301 壁の謎
モニターに視線を戻す。
これ、考古学者に見せたら涎を垂らす資料になりそう。
笹の葉の君と夜露の方。
昭和世界の劇でも見たやつ。
さっきからチョロチョロ名前が出てきてるけど、しれっと生き延びていて山中都市を開いているもんだもんな。
トンデモ異説の方で合ってたじゃん。
そして、ご隠居の存在がヤバい。
ご夫妻が永眠されているかの陵墓は、元宮廷跡地を利用して造られている。
そして隠し通路は、外とそちらの陵墓にも通じているそうだ。
……ってさ、邪推ではなく、隠し通路は友情の名残そのものだ。仲良しかよ。
宮殿と外へ繋がる直通の私道が、よりにもよってご隠居自宅の応接室にあるんだぞ?
彼らとこっそり人目を忍び、外遊びに行くのに使っていた。
そういうことに違いなくない?
………長命種はこれだから!
目星も付けずにスコップしても歴史事実がジャカジャカ出てくる。ぴゃー!
「一応、念のために聞いてもいいだろうか。
笹の葉の君と夜露の方は、東では駆け落ちした際に河にのまれて儚くなられたとの説が主流だった。
それは違ったらしいと把握はしたが、こちらで幸せに暮らせたのだろうか?
ご子孫は?」
物語なら胸を打つ悲劇もいいが、現実なら軽薄なハッピーエンドがオレは好きだ。
だから大歓迎なので、その辺を詳しく。
「まあな。あちらさんにしてみれば全て言い訳に聞こえるやも知れんが、あの夫婦もことを成し逐げ、夜露のに他の婚約者をあてがおうとする郷の頑固者どもの頭が冷えたら帰るつもりはあったんだぞ?
ただ弟さんの痛ましい事件があっただろ。
帰参の時期を計らおうと、こっそり放った密偵の持ち帰った報告がそれだ。
いくら志があったとはいえ、あいつらも自分勝手をやっちまったそうだからな。
んで、【もはや皆に顔向け出来ない】と、こっちに居着いちまった。
手柄に持ち帰るはずだった世界宮子もとっくの昔に芽が出ちまってて、宙飛ぶ船とやらに載せられるような代物じゃなかったとかでよ。
……。
子どもはな、いない。作らんかった。
笹の葉のは、髪も肌も真っ白で目は赤くてよ。先天的に片腕が無かった。
あいつの先祖は魔力を高めるための遺伝子を弄る施術を受けてやがって、その反動が表に出ちまったのが笹の葉のだ。
……あいつが石人だったらよ、腕くらい接いでやったんだがなあ。
自分には強いコンプレックスがある。誰にどんなに望まれても子どもをつくる気にはなれないってよ。
それは変えられないから、何度も夜露のはフられたそうだぜ?」
一瞬、息が止まった。
唐突な魔道生命工学の闇はご遠慮ください。
……先天的な疾患はなー。
経験値さんも改善の余地があるものとやりにくいものがあるらしいから、笹の葉の君は後者だったんだろうなあ。
タイミングが悪かった。
自力や現代医学で改善が難しい宿痾も参拝者を沢山受け入れて、練達した転生神殿コアなら、数度の施術でいい感じに整えてくれるとのこと。
努力すれば報われる環境が生えたことは、とても良い。
ニュースで取材されている患者さんらの【苦労は随分してきましたけどね】その前置きで語られる、充足の表情が目に浮かぶ。
お伴に甲殻人がいた、笹の葉の君は転生マラソンが重なっても耐えられる立場にあった。それがくれぐれも惜しい。
いずれかのロケット文明と本格的に合流していたら、彼らが取れた選択も違うものになっただろうに。
歴史はいつもままならない。
「でもご夫婦にはなられたのよね?ずっと仲良しだったって聞いたわ」
お。それは良かった。
「ああ、結局は夜露のの粘り勝ちだ。覚悟を決めた女は強いな。
そも、気心の知れた女によ。一途なまでに慕われて、嬉しくならん男はいねえよなって話だ」
ヒュー。夜露の方ってば、ガッツある。
悲劇のヒロインは彼女にとって役不足だったんだな。
そして嫌な予感ほど的中する。
魔術による遺伝子操作が種族的なタブーだったのは自分たちにも使用して、そしてこっぴどく失敗したからだ。そんなニュアンスは脚色された劇中にも漂っていた。
近親婚が絶対の禁忌ってのも、起こりやすい遺伝子事故のリスクを極力減らすためと思えば説明がつく。
当時の世相からして子作りは義務だったろう。駆け落ちでもしなけりゃ好いた相手と一緒になれなかったことはわかった。
えー…っと。
現在は隠れることを優先してアップデートが止まっている疑惑があるけど、山中都市は東ホープランプを定期的にスパイしてきた歴史があるんだよな?
ご隠居のロボ男を連れ帰ってきたのもその一環で。
頭がこんがらかってきた。東西対応の正確な年表が欲しい。
「そうか。おふたりの出奔は、本来は世界宮子の獲得のためのものだったのだな」
宇宙船の動力源を手に入れられる可能性があったのなら、それに掛けて我武者羅になる。
未来なんて行動したあとからでないとわからんし。
きっとそれぐらいの功績を立てれば、結婚だって許された。前向きな功名心もあっただろうに。
………。いや、現実逃避はよそう。
「ところで、世界樹とは」
そーいや、世界樹ダンジョンがどうたらって話をうっすら聞いた気がした!
流してしまったが、聞き間違いじゃなかった!
「あら、世界樹は丁度、授業でやったとこよ。
世界樹さんたら慌て者だから、野良ダンジョンの中で芽吹いてゲートから枝葉を出したまではいいけど……魔力の薄いお外ではとてもじゃないけど生きていけなくって枝がゲートにみっちり詰まったまま、幹がお外に出るにも出られず、にっちもさっちもいかなくなっているんですって」
「そうなのか?」
世界樹が野良ゲートに排水口のように詰まったのか。なんだその面白事故。ちょっと見てみたいんだが。
「はい。世界樹は都市の外では珍しいかもしれませんね。
素材を取るには、それはそれは固くって。自力でくり貫く作業は絶望的に困難ですけど、笹の葉の君は都市の建造を専門に修められていました。
その知識と技術で世界樹加工専門のホープランプを杖にして残して下さってます。
枝の中身は処理されて、都市壁の素材などに使われているんですよ。
たかが枝のひとつとはいえ世界樹のもので、幹に繋がる大トンネルです。
生かさず殺さず蝕まれて。世界樹にとっては俺らって白蟻のような存在でしょうね!」
うっわー。
世界樹を伐り倒す術や、利用法を確立しているとか、流石は宇宙的種族。
GMが白目をむきそう。
世界樹が枝葉を伸ばす終末世界は、彼女のパパ上の故郷のように滅びに向かう。
それをこうも利用し尽くしているとか、カルチャーショックだろうなあ。
だって世界樹だぞ?
でも、ひとつ謎が解けた。
ゼリー山脈地帯が天然のジャマーになってたのって、世界樹素材のせいだったのか。
魔力を吸い上げ、蓄え、生み出す。そのどれもをやるのが世界樹だ。
壁に『錬金』を試して、指先の魔力を弾かれた感覚を思い出す。【干渉禁止!】と軽く叩かれたようなあの反発。
牢屋や都市壁がダンジョンオブジェクトっぽかったのも、世界樹素材の特性だったのか。なるほどなあ。
世界樹自体は生木はともかく、化石化したものが野良ダンジョンで採れることもしばしある。
琥珀なんかは珍重される縁起物だ。
だがしかし、さして珍しくはないにしてもだ。建材に使われるくらいふんだんに、採れるものでもないわけで。
都市壁に使われているとか、なんの冗談。エメラルドの都だ。
だけど思えば、ダンジョンマスターが弄る以外は、不変・不壊のダンジョンオブジェクトも謎の素材だった。
他の素材にテクスチャを重ね、ブロックや草木として気軽に生やしておいて今更だけどさ。
でも、アプリとか感覚だけで操作するし。
簡単で使い勝手が良ければ、使うよな?
あー。……雫石って、世界樹から滴り落ちた一雫って言われてたなそういや。
ダンジョンオブジェクトは、自ダンジョンから持ち出せない不壊属性だ。
世界に根付いているというか、ひょっとしてダンジョンオブジェクト自体が、世界樹寄りの存在なのかもな。
姿を少し変えているだけの。
そーいうトンデモ存在を、幼木といえど白アリってる甲殻人ェ。
概念的アゴが強そう。
根本的原因は笹の葉の君にあるんだろうけど………ふむ?
笹の葉の君が、ゼリー山脈に居を構えて帰らなかったのって、ここ一帯を放置しておくのはヤバそうだなって危機感があったからでは?
地脈がジャンクション化している、土地の管理って放ったらかしにしとくと後々が凄く大変そうだ。
重なる地脈が暴発したらドカンと一発、派手にサリアータってしまう。
そーいうとこの近くで、世界樹が狙ったように生えている事実が怖い。
地脈を吸い上げて年中無休で光る壁の保持とかアレソレって、自噴してくるエネルギー解消の一助だろ?
そりゃー山中都市も明るくて快適なわけだ。
ダンマス抜きでなんとか地鎮に成功していたとか、創意工夫がエラい。
世の中、賢い人がいる。
「散々利用しつくしたんだ。そろそろ本気で枯れてきている頃合いじゃねえか。世界樹も。
案外しぶとかったよなァ。
石の調達にちょいと潜ると、野良ダンジョンが今までになく活性してるのがわかる」
「世界樹が、地脈から栄養を吸えなくなってきていると?」
うっわ、乾かぬ舌の先から勘弁して。厄ネタはいらない。
「あー。最近流行りの終末論の原因」
「時代は変わった。世界樹ですら枯れる。東の奴らとも復縁するには、ちと遅かったのかもしれんな」
ご隠居はチラと、こちらを見る。
なにかな?
「わあ、ご隠居がソレを言っちゃう?
妖精虐殺に一番キレてたのご隠居だったって聞いたよ、母さんに。
当時は随分アグレッシブだったって」
重くなりそうな空気を察して、実少年が明るくからかう。
「お前の一族は本当に下らないことばかり口伝しやがる。
言うがな、俺にとっても500年は相応に長いぞ。
やらかした当事者はとっくの昔に墓の下だ」
【もしもし、三叉路になったもしよ?】
モニターの中のハジメさんが、伺いを立てる。
「右に行け。左はやつらの墓に出る。……それとも腹いせに副葬品でも漁って行くか?
なに、お前さんがここにいるのは、自分の身内の後裔の不始末だ。
土産に未使用のホープランプのひとつやふたつ、この際持ち出しても目を瞑るぜ。
あいつらも詫びくらいしたいだろうよ」
ウフフ、ナイスジョーク。
「しない。墓は自分のためにあるものではない。残されたものの慰めにある。
大事にしているものがいる限り、それは遺跡ではなく墓だろう」
自分ん家の墓が【金目のものがあるぞしめしめ】って誰かに好き勝手に暴かれたら、そりゃあ許せんだろ。残された身内は。
【学術的調査だから】ってお堅い理由でもいい気はしない。
自分がやられたくないことはやらないが吉だ。
【よかろう、赦す!与の威光に平臥すがよい!そなたら、存分に役立てよ!】ってノリの大人物ならワンチャンあるけど。
「んだよ、真面目かよ。詰まらねえな。んじゃハジメ、そこの序列外の四角ボタンを押しとけ。陵墓への道はそれで閉じる。
開けるときのパスコードは0063赤2217だ」
【了解もし!】
ずらりと壁に嵌め込まれたボタンのひとつを、ハジメさんが鼻先で押すと下から壁がニョッキリ生えてきた。
モニター越しでは、まるで最初から分岐のない道だったように見える。
真面目かー。それ、褒められてる?
ってゆーか。
チビッ子兄妹の複雑そうな顔を見ようぜ、ご隠居は。2人の前で盗掘を持ちかけないでもらいたいかな!
篠宮の家系はレベルアップすると魔力が多くなる。なので代々のお骨の情報を取らせてくれって申し入れもあった。
爺さまがスパッと断ってたけど。
爺さまにとっちゃ長年連れ添った奥さんの大事な両親、そしてご先祖だ。嫌がるだろうさ。
規模は月とすっぽんだけど、心情的には似たものだろ?
死者は穏やかに眠らせたままでいて欲しいかな。
コメント、リアクション、評価、誤字報告等、感謝です。