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302 『補強』の『陣形』とバッテリー



 隠し通路を出たところで、ライブで流れていた動画が終了する。

 それを伴い、『刺繍』を刺していた手を止めた。丁度1枚、仕上がりだ。


 兄妹はほぼ着の身着のまま、連れ出してしまった。頼まれたとはいえ、OKを出したオレにも責任がある。

 あって良かった『ミシン』に『刺繍』。その他諸々。


 甲殻人が下衣によく着るチュニック等は、トウヒさんが型紙を起こし手縫いしている。オレはそれに『陣形』を仕込む分業だ。


 当方、『刺繍』を育てている都合から、布は余分に仕入れてある。

 だけど甲殻人用の布じゃないんだな、これが。

 在庫の代々コットンの綿布は魔力ノリがよく『陣形』のキャンバス生地に適した素材だ。ただし二次加工なしでは、在来の綿と大差はない。

 甲殻キッズに着せる服には、一手間を掛けたい代物だ。


 2人とも甲殻が色づき、力の増す、成長期前でラッキーだった。

 でなければもっと高度な『陣形』を刺さなくてはいけなかったところ。その辺はまだ自信がない。

 スキルありきの撹拌世界でも職人らは、一生の10年を捧げて一人前だ。

 そんなプロが刺すような『陣形』仕事へのチャレンジは、ピヨピヨのひよこちゃんには荷が重い。

 20代前半なのに絵画刺繍歴15年選手の従姉さんたちとは違うのだ。


 ともあれ最近は未熟ながらに、『陣形』を構築する刺繍糸の魔力線も整うようになってきた。

 縫い取り自体は『刺繍』や『ミシン』がサポートしてくれるが、糸に魔力を乗せて『陣形』を固着するのは『魔力操作』その他の仕事だ。

 見た目だけは良くても魔力線がブツブツな『陣形』は、魔力ノリがよろしくないからすぐわかる。若葉マークの作品だ。


 魔力を多く流し過ぎて、隣の導線を巻き込んで潰したり、弱くて途切れさせるのは悪い例。

 これをやると『陣形』がまともに動かなくなったり、効果がバラついたりする。

 ガタガタだった最初から比べると、それらも幾分マシになった。続ければ牛歩なりに上達するものだと感慨深い。


 綺麗に仕上がった『陣形』は、スキルの発動も滑らかだ。

 現金なものでちょっと出来るようになると、細かい魔力の訓練だからと苦手な野菜を食べるようにこなしていた手仕事もやりがいがあるように思えてくる。

 しかしミズイロ先生が手掛ける、あの豪華絢爛なバトルドレス。複合・積層タイプの『陣形』『刺繍』を刺せるようになるのは、一体いつになるやらだ。

 生産職が登る山は、連綿として果てしない。

 


「その形は『補強』か?」

 作業が一段落したのを見取って、ご隠居が声を掛けてきた。

 『陣形』の確認は、使用者の兄妹を心配してのことらしい。

 確かに魔力を枯渇させると怠くなる。


 魔力0で正常な地球人は魔力枯渇由来の体調不良は起きないが、パッシブスキルを入れて常に魔力を少しずつ消費する基礎が出来るとMP3割の壁が発症する。

 そんなわけで種族スキル持ちの甲殻人も、魔力枯渇と縁が切れない。

 本格的なレベリング前かつ、ステータスで残りMPを見れない子どもの魔力運用は特にシビアだ。

 走り回った後に『洗浄』を使っただけでダウンするとかよくやるらしい。


「ご明察。微量でも『陣形』は常時の魔力吸収をするのは承知している。

 安全のため、補助のバッテリーはこれから仕込む」

 作っておいたボタンを見せる。

 『錬金』は『刺繍』と比べたら断然得意だ。

 というか、『加工』と『錬金』はシナジーがあるので『錬金』下手なダンマスはいない。

 毎日あれだけ石を弄ってれば、まあね、うん。

 下手でも上手くならざるをえないからして。


「そんなもんがあるんだな」

 良く【見た】そうだったので、ご隠居の掌の上にひとつを載せる。

 動作チェックしときます?


 元々『補強』は衝撃を強く受けた時に働くので、『保温』のようにハイカロリーな『陣形』ではない。

 ロケットボタンに入るくらいの小さい石でも、洗濯の度に魔力残量のチェックすれば充分な算段だ。


「…へえ!他ンとこじゃ気の利くことをしているじゃねえか。

 使った技術は簡単でもよ、こうした組み合わせは見たことねえぞ」

 ご隠居は膝を打つ。

 オレが褒められたわけでもないのに、なんか嬉しい。

 技術のブレイクスルーってそゆとこある。


「石人の魔力量なら、補助具の類はいらないだろう。無理もない」


「いや、出身は多種族が暮らしていたからよ。需要はあったろうぜ?

 それを言うなら、お前さんのとこもいらねえだろ」

 おっ。ご隠居は多種族国家の出なのか。リアル撹拌世界じゃん。面白そう。


「わたしの種族はレベルや環境、資質により、魔力の個人差が大きかった。

 故郷は、界流のどこで詰まっていたのかまだ不明だが、数年前まで極端に魔力が薄い土地だった。

 野良ダンジョンがなく、魔物もいなかった関係で、現在の主要エネルギーのインフラも電力を使われているぐらいだ。

 とは言え、わたしたちも勉強をしたから、安心して欲しい。

 魔物が闊歩している土地では、電気の使用が魔物寄せになるという危険性。また、資格のない者に発電の原理を説明してはならないということは弁えている」

 オレらの常識は、ロケット世界群では非常識だ。

 GMが義務教育で発電の仕組みを習うと聞いて、【どうしろと……!】と、頭を抱えた件である。


 ただ余所の人に、電気を使っていたよと言うだけならセーフ。

 電化製品の購入、所持も地球に限っては違法ではない。


 だから部屋には外に出せない電化製品もある。

 居間の壁掛け時計は日本時間を刻んだままだ。


「電力……雷?」


「ああ。巷によくある魔道具を電力で動かしていたと考えてくれていい」

 苦笑する。純然たるホープランプっ子に想像し辛いかもな、この辺は。


「……昔にあったな、そんな研究が」

 お?


「えっ。ご隠居、マジ?

 雷で魔道具が動くものなの?」


「又聞きしたんでうろ覚えだか、魔道具とは原理の違う代物だったな。

 そして、実よ。流用したら壊れるだろうから、余計な好奇心はしまっておけ。

 しかし郷の雷一連の研究プロジェクトは魔物の群れにしょっちゅう襲われて、こいつは無理だな、手がつけられんと凍結したはずだ。

 魔物がいなけりゃ、確かに実験だけはやれそうだがよ。

 お前さんの故郷は雷なんて不確かで危険なモンをよくもまあ、インフラに使おうと考えたもんだ。

 っていうかよ。アレ、実用化しうる概念だったのか。世の中広えな」

 改めて指摘されると、確かに不思議だ。

 現代に生きるオレらは電気が便利なものと知っている。

 それを知らなかったはずの過去の科学者。偉人たちの閃きは、常人には理解できないところにある。なにを受信してそう考えついたんだろう。好奇心が強すぎる。

 静電気でバチってなっても痛いだけで、よっしゃ便利に使ったろとはならんよな?


「そうだな。魔道具に電気を通したら、電圧によっては精石に異常をきたす。試すのはやめたほうがいい。

 話は戻るが、それらの事情で魔力を使えない者も故郷には多い。

 レベル0だと魔力も0だ。

 わたしも野良ダンジョンで位階を積むまでは魔力と無縁の生活だった」


「冗談だろ、お前さんが?

 個人差があるにも程があるだろうがよ。

 まあ、そういうことならこういった小型のバッテリー類はありがてえのか。

 『陣形』衣服は着るものを選ぶっつうか、余剰排出魔力が弱いと、使い勝手が悪いしなァ」


「彼ら用の布がないから間に合わせだ。河西ダンジョンに着いたら、着替えの服は取り寄せよう」

 子供服がネモフィラで売っていればいいのだけれど、なければ途中に検問が入る。取り寄せに時間が掛かりそうだ。


 『治癒』をした時に『診察』したが、『陣形』に吸わせるには他の甲殻人と同様に実少年の排出魔力は心もとない。

 なのでパカリと蓋の開くロケットタイプの飾りボタンの魔道具をつけた。『陣形』用のバッテリーだ。

 精石に書き込む定例文レシピも【魔石を使い、内包魔力を供給せよ】のシンプルさで済む。極小の白玉精石で充分だ。


 『陣形』の『刺繍』は種族的に保有魔力の多い夢魔族が発展させたレシピだから、起動は肌から自然放出される魔力で賄うのが基本だ。

 しかし『陣形』用のバッテリーの存在を教えてくれたのも、その夢魔族のミズイロ先生だ。


 【このようなバッテリータイプの飾りボタンはすぐに汚れる赤ちゃんのスモッグや、在宅での病衣に使うといいでしょう】

 【1着あると外出にも安心です。子育てを楽にする贈り物は喜ばれますよ】

 【心を込めて刺しましょう。病気をすると心が沈みますから、丁寧に作られた美しいものを身に纏うと慰めになります】


 そう言って、先生は惜しみ無く家宝の錬金ノートを生徒たちに閲覧させてくれた。


 セイラン時代のいざこざで、オレは夢魔族に忸怩がある。

 個人としての彼女らは悪い奴ばかりじゃないと頭で理解していても、初対面から暫くの間は警戒してたし、同期では一番の不器用者で可愛い生徒じゃなかったろうにな。

 先生とは損でありがたいものだ。


 出来映えを試すのに枠から外して、『陣形』に一度、魔力を通す。

 変に引っ掛るところはないな。よし。


「きれい」

 近くの呟きは萌ちゃんのものだ。

 彼女は縫物に興味があるらしい。『刺繍』を始めると、こうしてにじにじと寄ってきた。

 頭の上を通りすぎる会話を気にする様子もなく、服を置いたテーブルをうっとりと見惚れている。

 『陣形』のデザインは、幾何学的模様を愛する甲殻人からの評価も厚い。


「良かったな、萌。お前さんのものらしいぞ」

 ご隠居が小さな背中をポンと叩く。


「うそっ。えっ、本当ですか?!」

 勢い良く、こちらを見られたので頷いた。

 集中してるなとは思ったが、本気で会話が耳に入ってなかったんだな。


「ああ」

 実少年のは次のロットだ。


「……どうしよう、おにいちゃんコレ、萌のだって!」


「おー。良かったな。その。萌に、ありがとう御座います」

「あ!ありがとう御座います!キレイなお洋服、嬉しいです!」


 思いもよらず、手放しに喜ばれてしまった。

 なにかとスキル頼りの身としては、きらきら輝く少女の尊敬の眼差しがこそばゆい。


 スキルを得るためのプロセスも、努力は努力であるのかな。



 



 コメント、リアクション、評価、誤字報告等、感謝です。

 そして、レビュー嬉しいです。はわ。



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これを付ければ憧れのリネンのシーツも使え…成人甲殻人用には力不足か
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