294 ロボ男さん
「わあ、そうですねー。それは困ってしまいますよねー」
トウヒさんはロボ男さんと手を繋ぎ、データを直接やり取りしている。
故障中のロボ男さんは無線だと繋がらなかった上、お喋りが不自由だった。なので接触式での問診だ。
こくりと頷くことで相づちを打つのは、大きな丸いひとつ目に銀色の筐体。
ロボ男さんはSF好きにはたまらなそうな古典的ロボだ。そして名は体を表している。
歩行するのにも難があるという彼は、ふかふかに詰め物をされた小さな揺り椅子に座っていた。
発声はなく、ぎこちなくゆっくり動き、トウヒさんの問診を受けている。
前述の通り古参妖精のロボ型は、その殆どが壊されてしまっていた。
だからこうした【生きた個体】は、奇跡のように運命力が高い妖精さんだ。
うむ。うちの妖精さんに文句はないが、ロボもいいよな。
どこもかしこも丸みを帯びた銀の筐体はユーモラスだ。
ロボに愛嬌を求める異界人のセンス、嫌いじゃない。
「どうだ?」
一見気怠い印象の、ご隠居さんはソワついている。
「あー。動いたり、お話しにくいのは、やっぱり妖精核の損傷ですねー。
人間さんでいうなら脳梗塞というところでしょうかー。
体が動かなかったり、妖精ネットワークの無線機能が働かなかったりするのは、このせーです。
筐体の補修はお見事ですよー。そちらの瑕疵はありません」
対するトウヒさんは、おちついたもの。彼は家中の妖精さんたちを統括する上位AIだ。
妖精さんの内部メンテナンスもスキルに載らない技能のひとつだ。
ハジメさんに続いてトウヒさんを紹介したら、ご隠居には【まだ、妖精がいやがった】という呆れ顔をされてしまった。
だってクリスマスは妖精さんの見合いイベントだったから!
……漂流してから折りにつけて、ニーナさんやミッチさんが居てくれたらと悔やむのでGMの判断は正しかったな。
トウヒさんとハジメさん。彼らがいなかったらと思うとゾッとする。
「治るのかよ?」
「治りますー。ご安心めされー。我らは兎角丈夫で使い回し利くのが身上ゆえー。
ただ破損したコアからのデータ吸い出しは慎重に行いたいので、そちらは纏まったお時間を頂きたいですー。
データを移したコアを取り替えれば元通りですよー」
GMに比べたらずっと小さな妖精核だ。500年もののデータの移動は一朝一夕に終わらないか。
「やったな!ご隠居!」
「まて。予備の妖精核はお前たちの万一の為に用意されていたものじゃねえのか?
故郷ならいざ知らず、高純度の精石を使った核なんぞ、そうそう手に入るもんじゃねえだろう。代価が払えん」
ご隠居がトウヒさんとハジメさんを案じてか、待ったを掛ける。
石人は本当、妖精に優しい。
代価か。確かに妖精核やその動力源へのマザーの支払いは豪快だった。
でもあれを基準にしてしまうと大富豪しか手に入らんし。
……。
うんうん。確かに無報酬はよくないよな!
好都合だ。石人ならその知識で払ってもらおう。
彼らは歩くデータベースで、図書館だ。日本と繋がりにくい漂流先ゆえ、GMが欠如をしている知識を補いうる。そんな有識者との邂逅だ。逃がさんぞー!
ここは頑張って口説かねば!
「そうだな。しかし、わたしは妖精の主に成り立てで、専用で仕立てたトウヒたちもまだ若い。
そしてわたしの種族は転生抜きなら、後100年を生きられたら大したものだ。
いつかの時、わたしの妖精が思い出話をしたくなった時、頼れる年上の友人が居てくれるのは嬉しく思う」
「へえ?」
ご隠居は苛立たしげに卓上に置かれたシュガーポットに手を伸ばした。
魔石を摘まみ、飴玉みたいにガリガリと噛む。顎が強い。
あー。ご隠居は初対面の相手でも他人が自分より早く散る話題は地雷な繊細さんなのか。すまんかった。
長命種弄りの年齢ジョークは、封印した方が良さそうだ。
でもボケずに長生きしてきた生き証人の語る歴史なんて、ホプさんの学者たちには垂涎ものだ。
きっとご隠居は詰め寄られるんで、妖精さんによる防波堤はあって欲しい。
ロボ型の妖精さんは東生まれのホプさんらにとって、生理的嫌悪と哀惜と先祖がやってしまった罪悪感でスパイラルしている存在だ。ロボ男さんが側にいるだけで、ご隠居の立派なガードマンになってくれるだろう。
「それに山中都市を知る者で、わたしの誘拐に関わりのない第三者からの証言が欲しい。
東ホープランプの彼らに、山中都市は一概にまとめられないほど規模が大きく派閥もあり、無辜な民衆も暮らしていたと訴えなくては。
漂流したわたしは異界人であるが客人として軍に帯同して居たところを拐われた。
こちらは研究していたようだが、あちらにとっては初対面。
山中都市の印象は、無頼の輩よと、さぞ悪いものになっているだろう。
山中都市出身の実をあちらに連れ出すのなら、せめて成人するまで彼を一番に大事にしてくれる保護者の目と手が必要だ。
そして、あなたが異界人なのも尚良い。
漂流仲間の先達として、わたしが肩入れしてもおかしくはない話だろう?」
ご隠居にとって山中都市は長く長く、暮らした場所だ。離れるのは後ろ髪を引かれるだろう。だから情に訴える。
オレは他の異界人とか気になってしまうお年頃なので!
外面は真面目くさっているが、好奇心旺盛な5才児のように内心ぴょんぴょんしてしまう。
「俺だってこいつと血縁はねえよ」
あったら面白すぎるだろーが。
「ご隠居は俺の祖母ちゃん、母さん、妹の名付け親だぜ!めっちゃ家族!」
「 はどうだ。可愛がっているお前たちのためなら、地元を捨てても同行したいと申し出るだろ」
「ダメダメ。従兄弟ちゃんは確かに独身で家督放棄してフラフラしてるから助かったけど、ロボ男のことが苦手じゃん。
ご隠居は母さんの一族でもさ、ロボ男が苦手な奴に隔意があるだろ。
こいつだって俺の家族。背の高さが逆転した今となっては弟だよ。
俺が大事にしてやらなきゃ。
良くしてくれた従兄弟ちゃんを泣かせて悪いが、弟を選ぶぜ!」
「時系列を無視するな。お前さんのオムツを替えてやったのは、こいつだろうに」
「赤ん坊の時の話を持ち出すのは卑怯だろ!覚えてないって!」
「ところでお前は軍人だったのか?」
そう見えます?
伊東さんくらい凛々しく見えたら嬉しいな。
いや、広崎さんや小松さんは内面はともかく外見がチャラいから。
2人して夏の海が舞台のドラマならヒロインをナンパしてくる男A・Bが張れる雰囲気がある。
那須さんは那須さんで鋼の肉体と顔が解離した顔面詐欺のベビーフェイスだしさ。……皆、無事かなあ。
「いや、民間技術者だ。故郷では野良ダンジョンの整備に携わっていた。
東ホープランプでは河の西からやって来るブッチー経由で、渡り鳥によるインフルエンザの流行が取り沙汰されていたこともある。
河西の野良ダンジョン整備をしようという企画は、わたしとしても都合が良かったので参加させてもらった」
河西ダンジョンは、ダンジョンタワー候補地の捜索拠点だった。
ゼリー山脈北側に山中都市があるのなら、取れる進路は南回りになりそうだ。
この先、河西ダンジョン自体も回収して、位置をずらさなくちゃいけないかもな。
エドマエダンジョンと現在の河西ダンジョンは直線距離だけなら南回りの方が近くある。
だけど斥候チームの報告だとその進路は魔物が氾濫している大峡谷がアリアリで地形がダイナミックなんだとか。
大陸的というか、大変ワクワクする環境なので恒常的な行き来が難しくある土地なのだ。
そして北回りルートも容易くはない。山裾の樹海には、雷を撃つ鹿が闊歩している厄介さだ。
ほら、雷って魔物を呼ぶじゃん?
少人数での偵察は危険すぎるとこちらの調査は断念されていた。
だからゲート保守の都合で、駅はゼリー山脈を昇るルートが本命だったのだ。ままならない。
「なるほど、妖精つきでその膨大な魔力量。お前さんはエンチャンターか」
さもありなんと頷かれる。
精石を作れる妖精さんと、アクセ職人や武器防具職人のエンチャンターの組み合わせは言われてみれば確かに便利そうな組み合わせだ。
「としても働いている。ジョブなら魔法使いだな」
「先生はお医者さまじゃなかったんですか?」
とんでもない。
「治癒士は4番目のジョブで、まだカンストをしていない。医者を名乗るのは恥ずかしいな」
ちなみに2番目のジョブは見習い冒険者だ。実は一番最初にカンストしている。
魔法使いのカンストは強敵でしたね!
3番目の錬金術士もコンプリート未達成だ。
「お前さんの若さで四芒星ジョブとか、エリートかよ……しゃあねえな。どうせ長い人生だ。たまには出稼ぎでもするか。
そういや中古でもいいんだが、アクセサリは買えるかよ?」
アクセサリ。は、ものによる。
「用意出来るものは出来る。ないものはない。それで良ければ仲間に協力を募ろう。
一緒に逃げてくれる、ということで構わないか?」
「まあな」
ひゃっふい。言質はとったぜ!
コメント、リアクション、評価、誤字報告等、感謝です。