっそり抜け出した先で【あれ、なんかおかしいぞ?】と、いきなり倒れて周りが大騒ぎになるやつだ。


 ごめんな、かーさん。

 オレも悪気はなかったんだ。ただ暇に耐えきれなかった、それだけで。


 それと後はもうひとつ。内臓を治すのに体内エネルギーをかなり使って回復させたから、寝ている間に低血糖が起きたら怖いってこともある。

 なまじスキルの発動中で痛覚がないから、本人に【大怪我をした】その自覚が薄いのがネックだ。

 いつ切れるんだろうか、このスキル。


「トウヒ。実の移動のサポートを頼む」


「はいですー」


「篠宮さんはどちらへ?」

 ライダースーツに小脇に抱えたヘルメット。

 資材倉庫で室内着からバトルドレス一式に着替えたので、実少年に尋ねられる。


「わたしは荷運び要員として、ご隠居の野良ダンジョン詣でに同行する」

 『体内倉庫』はGMでミチミチでも、『調律』済みの雫石の予備はある。荷運びはお任せだ。


「野良ってもよ、いつものダンジョンだぜ。慣れてるから、独りでも平気だってのによ」

 バカ言うな。


「年を経た石人の強さは承知しているつもりだ。

 しかしあなたたちの時間感覚が、極めてルーズなことも知っている」

 石人は農業をしないからカレンダーを生まない種族だったし、嫌なことがあるとふて寝で何年をも眠ったりする。

 インテリな割に真面目さからはほど遠く、日程通りに動くことをしないのが彼らだ。

 まだ若いうちは他の種族に合わせてくれる初々しさはあるけど、年を取るほどいい加減になりがちだ。


「あー」

「そうね」

 子どもたちも、そういやそうだなって目になった。よく知った身内だからこその信頼の薄さだ。


「…口煩いのか増えやがった」

 だって年輩の石人はこちらから強引に行かないと、すぐ世の中からフェードアウトしようとするじゃん。

 数多く、同じパターンを踏んできた同胞を恨め。


「軽食などはトウヒに用意させる。遠慮なく食べること。

 特に実は無理をしない程度に栄養をつけておくように。

 トウヒ、後は頼む。帰る時には連絡する」


「はい!」

「ありがとうございます」

「了解しましたー。いってらっしゃいませー」

 これでよし。

 トウヒさんの庭なら安全だ。


 この子たちにとって山中都市からの逃亡劇は、打ち合わせもなくいきなりのことだ。兄妹2人で話したいこともあるだろう。


 子どもなんて我が儘で能天気なもの。

 努めていい子にしている処世術は我慢出来て偉いけど、その賢さが痛々しくもある。

 ダメな親だといくら口では嘯いてみせても、強がりだ。子にとって親は特別に決まっている。


 他人のオレには聞かせたくない、嘆きや泣き言のひとつやふたつ。それくらいはあるだろう。

 ご隠居の用事は渡りに船だ。


 ………本音を言えば、今回ばかりは野良ダンジョンへの同行よりも山中都市を微行するハジメさんについていきたかった。


 子どもが我慢してるのだから、オレも我慢だ。

 自分にそう言い聞かせても、中々諦めきれるものではない。

 罠を警戒しているのに、餌が美味しそうで箱罠の前をウロウロするアライグマの気分だ。


 くっ。オレが甲殻人に交じると悪目立ちする異貌なばかりに…!


 リアルSFファンタジー都市がすぐそこにあるのに、お預けなのが心底キツい。

 東ホープランプ諸都市への訪ねてみたい我欲は防疫で迷惑掛けられない意識の建前でなんとか押さえてきたけれど、ここまで近くに来てしまえば好奇心が勝つに決まってる。

 こんなの有名な温泉地の旅館に泊まっているのに、自慢の風呂に入れないようなものじゃん?

 後ろ髪を引かれるったら。


 山中都市では観光どころか、名物のひとつも食えなくてオレは悲しい。

 サブカル小説の牢屋あるあるな、カビた黒パン、塩スープすら出てこなかった。

 名物に旨いものなしって言うけれど、甲殻人の舌は信頼出来る。それを知っているから余計に残念だ。


「お前さんレベル幾つだ?

 30以下なら連れてかねえぞ。ま、んなことないだろうがよ」


「90の坂は越えた」

 脇道で経験値を注ぎ込んでいる治癒士がカンストしたら、転生マラソンに戻りたいところ。

 んで、転生したら戦士を入れる。それで基本3職がやっと揃う。

 これから出てくるだろう上位職の派生が楽しみの反面、メモリのコストがとてもお怖い。


「チッ。だろうよ、その魔力量だ。

 仕方ねえな、着いてきやがれ。ただし火気は厳禁だからな!」


 やったぜ。同行の言質が取れた。断られなかった!

 待機時間はガス抜きするぞー!





 コメント、リアクション、評価、誤字報告等、感謝です。


 良い子の皆さんは、よく知らない人と、野良ダンジョンに行くのはやめましょうね!



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