304 鳴神足
予定が狂った。
外に出たら連絡を取り、迎えに来てもらうつもりだった。
しかし、見下ろした樹海はいたる所で紫電が散る。
火薬庫にパチパチの火花を招き入れたら、何故だかドカンと爆発しました。あたり一面火の海です。
確信犯的やらかしの、主犯になるのは、まっぴらだ。
自助努力で戻らんと。
「なあ、ご隠居。ちょい質問。
隠匿行動を第一にしている領軍が、大規模に山狩りするなんて珍しくない?
やっぱり森林火災が起きたせいかな」
トウヒさんが操る浮遊する椅子に座り、毛布に包まっている実少年から指摘が入る。
高所から見る樹海は、人工物の角がない。
東ホープランプは都の上にも背の低いなりに箱物が建てられているのに対し、西側は完全にステルスというか地中に収納されている。
「焦りもするさ。
こうして展望台から見下ろせば、わかっちまう。
正門近くが燃えたなんて、流石に放置しとけんだろう。
昔に比べりゃ森に徘徊する魔物の数も増えちまった。
森で狩りをするなら小規模にこっそりと。そんな不文律じゃ、立ち行かなくなってきてんだろうな。
雷使いの鳴神足は厄介だ」
「鳴雷足は、なー。お堂さんの従兄ちゃんも、あいつに内臓焼かれて病院に担ぎ込まれたんだよなあ。
おかげで怖いって印象がある」
「お堂さん家の?
外でのお怪我が原因で、内勤に移ることになったとしか知らなかったわ。
あれって雷のせいだったの?」
「あン時、まだ萌は小さかったもんなー。冗談じゃなく、周りも死を覚悟したって」
「鳴雷足。それが件の鹿の名前か」
そわりとする。
そもそもオレもよく使う『サンダー』は、『雷光』+『ターゲット』の複合スキルだ。
『ターゲット』はスキルに指向性を与える補助のアプリケーション。
単体では野生の悍馬のように『雷光』が扱い辛いスキルだからこそ、調整役の『ターゲット』と抱き合わせて運用を行う。
『雷光』が魔物のスキルなら、『ターゲット』を内包する『サンダー』は、人の叡知のスキルだ。
だからこそ魔物は、ご隠居が言った通りに厄介だ。
攻撃に、自らの針を使った蜜蜂は死ぬ。
それら決死の針と同じく、『ターゲット』のない『雷光』は自爆覚悟の代物だ。
草食魔物の恐ろしさは、命を捨てての特攻をろくに躊躇わない生きざまにある。
【己らに近づけば、必ずや痛い目にあわせてくれようぞ】
その気性は、臆病ゆえの苛烈さだ。
補食される立場の草食種族こそならではの振る舞い。
彼らの雷は、毒持ちの生き物が自分を食べた相手を苦しめることで他の仲間が食べられないようにする、個より集団を重視した生存戦略と一緒のものだ。
HPは魔力が重なり作られる膜。
そして雷は、魔力を通す特性がある。
スタンるわ、HP貫通してくるわ。ここが命の使い時と島津るわで、『雷光』使いの魔物はろくでもない。
レベル格差で舐めプをしようものなら、散々な目に遭う。
だがしかし、きちんとした雷対応の準備をしていたり、パーティに『サンダー』使いがいれば、脅威は下がる。
場慣れした『サンダー』使いは、相手が撒き散らした『雷光』の指向性を奪い取る。
『ターゲット』さまさま。魔法戦は人の有利だ。
そう、一般『サンダー』使いが最も輝く瞬間は、避雷針としての働きだ。
これをパーティ戦で上手く回すと、敵を倒すよりよほど称賛される。
誰だって雷は浴びたくない。
もっと自由に使えたら嬉しいのだけど、雷系統スキルは魔物を呼ぶ。
少人数パーティでは使用を遠慮しなくてはいけない時と場合が多くて、威力の割には使い勝手が悪いのも『サンダー』だ。
まあ、管理ダンジョンでのレベル上げなら、チヤホヤされる。
野良ダンジョンでの活動は………レイドを組んでいて、人手がある時以外は察して欲しい。
魔法のご利用は計画的に!だ。
対鳴神足は『サンダー』使いが、活躍出来そうな臭いがする。
今回は諦めるにしても、チャンスがあれば狩ってみたい。
鹿肉だったら、美味しそうだ。
「ああ。この辺で鹿って言やあ、鳴雷足のこったな」
「あのね。森のダンジョンから溢れた鹿は左足を強く踏むと雷を落とすのですって。先生がそう仰るのよ。
左足で招いた雷は、まるで紫の蛇が天に昇るようだったって」
左足が天然の発動体になっているのか。
どの世界の化物鹿ですかそれ。
いや、ホプさん家由来の魔物なんだろうけどね?
ひとつ、心のつかえがとれた。
「良かった。先の山火事はこの鹿のせいか。河西ダンジョンの襲撃のために、わざと起こした火災じゃなかったんだな」
ほっとする。
こちらの注意を引くためにあえて森を焼いたものかと、邪推していた。
あれでタイミング良く、人員が分散されたってこともあったし。ゴニョゴニョ。
オレたちが潜伏している展望台の山肌からは、下界の焼け跡がくっきり見えた。
人の姿は遠すぎているかどうかも判別つかない距離だったが、雷が断続的に光ることで、ここにいるぞと主張している。
晴天の稲光に、目を細めてしまう。これで辺りが暗かったら、もっと綺麗だったろう。
燃える炎に、屋根を押し潰す白雪。
不思議だが、危険な自然現象はいつだって美しい。雷もそうだ。
子どもの頃は雷が鳴ると、べったり窓に張りついていたっけか。
飽きずに眺めていたくなるが、これほど寒くはなかったらだ。
むき出しの頬の辺りが冷えてきた。毛布を被っただけの子どもたちは尚更だろう。あまりの長居は出来なさそうだ。
手短に切り上げるのは、少し惜しい。下に降りる道はあってないようなものだが、この展望台。きっと夏場の避暑には、最高だ。
石のベンチの側には、焚き火台らしき円鉢の置物もある。
バーベキューとか、やってたのかな?
高山植物が僅かに生えるだけの高地なら、火に入る虫も少なくて快適だ。
虫が好きだった夜露の方だ。必然、フィールドワークも好みそうだけど、一緒に食事を楽しむなら虫はいらない。
気の利いたデート場選びに、笹の葉の君は苦労したと見た。
想像すると微笑ましい。
冷たい空気を大きく吸い込む。心なしかトウヒさんの庭より空気が薄い気がする。
ふと、気付く。転生してなければそれこそ高山病になっていたかもしれない標高だ。
襲撃してきた蔵人系甲殻人たちの足が驚くぐらいに早かったのって、この高地トレーニングのせいかもしれない。
「………溢れの鳴雷足が増えているのは確かだろうがよ……火付けの瑕疵は、どうだろうなァ。
わざとじゃねえとは思いたいが」
毒物テロをやらかしたと聞いたばかりのご隠居は、やや長く考えてから発言した。そして言葉尻も濁らせる。
すまんて。
素直にホッとしただけで、疑心暗鬼を育てさせる、そんなつもりはなかったんだ。
きちんと翻訳されていても、言葉を使うのって難しいよな…。
「ご隠居は、奴らが森を焼いたと思う?」
「毒物散布をしちまったくらいだ。向こうの戦術を効果があるならと踏襲する、心理の壁が低くなっていそうでよ。
東のがいつ河を越えてきやるか、仮想敵対国家の勢力拡大に奴らはずっとピリピリしてやがった。
他派の足止めを兼ねて、火遊びをしてないとは言い切れんな。
森が焼ければ、人の意識はそっちに集まる。
甲殻人ほど頑丈でも、森で火に巻かれると無力だからよ」
三千世界的には消防は魔法使いの出番だからなあ。
戦士職ほどゴリゴリマッチョじゃなくても、平賀さんみたいに高レベル帯の魔法使いは大概タフだ。
「思い詰めたらなにやらかすかわからんのが人間だ。
先代領主は東ホープランプが落ち着いた今こそ特使を送って交流しようって意向の融和派閥だったんだが、思えば先代が輩に暗殺されたのが分水嶺だった。
それから十数年。どうにも保守派の輩は重石が外れてやり口が汚ねえ。
昔はうちのポンコツを拾って来てくれたりで手癖と行儀は悪くても、侠気ある集団だったのによ」
心の整理がついてないのだろう。言葉切れ悪く、訥々と語る。
変わっちまったな。そう呟くご隠居は寂し気だ。
「何度か耳にしたが現代における保守派とは、どんな派閥なんだろうか?」
疑問を挟む。
名前とやっていることが一致してない印象しかない。
「保守派は東ホープランプとは積極的に距離を置きたい、引きこもり政策派閥です。
河の東方は王族が没してから長く戦国時代が続いたので、保守派は領での主流派でした。
こちらのスパイが侵入出来なくなったくらいあたりから、東側は人口も増えて一気に発展しているらしいぞとは俺も噂話で聞いています。
なので焦りがあるのか……言うこと、やることが過激な、えっと、先鋭化をしてるみたい?……です」
解説どうもだ。説明してくれた実少年は寒そうに手を擦り合わせている。
オレの手袋は、サイズが合わなかったんだよな。
萌ちゃんは千枝の忘れ物な毛糸のミトンを嵌められたが、実少年は白い指貫グローブにプロテクターをつけたような甲殻が生えかけだ。彼もまた、大きくなりそうな手足をしている。
でも、そうか。山中都市では引きこもりがお家芸なのか。いかんな、妙な親近感が湧いてしまう。
山中都市にしてみればゼリー山脈裾野の河西ダンジョンはお膝元だ。
庭先に仮想敵対国家の尖兵がウロチョロしていたことで、暴発したんかね?
でも抗議の使者も出さず、野良ダンジョンも放置してるならその不満はお門違いだ。
東ホープランプは、山中都市のことを把握してなかったんだぞ?
人の住んでいない未開の地扱いだったら、配慮もナニもなくない?
ないよな?
一介のダンマス的には、地権を主張するならば野良ダンジョン整備をセットにしてほしい。
ブッチーの氾濫を起こした犯ダンジョンは、河西ダンジョンのご近所にある。
その清掃活動に、オレも及ばずながら冷凍車用の妖精車輌コアを提供した。
ブッチーダンジョンでは外に闊歩している彼らとは違い、汚染されてない獲物が狩り放題だ。それは良いことでもあるんだけどさ。
家の周りくらいは掃除してくれてもいいのよ?
………無理かなー。
や、こうして魔力を弾く壁外に出てみると、ゼリー山脈は震えがくるような霊峰だ。
地面から放たれるプレッシャーが、強いったら。
コレは手入れが難しいぞと、わかってしまう。
山中都市の人口は意外と多そうと思ったが、それでもゼリー山脈一帯を守るのには全く足りていない。ゾワゾワする。
特に幸たちが落ちたゼリー山脈の南西方面からだ。流れ込んでくるモノが太い。
人が住んでなかったら、それこそダンジョンタワー候補地として考えたかったくらいだ。
「お兄ちゃん、お爺ちゃま、あのね。頑張って言葉を選ばなくてもいいのよ?
萌はまだまだチビちゃんだけど、いつまでも泣いてばかりじゃいられないもの。
ママがテロ活動を支援していたと言い掛かりをつけてきたアレでしょ?
バカよね。農繁期のママたちにそんな暇があるわけないじゃない。そんな余裕があるならママたちは、もっとお兄ちゃんと萌を構ってくれるんだから。
周りの人はみんなそれを知っているわよ。農家を舐めないでもらいたいわ」
萌ちゃんは、ふんすと鼻を鳴らす。
「………だよなー。管理ダンジョンで果物や野菜が採れるから、畑はいらないって言い出す馬鹿が出てくるのほんと勘弁。
農業知識もろくすっぽない俺らなんてただの野蛮人じゃん。
それでなくても現在の山中都市は管理ダンジョン頼りで自給率低いのに。
いい大人なんだからもっと頭を使って欲しいよな。
管理ダンジョンが破損したら、奴ら纏めて死ぬ気なのかな?」
少年の素直な感想が耳に痛い。
日本でも将来そういう層は出てきそう。
「お前らはその点、食うのに苦労しているよな。魔石食はいいぞ。腐らんし、旨い」
「そりゃあ、ご隠居はね!」
石人はなー。
でも管理ダンジョンはそれなりの数があるわけか。すると。
「そうか。ロケットはこちら側にも落ちたんだな」
地球でも至るとこに落ちてるもんな。ロケット。
地球周りは界の流れが悪くて詰まってたけど、渋滞を起こしていたロケット群が、最近になって勢いを増した界流に押されて間欠泉みたくに一気にドバッと噴出したとかなんとかで。
「あー。いいえ当時、東国が荒れているのを良いことに、ロケット関連技術は草の者が色々パチって来たそうなので!
ちなみに当時の領主一族が覚悟ガン決まりでダンジョンマスターになられたので、山中都市の管理ダンジョンは領主家の財産なんですよ。
ねえ、ご隠居?」
「……まあ、当時は色々世話になったからよ。入れ知恵くらいはしてたかもな。
流石に管理AIは巨大すぎて、かっぱらってこれなかったぜ?
精々、小品をちょろちょろといったとこだ。時効だろうからまあ許せ」
ホープランプにロケットの到来があったのはザックリと500年前だ。
なるほど、ご隠居の世界のGM姉妹も小型化はまだだったんだな。
ロケットクルーで精石を量産してくれるハイエンド型の妖精さんらと、『加工』のスキル石を入れたダンジョンマスターの両方が揃わないとGMタイプの筐体は新規製作が難しい。
ダンジョンマスターの忙しさによっては、技術のブレイクスルーが起きても案外マザー型のまま更新しないケースもありそうだ。
精石のみで造られるホープランプのマザータイプは動かせるようなサイズじゃないにしろ、膨大な演算を必要とするVRゲームを主催する以外はあまり困るものではなさそうだし……って、そうだよな。マザーがいないならこっちにロケットが落ちてるわけなかったじゃん。
考えなしなこと言った。恥ずかしい。
「歴史を学べば、時代により適したモラルが違うのは理解している。
500年も前ならば、わたしの国も秩序とは縁遠い時代だった」
多分蛮族度では決して負けていないことと思われ。自慢できない。
「おう、そうか。こいつらの感覚だとまんま盗賊の所業だからな。引かれないのは助かる」
「…だって、いけないことだと習ったもの」
ぷくっと少女が口を尖らせる。
せやな。現代でやったら即アウトだ。
チビッ子はダメなことをダメと言えて偉い。
怪盗が格好いいのは、彼らがフィクションであるからだ。
「しかしどうするよ。狩りの最中でセンサーをガン積みしているあいつらの警戒網を抜けるにはチト難しいぜ?」
どうするもなにも。人が捌けるまでは待機だろう。
いくらハジメさんでも本気を出している甲殻人の集団の警戒網を、見つからずに抜けられるとは思えやしない。
それに彼らが溢れの鹿を狩ってくれているなら、後に通る方がこちらも魔物に絡まれなくて良さげである。
今時の妖精さんは雷ガードをつけているとはいえ、ロボ男さんの件もあった。
鳴神足が徘徊する中、ハジメさんをひとりで出すのは怖い。というか暴力は基本、人の仕事だ。
「人が引くまで、2、3日を限度で様子を見よう。荒事は避けたい。
ハジメはもう一度、都市に潜入を頼めるか?
時間があるなら他日本人の安否や状況を知りたい。
ただ見つからないことが第一だ。
………。
もしもの危急の際は、ハジメの判断を優先していい」
行方不明者たちは大学生なので成人している。子どもを懐に抱えたこちらの安全が優先だ。
しかし彼らの命が危ないようなら、同胞の縁。騒ぎを起こしての回収も吝かではない。
不便なく普通に働いてたりしたら、放置していてもいいけどさ。
オレが捕まって逃亡したのが原因で、彼らの扱いが変わっていたら気まずいじゃん?
半世捨て人な異邦人のご隠居と子ども2人のパーティじゃ、知識に偏りがあるとゆーか。
正直、良い情報源になりそうだから回収できるものならさっさとしておきたいのが本音でもある。
「頑張るもし!」
いい返事だ。ハジメさんはいつも頼りになる。
「おう。この場でしばらく待機ならよ、ちと、そこの野良ダンジョンで魔石を補充して来ていいか?
長年食い慣れたメシなんでよ」
うん。あるね。
野良ダンジョンが、ご隠居さんの親指差す先に。
いいなー。
無性に羨ましい。
野良のプライベートダンジョンとか中学生の頃に見つけたら、親にも内緒で隠匿してたわ。
そして調子に乗ったオレの態度の不審さで、3日でバレるに1ペリカ。
くちゅん。
可愛らしい、くしゃみの主は萌ちゃんだった。
まだ体が小さいぶん、冷えるのも早かったらしい。頃合いだ。
「寒いだろう。実と萌は、そろそろ中に戻るといい」
開けてある偽装シャッターも閉じなきゃだ。
「ごめんなさい。でも、折角だから……もうちょっとだけいいですか?」
実少年は北の森をじっと見ている。
「お前さん、都市の外にでるのは初めてだったかよ」
「今時分の子どもは皆そうだよ、ご隠居。……外に出れるのは成人してからだと思ってたから。本当に外に行くんだなって思ったら、なんか、急に」
そこで言葉を詰まらせる。
「ねえ、萌はどこに行っても平気よ。お兄ちゃん」
椅子に座ったままの兄の両手に、妹の赤いミトンが重なった。
そして笑う。
「萌にはお兄ちゃんとお爺ちゃま、そしてロボ男が居てくれるもの!
一族がいる場所が萌の居場所で、お兄ちゃんの帰る場所よ」
それらは7歳の少女の言葉ではない。
おそらく母親や祖母か、そのどちらかの口真似だ。
「……うん」
ただ、あなたを信頼していると手を握り、笑顔を向けられるそれだけで、救われることもある。
体は鍛えられても、心まで磨けているとは限らない。オレも男だからわかる。
精一杯の見栄を張って、強く見せようとしているだけだ。
強壮なホープランプの男が、女の尻に敷かれたがるのは結局そういうことなんだろうな。
コメント、リアクション、評価、誤字報告等、感謝です。
GWも明けましたが、次回は遅れて一回お休みしますね。
いずれ来る夏に怯えつつ、花粉の少なくなった五月を楽しんでまいります。