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303 潜在的な需要



「ぴゃー。お山の外は絶景だったもし!

 周囲に人影はなかったもし。少しお外に出てみるもし?」

 隠し通路を制覇して、ハジメさんが戻ってきた。

 帰ってくるまでやや間が空いたのは、周囲の偵察をキチンとこなしてきたからのようだ。

 こちらの指示が抜けてもフォローしてくれるの、ホント助かる。


「行きたい、見たい!」

「えっ。いいのかしら、ハジメちゃん?」

 ハジメさんの提案に真っ先に反応したのは少年少女だ。

 うむ、チビッ子は瞬発力ある。


「だったら上着をきていくもし。薄着だと寒いもしよ。

 マスターたちもいくもし?」


「ああ」

 外の景色、気になります。


「とりあえず実さんと萌さんは、あったか毛布でいいですかねー?」

 トウヒさんは戸棚から備品の毛布を出してきた。2人に渡す。ご隠居にはない。

 大人差別というなかれ。彼は暑さ寒さに強い石人だ。炎天下の砂漠や厳冬の北極でもなくばへっちゃらだ。 つおい。


「毛布、ふっわふわ!」

「手触りが蕩けるようよ、素敵ね。お兄ちゃん!」

「ヒエ…高級品じゃん。穴を空けないようにしないと」

「ええ、気を付けましょう…!」

 いいえ、産業革命は科学の申し子、大量生産が紡績の品で御座います。

 ……舶来品ということでホープランプではレアではあるかな?


 そもそも甲殻世界の布製品は頑丈なことが優先されるから、肌当たりは切り捨てられている分野だ。製作コンセプトが違う。

 だからかお洒落番長なステファニーちゃんも、日本製の布製品に【この品質でこの値段は、信じられないわ!】そう物欲でエキサイトをしていた。

 きっと潜在的な需要ってこういうことなんだろうな。使い勝手が悪くて実用的ではなくても【これが好き!】な、ものはある。


 さて、毛布を被ってわちゃわちゃしているミノ虫兄妹と素のままのご隠居を伴い、物見遊山だ。

 外に出る。


 さすればまことの絶景だった。

 言葉を失う。


 山中都市は天空都市でもあったようだ。

 張り出した高台の下を薄く雲海が漂っている。当然ながら人影はない。

 まるで仙境に迷い込んでしまったようだ。


 季節が逆戻りしたかのようなキンと冷たい大気が鼻の奥を刺す。吐く息も白い。


 背後を振り返れば、山中都市の裏口までは雪が吹き込まないようにS字状に洞窟が掘られていた。

 展望台の壁には、偽装スライドシャッターの開閉ボタンがついている。


 革手袋越しに手摺りに触れた。

 岩肌に似せてある展望台の内側は、通ってきた道と同じくひび割れひとつなく真新しいままだ。

 シャッターを開け、さっと風を通しただけで、積もっていたはずの埃が綺麗に払われている。

 昨年造られたばかりと嘘をつかれても信じてしまいそうだ。

 

 

「先史文明人の力は偉大だな…」

 ゼリー山脈は甲殻人の誰もが名を知る霊峰だ。

 こんなの富士山に地下私道を持っているようなもの。

 シンプルに庶民には許されない贅沢だ。


「あいつは兎に角、穴掘りが好きで得意だったからよ。

 ここから北に円錐形の山が見えるだろ。あれはくり貫かれた残土から造られた人工山だ」

 緑の山を指し示し、へっと笑うご隠居は懐かしそうに頬を緩める。


「なんと」

 ……マジかー。結構な高さがあるんだが。

 アレが残土ってなると都市やこの隠し通路だけじゃなく、近場で他の掘り物をやってたんかな。


 丘じゃなくて、日帰り登山が楽しめそうな普通の山だ。趣味にしても大規模すぎる。


 いや、自然物にしては綺麗過ぎる円錐形だ。人工物って言われたら納得だけれどさ。

 ……甲殻人が地中に都市を造ってしまうのは、やっぱり先達の薫陶なんだな……。文化の遺伝子を継いでいる。


 高度な文明を保有していた彼らが後継に畜産業を伝えなかったということは、菜食を主にしていたんだろうなと勝手ながら想像していた。


 だからなんとなーく優雅で繊細なイメージが先史文明人にはあったんだけどさ?

 なんかここに来て急に黄色いヘルメットの印象がついてしまったんだが。ご隠居のせいで。


 『マップ』によると、現在地はゼリー山脈北正面の中腹だ。はるか下界の眺望は、箱庭のように目に映る。

 河の近くは広葉樹の勢力だった。天険を挟むと木々の植生が一変して、背の高い針葉樹が生えている。

 その森の一部が黒く禿げているのは、件の火災のせいだろうか。

 

 ううむ。しかし困ったぞ。

 山の下界では西ホープランプの皆さまがそこそこウヨっているらしき模様。

 ここは思案のしどころだ。


 チカチカと、鬱蒼たる緑陰には稲光るものあり。

 なかなかに立派な雷だ。

 1秒、2秒、3秒とカウントしていく。

 しかし光は見えても、雷音は聞こえて来ない。

 山の中腹にいるからだろうか?


 そうして数を数えている間にも続けてまた、雷が落ちた。

 本日晴天。雲ひとつない青空である。

 山中都市は、【溢れ】の狩りをめっちゃ頑張っているっぽい。


「下は人足が多いようだな。トウヒ。一先ず、わたしの無事の知らせを皆に伝えてもらえるか?」


「はいですー」

 個人的にも取り急ぎ【無事です】と一斉送信をしておく。

 詳細な添付情報は山中都市に色眼鏡のない、トウヒさんが作っていたレポートの方がいいはずだ。

 妖精さんは人の陰口を叩かないところがとてもえらい。


 にしても、都市壁が近くにあるせいで通信状態が悪かった。全く繋がらないわけじゃないが、送信に時間が掛かって気を揉んでしまう。


「無線を使ったら、領軍に位置を把握されるだろうか」

 送ってしまってから、はたとなる。やってしまった。


「俺の知る限り、都市の通信インフラは主に有線だ。

 トランシーバーがないこともないが、都外の活動では使わんな。

 ロケット管理AIの無線傍受を懸念して使用を禁止していたぜ」


「ああ……電話ボックスみたいな小さい個室が街角に建っているなとは思ったが、本当にそれだったんだな」

 電話ボックスは、昭和世界でズラリと並んでいるのを見かけたんでピンと来た。

 ホープランプ製のトランシーバーや携帯電話は魔力式だ。壁が魔力に干渉するなら、有線がやっぱり便利なのか。


「使わなきゃ技術つーもんはこなれねえ。無線から位置情報を抜く考えはねえとは思うがよ。不安なら使わなきゃいいんじゃねえか」

 ごもっとも。

 安全圏に逃走するまで、用心しすぎるくらいに用心せんとな。

 頻繁に連絡を取るのはやめておこう。


「了解しましたー。でも連絡しない方がリスクなのでー。せめて連絡相手を絞りますー。こちらが慎重策を取っている旨を付け加え、あちらのギルドから改めてマスターの健在を公報するよう要請しましょー」


「頼む。……大事にならないといいのだが」

 つい、余計な気を揉んでしまう。


 護衛メンバーを牽引するリーダー役の広崎さんは、転生して若返った。見た目はパリピの大学生だ。

 ビビッドな紫髪の印象が強すぎることもある。よく知らない相手からは勢いとノリで生きている若者として見られがちだ。

 しかし親方日の丸から班を任されているのは伊達でも酔狂でもない。

 今まで行動を共にした限り、広崎さんの采配は常に慎重で良識あるものだった。

 個人の人格はまた別だが、護衛グループのチームカラーは堅実そのもの。安定している。こちらの皆のことは、あまり心配してない。


 問題なのはサリーだ。

 彼女は理知的でクールであるけど、それは抑えているからで内は鉄火。情にも厚い。


 山脈と魔物の隔たりが、今だけは無性にありがたかった。


 でなければ超格好良く助けに来られてしまってたところだ。

 彼氏としては本気でそれはどうよと思うので、サリーvs蔵人の対戦は避けさせたい。 切実に。


 サリーにはこれからホプさんたちと一緒に仕事をしてもらわにゃならんのに、ファーストインプレッションが切った張ったになってしまったら、ちょっとどころじゃなく責任を感じる。

 あれでサリーは賢い猫チャンみたいに繊細で警戒心が強いところがあるから、一度悪い印象がつくと日々のストレスがしんどそうだ。


 幸?

 あいつもダンマスだ。

 最悪でもどちらかひとりは生き延びなければ、ダンジョンタワー建造計画が破綻する。

 片方が現地民に誘拐された現状、幸の無茶は周りが体を張ってでも止めるだろう。


 そりゃあ帰るだけなら、いつか政府ちゃんが潜界艦を造って迎えに来てくれるかもだけどさ。

 タワー建造利権の見返りとか、協力してもらったぶんの現世利益くらいは土産にさせたい。


 日本に帰った時に遭難者のままか、成功者の団体として凱旋するかは違うじゃん?

 ダンマス的に、モラルとモチベの高い冒険者は宝なので大事にするべき。ヨコハマダンジョン衆とはこれからも幾久しくお付き合いしたい所存だ。


「お前さん、年の割には達観してんな。

 ……郷では戦をしてたかよ?」

 心配げな眼差しに、首を振る。

  嬉しいと輝き、憂いには沈む。テンションによって彩度を変える石人の目は口ほどにモノを言う。


「いや、現在の故郷は平和を保っている。

 ただそれらの基礎は曽祖父たち先人が、命を代価に築いたものだ。あだや疎かに出来るものではない。

 わたしが生まれる前に顕れた地獄は、科学の技術が発達したからこそ。世界の国々を巻き込む大戦で、祖国の立場は負け戦だった。

 それ故に読めば目を疑いたくなる邪悪な資料が、今も多く残されている」

 劣勢のゲームシナリオを打破するのになにかいい手はないものかと、深掘りした史実が鬱だった件。


 そんなわけで戦争は前世で多少なりとも嗜んだが、慣れたいものではなかったな。

 オレはこの手の人類の悪徳と狂気を楽しめてしまう適性がある気がするので、馴染むと困る。なるべく避けて通りたい。

 後ろめたさに目を伏せる。


 撹拌世界ではNPC、プレイヤー共に一度死んだら最後。リスポーンはしない。失った人は帰らないのだ。

 ゲーム中は憤り、【MMOなのに、狂ってる!】と、いけずな運営を呪ったものだ。しかし史実と比べられるものではない。

 

 魔物という人類共通の脅威が存在しない現実での戦争は、撹拌世界よりも凄惨だ。

 【人が減りすぎたら切実にヤバい。責任を取らせるのは貴族まで。民衆へのやりすぎは控える】

 そんなロケット世界群の基本マナー。本能的な危機感が、地球人は欠けているのだ。

 オレらの歴史がとても闇。


 人造種族のホプさんらが派手にヒャッハーしちゃったのも、魔物による種族的恐怖が薄かったからではなかろうか。

 先史王朝の時代では保護者のフォローが手厚くて、そこら辺の失敗経験がなかっただろうし。


「火種になるぐらいなら無礼を赦すか」


「許しはしない。ホープランプの法や慣例に則った対処は求めるつもりだ」

 適切な法と罰は、復讐にチリつく心を静める膏薬だ。

 処方されることを切に願う。


「それが受理されなくば、わたしたちは山中都市との交流を断念することになるだろう。

 だとしたら無念だな。

 戦乱を避けただけあって、山中都市は先史文明の技術や文化を色濃く残している。交流はこちらとしても意義あるものになりえただろうに」

 面白そうなものをチラ見だけって拷問だ。

 ぐぬぬ。全く知らなければこうして胸が騒ぐこともなかったものを!

 特に世界樹ダンジョン。

 観光させろー!


 いや、マジな話。後のダンジョン造営のためにも知見を得ておきたかった。

 絶対に、ハイ・ファンタジーしているよな世界樹って。ダンジョンの素材として転用したい。


「わたしたち?東のお人のことですか?」

 ん?

 誤解を招く言い回しだったか。すまん。


「日本人漂流者のことだ。

 西は東の頬を張り倒した。その相手を東方諸都市が無視することは、まずないだろう。

 ただホープランプにおいて、わたしたち漂流者は異物だ。

 物知らずの新参者が我が物顔ででしゃばって、東西両者の対立を煽っては、悪しき腫瘍の謗りを受けよう。

 ただし、わたしは当事者でもある。

 初めから仲良くするのは無理でも、時候の挨拶を交わせるくらいの間柄にはなって欲しいと、要望を出すつもりだ。それくらいは許されよう」

 一先ず、冷戦に持ち込むあたりを狙いたい。


 日本人がホープランプを虎視眈々と侵略しようと目論んでいる豚草よろしく、あいつら迷惑だなと思われないようにしないとな。

 厄介な外来生物と排除されたらたまったもんじゃない。


 ワタクシたち、お上品にいきますですわよ?


 えっ?

 これからダンジョンタワーを建てるのだから戦力の分散は避けさせたいんだろ?

 ホプさんの余剰雇用は、可能な限り独占したいよな?

 そのためのいい子ちゃんぶりっ子だろって?

 ナンノコトカ、ワカラナイナー。

 


「お前さんは無事に帰さんとなあ……」

 ありがとー。


 まあ、妖精さんがいなかったら、こうも呑気にはしてられなかった。

 過酷な経験は人を荒ませるから、派手な脱出劇をやらずに済んだのは幸運だ。


 ……実の所。未知の地での単独森林踏破はちょっと楽しそうだよなと阿呆なことを思わなくもない。しかしスリルを愛好する若いダンマスとか、字面だけでも地雷臭が漂ってくる。 ヤバヤバのヤバだ。


 人聞き悪い癖は隠しておかねばな!





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御隠居様、お漏らしの数々見聞してリュウシ君がダンマスだと確信したっぽいですな
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