292 千里眼
「街から外に出る人気のない裏口なら案内できます!」
ハイハイ!と手を挙げお役にたちますと、売り込みされる。
ううむ。言い方は悪いが、実少年の価値が高まってしまった。
ホープランプの地下都市は宇宙対応のコロニー型だ。
そりゃあ、幾つかあるよな正門以外に裏口ぐらい。地理は地元の人間が強いわー。
保護者と相談する前なのに、未成年誘拐方面へ傾いてしまう。
あのさ。出都管理が厳しい都市の裏口とか、場合によっては機密情報だよな?
街の外の人間どころかお尋ね者にバラしたと知れたら、実少年の身が危なくなる。責任取らにゃ。
誘拐されてやって来たのに、誘拐し返し出て行くとかどうも皮肉が効いていた塩梅だ。
そんなわけでご隠居とやらのお宅へ、アポなし突撃訪問をするべく移動する。
お隣だとしても余裕でスープが冷める距離だ。田舎あるある。
実少年やその妹ちゃんを保護をするにも、まずは他の大人の意見を聞かなくてはならぬ。
行方不明だった日本人の俺らは悪いが後回しだ。
もちろん多少のヤンチャをしでかしたとはいえ漂流仲間。
ピックアップしに行きたい気持ちもあるが、拉致なのか保護だったのかで話はまた変わってくる。
オレにとっての山中都市は誘拐犯の根城なわけだが、悪いことするやつが善行を全くしないってこともないのが人の集まりというものだ。
そして違う派閥の人間に助けられたとしたら濡れ衣を掛けることになる。一先ず保留だ。
正直、手が回らないからそちらの采配は他に投げたい。
オレが捕まってた牢獄に他の人は居なかったし、ぶっちゃけどこを探したらいいかわからんってこともある。
隠れながらやみくもに人を探すには広過ぎるよ、山中都市。
でも、良かった。朗報だ。
行方不明者たちの親御さんたち、こっちに届いた詫びの言葉だけでも憔悴してた。
迷惑を掛けた。申し訳ない。そう綴りながらも子どもの無事を願ってしまう、言葉の切実さはなー。……親だよなあ。
彼らは無事に帰って、たんと叱られるといいよ。
しかし、どんな建材を使っているのやら。山中都市は巨大な空洞を支える柱もない癖に堅牢だ。
なんで崩れて来ないんだろうか。経年劣化さん、きちんと息をしている?大丈夫?
箱庭ゲームじゃないんだぞ。
全く、ファンタジーさんは気軽に物理法則を無視してくれて困る。
その結果。地下だというのに地中都市の第一層は、およそ半分の面積に木が植えられて杜になっていた。どころか人造の丘陵もある。 下手なダンジョンよりダンジョンめいているんだが。
先史文明の力ってすごい。
「あ。ハジメさん、そこの消火水槽を右です」
【ガッテンもし!】
実少年のナビに従い杜を進む。
等間隔に植えられた木々は、夜のうちに水を撒かれてしっとり新緑に萌えている。
東ホープランプの都市部でも、過去にはこうした広い杜があったそうだ。
人口が増えるにつれ地中の杜は姿を消し、農業ビル群に建て替えてられて行ったらしい。時代の流れだ。
「綺麗な杜だな」
ハジメさんは生い茂る下草に腹を擦られながらフヨフヨ浮いて移動している。
草に跡を付けないための用心だ。
残念でならない。自分の足で歩けたら、さぞ清々しい杜だろうに。
「ありがとうございます。秋はこの緑が紅に染まって見事なんですよ。
その頃は農閑期なので、杜も一般公開されて賑わうんです。
見物客相手の屋台も出たりで。
……本当は今の時期は、木の手入れをもっとしなくちゃいけないんですけどね。平日は俺も学校だから行き届かなくて」
照れ臭そうに、でも残念そうに実少年ははにかむ。
実少年には許可を得て、トウヒさんが音声データを収集している。今後の翻訳機能のアップデートのためだ。
一聴、滑らかに聞こえる翻訳だが、現在は意訳がかなりの割合で入っているそうだ。
この年の子にしては難しい言葉を使う時があると思ってたけど、どうやら妖精さんたちによるふんわか翻訳のせいだったらしい。
「以前は父さんも、土汚れの労を惜しまない働き者だったんですよ」
今は放置していると。
農作業は大勢でやるものだ。果樹の手入れもそうだろう。体力ある甲殻人でも子どもが独りじゃなあ。
ご隠居さんのお宅は、新緑の杜を抜けた先の都市壁に、めり込むように建てられていた。
「洞窟住居?」
採光のための丸ガラスが都市壁に散るように嵌め込まれ、水玉模様になっている。
「ご隠居の家は山中都市が出来る前からあるので、先住権で特別なんです!」
オウフ。そんなの遺跡じゃん。現役住居だろうけどさ!
さて、ご対面だ。右見て左見て、人影なし。
実少年を伴い、妖精さんの庭から出る。
流石に車イスの持ち合わせはないので、呼びに来たハジメさんを実少年の膝の上にそっと乗せる。
支えるために手を伸ばせば、それは魅惑の手触りだ。歓声が上がる。
「う、っわ、凄い。ふわふわだ!」
だろう?
「安全のため足は固定するもし。出発進行するもし」
実少年は背もたれと手すりのある椅子に座ったまま、ハジメさんの『念動』で移動する。
妖精さんは介護のプロなので、怪我人の世話ならなんでもござれだ。
「 ?」
呼び鈴を鳴らす。
すると手箒を片手に持ったまま。今まで仕事をしていた風体の男が出てくる。
「こんにちは、ご隠居!
唐突だけど、コレつけて!」
子ども特有の遠慮のなさ。実少年は出てきたご隠居をぐいぐい屈ませて、その耳に通信機を引っ掛ける。
「……なんだ。お前かよ……通信機?」
いいえ、翻訳機で御座います。
鬱々とした声は美声だが、厭世の響きを伴っている。
そこだけ光が当たったかのような芸術品のその美貌。
滑らかな肌は固そうだ………って、石人族のお人じゃん。
わーお。異界撹拌でやったやつ。
なるほど確かに長命種。
三千世界では各々、暦が違う。なのでザックリだが、地球時間で平均寿命が九十九の坂を越えるような種族は長命種だ。
なかでも石人は仙人のような不老長寿。その存在感は格別だ。
甲殻人は彼らを生み出した先史文明人が日本人と近いセンスをしてたんだろーなっていう落ち着く感じにバランスのいい容貌がデフォだが、石人族の造形は彼ら一族屈指の才人による芸術作だ。
こちらのご隠居も例外ではない。人造ゆえの麗々しさである。
神・造形師一点物の動くフィギュアと思えば、大雑把に間違いはない。
つぶらな点目の妖精さんとは作画コストが違うのだ。
ゲームではAI生成で当たり前に美形だったけど、本物の石人は作家の息吹が込められているというか、迫力がある。
そうか。生物とは違う造りの彼らの喉や耳なら、勉強すれば甲殻人の声を話せたり聞き取れたりするんだな。 納得だ。
……どころか彼が学習能力の高い石人でなかったら、先史文明人や甲殻人相手の言語コミュを取れたかどうかも怪しかったんじゃ?
怖っ。
「おう、実よ。すっかり男前になっちまったじゃねえか」
男の口ぶりこそは皮肉げだった。しかし慣れたように顔の痣に触れる指先は、その内心を表すかのよう繊細だ。
機械めいた物覚えのいい頭脳と、人の愚かさと情を併せ持つのが石人である。
「お陰さまで!ご隠居の忠告通りになっちゃってさー!いやぁ、まいった!
心配かけて、ごっめーん!」
「チッ」
露骨な舌打ち。
おっと。柄が悪いぞ、このご隠居。
明るく軽く人懐こいノリのノベルの石人スタッフより、言っちゃなんだが馴染みがあった。
妙な懐かしさにフフっとなる。
間違いない、これは長生きを拗らせているタイプ。
共闘したことのある石人も少し間違えば老害そのもので、態度が非常に悪かった。
それを思えばこの素直さは可愛いものだ。
「でも、お陰で踏ん切り付いたよ。泣き虫で優しかった父さんは、母さんと一緒に死んだと思うことにする。
ご隠居。そういうわけで、妹と俺と一緒に逃げてくれ。頼む!」
「そういうわけとは、どういうわけだ……」
頭が痛そうに低く呻く。
可哀想に。この調子でいつも振り回されていたんだろうなと想像がついた。
なんだろう、この既視感。
そっと胸に手を当てる。
実少年を見ているとデジャヴに時折襲われるんだが不思議だ。
オレのわんぱく時代より、ずっと実少年は賢そうなのに烏滸がましくね?
「それで、そこのは?」
オレ?
「なりゆきで少年を助けた者だ。わたしはこの街の者に誘拐されて脱獄したので、恐らくお尋ね者だと思う。
もし、一緒に逃亡する気があるのなら情報提供を頼みたい」
「……名前は?」
本っ当に嫌々、尋ねられる。
無理もない。唐突にトラブルを持ち込まれた一般人としては年の功で、怯えも怒声もなく理知的だ。すまん。
「あなたがいいのなら教えよう。この地に残ると言うのなら知らない方が安全だ」
別に名前くらい教えたっていいけどなー。
知っている名前ってつい反応してしまうから、知らんぷりをするなら最初から知らない方がいいと思う。
実少年に名乗った時は、思い付かなくて失敗だった。
なにせ誘拐されたのなんて、初めてなものでうっかりしていた。
と、そこで。なんのシナプスが繋がったのか、石人はカッと宝玉の瞳を見開いた。
「実。てめぇ、ナニを連れて来やがった?!」
胸倉をつかみ掛け、数秒の葛藤の末、腕を下ろす。
相手は怪我人だもんな。
動揺しても優先を間違えないあたり良識人でもあられる様子。これは当たりガチャなご隠居ではなかろうか。
「えっ。しらなーい!でも怪我の手当てしてくれたし、ご飯出してもらったし、なにより命の恩人な妖精のご主人さまだもん。
全賭けして頼み込む、決断のし時は今かなーって。
俺もちっぽけな頭で悩んでみたけどさ。
外部の伝手がないのに出奔したら、ご隠居以外の俺らは確定で死ぬじゃん?
そしたらご隠居、100年はこの先鬱々引きずるだろ?
それはなんか嫌だなーって。俺らとの愉快な記憶が台無しじゃん。
それならまだ父さんの立ち直りに掛けてキャンキャン煩く纏わりつく方が芽があるなって思ってたんだよー!
失敗したけど!やっちまった!」
「お前の一族はいつも煩い」
「元気で明るくて好ましいって?
いやあ、照れる。俺らもご隠居が大好きだぞ!」
おう。強いな、少年。
長い人生に倦厭している石人の嫌味を気にしないパーフェクトコミュだ。対石人族対応に慣れている。
だよな、そうそう。
いつもうだうだ文句言うけど街に住んでいるような石人は結局、人が好きな寂しがり屋だもんなー。
そうでなければひっそりと10年20年100年と、世の中から独り離れて隠遁するのが彼らの性だ。
石人のぼっち・サバイバル性能の高さときたら他の人種と隔絶している。
「それに妖精使いなら、ロボ男の不具合を診てもらえるかもじゃん?」
「妖精使いだと?!」
「あ。ご隠居ってば、俺の怪我に気を取られてスルーしてたんだ?
ごめんな。マジで。
うん。このハジメさんが、俺の命の恩人!」
少年は膝だっこしていたハジメさんを持ち上げる。
「初めましてもし!石人族のかたもしね!
ハジメもし!」
「え。……はあ?!」
ピッと右前足を上げた元気な挨拶に、ご隠居が露骨に狼狽える。
ははーん。ただの縫いぐるみだと思って油断してたな。
うちのハジメさんは動くととりわけ、愛らしかろう。
我慢せずに撫でてもいいのよ?
「……。実が世話になったようだ。礼を言う。
妖精が侍るなら、お前たちはロケット文化圏の者だな。
ならば我らを知っていよう。宅では水の一杯ほどしかまともに出せんが。それでよければ上がってくれ」
お気遣いなく。水と魔石くらいしか飲み食いしないもんな石人族。
「あなた方の物語は些少ながら承知している。
わたしたちはこの春。ホープランプに漂着した。
あなたは?」
玄関から先20畳ほどは、土間になっていた。
そこで細かい作業をしていたらしい。削り出された鉋くずが石の床に落ちている。
通されたのはその奥の小上がりだ。
ちょっとした休憩ができるよう設えてある板間はきちんと掃除されて、楕円形の草編みの敷物の上にはそれに合わせた一枚板のテーブルが部屋の主として鎮座している。
「まあ、座れ」
ご隠居は卓に置いてあった水差しから椀に湯冷ましを注いで渡す。
「漂流してからか。まだ千の春は数えてねえよ。
だが、いつの間にやら故郷の暮しより、こちらで住んだ時間の方がすっかり長くなっちまった。
俺はただ年を食っただけの老人だ。権力もねえ。
なのにわざわざ訪ねて来たってことは俺に用事があるんだろ。
お前はこの世捨て人になにを望むってんだ?」
へー。アラサウザンドかあ。
野道から雉が出てくる気軽さで、ひょっこりおヤベえのが出てきてしまいましたわよ?
震える。
「実の保護者であることを。そして知見を伺いたい。
彼の怪我を診たが、このまま親元に返すのは危険と判断した」
「そりゃあ、お優しいことで。
お前は拐かされて来たんじゃなかったのかよ。そんなことしている場合なのか?」
「そうだが、誘拐なんてあまりないことだろう?
簡単に信じてもらえるとは思ってなかった」
「え、だって」
「まあ、なあ。妖精の主ならそんな嘘八百つかんだろうさ。例えフカしてもそいつらの反応ですぐバレる」
妖精さんの信頼感かー。でも確かに。
「要人誘拐なぞ穏やかじゃねえが、昨今の保守派一部の道化ぶりは目に余る。
この都市で人助けしても、お前の得にはならんだろうによ。
助けられたのに裏切られ、通報されるとは思わなかったのかよ」
うちのハジメさんはいい子なんで!
言われてみれば、そんな可能性もあったな。
怪我にヒェェとなってたもんで、頭ポーンとしていたわ。
エンフィを真似したアルカイック・スマイルで誤魔化す。
「わたしたちはホープランプへ漂流したおり、甲殻人に助けられた。
最初に親切にされたのはわたしたちだ」
「郷が違えば常識も違うぜ?」
「その時はその時だな。
子どもに助けを求められて、放置する大人にはなりたくないものだ。
この都市に暮らしているあなたに聞く。彼は親から離れ、ここで暮していけるだろうか?
行政の支援は?
どうしてもわたしは色眼鏡で見てしまう。実情にそった判断を知りたい」
「……そういうことかよ。お前が仲立ちしてやれるなら連れて行ってくれ。
こいつの父親、あいつは駄目だ。
良くも悪くも近い奴の影響をすぐ受けやがる。
悪い親戚と切れた縁が、こいつの母親が居なくなったことで復活しやがった。
逃げるが勝ちだ。
少し前なら考えられなかったが、今はこっちの役所に頼るのはちと不味い。どこに毒蛇が混じっているかわからん。
東は子どもに対する支援があるんだな?」
「詳しく聞いたことがないが、ないとも思えない。
わたしの故郷の子どもは満6歳より9年間の義務教育がある。
同程度の文明を擁する彼らが、そういった制度がないとは考えにくいな」
孤児の養育制度は覚えがないが、奨学金の話しは聞いている。
後でGMに尋ねておこう。
「ふん。ホープランプにロケットが落ちて来た頃は、西のが随分まともなくらいだったんだがな」
「500年の昔だったか」
「そうだ。仕方ねえよな、あの頃の奴は皆墓の下だ。
ったく、あっという間だ。100年経てば組織は良くも悪くも変わっちまう。500年なら別物だ。
うちのポンコツも戦乱に巻き込まれてたのを、保守派の連中が危険を犯して拾ってきてな。俺に押し付けてくれやがったんだぜ」
兵どもも夢の跡か。
どうも当時の保守派は気持ちの良い集団だったっぽいぞ?
諸行無常だな。
「ご同輩はお怪我もし?」
ハジメさんがこてんと首を傾げる。あざとい。苦い話の清涼剤だ。
「ああ。ちと雷に当たっちまってな」
「雷サージもしね。長生きな先輩のご同輩は、雷ガードがなかったりするもし。
コアが無事ならよいもしね。それならお役に立てるかももし。お見舞いしてもいいもし?」
「お前さん、もしやと思ったが若いのか」
「マスター専用機として生まれてホヤホヤ3か月もし。伸び盛りもしよ!」
「専用機かよ。余程いいとこのボンなんだな、お前さんの主はよ。
それとも転生してんのか?
まあ、その魔力量ならそうか。……覗き見したとか煩く言うなよ?
『鑑定』の大元は俺らの種族スキルでよ。そのつもりはなくても勝手に発動しちまう時がある」
庶民ですぞー。転生はしてる。
石人と言えば『千里眼』だから、そこら辺はまあ。
ふーん。『加工』持ちとは気付いてないっぽいから、HPMPまでウッカリ見えて慌てて切ったってとこかな。
「ああ。『鑑定』の根源はあなたたちの目だったということは知っている。
知らないものを観てしまうのは、本能だということも」
『千里眼』持ちは辛いよな。
目をぼんやりさせていなければ、つい【見えて】しまうのは、天然物ゆえのしんどさだろう。
出藍の誉で凡スキルとして流通している『鑑定』各種は、コストを抑えるために専門分野が分けられている上、自分の意思でON・OFFが出来てとてもユーザーフレンドリーだ。
かといってストッパー目当てで『鑑定』を入れるにはしては下位互換。石人には旨みが少ないんだよなあ。
オレは怪我をしている仲良しの子どもが連れてきた相手。しかも見知らぬ異界人ってことで、警戒するのは当たり前だ。
その気はなかったのに、つい見えてしまったってところだろう。
キャー、ご隠居さんのエッチ!
叡知深き石人族が、H深き石人族と日本人プレイヤーに言葉遊びされてしまう所以である………って。
しまった。バレたら気まずいぞ?
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