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3 ダンジョンの雫石


 息が荒い。体が、重い。

 5センチ程の高さしかない草むらに、足が縺れそうになる。

 

 信じられるか?

 たった10分足らず、しかもゆっくり歩いてこの様なんだぞ。


「っ、と」

 ふよふよと目の前を横切ろうとする白玉をポコリ。


 テテロロと小鳥が鳴くのは、戦闘リザルトの合図だ。


 『異界撹拌』は、こちらのイニシアチブがある戦闘で手早く終わると、戦闘音楽がカットされる。

 白玉狩りはアスターク教官のお墨付き通り。軽く撫でるだけで一発だ。

 大きく息を吸って、弾む呼吸を整える。 

 ああ、しんどい。怠い。

 力を入れずに、倒せるのは、ほんと助かる。


 視界の右上で手に入れた経験値が表示されている。

 読むと消えた、その数字は驚きの1。

 こんなの見たことない。

 最弱値をぶっちぎる、踊り子豆でも11はあったわ。


 現在、余分に体力を使わせないために、鞄は回収されてしまったし、ドロップした魔石も教官に拾わせてしまっている。

 こんな冒険者ってある?


「よし!いいぞ、問題なさそうだな」


「その三白眼は節穴ですか」

 おっと、いけない。つい本音が。


「理想が高いのは良いことだが、お前さんが位階上げ出来ているって聞けば、医局の奴らは大喜びだぞ」


「面倒を、お掛け、したんですね」

 もう1匹、2匹をポコポコ。


 うん。体はしんどいが楽しいな、これ。

 こちとら田舎育ち。虫取り、ザリガニ釣りは履修項目だ。童心に帰る。


「元気になって退院してくれれば、よかろうさ。

 おう、着いたぞ。案の定、ちっさな野良ダンジョンだったな。

 空間のブレが分かるだろ?

 あそこがダンジョンボスエリアだ。

 こいつは0、1レベル野良ダンジョンだとない場合も多い。

 冒険者なら『探索』を使うが、ステータスのマップ機能にあるサーチでこの核を探してもいい」


「ステータス、が、開けない人はどうしますか?」


「学生証はステータスのスキル石も兼ねている。だから普通は持っていたら、石が体に吸収されて開く。

 お前さんの場合は、経験値は丸ごと位階上げに使いたかったから、現状その機能は止めているだけだ。

 お前さんが虚弱なうちは、そっちに経験値を吸われたくなかったんだよ。

 なにせスキル石の吸収なんて、成人むけだ。経験値や魔力、カロリーを食うからな。

 ほら、すこし休憩だ。口開けろ」

 口に金平糖が放り込まれる。

 レモン味だ。


「『念動』って、便利ですね」

 草むらに落ちた小さな魔石を拾ったり、金平糖をリュアルテくんや自分の口に入れたりと、アスターク教官は小器用に『念動』スキルを使う。


「俺みたいな奴には、余計にな!」

 笑うな。怖い。

 いや、これだけ親切にしてもらって、申し訳ないが、だって熊だぞ。

 ノー檻で灰色熊の成体とか、身近にあっていいものじゃないだろ普通。

 口を大きく開けると牙が、もう。


「確かお前さんのスキルに『採取』があったぞ。

 『採取』は『念動』『ターゲット』『鋏』の複合スキルだから、『念動』は使えるはずだ。

 ほら、水も飲んどけ」

 そのまま飲める水筒なのに、わざわざカップに水を注いでくれる。介護か。


「頂きます。…ちょっと練習してもいいですか?」

 はー…。水、美味しい。

 これでそよ風もあったら、気持ちよかったんだろうけどダンジョンだからな。

 飛び交う虫や、生き物の生活音といったものが欠けているのはならではだ。


 フィールド音楽?

 好きな曲をダウンロードしたらいいのでは?

 殺伐とした環境だと、音の情報も重要だったんで、設定しなかったんで知らんけど。


「せっかく貯めた経験値だぞ。無駄打ちはやめとけ。スキルの習熟は経験値が必要なんだぞ。スキルを試すのはこのダンジョン出たらだ。

 これからお前さんには、仕事をしてもらわにゃならん」


「ボス戦は見学では?」

 空になったカップに『洗浄』を掛ける。

 うん、使えた。

 無駄打ちを注意されたけど、無駄ではないからセーフ、セーフ。

 リュアルテくんは最初から生活系のスキルがあるんだなあ。

 礼を言ってカップを返す。


「0レベルダンジョンにボスはいない。いや、運があれば居ることもあると聞いたが概ねはいない。

 行くぞ」



 ずるり。

 鳥肌が立つような一瞬の違和感。

 ゲートによって調整されていない空間の隙間は、水よりも固い液体の感触だ。

 教官の後ろに着いて、エリアボスの間に侵入した。


 萌える苔を敷き布にして、桃の木が1本生えている。

 木の背丈はアスターク教官より低い。

 花は今が盛りよとばかり。

 それだというのに葉が繁り、幾つもの果実が枝をしならせている。


「人待桃だな」


「ひとまちもも」


「人や虫、鳥、四つ足。動物を媒介にして増える植物は、訪れる誰かを待って花実を付けっぱなしにしとく奴らがいるんだよ。ダンジョンではな」

 花実を付けっぱなしとか、それはよっぽどいい養分吸っている。


「…そう言えば、ここ、白玉がいませんね」


「ボスエリアでは見たことねぇな」

 なるほど白玉は魔物の餌。


「お前、世が世ならドライアドになったのかもな」

 桃の一枝に触れる。

 桃の実を成らせているのに、花は梅花の香りを燻らせている。


「あれ?」

 桃の実の中、一つだけ、宝石で出来た桃が生っている。

 エメラルド、アクアマリン。そういった石の原石のように、ゴツゴツとした岩の塊に緑と青の透明な石が混じっている。


「そいつがダンジョンの雫石。今は小さくとも、成長すれば巨大ダンジョンのコアになっていたかもしれない可能性の欠片だな。

 リュアルテ、摘んでしまえ」

 頷く。

 果実の収穫のように持ち上げると、鋏の必要もなく、雫石はダンジョンから切り離された。


「『魔石加工』ツリースキル『精製』で、まず、石の不純物を押し出す。やってみろ」


「はい」

 スキルは重い手応えで発動した。

 パラパラと余分な物が落ちていく。


 あー。魔力が減っていく。

 『洗浄』が1なら『精製』は20以上だ。生産系のスキルって、コストが掛かるんだな。


「出来た、と思います」

 雫石は名前の通り真円の、青緑の宝石になった。

 渡そうとしたら、手の動きで断られる。


「大したものだ。歪みもない」


「小さくなってしまいましたが」

 桃サイズがビー玉だ。

 なんとなくがっかりだ。


「いや、良く絞ってあって上等だ。

 お前さん。もとは、きちんと位階をつんでたんだろうな。

 加工スキルもまったく修練積んでなかったってことはないだろう。心配していたより消耗が少ない」

 まじまじと凝視されるのは居たたまれない。


「なにか見てますか?」


「主にお前さんのMPと健康状態周辺をチェックしてる。

 HPは結界数値で、攻撃受けさせてないから減っとらんし。

 使っているのは医療系のスキル由来の『鑑定』だな」

 本当に見ていた。いや、診ていた?


「教官はお医者さまだったんですね」


「いんや看護士だ。勿論冒険者の資格もあるぞ。ないのは教員免許だな。

 …すまん、今、勉強している最中だ」

 おおう。ハイスペック熊さん。

 この向学心、見習うべきか。

 ……。モラトリアム期間中、車の免許だけじゃなくて他の資格もとっておくとか、バイトでも探そうかなあ。


「問題なさそうだから続けるぞ。

 次は『魔石加工』の『調律』だ。その雫石をお前さん専用に調えろ」

 魔石なら自分専用に『調律』出来そうな気がする。雫石はどうだろうか。


 『調律』を使う。

 触った感じでは、魔石より、雫石の方が格段に位階が高い。

 がっ。


「重っい…!」

 スキル自体は発動した。

 たけど、コストが重い。どんどん魔力を消費する。


 待て。今、どれくらいの魔力使った? 

 嫌な汗を掻いてくる。

 チュートリアルだ。失敗しても即死はないよな?

 だけどこんだけ魔力を込めたら爆弾じゃないか?範囲系爆破スキルでMP15消費だぞ。と、頭の冷静な部分がそう囁く。


 爆破落ちなんてサイテー。


 いや全年齢設定だぞ。18禁ゲームであえて選んだ 全 年 齢 !

 運営よ受け取ってこの気持ち。

 …でも、あの運営なんだよなあ。『危ないことをしたら死にますよね?』『死んで生き返ったならゾンビですよね』ってリアルは確かにそうだけど!

 ゲームはもっと融通きいてもいいのよ?

 …あ、泣きそう。


「足りた…!」

 生き残った!

 魔力が足りるか危うい所で、『調律』が終わった。


「いくら素質があるからと子供に無理をさせよると思ったんだがなあ。成功しちまったらしかたないか」

 この熊さん。なんか、怖いこといいだしませんかね?


「失敗する予定だったんですか。爆発しますか」

 これは詰めよっても許されよう。


「成功するにこしたことはなかろうさ。ただ、何度かはここで躓くだろうからと、そう予定を立てていただけだ。

 爆発はしない。

 でもカンがいいな。魔石を『加工』するツリーの中にゃ、『圧縮』や『技術転写』とか、失敗すると危険なものがある。そっちは、はぜる。

 お前さんは生来の魔石『加工』もちだから、まだ使えない技術の気配を強く嗅ぎとったんだろう。

 …ところでチョコレートと、蜂蜜とナッツのヌガー、どっちがいいか?」


「空腹ではありません」


「薬だ、食っとけ。大人はバターに砂糖を混ぜたのを魔力回復剤として渡してるが、それはお前さんにはきつかろう。どうしても油が駄目なら、飴か金平糖だな。食うことが苦しいなら、無理強いはしないが」

 あー…。魔力回復か。


「…チョコ、好きです。もらっていいですか」

 製菓用かと聞きたくなる、塊ごと渡された。

 苦心して割り、かじりつく。

 舌触りがざらついて、甘いチョコレートだ。確かに、染みる。

 金平糖をご馳走になった時は、魔力的に消耗してなかったが、現状、カツカツだ。

 魔力が2割切ると、精神的な気だるさがある。


「旨いか?」


「? はい」

 チョコは国内メーカーに親しみがあるが、お他所の品も嫌いじゃない。


「そいつはよかった。魔力の養生は食うことが大事だから、無理させて食べることが嫌いになっちまうとなあ」

 リュアルテくん、ガリだから心配になると。

 すまない。中の人は遅れてきた成長期かつ、畑仕事で鍛えた農筋で、腹筋割れてる健康優良児なんだ。断ったのは、口にあめ玉突っ込んどけば黙る子供じゃないんだ賄賂とか要らねーしって拗ねただけで、食欲不振とかそーいう繊細なものじゃなかったんだ。

 善良な熊を心配させてしまった罪悪感が。ががが。


「甘いものも、しょっぱいものも好きですよ。好き嫌いはありませ…いえ、それは嘘ですね。苦すぎるものは、つらいです」

 何度チャレンジしても、ゴーヤはなかなか仲良くなれない。ふきのとうは和解したのに。


「俺もピーマンは苦手だ」


「あ。ピーマンは好きです」

 熊でもわかる。

 これは裏切られた顔だ。


「うちで作ってたので」

 言い訳の途中で、押し黙る。

 しまった。これは、リアルの話だ。


「……そうか。スキルに『受粉』や『散水』とかあったっけか。家の手伝いをきちんとしてたんだな、偉い」

 リュアルテくんは農業系男子であると。

 気が合いそうだ。

 そのスキルは現実でも欲しい。



「リュアルテ、ダンジョンで農業してみるか?」



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