表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
286/318

286 火の厄



「山火事?」


「この時期には珍しい」


 帰る時間になったので、野良ダンジョンを出た。すると広場は騒然としてた。


 鼻先をほのかな煙の匂いが擽る。

 足を止めた人たちの視線の先を追えば、北西の空が妖しく明るい。

 森林火災だ。


「惜しい。幸がいれば一発で解決だったな」

 あいつは熱の扱いが大得意で、『水流操作』の星も折り返しでつけている。

 朗らかな笑顔のまま、えげつない『減熱』を用いて森ひとつを氷づけにしてくれたはずだ。


「いえ。ダンマスを消防に派遣するとかないです」

 なにを言ってるのかと広崎さんにジト目で見られてしまう。だってー。


「火が広がったら森の生き物も困るだろう?

 わたしにも『アイスピラー』はあるのだが」

 初期火災なら魔力のごり押しで、いけると思う。


「マスターにお出ましさせるくらいなら私が名代しますよ。

 当方、『減熱』、『エア』、『水流操作』があります。最悪、炎に巻かれても生き残れます」

 狭間さんがビシッと手を上げる。


 最近は柔道指南教室のお姉さんになっているが、本来狭間さんは魔法使いだ。

 彼女なら確かに平気だろうけど。


「わかった。出しゃばる真似はしない」

 肩を竦める。オレの敗けだ。

 火遊びしません。大人しく引っ込んどきます。


 オレが危険地帯に行けば付き合わされる人がいると仄めかされて尚、我が儘言えるほど素晴らしい魔法使いであるとは自惚れていない。


「お前ら、お上から緊急クエストが出たぞ。残業だ!

 俺たちは隔壁周りの木を伐るぞ!」

「おーっす」

「うぇーい」

 そうしている間にも、フッ軽な冒険者たちは延焼予防に努め始めた。


 その奥で軍人さんらは本国への連絡やら、消防の編成やらでバタバタしている。


 むー。炎がこちらまで来たらイヤだな。


 河の近くだからと無精せずあらかじめ、隔壁予定地周りに消火水槽を先に造って置くべきだったか。


 この河西ダンジョンは民間人の生活拠点にするつもりは今のところない。

 だから細々とした設備は後回しにしてた。

 上下水道だけは通してあるから、いざとなればそこからピンハネすればいいかな、と。


 ううむ。ヨコハマダンジョンも人が増えたからには、火災にも気を付けないといかんよな。

 火の災いだけなら継ぎ接ぎ型ダンジョンは延焼に強い。とはいえフロア内でパニックが起きたら大事だ。


 窓を割ってすぐに脱出とはいかないのがダンジョン防災の難しさだ。

 ワープ穴を作れるだけ、高層ビルよかずっとマシだが出口が限定されてしまうのもまた確かだ。


 帰ったら、避難訓練を提案するかな。

 要所要所で非常用に設置してあるバックドアも、スタッフオンリーになりがちだ。一般には使わんゲートはいざという時、忘れられそう。


 非常口はもちろん館内ダンジョンMAPに載せてはいる。が、あーいうのって自分が必要な時に必要なものしか見ないもので、少なくともオレはそうだ。


 駅のジャンクションで人が押し寄せ、詰まっても困る。

 ホプさんにも防災の日とかあるんだろうか。

 よし、この辺はギルマスに案件を投げとこう。

 妖精さんは人命の守護に積極的だから、こうした点は頼り甲斐がある。悪いようにはしないはずだ。


「戻る前に北側の防火水槽を建てるが、いいか?」

 このままゲートでヨコハマへ帰ったら、オレは森が鎮火するまで通行止めな予感がひしひしする。

 せめて置き土産を残しておこう。

 特殊ゲートの予備を各種持ち歩くのはダンジョンマスターの嗜みだ。

 設置するだけだからすぐに済む。


 そんなものなんであるのかと首を傾げられそうだが、いきなり消火必須のフロアとか出てきかねないのが野良ダンジョンというものだ。

 そんな時にさりげなく水門型のダンジョンゲートを用意しておくと、【こいつは出来るダンマスだ】とベテラン冒険者の前で格好がつく。…って、サリアータの先輩らのアンチョコに書いてあった。

 

 広崎さんはモニュメントの搬入時は側に居たし、在庫を知ってるはずなのになー。

 野良ダンジョン内なら多少の危険は許容してくれるのに【お外】はダメって一体どーいう了見……。


 あっ。


 馬鹿か。オレは。


 犯罪者は警察が捕まえるものだし、山火事は消防士たちのテリトリーじゃん。


 広崎さんたちが止めるのは当たり前だ。

 他に人がいないわけではなし消防団の訓練もしたことない学生がでしゃばるとか、ないわー。アホすぎるだろオレ。


 そのうち日本とホープランプは繋がる。

 異世界トリップに浮わついて、ファンタジー脳をダンジョンの外に持ち出すのはよろしくなかった。

 思い上がりダメ、絶対。


 オウフ。

 成人年齢にもなって、これは無性に恥ずかしいぞ。

 ギブミー思慮!


 ヤバいな。あと少しで高校も卒業なのにこんなんでオレ、大丈夫だろうか。

 今から心配になってくる。……昔は大学生って凄く大人に見えたもんだが、近づいてみると幼稚なままの自分にガッカリしてしまう。あああ。


「わかりました。用心が無駄になるといいですよね」


「全くだ」

 使わなきゃ一番いいけど、いつかは備える施設だ。

 せめて考えなしの失点を回復させてから帰ろう。



「……煙草の匂いがしませんか?」

 ぽつり、小松さんが低く呟く。


 へえ、この森も野生のタバコが生えているんだな。

 河の東西挟んでとは、ホープランプの煙草種はかなり広く分布しているようだ。

 厄介な植物や虫ほど繁殖するのはどこも同じか。


「小松は喫煙者だったか?」

 くんと嗅いでみるが、わからんかった。

 香料が採れるような木でも燃えているのか、むしろ甘くていい匂いがするくらいだ。


 しかし小松さんが言うならそうなのだろう。

 獣人の気が出ると人一倍鼻働きが利くようになる。メイン斥候の小松さんはこのタイプだ。オレの感覚よりもずっと広い範囲をカバーしている。

 

「転生前は煙草飲みでしたよ。綺麗な肺になってからようやく止められましたが。

 ……逆風なのにこちらまで火災の煙が届くなんて、大きな火災だったりするんですかね」

 ひょっとして小松さん、ヘビーユーザーだったりしたん?

 オレの前では吸ってなかったんで、喫煙者だと気がつかなかった。『消臭』も『洗浄』も便利だな。


「…ホープランプの皆さまは、メットを着用!そして『エア』をお使い下さい!」

 広崎さんが突如大声を張り上げる。

 なんだなんだ。


「過去に愛煙家だった同僚から、煙草の香りがするとの具申があります!」


「煙草…?」

 提言のままにメットを被り直した山霧少尉が、戸惑ったように首を傾げる。


 河西ダンジョンの低層は、豚草の楽園だ。

 目に見える黄色い花粉に息苦しさを感じていたのは、日本人だけではない。

 新鮮な外の空気が恋しいと口元のガードを上げている甲殻人も多かった。

 伝言ゲームで各々メットを被り直していく。


「煙草?」

「へぁ。危ないやつじゃん。被っとこ!」

「火元で群生でもしてたんかね」

「ヤバいな」

 

 煙草って、甲殻人には毒ってアレか。

 よっぽど群れてなければ平気だろうけど、用心して悪いことはない。

 副流煙の方がフィルターがないから毒性が強いとかなんとかだ。



「      !」


 その時だった。

 突如として蛮声が上がる。

 木々の間から突貫してきたのは黒い影だ。

 素の色が見えぬよう、甲殻を黒く塗りつぶした無頼の輩。


 男が振り上げる斧の刃が、沈み掛けの太陽を反射しギラと目を焼く。


「下がって!」

 ここは通さぬと、オレとの間に咄嗟に割って入ったのは山霧少尉だ。


 バキン!

 火花散る。


 振り下ろされた斧を受けた甲殻が、割れて弾ける不穏な響き。

 紫の破片と血飛沫が散る。


 仕留めた。その確信が男の口元を喜悦に歪ませる。


 っ。HP『貫通』!?

 あの斧、魔剣の類いか!


「か、アッ!」

 たたらを踏み、それでも山霧少尉は下がらなかった。

 どころか一歩、強く踏み込む。

 跳ね上げた爪先で、男の急所を繰り上げた。


「『部分っ、破壊』!」


 ドゴン!

 グシャリ。


 硬いものを凹ませた音には、柔らかいものを押し潰したそんな色も伴っている。喉の奥から悲鳴が漏れそうだ。

 あれは潰れた。ヒュンとなる。


「…ハッ、流血に慣れた女を舐めるなよ!」

 桔梗色の甲殻から、白い乳房と鮮血が零れる。それを隠そうともしないで凛と立つ。

 組織人であり、母親であるいつもとは別の顔。美しくも傲岸な女修羅がそこに居た。


「   !!」

 無法者が悲鳴を上げてもんどり転がる間に、周りにザザザと壁ができる。


「襲撃!」

「民間人は退避せよ!」

「危急の際にて、武力による鎮圧を許可する!」


「     !」

「  」


 襲撃者は独りではなかった。

 分散して一斉。猛然と走り込んできた輩の狙いはゲートだ。


 突出した凶手が気を引いている間に、他の仲間がゲート周辺を封鎖すべく取り囲もうとする寸法だろう。


 バチバチバチ!


 爆竹のような破裂音。広場に煙幕が投げ入れられた。すると、もうもうと煙が広がる。


 毒?!

 甘い薫りに警戒を抱く。


「『そよ風』、『輪唱』!」

 高くから風を招いて煙を散らす。

 その隙に、黒影たちに距離を詰められた。……足が速い!


「彼に指1本触れさせるな!」

「ラジャー!」

 山霧少尉が鋭く吠える。応えた甲殻人が壁になっている間に、手を引かれた。


「こちらへ!」

「っ『シールド』!」

「『カバーリング』」


「    !」

「    」

 余程のスラングなのか、襲撃者の言葉が先程から聞き取れない。


 『探索』の目を伸ばすが、臍を噛む。


 特別な訓練をしていないので【人間】は全て味方判定だ。

 周囲の甲殻人は敵と味方が混じってしまう。どれだけの数が隠れているのか判別し難い。


「河へ…いえ、強硬突破します!」

 森から湧いた黒塗りの集団に、河西ゲートを塞がれた。

 オフェンスよりディフェンスは不利。

 不味いな、数の理。味方の出入りが遮られた。


 ……まるで組織のような統率だ。

 なんだ、こいつらただのチンピラじゃないぞ?


 テロリストかマフィアか……それとも世紀末的新興宗教団体?


 いずれにしても正規軍に喧嘩を売るとか狂気の沙汰だ。


 大国が威信を傷つけられて、紳士でいられるとは思えんのだが!




 


 



 コメント、リアクション、評価、誤字報告等、感謝です。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ロケット到着前に分かれたなら、転生や良スキルの恩恵無しの筈で厳重なDM警戒網を抜けると思えない ゼリー山脈にお姉様が居たりするんじゃないかな
嘘から出た真が本当になる!? 山桐中尉めっちゃ格好良いですわ(´ω`*) 大河挟んで交流も無かったのなら、マザーテラピーも受けずに暗黒時代続投中なのかな そもそも王族の御座船のレプリカ使って河を渡っ…
てっきり野生化した自称生物学者かと思ったら
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ