291 賢いままには生きられなかった
「ごめんなさいもし!
犯行の現場に行き遇ったからには、看過できなかったもしよー!」
【反省中】。そう大きく書かれた段ボール製のボードを首から下げているのはハジメさんである。
ボードはトウヒさんがちゃっちゃか工作して掛けていた。
怒ってないよー?
しかしモフモフの刑にはする。モフモフのモフ。
山中都市の偵察中。実少年が慮外者に殴る蹴るの暴行を加えられているのを見かけ、横からかっさらってしまったのがハジメさんだ。
犯行現場となったその杜は、後から聞けば私有地で人気がなく閑散としていた。これは【いかんもし!】と乱入したそう。
どうしようもなくお節介で人が好き。
その辺は妖精さんの本能だからなあ。
責めるのは酷というもの。人外の隣人は、心優しい。お伽噺のような存在なのだ。
「いや、ハジメはよくやってくれた。これも縁があったということだろう。
実。信頼のおける大人はいるか?
話を通したい。
きみを父親から守ってくれる気概のある者なら尚良しだ」
DVと言えば、オレも躾は爺さまにゲンコをもらって育ったクチだ。しかしきちんと手加減されていた。
虐待と躾は違うから!
そこを一緒にしないで欲しい。
頭パヤパヤでエネルギーの塊。口で諭しても懲りないオレは、大人のゲンコが必要なお子さまだった。
……痛かったら流石に覚えるよな。
でなけりゃ増長していたわ。悪気はなくても注意力散漫で、常識のない子どもはある意味無敵だ。
ただ、拳骨で萎縮してしまう賢く繊細な子どももいる。ケースバイケースだ。それは認める。
子育てに正解はないからして、親御さんは大変だろう。
しかし子ども相手に病院に担ぎ込まなくちゃいけない暴力を振るう親は、極めてギルディ。許されざるよ。
拳骨で躾たい時は怒りに任せず、くれぐれも粛々と冷静に行われたし。
ハジメさんが誘拐してきたのは当然だ。
直接見てしまったら、オレでもそーする。
保護者が信じられんなら、まず行政に駆け込むべき。
その手段が封じられているのが痛い。
オレは逃げ隠れしている身だ。赤甲殻の坊っちゃんらの立ち位置が分からんうちには、公の場には近付けない。
ガチな牢屋を保有しているからして、あいつらはただの愚連隊じゃなさそうだ。そこそこ権力ありげな様子。恨めしい。
怪我人の手当ては、普通に病院を探したかったな!
「………。います。でも世捨て人なご隠居なので、むしろ父さんたちに難癖つけられ被害に遭う前に一緒に連れて逃げたいです!」
実少年は思い詰めたように口火を切った。
「父さんがああもおかしくなった原因は、土地持ちの母さんの一族が権力者に楯突いて根切りにされたことにあるんです。
この辺は少し複雑でして、父方の親族衆がウチに無理難題を押し付けてきたその保守派勢力の一派なんです。だから父さんは命ばかりは目溢しされました。
母さんたちが不当に殺されて。それがよっぽど怖かったんでしょう。父さんは。
事件後はそちらの親族と同化して、保守派の手先となることを選んでしまいました。
母さんたちが守ろうとしたのは杜でして、父さんと俺がガチに喧嘩した……論点になったのはその地権です。そして渦中の土地の相続権は妹、俺、父さんの順にあります。俺に手を伸ばしたからには、次は妹がヤバいです。
……最近の父さんは狷介で、道理が通らないことばかりを言い出して。
元は気弱な人だったのに、おかしいな、とは感じていたんです。
でもまさか父さんが、俺と妹を切り捨てる考えを持てるなんて。
なるべく一緒にいるな、避けろとは忠告されてはいたのに、父さんを信じたかったから耳を塞いでこのザマです。甘かった。
先生は街の外の人ですよね?
どうか。どうか、妹だけでも!外へ逃がすことを助けてください!」
留めていた関を切ったかのよう。
怒涛のように吐き出す、少年は……そうか。
怪我をしていても平然として見えたのは痩せ我慢で、ずっと気を張っていたんだな。
敏な子だ。そして悪運がある。
身内に襲われて大怪我をして。もうダメだってところを妖精さんみたいなお人好しに救われたら、安堵より悲しみや虚脱感ばかりが湧くのではないか。なのに一番に助けを乞うのは妹のこと。
オレも妹を持つ兄だ。自分が彼の立場だったらと、つい思ってしまうかな。
……。ん?
いや、変だ。良く素直に信じられたな?
動いて喋る羊のぬいぐるみだぞ。うちのハジメさんは。
見るからに怪しい。
「きみは他に妖精の。彼らのような知り合いがいるのか?」
そうでなければ、流石におかしい。
妖精さんのメルヘンっぷりは警戒心を抱かせないことに全振りで、頼り甲斐とは一切無縁の愛らしさだ。
「…っ。はい、います!
生まれた時から遊んでもらっていた妖精の主が先ほどお願いしたご隠居の爺さまで、長命種の漂流人です!」
はわ。
「漂流人…?」
ちょっと待て。
漂流人。長命種とか、なあに、それ。
「…………やっぱり先生は、お仲間らを探しに潜入しに来た冒険者だったんですね。
ごめんなさい。そっちのことは耳に挟んだだけで、詳しくわからなくて。
母さんが生きていたらまだ違ったんでしょうけど。
でも悪い扱いを受けているとか、処刑されたって話は聞いていません!」
だから、まって。情報が多い。
お仲間って誰さ?
リアルでは長命種の知り合いなんておらんぞ。
…………。
…………あっ、漂流初期の行方不明者!
生きてたのか!そして、ここにいるの?!
落ち着こう。
深呼吸だ。
「まず。きみには、わたしの事情を簡単にだが話しておこう。
わたしは河の西側、ゼリー山脈の麓。そこの野良ダンジョンに居た。
多くの仲間とダンジョンの清掃をしていたところを、この地の者に襲撃されて誘拐された。
隙を見計らい脱獄し、外へ脱出する機会を狙っている。
今は潜伏していたわけだな」
「誘拐?!なんで?!!」
どうどう、落ち着け。だから立とうとするな。
きみ、さては長く座ってられないお子さんだろう?
既視感ある。
しかし良かった。山中都市でも誘拐は一般都民に仰天されるようなパワーワードなんだな。
「さて。誘拐された理由はわからぬ。
こちらとしても青天の霹靂だ。
行動力が有り余る跳ねっ返りの同胞がこの街の客人になっていたことを知らなかったどころか、わたしたちの一行は河の西にこれほど大きな甲殻人の街があるとすら想像をしていなかった」
東ホープランプの人間にとって河の西はまつろわぬ地だ。
調査隊が行ったこともあったよね、それぐらいの認知度である。
ヨコハマどころかネモフィラ付近ですら、野良ダンジョン掃除にしか人の手は入ってなかったくらいだ。
大陸が広すぎる問題。あると思います。
「え。……どういう。……ええ?
山中都市は隠れ里だから、東方には知られてなかったのだけは当然で、そうなのかもしれませんけど。
……でも、まともに動いている妖精の主を誘拐するって、うちの上層部って馬鹿なんですかね…?
彼らもご隠居やそのロボ男のことは、知っているはずです」
混乱している少年はやや長く考えてから、ギリと奥歯を噛みしめた。
込み上げる情けなさに耐える顔だ。
だよなー。
妖精さんを知っているならそんな感想になるよな?
だからここの連中はロケット漂着の啓蒙はなく、マザーや妖精さんらとほぼ関わり合いがない方向で推理してたわ。
先史文明の継承者なら、これほど美事な山中都市を築いていても違和感はないし。
……しかし嘘は言ってないけどさ、オレの言い分を信じるんだ?
誘拐なんて生涯に1度でも関わるかどうかの大イベントだぞ。
この街の治安って相当に悪いんだろうか。いや、それにしては実少年の驚きぶりは真に迫っているし、ハジメさんアイでは道にゴミとか落ちてなかったし、民意は高そうだ。
東ホープランプの都市部映像は掃除用に『テイム』された水玉が道端をコロコロしてるけど、こちらでは見かけてない。だからゴミの清掃、回収は人力だろうにキッチリしている。
「きみをこの都市から連れ出すかは、きみが頼りにしている大人とまず話してから決めよう。
ただ、時間はあまりない。
外にわたしの無事を知らせるには、都市の壁が邪魔をしているようだ。
無法な形で連れ拐われたので、きっと心配されている。
仲間たちが極端な真似をする前に連絡を取りたくある」
なにせ誘拐犯でも都市国家が公に抱える輩なら、それは軍だ。
胸に沸くのは苦々しさ。
戦争の火種は小さくても、薪をくべる輩がいれば炎はあっという間に大きくなる。
思えば敵意を煽るだけ煽ったような、杜撰すぎる犯行だ。
小競り合いから都市間戦争に持ち込みたい、誰かの思惑が透けるようで心が冷える。
オレが生きていればまだリカバリーは効く。……効くといいなあ。
毒物テロをやられたから無理かもしれない。絶望しそう。
広崎さんたちの安否がわからない今、態度を決めかねているところはあるが、泣き寝入りは絶対嫌だ。
なにかしらはケジメはつけさせたい。
だけどなあ。
そういう思惑があっての作戦ならば、そちらを優先させて踏みにじりたくはある。
リアルの戦争関連は、GMが落ちる原因のNGポイントが山盛り地雷。
それに加えて嫌なのは、暴力ごとが日常になると理性が欠けていくことだ。
そーいうホプさんらは見たくはないし?
猫カフェで小さな命を手に盛られて、はわわとなっている彼らが好きだ。
戦争は狂気だ。
相手は魔物ぞ、敵ぞと、それらが人であることを忘れ去る。
いけないことに、【敵】を倒すのは楽しいものだ。
格上を巧くはめた時の快哉なんて、筆舌にし難い。
復讐は暗く甘い悦びがある。
そしてそれらの狂気を乗りこなせない優しい者は、より悲惨だ。
影のようにいつまでも追いかけてくる良心の呵責に、長く苦しむことになる。
そして戦争は始めるのは簡単だけど、終わらせるのは難しい。
お互いに喪ったものが哀しすぎて、あの人が命を懸けたからには、せめて勝つまではやめられない。そう、心が鉛に固まってしまう。
愛情が深い人ほど喪失の裏返しで敵を恨む。それを我慢するのも、させるのも苦しい。
山中都市育ちの無辜な少年を連れて脱出するのは、実のところ東のホプさんたちの敵意緩和に役立ちそうだぞという下衆な思惑が湧かなくもなかったりする。
なんとかして事件の首謀者とその直属。彼らを山中都市と切り離して欲しいかなー。とか一市民として思うわけだ。
……問題はやることが、まんま未成年誘拐なんだよな。
確定じゃなくて、ご隠居とやらの意向にもよるけど。
これって緊急避難に当て嵌まる?
どうよ先生。
実少年を連れ出していい?
【治療後は現地の行政に頼ると良いでしょう】
賢く生きたいのなら都市の外に未成年を連れ出すのはやめろと『倫理』先生は諭してくる。
そうか。
そっかー……。
でも、先生それはなしだ。
先生が任せろというこちらの行政、その一部が、オレはとてもじゃないが信じられない。
行政は国策で土地を接収することもある。
うちの爺さまも塔を立てるのに畑を国に持っていかれてニャイニャイしていた。
それが許された権限であったとして、逆らったら一族処刑とか怖すぎだろ。
覚悟を決めて『倫理』先生が提言するチェックリストから【いいえ】を選ぶ。
【……了解しました。自らの名より、人道を優先する貴方の選択に祝福あれかし】
すると、『体内倉庫』の大事なもののコーナーに実少年の医療データのコピーや証言など、専用ファイルが作られた。
いざという時はこのデータを提出して裁判に備えよというわけだ。
フフ。後悔はないが、やってしまったぜ。
フィジカル強者の甲殻人と命のやり取りをするのなら、相手の油断があるうちに一切の手心を捨てて一撃で済ませるべき。
スタンさせて切り抜けようと甘いことをするならば、死ぬのはこちらだ。
だから『倫理』先生に止められた時は、一瞬どうしてと強く思ってしまった。
理由も知らずに憤りのまま、人を雷で焼き尽くすところだったのだ。
危なかった。
『倫理』先生の忠告は後になるほど【それもそうだな】と受け入れられた。それが出来た。
オレは自分勝手な神さまじゃないのだから、罪は法によって裁かれるべきだ。
普通の犯罪被害者は辛くてもそうやって我慢している。
でもさ。
苦心して治療して、名前も本人から聞いた子どもを放り出すとか、オレには無理。
目先のことに刹那になる若い男が、いつも賢く生きられるかー!
先生の懸念はわかる。
情報化社会において悪魔化を恐れられるダンマスは、警官や教師同様かそれ以上に犯罪リスクが高い職だ。
オレが下手を打とうものなら、訳知り顔の有識者たちに鬼の首を取ったように叩かれるのは間違いない。
プレイヤーIDと紐付けされているGMが管理しているネットワーク中ならいざ知らず、外海はそれは面白おかしく炎上することだろう。
悪気の薄い愉快犯の数に対して、ネットの法整備と倫理観の成熟は、車通りが激しいのに信号機も歩道もない道のようなもの。まだまだ整備が追い付いてないのが現状だ。
先生が心配症になのはやむを得ない。
たぶん政府ちゃんはそこまで面倒は見てくれない……というか今頃キャパオーバーしてる。
うちのとーさんなんかが、現在進行形で迷惑を掛けているからして。クソ忙しくさせてゴメンなー!
大勢に悪意を向けられてケロっとしてられる奴は少数派。だから炎上は避けるべき。
ダンマスの闇落ちは絶対阻止。
職務上、『倫理』先生のチェックリストが多いオレである。
なのでうちの『倫理』先生は、汎用設定よりも口煩いのがデフォだ。
宿主にあたら瑕疵をつけさせまいと全力で、人生の保身ルートを示してくれる、それはありがたーいカーナビなのだ。
つまり安全な道の情報を出してくれるが、結局どの道を選ぶかは自分で決めなくちゃいけないわけで。
ああ。
ダンマス稼業の引退を決め込むまでは『倫理』先生のご指導の元、品行方正に生きたかった…!
たった数ヶ月で猫かぶりしていい子ちゃんに過ごす目論見がパアとか、堪え性なさすぎだろオレ。
人生、立てた予定通りにはいかんものだ。
コメント、リアクション、評価、誤字報告等、感謝です。
リュアルテくんで沢山大事にされてきた語り手が『倫理』先生の忠告を初めて無視するのは、怒りからではなく【子どもは守るべき】と周りの大人が手探りながらも当たり前にしてくれたことの写しにしようと決めてました。
フラグ管理の都合で、ご心配かけた皆さまには申し訳なく。
そんなわけで戦国スイッチが入っている語り手を常態に戻しアワアワさせる、元気な子どもがパーティINです。